潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS セレブリティ クルーズ 〜10〜 エジンバラ B

<<   作成日時 : 2007/07/11 12:04   >>

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画像
エジンバラ城。
スコットランドの誇りを胸に、
制服に身を包むブラック連隊の衛兵たち。
門前で厳しい表情で口元を引き締める。
その前に、スコットランドのシンボル、獅子像。

カメラの放列を浴びながらも眉一つ動かさず、
ひたむきに立ち続ける。

城石を背に、上半身は「気をつけ!」、
下半身は「休め」の姿勢で立ち続けるその後姿に、
そこはかとない憂愁を感じるのは、
イングランドとの長い軋轢の歴史を思い浮かべてしまう、
こちらの勝手な思い入れに過ぎないのでしょうか。

〜メイフラワー〜
エジンバラ城を遠望できるカールトン・ヒルでは、「希望の春」が花言葉であるメイフラワーの白い花が真っ盛りでした。新大陸へ、清教徒たちを運んだ「希望の船」の、ゆかりの花です。
画像日本では、一重咲の白花種もあるとはいえ、濃いピンクの華やかな八重咲花がもてはやされる、西洋サンザシ(English Hawthorn)を指すことが多いのですが、こちら「本場」では、この白花(May-haw)が、「メイフラワー号」ゆかりの花なのです。
ヘザー・ミュアーの庭で有名な、ロンドンから西へ約200`。コツウオルズの「世界一美しい村」と言われる小さな花の村、チッピング・カムデンの祭りのパレード飾りでも、こちらでは良く知られている花です。
ちなみにコツウォルズでは、バイブリーを「英国一美しい村」、「石畳が英国一美しい村」をバートン・オン・ザ・ウォーターに擬したりしますが、本当のところ、どうなのでしょうか。
画像今回は、その花真っ盛りのエジンバラでわずか1日。写真のロイヤルマイル沿いのパブはもとより、本場のスコッチを楽しみにスペイサイド(スペイ川沿い)の蒸留所へ繰り出す余裕などはまったくありません。
次の寄港地インヴァネスでまた、わずか1日、オークニー諸島でも1日という、短いスコットランド滞在です。宵から夜にかけてパブをのぞく機会はもとより、カフェで地元の人たちと雑談する時間さえ、ありません。
だから、この国の人々が胸の奥深くに秘めた思いなどには、触れたくても触れようもありません。観光地を巡って、土産店に立ち寄って、それで「おしまい」の、のん気な通過なので、気軽にこの国を離れられます。

タータン・キルトの人々
昨年1月から2月にかけて、ニュージランドからオーストラリアを巡るクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」に乗りました。 
画像船内で、エジンバラ近郊の街にお住まいのご夫妻と、知り合いました。濃いブラウンの髪の毛、同じ色の瞳、私とほとんど同じ背丈の、いわゆる「金髪系」「紅毛系」の方々とは一線を画す風貌の方でした。お聞きはしなかったですが、多分、ケルトの血筋を引く方ではなかったでしょうか。
まだブログを始めてなかったころで、写真をここに載せる許可はいただいておりません。で、ご主人を真ん中に、向かって右に奥さま、左にわが奥さま、を並べてフォーマルのある夜に撮影した、その時の記念写真を、個人情報部分を割愛して小さく、小さく。

スコットランドの方々は、タータン・キルトが、日本のサムライの羽織袴に匹敵する「正装」です。そしてそのタータンは、約170種あって、色と格子模様の違い一つでどこのどなたか、すっかり分かる「クラン(氏族)タータン」が、毛皮製の小物入れ・スポーランと並んでフォーマルの正式衣装。なので、ここに載せるにあたって、素性が分からないように配慮し、意図的に色を変えて、さらにフォーカスの網をかぶせました。

画像「そこまでして、タータン・キルト姿を載せる必要はないではないか」。ハイ、確かに。

私事ですが、この方からお話をお聞きするまで、スコットランドに関する私の知識はまことに貧弱でした。教えていただいたあの日を振り返って、ぜひ、身勝手したかったのデス。学んだのは、ケルト人がブリテン島に住み始めて以降、ローマ人、アングル人、ヴァイキングなどが大挙して侵略開始。そのうねりに翻弄され続けてきた人々の歴史です。
そして以来、この国の人々の胸に流れる深い葛藤、ふるさとへの思い、人によって強弱あるとはいえ、未だに思い描く独立への志向。その話に触れたくて、一年半前の写真を載せました。
画像
スコットランド国会
エジンバラとは? エジンバラ城のある天然の要塞、岩山の状態から、ゲール語で「斜面に建つ城砦」という意味が一つ。ほかにも諸説あるようですが、エドウィン(エジン)の土地(ヴァラー)の意が最も有力なようです。
では、スコットランドとは?
エジンバラ城と、ロイヤルマイルを挟んで反対側、東端に位置するホリールードハウス宮殿。この宮殿の前に、今回は、新しい二つの施設が出来上がっており、以前の風景と大きく様変わりしていました。

画像その施設は、2002年に完成したクイーンズ・ギャラリーで、残る一つが、そのギャラリー前に建つ2004年完成の、写真のスコットランド国会です。

スコットランド国会ー。イングランドがようやく自治を認めて、1997年から組織されたばかりです。この5月に開票された議員選挙では、独立を掲げる唯一の政党SNP(スコットラアンド民族党)が、129議席中47議席を獲得して、労働党の46議席、保守党の18議席、自由民主党の16議席を抑え、第一党に躍進。緑の党と連立を組んで、労働党から政権を奪取しました。

画像同じ地元の新聞ニュースではつい先月、スコットランドの「国歌」が決まったように紹介しています。
「国歌」といっても、英国のあの「ゴッド・セイブ・ザ・クイーン(God Save The Queen)」同様、法律で定めらたそれではなく、スコットランドの人々が公式な場で演奏するのに好きな曲、と言う意味でのそれですが。
そういえば、ヨーロッパの国々では、国歌を、法律できちんと制定している国は少ないのではないですか? 不文法というか、慣習法が多いようですよね。

画像「国民」へのアンケート結果第1位は、バグパイプのあの名曲で、同じ一年半前のオセアニア・クルーズで寄港した、スコットランド移民たちが築いた街、ダニーデン(ニュージランド)で歓迎してくれたバグパイプ音楽隊=写真左上=の演奏曲。そして未だにインドやカナダなどかつての連邦構成国で良く演奏される勇壮な「スコットランド・ザ・ブレイブ(Scotland The Brave)」…と思いきや…。
そうではなく、やさしいイメージの「フラワー・オブ・スコットランド(Flower Of Scotland)」がトップの座を確保したようです。サッカー試合などでは事実上、国歌の役割をこれまでも果たしていましたから、ある意味、順当な結果だったのかもしれません。

ミドロジアンの心臓
スコットランドは、一見、かく、独立の道を一直線に歩んでいるように、外国(よそ)者の素人には見えます。イングランドに蹂躙され続けたアイルランドが、ついに独立を果たしたように。
スコットランドはこの先、どうなるのでしょうか。つかの間滞在の、クルーズの「遠足(ショア・エクスカーション)」程度では、うかがう術も分かりようも、ありませんでした。
画像前回、「次回に答えを」、と書いた、石畳の路上のあのマーク。
「ハート・オブ・ミドロジアン」と言い、ロイヤルマイルのエジンバラ城近くの道路南側、聖ジャイルズ大聖堂前にあります。
スコットランドの作家ウォルター・スコットが、妹の無実を信じて苦闘しつつも真実を貫く勇気をテーマにしてディーンズ姉妹の物語を綴った、邦題「ミドロジアンの心臓」の小説名は、この路上のマークから取られました。
かつて、スコットランドがイングランドと激しく争っていたころ、イングランド兵が帰国にあたって「二度とこんなところに来るもんか」と、ペッとツバをこのマークに吐いたそうです。
スコットランドの人々は、「お前たちなど二度とこの地に来るな」と、またペッと吐きました。
以来、現代では、このマークの真ん中に、飛ばしたツバが着地すると幸せになる、と言われているそうです。

で、しばらくこのマークの横で道行く人たちの振る舞いを眺めていましたが、ツバを吐きかけたのは、スコットランド人と見た(推測した)カップルのうちの、若い男性一人だけ。
幸せになりたくて、ではなく、このイングランド野郎、と言う感じで、勢い良くツバを吐きかけている風情でした。
画像画像

併合300年

今年でちょうど300年です。
スコットランドが「グレート・ブリテンと北アイルランド連合王国」に併合されて、国が消失して以来。〜上の写真は、祖国独立のために、イングランドと戦い、たとえ一時期とはいえ勝利した、スコットランドの二人の英雄です。左側は、14世紀初頭のロバート・ザ・ブルース。右側は13世紀末のウイリアム・ウォーレス。ともにスコットランド城の城門入り口を、左右から固めています。
画像画像
日本では「英国」とひとくくりにこの国を呼びますが、この国の人々の心情も、歴史も、人種も、イングランド、スコットランド、ウエ−ルズ、北アイルランドごとに、複雑に入り組んでいます。
サッカーが、四つの国民たちの思いを物語る、面白い証拠ですね。国際大会では、この国はそれぞれ別のチームで出場します。スタンドに持ち込む「国旗」も当然、別々で、スコットランド応援席では、今回の旅でも、エジンバラ市街に「無数」と言っていいほど掲げられていた「国旗」、セント・アンドリュース旗がひるがえります。
「英国」で一つなのならば、それぞれ代表選手を送り出してナショナル・チームを編成してワールド・カップに出場すれば、かなりいいところまで進出できると思うのですが、どの「国」もそうはしません。
スコットランドで特に強い独立志向を緩めるために地方分権法が制定され、スコットランド国会が生まれたと言われています。いうところのガス抜きだったのでしょうか。それが功を奏したのか。最近では「ほぼないでしょうね」、と言われる「スコットランド独立」です。

しかし、だが、もしかすると。
ひょっとすると、案外、あるいは…?
画像〜ノーパン?〜
キルトの下は何にも着ない(つまりノーパン)伝統の慣習なのに、

(え、知らなかった? 私も、なんですよ。
つい1年半前、ダイヤモンド・プリンセスに乗って、スコットランドの船好き仲間に遇って、スカートを手で触れるほど間近で眺めながら話を聞いて、驚きました。
しかし、ときめきはしなかったです。反対に、思わず嘔吐感が…。このスカートの下に、むき出しのハダカ状態であるのは、自分と同じ男のそれだ…、ん、ン、ウン…)

最近の調査によると、3割弱は下着を履くようになったそうです。
スコットランド城を守る誇り高いスコットランド・ブラック連隊も、現在では全員、着用ルールです。
上の写真の後姿のスカートの下は、強風が吹いても、いくら高く足を振り上げて行進しても、安心なのです。チャンと履いているのです。見えても、たかが下着だけです。
たとえてみれば、日本の伝統の相撲の世界で、まわしの下にパンツを履くことを許してしまったほど、異常なことのようです。スコットランド魂を大切にするご年配のこの国の人たちにとっては。
それが、三分の一はまわしとパンツ着用を変だと思わなくなった。大変な変わりようです。
同じように、「まず、ないでしょう」という独立志向、独立意識の高揚も、
変わる可能性は、あるのかもしれません…。





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コメント(6件)

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hiroshi さん いっ気UPされましたね!

夢みる乙女の頃(随分昔)に愛読した、エミリー・ブロンテの「嵐ヶ丘」とか「テス」今でも忘れない愛読書です。ここにに描かれたような、スコットランド ! ヒースの花と、吹き付ける強い風のイメージです。まだ訪れてないので〜 このブログで楽しんでいます。

この間の最後のフオーマルナイトで、タータン・キルトの装いの方が居られたので、写させて戴きました。 とっても嬉しそうにカメラに向かって頂けました。 最終頃にUP致します。
その方はきっと下着つけてたでしょう〜♪

さすが!楽しいお話し満載ですね!何時の日にか? 行くための、勉強して居ります。 



たえこ
2007/07/11 15:33
たえこさん、よくぞ、いらっしゃいました。ありがとうございます。書いていたら、長くなり過ぎました。よくぞ、耐えていただきました!

削ろうとしたのですが、書くのに疲れ果てて、やめてしまいました。誠に申し訳ありませんでした。

E・ブロンテを愛読書の一つになさっていたとか。文学少女でらっしゃったのですね。
かくいう私も以前、ヒースの花咲くころ、ハワースのムーアのウォーキングコースの一本を、うちの奥様と一緒に歩きに行きました。文学少年? 振り返ると、ただのヤジウマだったと思います。

たえこさんとご主人のブログを拝見して、写真のお上手さに感嘆しています。少し学びましたので、次回のクルーズからは追いつけるように頑張りたいと思っています。
hiroshi
2007/07/11 20:33
こんにちは!  アイルランド同様、スコットランドも、イングランドとの葛藤が続いているのですね。  大変興味深く読ませていただきました。  スコットランドの独立については、メル・ギブスンの映画も、そうでは無いですか?
大変、長い歴史ですよね。

ケルト人についても、興味があります。 こちらのフリウリのチヴィダーレにも、ケルト人のものと見られるお墓とも、駐屯地ともいわれるものがあり、フリウリのサン・ダニエレの生ハム、燻製式はケルトの伝統と読みました。

次回も楽しみにしております!

shinkai
URL
2007/07/11 20:47
shinkaiさん、ようこそ! おっしゃる通り。メル・ギブソン監督、主演の「ブレイブ・ハート」は、ウイリアム・ウォーレスの半生を描いた映画でした。
ケルトは、謎多き民族ですね。クルーズは引き続きアイルランドを巡ったのでそのうち書くつもりですけれども、ケルトに関心をお持ちならば、少々古い本ですが、司馬遼太郎作「街道をゆく・愛蘭土紀行」が面白く読めました。旅する若い人たちのバイブル代わりに使われているようです。出版は古いですが、内容は未だに新しいのでしょうね。
アイルランドは、仕事をしていたころは縁がなく、リタイア後に一度訪ねた経験しかありません。スコットランドほど知らないのです。
チヴィダーレはウーディネから近いのですね? 行ってみたいです。北スペインのサンチャゴ巡礼路の、最後の難関セブレイロ峠にもつい最近まで人が住んでいたケルトの集落があるんです。3年近く前、うちの奥さまと巡礼路を旅するまで、スペインにもケルト文化が残るとは知りませんでした。つたないブログですが、ぜひ、またご覧になってください。
hiroshi
2007/07/11 22:33
再度です。
ええ、チヴィダーレは、ウーディネから乗り換えて15分かそこらで行く事ができます。
想像以上の、素晴らしい小さな町で、お勧めいたします。  私はまだ見ていないのですが、ロンゴバルドの国立博物館もあるのです。

アイルランドは、知り合いのお医者様が行かれて、いろいろ教えていただいたり、映画に描かれているアイルランドも、大変魅力的ですね。
サンチャゴ・デ・コンポステーラ も行かれた?!  それはもう是非書いてください!!
shinkai
2007/07/12 20:38
shinkaiさん、さすが、お薦めいただくだけありますね!素晴らしいです。チヴィダーレは。貴女のブログで街を見始めたところです。順に全部見させてもらいます。
決めました。今度のイタリアは、グロリオーザさんの写真で感動したグラードとアクレイア、それにチヴィダーノとその周辺へ。ありがとうございました。
カミーノ・デ・サンチャゴは、2004年の9月から10月に。サンセバスチャンへ一度入り、パンプローナからバスや電車、タクシー乗り継ぎで飛び飛びに街を巡りました。実際に歩いたのは、多分10キロにも満たない、結局は観光旅行になりました。日本人でもフランスのルルドから歩き続けた方を知っており、これは、ブログに書き込んではそういう方々にいささか申し訳ないです。
アイルランドは、ご存知の通りJFKの三代前の祖国です。彼は、若いころの私ら世代の星でしたし、主題歌「タラのテーマ」の映画もあって、非常に親近感はあります。
hiroshi
2007/07/12 21:31

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