潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS セレブリティ クルーズ 〜15〜 インヴァネス@

<<   作成日時 : 2007/07/23 10:13   >>

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クルーズ4日目、5月20日
2007年5月20日の日の出は、朝の船内新聞によると、午前4時39分。
画像目覚めた時には、ベランダは光がいっぱいに射して、太陽はすっかり高い位置にありました。
そして船は左の地図で見られるように、ハイランドの都、インヴァネスから北約20キロの位置にある小さな港町インヴァーゴートンの、海へ向かって突き出した突堤横に。エジンバラからは209マイル(海里)、約385キロを13時間あまりで駆けてきたことになります。
ハイランドの入り口の街、インヴァネスへ向かうのに船は北海からモレー湾へ入りますが、停泊したインヴァーゴートンは、インヴァネス手前約10マイルのところで右側、西へ回頭して、クロマティー湾へ入ったところにある街です。

画像ベランダに出て見ると、船は着岸するべく、サイド・スラスターが勢い良く稼動。海水はかき回されて、あたかも船底から湧き出した丈の低い噴水のように周囲に波打って広がっていました。
スコットランドの「国」2日目の朝です。

〜写真は、船室のベランダから見たハイランドの風景。菜の花が満開でした〜
画像最上段の写真は、インヴァーゴートンで下船した後、最初に訪れた「ビューリー修道院跡(Beauly Priory)」です。日本の観光ガイド誌はもとより、日本語のWeb上を検索してもまったく出てこない、日本人にはほとんど知られていないマイナーなポイントです。

〜写真は、インヴァーゴートンに着岸した「センチュリー」〜
画像当たり前かもしれません。歴史に足跡を残した有名修道院ではありません。スケールも、「町」、というよりは、小さな「村」に立地する、大修道院(Abbey)ではなく、小修道院(Priory)ですから。

〜かつてステンドグラスが嵌め込まれていたに違いない窓。のぞく青い空の雲まで、のんびりとほとんど動いていないように見えた〜
画像専門家でない限り、見るべきものもほとんどありません。英国国教会、カトリック、プロテスタント3宗派のせめぎあいの中で廃墟に変わっていったアビーが数多い英国ですが、この修道院跡では、著名な観光地でない分、ほとんど観光客はやってきません。村でも人を見かけず、ただただ、鳥のさえずりの中をブラブラ巡っていました。心豊かなひと時でした。

〜写真は、ビューリー修道院跡。緑が豊かで、静かで美しい環境であった〜
画像インバネスから約40キロ、A862号沿いのビューリー村にあります。1230年に造られ、1564年にメアリ・スチュアートがひと夏を過ごしており、1582年に廃絶を命じられたそうです。こちらを訪ねたのは初めてでした。メアリー・スチュアート。未だにスコットランドの人々から敬愛される悲劇のヒロインですね。

〜写真は、先立って港に来ていた、船のショア・エクスカーションの一つ「原野ドライブ」で、迎えに来ていたゴツイ四輪駆動車〜
画像なぜスコットランドに、身びいきしてしまうのでしょうね。アイルランドへひいきしてしまう気持ちは若いころからあるのですが、これは、J・F・ケネディ大統領や俳優ジョン・ウェイン、西部劇映画を楽しませてくれたジョン・フォード監督、名曲「タラのテーマ」で画面の虜になった映画「風と共に去りぬ」など、思い入れを強めた理由がハッキリあるから納得、なのですが。

〜写真は、ハイランド地方の丘を染め上げていたハリエニシダの群落。その間の青黒く見える部分はヒースの群落。晩夏から初秋にかけて今度はこちらが花開き、紫の花が大地を彩る〜
画像スコットランドへの同情は、日本人特有の素朴な「判官びいき」癖のせいでしょうね。大国に苛められ続けてきた風に見えるところが、そう、させるのかな? ちなみにうちの奥さまは昔から、悲劇の女王メアリー・スチュアートのファンです。ハプスブルグ家最後の皇女エリザベートと横並びで、ですが。日本人は、悲劇的な人生をドラマチックに感じ、魅惑される性質(たち)なのでしょうか。

〜写真は、ネス湖〜
画像しかし私も、「グレンコーの虐殺」は憤りを覚えます。一方的な「騙し」や「貶め」への日本人好みの物語には、「赤穂義士伝」のように敵討ちを遂げる大団円が用意されています。が、グレンコーは、真冬にももてなし続けた一族を、供応を受けた側が、八十人近くも一方的に殺しまくって、お話はジ・エンド。イングランドの王位継承問題での、単なる見せしめの道具として。

〜ネス湖近くの村の池に据えられているネッシーの模型〜
画像たかだか、三百余年前の出来事ではないですか。日本では「奥の細道」の旅を終えた芭蕉が、「この道や行く人なしに秋の暮れ」と詠んでこの世を去る、ホンの2年前ですヨ。日本社会は既に、秩序と平穏さを確保していた。

〜ネス湖畔のアーカート城〜
画像スコットランドでは以来、新大陸へ移民が急増したそうです。故国に絶望した人々の深い悲しみと嘆き。察するに余りあります。しょせん外国(よそ)者ですから、果たして本当に理解できているのかどうか、定かではありませんが。

〜またまたネス湖畔のアーカート城〜
画像ほんの一年半前、スコティッシュの「本音」を初めて耳にして(それまでは、外国の歴史の一こま、くらいにしか、思っていませんでした)考えさせられました。
今回のエクスカーションでは、グレンコーは行きません。インヴァーゴートンからバスで約40キロ。西南から東北へ細長く伸びるネス湖の、中間付近にある観光の村、ドロムナドロケット止まりです。

〜アーカート城の廃墟跡〜
画像悲劇の舞台、グレンコーは、そのドロムナドロケットからさらに西へ約60キロ。映画「ハリーポッターと秘密の部屋」に登場したSLが走るウェスト・ハイランド鉄道発着の街、フォート・ウィリアムで駅前を通り過ぎてリニー湖沿いにもう少し走ると、やがて到着します。この朝14本用意されていたエクスカーションでは、SLに乗る旅もグレンコーを訪ねるツアーも、ありませんでした。

〜ハイランド地方の典型的な田園風景。低い丘と谷が波のように重なり合う〜
画像グレンコー。
標高1000メートルクラスの山並みが連なり、かつては、冬になると陸の孤島となる地域だったそうです。
過去の旅での写真を探したのですが、アルバムに貼った16年前の,左の古い写真しか見つかりませんでした。本当は、もっと緑が濃いのですが。フォート・ウィリアムからは、車で30分くらいでしょうか。ビジターセンターがあります。
さきほどチラリと触れた、映画「ハリーポッター・秘密の部屋」で白煙をはきながらハイランド地方を走ったSL、ジャコバイト号の有名路線もありますから、面白いところではありますね。

〜スコットランドで最も美しいと言われる峡谷グレンコー。1991年6月撮影〜
画像ネス湖横のドロムナドロゲット村。みやげ物店が増えていました。そのみやげ物で、以前に増して目に付いたのが、氏素性のいわれを記した解説書の類。アメリカ人やカナダ人観光客の中に、ルーツを求めての旅が最近は多かったのだとか。スコットランドから移民した人々の子孫が訪れて、買い求めるのだそうです。

〜ハイランド牛はうまいと評判の有名ブランド〜
画像そういえば、この地では「キャンベルお断り」の看板がある、という話が有名です。キャンベルとは、イングランドの手先となってマキーアンを長とするマクドナルド一族を虐殺した、スコットランドの有力クラン(氏族)でありましたよね。

〜ハイランドでは牛とともに羊が多い〜
画像ところでこの地のクラン名の、代表的な一つがこの「マク(Mc)…」または「マック(Mac)…」だそうではありませんか? McまたはMacは「…の子供」または「…の息子」の意だそうですね。

〜羊の多さは、スコットランド人が数多く移り住んだニュージランドの現在と似ている〜
画像PCのマッキントッシュ(Mackintosh)をはじめ、ハンバーガーのマグドナルド(Macdonald)、お年がしれますが終戦直後、子供だったころにいちばんエライ人だと思っていた進駐軍のダグラス・マッカーサー(Macarthur)、映画「栄光のル・マン」「大脱走」の個性派俳優スティーブ・マックィーン(Macqueen)。まだまだほかにも、ケルトの血を引く著名人は多いですよね。

〜絵のように美しい、ハイランドの風景〜
画像「ドナルドの息子」程度は結構です。しかし、Macの意味するところを知らなかった時代には何とも思わなかったものの、「アーサー王の息子」や「女王の息子」とは、何とも大きな、壮大な名前ではありませんか? 日本語ならば、ちょっと恥ずかしい。

〜インヴァーゴートンを出港直後の左舷。見える岬の上はヒースとハリエニシダの大群落〜
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円はポンドやユーロに対してべらぼうに安く、最近は旅に出ても使い手がありません。同じように最近のドル安で、ここらでもアメリカ人観光客が大幅に減っているのだそうです。ルーツ探索用の土産は、「当分売れ行き不振だろうな」と、ネス湖湖畔のあるみやげ物店ご主人は苦笑いしていました。
〜岬を抜けた直後。目の前の海中から、色鮮やかに虹が立ち昇り始めた〜

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
hiroshi さん こんばんは〜

今日は人形町に行きましたので、夕方帰りました。
沢山! UP されましたね! 楽しく拝見致しました。
寄港地は、インヴァーゴートンですか? 初めて耳にした地名です。何だか本国イギリスの地名に似たのや・同じのが〜イギリスの植民地だった所にいっぱいですね?
インバーカーギル(ニュージーランド)もそうかしら?インバーの意味を知らないから〜 トホホ〜
インバネスなど懐かしい名前ですね! いっぱい知らない事が書かれていて、面白いですし、勉強しています。
hiroshi さんは博識ですから〜見る視点が卓越です。凡人の私は目を瞠りますヨ〜♪

菜の花の画像は、紫色のはヒースでしょうか?素晴らしいです。
又〜 マッキントッシュ・・ キットカットを連想ですね(笑)
現役の頃でしたが〜 仕事で使うならコンピュターはマックが一番と皆言ってました。

ではまた〜〜 おやすみなさい!
たえこ
URL
2007/07/23 21:03
たえこさん、今晩は。
お忙しかったのですね、今日は。
わざわざお立ち寄りいただき、ありがとうございます。(ムリをなさらないように。たえこさんのブログに書き込むのは、書きたいから書き込んでいるので、お返しを、とお考えになる必要はありません)

博識だなんて、おだてても、何もデマセンよ!出したくても、ブログ上ではお茶もお菓子もムリですし。
知らないことがいっぱいあります。
その証拠に、紫色の群落は何であるのか、最後までわかりませんでした。そしてまた、ニュージランドのインバーカーギルも、お聞きして初めて知りました。そんな街もあるのですね。
ただ、インバーの意味は、知っています。スコットランド・ゲール語で「河口」という意味です。
インバネスはネス川の河口。だから、インバーカーギルにはきっと、カーギル川があるのでしょうね?
仕事でのPCはマックが一番。確かに、そういう時代もありましたね! ン? すると、たえこさんは、建築デザインかCMか、工業デザインか。そんな関係のお仕事でしたネ? きっと。 
hiroshi
2007/07/23 22:24
こりゃまた通をうならせるブログですね。
カウント数を見るとかなりの方がご覧になっているようで 興味深く楽しんでいらっしゃることでしょう。 
アクセス解析を見ると夫のHPにはhiroshiさんのブログから毎日数人の方が立ち寄ってくださっていて ありがたい限りです。

今回はどの地名も初めて聞くところばかりですがインバネス発祥の地である「インバネス」は「へ〜 こんなところだったの!」

今では全く見ることがありませんが丈の長いケープつきの外套で 50年も前に死んだ祖父が黒いインバネスを着ていたことを覚えております。

日本の歴史を振り返るとそれなりに皆殺しの凄惨ことが起きていますが 同一民族であること 仏教が根底にあることなどが ヨーロッパでおきたような民族 一族皆殺しは少ない様に思います。

毎回楽しく拝見しています。
みえこ
2007/07/24 11:28
みえこさん、
今晩は。ようこそ、ようこそ!
インバネス! これはまた、懐かしいものを、、、。ありました、ありました、確かに。
インバネスコートとも、マントとも、とんびとも言いませんでした? おっしゃるまで、思いつきもしませんでしたが、11年前に死んだ父親が、若いころに確かに着ていました! 祖父の形見とか、言ってました。そういえば、あのマント、どこへ行ったのだろ?
そうか、このインヴァネスが発祥の地だったですね! 行っていて、思いつきもしませんでした。
さすがですね。

グレンコーの話ですが、確かに日本でも16世紀まではいくつか、氏族同士の抗争事件はなかったわけではありませんが、近世ともいえる18世紀を迎えて以降は、二桁以上の人々を私利私欲で惨殺するような悲惨な事件は、まず、、、。その良し悪し、侵略戦であったのか、大儀があっての結果だったのか。その実情は承知しませんが、いずれにしろ国同士が合い争った近代戦争とは根本的に異なる次元の話です。

そうですか。藤原さんのサイトのお役に、いくらかでも役立っているのならば、大変うれしいです。
hiroshi
2007/07/24 20:27
こんにちは!  今回も楽しく、ゆっくり拝見させて頂きました。 知らない事ばかりの土地の事ですから、とても興味深いです。

マック・・ の名前の後に続く意味、 そうですね、考えて事もありませんでしたが、こうしてつづりを見せていただくと、ああ、なるほど、と。
スティーヴ・マックィーン が、懐かしいですね。 久し振りに彼の映画を見手、なんとバネの効いた歩き方をしていたものだ、と感心した事がありました。

こちらイタリアでも、その処刑のすさまじさには、時に驚きますね。 肉食人種というか、血を見ることを恐れませんね。  そして、その上を行くのが、トルコ民族でしたね、ヨーロッパ人が恐れをなした。
shinkai
URL
2007/07/25 05:36
やぁ、やァ、shinkaiさん、
お早うございます。

ホント、スティーブ・マックィーンが懐かしいですね。
彼の映画はいろいろ見ましたが、やはり、血沸き肉踊る、そんなストーリー展開の方が、彼のイメージです。私にとっては。「大脱走」ですね。脱走に失敗して捕まっても捕まってもメゲることなく、独房で、ボールを壁にぶつけて、受けて、、、を繰り返していた、、、。自分がまだ若過ぎて、あの単調な行為の繰り返しの裏に潜んでいた、孤独感と絶望感が読めなかったから、おっしゃる、跳ねるような歩き方の意気の良さと相まって、未来へ向かって一直線に突き進む英雄のように光って見えました。

そうですね、トルコ民族は、すさまじかったのでしょうね、読書程度の知識しかありませんが。エーゲ海からトルコ近くの海域の島々に残る、かつてのヴェネツイア共和国の植民地の遺跡を訪ねると、塩野七生さんの小説が、いかに史実に忠実に描かれているのか、良く分かります。

ケルト文化圏も面白いは面白いですが、個人的にはやはり、ヴェネツィア共和国時代の圏域を訪ねるほうが好きです。
hiroshi
2007/07/25 08:51

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