潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS セレブリティ クルーズ 〜30〜 ダブリンA

<<   作成日時 : 2007/09/03 11:14   >>

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画像
アメリカに渡ったアイルランド移民の多くが、警察官か消防隊員になったそうですね。
イタリア人とともに、遅れてやってきたヨーロッパ白人社会の最後の移民たちには、ひと昔前に日本で流行(はや)った「3K」の職場しか、空きがなかったのだそうです。
〜写真上。リフィー川の左岸には、川面に張り出して遊歩道が作られている。
遊歩道沿いにはベンチがずらりと並び、友人同士や恋人たちが思い思いに。
左前方にかかる白い箸は「ハーフペニー橋」。昔、橋を渡る人々は渡橋料として半ペニー支払って渡った〜


画像上司とそりが合わず、単独で突っ走る刑事を描いた映画「ダーティー・ハリー」。

主役のクリント・イーストウッドは、アイリッシュ系です。演ずる主人公、ハリー・キャラハン刑事も。
がむしゃらに事件を追いかけ、強引とも思える手法で犯人逮捕にこぎつけるか、犯人の命を絶つ。不屈の闘志で、仲間との波風など気にもせず、上司にも嫌われるほどまで反抗して突っ走るが、イメージは、ステロタイプの正義のスーパーヒーローでは、決してありません。

これが、アメリカでのアイルランド系のイメージなのでしょうか。
同じく遅れて新大陸入りしたイタリア人も、多くの人が警察官になったのですが、あちらの国を母国とする方々は、大家族主義をそのまま、コミカルに、愉快に、時には大変有能なタイプに描かれます。「刑事コロンボ」のように。

アイルランド系。同時多発テロ時の消防や警察官をドキュメンタリー風に描いた「ワールド・トレード・センター」。この映画でも、アイリッシュを想定させる人物が数々に登場します。
「ギャング・オブ・ニューヨーク」の住民たちや「タイタニック」の三等乗客の姿も、米国人の考えるアイリッシュのステレオタイプだったのでしょうか。

〜トリニティー・カレッジ。正面玄関を入ったばかりの広場に立つ鐘楼(Campanile)〜

画像アメリカにいるアイルランド系移民は、4000万人といわれます。=司馬遼太郎著「街道をゆく・愛土紀行」より。

アイルランド自身の人口の、実に10倍の人々が、新大陸の中核の国へ移住した計算になります。=400万人弱(アイルランドの人口) 対 4000万人(アメリカのアイリッシュ系の人口)。


画像そのトバ口を作った、ジャガイモの立ち枯れ病による大飢饉の際の移民像が、リフィー川沿いのカスタム・ハウス・キーの歩道にあります。

細く痩せて、はだしで、ぼろぼろの衣服をまとった人物6体とやせこけた1匹の犬。アメリカ行きの船を求めて、河口の港へ向かう群像です。犬の種類? こちらは詳しくないのでわかりませんでしたが、姿かたちからすると、アイリッシュ・ウルフハウンド、またはアイリッシュ・セッター? ウルフハウンドは国犬になっていますから、多分、こちらかもしれません。
と、わき道から本道に戻って。以下、引用です−。


画像「1845年の夏、アイルランドは長雨と冷害に祟られた。それだけならまだしも、この年の8月」「奇妙な病害が発生した。」「ウィルスによる立ち枯れ病の一種で」「アイルランドに上陸するや、瞬く間に全土に広がり、その被害は三年間にも及んだのであった。」
「人々は生き延びるために、先を争って」「移民となって出ていった。それは移民というよりは難民というほうが相応しかった」



画像「今日のボート・ピープル同様、『棺桶船』といわれるほど粗末な船に乗って国外に脱出するものも跡を絶たなかった。そのうち五分の一は目的地にたどり着く前に死亡したといわれる。」=波多野裕造著「物語アイルランドの歴史」中公新書、1994年第1刷=


画像都市。なかでもその国を代表する首都では、どこの国を訪ねても、その国の偉人や歴史上の重要人物,、街を象徴するメモリアル的な存在を、銅像や石造に仕立てます。台座に乗せて。

ダブリンでも、もちろん、そんな像はいっぱいにあります。
これは、トリニティー・カレッジ正面右の、劇作家オリバー・ゴールドスミス。


画像この、街中に銅像や石造が無数に並べられ、生活する市民たちの日常生活に溶け込んでいる点、、、。
いささか個人的ではありますが、ヨーロッパの街並みと日本の街並みとの、最大の違いはここにあると思っています。もちろん、ほかにもいくつかあるわけですが。良く言われる石造りの文化と木と紙との文化。その差を、身近に、目に見えるカタチで、象徴的に表しているのではないでしょうか。


画像上の写真。ご存知のとおりの街の、あの街を象徴するモニュメントです。あの広場に数多いハトが画面に飛び込んできて、見苦しい写真になってしまいましたが。
バルセロナの港で新大陸を指さす、サンタ・マリア号で大西洋を横断したあの冒険家同様、高い塔の上に鎮座しています。
海の都のかつての正面玄関で、すぐ西に立つもう1本の塔との間が、昔は処刑場であった、、、。で、忌み嫌って絶対にその間に立たないというヴェネツィアンっ子がいる半面、最近は地元の方も気にしなくなったとか。年中絶えることのない観光客は、当然、知ってか知らずか、まったく気にしていない風情です。私は近づきませんが、、、。

上の写真は、同じく有名な街の、世界的に知られた作家と作品の、あの著名な登場人物コンビです。日本の某劇団のミュージカル化、なかなか良い舞台だったですね、、、。


画像画像写真上の国のお隣の国の首都では、左端の写真のこの像が、観光客の必ず訪ねる場所。
そして、その右は、コインを投げ入れる世界の観光客たちで、春夏秋冬、ラッシュのポイント。
皆さんそれぞれ、思い出がおありのことと思います。


画像画像花市の広場から近い、3噴水が細長い広場を彩るこんなところも、その右、ドイツ人の誇りとするこの方の像も、カメラを構える観光客でいっぱいです。

余談が長くなり過ぎました。もう一度、ダブリンにお話を戻して、、、。

この街では同時に、移民群像で見られるとおり、市井の名もなき人や寓話の人物像なども数多く登場。しかもそれは台座などなく、道を歩く市民や観光客と同じ目線、足元のレベルに置かれ、なかなか楽しい街路となっていました。


画像有名なハーフペニー橋の北のたもと,、オーモンド・キーには「ミーティング・プレイス」と名づけられ、若いダブリン市民たちは親しみを込めて「バッグを傍に老婆たち(The Hags with The Bags)」と呼ぶ、ベンチに座って井戸端会議?を楽しむ二人の婦人像が。

「The Hag」には、もう少しおっかない別の意味もあり、この街の若者たちは果たしてどちらの意味で使っているのか不明です。が、見た感じ、老婆では少し失礼な。年増、ぐらいがちょうど、といえば、このお二人に、少しは喜んでいただけるかも。
疲れたら、このお二人の横に空席があります。並んで腰かけ、しばらくご休憩を。同時に、聞き耳をたててください。、このお二人のお話に、耳を傾けることが出きるかも。もし、あなたが夢見るタイプの方ならば、、、。


画像一番の繁華街グラフトン通りとトリニティ・カレッジの接する小広場には、こわ〜い女性像が。
漁師の娘として生まれ、若くして高熱で死んだあと、幽霊になって手押し車でトリ貝とカラス貝を売り歩き、家業を手伝ったという、フォークにも歌われている伝説の主人公、モリー・マローン像。
ふくよかな胸元と相まって、若い観光客になかなかの人気です。


画像作家たちの像は、手で触れることが出来るほど、路面と同じ身近な位置にあります。杖をついて散歩途中のジェイムズ・ジョイス。岩場で寝転ぶオスカー・ワイルド。手をつないだり、肩を組んで記念写真に納まることが出来ました。

この街に限らず、ヨーロッパの街では、銅像周辺が若い人たちを中心に、観光客の休憩ポイントになっているケースが多いですよね? それと、階段。ローマのスペイン広場が代表的です。
で、このジョイス像の前にも、若い人が次々に。互いに写真を撮り合っていました。

この通りは、東京でたとえれば、浅草界隈、いや、もっと泥臭く深川不動尊、門前仲町あたりでしょうか?間口の狭い、小さなお店が寄せ集まっています。
 
前回訪れた時に教えてもらったのですが、一旦、さびれた後、再開発が進められた地区で、市民の買い物の場の、ダブリンの下町だそうです。
オコンネル通りとクロスする近くにおいしいチョコレート屋さんがあって、前回の旅でも、何回か覗きました。


画像一方、この像は、リフィー川北のジョイス像と異なり、川の南側にあります。

オスカー・ワイルド。ここも、若い人たちが数多く訪ねていました。トリニティー・カレッジから比較的に近く、訪ねやすい場所だからだと思います。


画像メリオン・スクエア。オスカー・ワイルド像のある広場です。

この広場周辺とフィッツウイリアム・スクエア周辺は、ジョージアン・テラスハウスの家々が並ぶ地域としても有名です。

ジョージ王朝風な住まいは、扇形の窓飾りやカラフルなドア、ドアノブなどが美しいことで知られています。観光客もひっきりなしに訪ねていました。

アイルランド国立美術館や自然史博物館、考古学・歴史博物館にもほど近い、閑静な一帯です。


画像最後に、やはり、外せないのは、アイリッシュを楽しむ「本場」の街。
何の本場かって? 言わずとしれた、アイリッシュ・ウイスキーとギネス。パブのドアを開けて、ググッとやる、コーヒー色のビール。
その日のうちに出港する船の遠足では無理で、今回は、後ろ髪を引かれながら、通過、、、。カントリー&ウエスタンの原点と言われる、フィドル(バイオリン)やイーリアンパイプ(民族楽器)などが奏でるアイルランド民謡の音色とともに。
そうです。ダブリンの若者文化発信の街、テンプル・バー地区−。夜は、、、船です。残念ながら。

〜つづく〜








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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
hiroshi さん 何時もながら濃い内容のダブリンです。知らないで居た歴史に触れました。

>「人々は生き延びるために、先を争って」
移民(難民)でしたか? 本国より多い(10倍)アイリッシュ系住民がアメリカに! なんですね! 
素晴らしい銅像や石造です。お二人のご夫人はどんな怖いお話しでしょう! 怠け者夫を貶める計画?勝手に想像です。
豊かな胸の女性は、良く石粉粘土でこんな感じのお人形が友達のサイトで作っています。
良い見本に成りそうです。私たちはリアドロが先生ですが〜
銅像はヨーロッパに多いですね! 北ドイツ・コペンハーゲン・他にも個性的な(芸術的)のを見てきました。とっても面白かったですよ!

昨日はニコンアルバムでは、お手数でした。
焦りましたよ〜 スミマセンでした。そして有難う〜〜♪
たえこ
URL
2007/09/04 09:53
やぁ、やぁ、たえこさん。お早うございます。

長々とウザッタイ、このブログにお付き合いいただいてありがとうございます。

ニコンアルバム、素晴らしいですね。み〜は〜さんのような、半ばプロの方があんなに感嘆されるのですから、たいしたことです。

早い時点で、センセーの写真の腕の高さを見抜いて弟子となった(すみません、勝手に押しかけ弟子になっています)、自分の目の確かさをも認められたようで、たえこさんのことながら、こちらも鼻が高いです。
hiroshi
2007/09/04 10:14

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