潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS セレブリティ クルーズ 〜31〜 ダブリン(終)

<<   作成日時 : 2007/09/05 06:54   >>

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画像ダブリン最大の観光名所、トリニティー・カレッジ。日本語にすれば、三位一体大学です。入り口でもらった日本語の資料によれば、1592年、英国のエリザベス一世が創設。スペインの無敵艦隊を撃破して、英国が海の王者となった4年後です。
また、自らの離婚のためにヴァチカンと袂を分かち、英国国教会を創ったあのヘンリー八世が、アイルランド王就任宣言をして約50年後のことです。

アイルランドの英国化をさらに推し進めるには、どうすればいいか、、、。昔も今も、人間の考えることは同じですね。それは、教育であると。地主として植民地入りした、ヘンリー八世創設の英国国教会(アングリカン)、すなわちプロテスタントの上流階級子弟を教育すること。これが、最も必要だと。


画像ですからこの大学は、近代までカトリック教徒に門戸を閉じていました。

上の写真に小さく写っているサーモン像。約100年前に死んだ、彼が学長だったころは、彼は女子学生の入学も断固、拒否していたのだそうです。
「入れるならば、自分の死体を乗り越えて行け」と拒んだのだ、とか。ガイドの方の、受け売りですが。

左の写真は、鐘楼。高さは約30メートル。
この鐘楼の右手、写真の木の向こうが、かの有名な旧図書館(Old Libraly)。ケルト芸術の最高峰といわれる「ケルズの書」があります。


画像さすがに、入り口は行列です。列の長さは約30メートル。入るまでに約20分。
列に並んでいた間、周囲から聞こえてきた言葉は、英語のほか、フランス語、イタリア語、スペイン語、どこの国か検討もつかない言葉も。どれも意味はわかりません。
見終わって出てきても、列は続いていました。少し短くなっていたかな?


画像有名な「ケルズの書」も旧図書館のロングルームも、写真撮影は禁止です。
その代わり、階下へ降りると、絵葉書やガイド本、記念品が山のように。

左写真は、最高の装飾写本といわれる「ケルズの書」の4つの福音書のうちの、複写絵葉書の「ヨハネ伝」の、さらに複写です。

ヨーロッパのカトリックの修道院や大聖堂、教会などでは、よく4人のエヴァンジェリスト(福音記者)の象徴の像が置かれていますが、ケルズの書では同じように、ヨハネを表す鷲が描かれていました。
そうです。「ワシはヨハネじゃ!」、です。


画像残る3福音書も、さすが、ケルズ装飾写本です。
鮮やかな色彩で描かれています。

聖マルコはライオン、聖マタイは人間、そして聖ルカは、ご存知のとおり、牛。

「ワシはヨハネじゃ」と同じく、ヨーロッパ・カトリック美術を楽しむための「ゴロあわせ記憶術」で、「ウ、知(シ)るか!」と、我流たとえで憶えた、ルカによる福音書。

その福音書も、左複写写真のごとくみごとな美しさで。
各福音書には、聖人の象徴、羽も背中に描かれています。


画像象徴は、ヨーロッパのカトリックの大聖堂の飾り付け彫刻でよく見られます。なかでも「最後の審判」のタンパンがあれば、まず、間違いなく飾られていますヨね。その象徴を描いた装飾写本実物は、絵葉書に勝る美しさでした。

左の写真は、トリニティー・カレッジ正門の紋章です。


画像アイルランド共和国の象徴、楽器のハープが、上段右側に。国章でもあるこの国最古のハープは、旧図書館に所蔵されているそうですが、、、。うっかり見学するのを忘れて、図書館を、出てきてしまいました。

上段左側は、イングランドの獅子でしょうか。紋章学は詳しく知りませんので、わかりません。ちなみに、左写真は、トリニティー・カレッジ建物の柱頭部分です。


画像船への帰路は、歩いて帰ることにしました。オコンネル橋から川下を眺めると、「センチュリー」が間近に見えるのです。距離は約2キロ。地図で読んでも、見た目で推測しても。

ウォーキングは日本での日課ですので、このくらいなら、かる〜いモンです。所要時間は20分から25分くらいか、と。


画像たった一度、この街を前に訪ねた時。港には用事などありませんので、どこにあるのかさえ知りませんでした。港の位置、方向、周辺の状況などについて、です。

で、今回、初めて場所を知ったわけですが、往路のバスの乗車時間の短さと、街中からでも船は見えるのだから、帰路は簡単だと。歩くのが好きなこともあって、かる〜く歩き始めたのですが、、、。

〜写真上は、トリニティー・カレッジ正面入り口の時計〜

画像これが、大失敗。
船内新聞でこの日朝、タクシーに乗った際に運転手に告げるのに必要だからと、埠頭の住所を、船内新聞から引き写しておきました。その船の停泊地、アレキサンドラ港の「クルーズ・シップ・ライン」埠頭へ向かって、ぶらぶらと歩き始めたまでは良かったのですが。

〜カレッジ正面入り口の左側に立つ政治作家エドモント・パーク像〜

画像一直線に見通せる港まではすぐ、だったのですが、港に着いたところで、道路は大きく左にカーブ。目の前には、幅約200メートルの航路の水面が、その先に停泊中の「センチュリー」との間を埋めています。
道路が曲がる左側は、道と水面が並んで延びているだけ。埠頭へ渡る橋は、ありません。
一方右手は、リフィー川が対岸との間を。左手の道を行く以外、船へ戻る道はなし、です。

〜リフィー川の左岸に延びる遊歩道。川下を、港に向かって歩く。写真では見えないが、黄色のバスが小さく見えるオコンネル橋のバスの陰に、「センチュリー」は小さく見えていた〜

画像結局、たとえてみれば、数字の『5』の、上の『「』の角の部分から筆順どおりに港の位置の下へ向かって歩き始めて、『⊃』の左上辺りで船に乗れる、、、。
そう、思っていたところが、延々、右湾曲部の長〜い円周上を歩き続けて、左最下端の船のギャングウェイに、ようやくたどり着けた、というわけです。


画像航路の水面を泳いで渡るか、小船でも待ってくれていれば、すぐに船だったのですが。

しかも道路は、埠頭へ向かうだけの一方通行。通り過ぎるタクシーは全部、乗客を乗せて船へ向かうそれ。空車の帰り車は、一方通行路ゆえ、この道へはやって来れず、別の道路から街中へ戻っていく仕組み。で、ただただ、歩く以外に方法はなかったのです。


画像同じミスをした乗客仲間が、かなりの人数、歩いていました。初めは、同病相哀れむで互いにジョークで笑い合っていましたが、途中からみんなむっつり。結局、1時間30分ほども歩き続けたのです。

教訓〜船が見えるからといって、近いと思ってはいけません。w、w、、、。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
hiroshiさん 
ダブリンは終りますか?
トリニティ・カレッジは、英語圏の大学の中でもずば抜けた歴史と伝統のダブリン大学はプロテスタントの大学ですか? カトリックとの深い溝、私も勉強しました。
我が家の不出来の息子は 兄カトリック・弟プロテスタントの学校ですが平和です。良かった!
(まもなく二人共、遅い青春にピリオドです。私は面倒ですが〜)・・・私事でゴメンナサイ。

>教訓〜船が見えるからといって、近いと思ってはいけません。
本当に!! もしや時間が無かったら〜 その悲しい気持ちは何時までも夢に見るでしょう〜
長く歩いただけなら疲れが残るだけでしょうから良かったです。 奥様はお元気で先を歩いて居られますね〜 あなたは!って怒っていましたか?
アハハ〜 そんな気が?
たえこ
URL
2007/09/05 15:39
たえこさん、ようこそ!
文章ばかりでうるさいくらいのブログ、どうぞ、面倒な時に、パスして、パスして、、、。自分で読み返しても、イヤになるくらいに、うるさいだけです。

そうですか、たえこさんのご子息は、優秀でらっしゃる! あそこか、こちらと、検討が、、、。

ダブリン大学は、現在は宗教に関係なく、門戸を開いていてカトリックも多いようです。元々はアングリカンの大学でしたが。

はい、ダブリンはこれで終わりです。後、船の話を4、5回、チャネル諸島の話を2,3回、アムステルダムの話を1、2回書き留めて、セレブリティは終わろうと思っています。次回のクルーズは来年まで予定がありませんので、次は何を「覚え書」にするか、迷っています。

はい、うちの奥さまは、船に近づいたところで、こちらを残してドンドン先に行ってしまいました。写真を撮るのに「お〜い」と呼んでも無視で、振り返りもしませんでした。
何を怒っているのか、不思議で、船に戻ったところでそれとなく聞いたら、怒っているのではなく、トイレがしたかったのでした。アハハ、、、です。
hiroshi
2007/09/05 19:31
すごい力作で読み応えがありました。
ヨーロッパの歴史 文化を理解するにはカトリック プロテスタントの歴史を知っていなければいけないのに 私の知識はあまりにも貧弱です。

ジャガイモの不作で国を追われてしまうなんて 日本では考えられないですが 渡っていった国で成功して子孫を増やしていくなんて凄い生命力ですね。
戦前に移民した日本人はそれぞれの社会で一応は成功した方が多いように聞いていますが アイルランド人に比べたら微々たるものでしょう。

次のクルーズはアラスカですか?
クルーズには最適の地だと思います。
みえこ
2007/09/05 19:54
みえこさん、ようこそ!

いえいえ、まだアラスカ決定とは、とても、とても。二人で今、次は、といっても来年の、鬼の笑う話ですが、どこへ行くか、といろいろ話しているとりとめのないハナシを書き込んでしまって、、、。ホランド・アメリカの船で、あちらを、という話もその一つでして、果たしてどうなるやら、、、。

日本の移民たちも、大統領を出すところまで行ったは、行ったですが、政情不安定の中で訴追されるような具合では、ちょっと、と、いう感じですよね。
みえこさんは、お仕事がおしごとでしたから、宗教がもたらす人間社会のヒズミについては敏感でらっしゃるでしょう。ただ、ご子息が現在住んでいらっしゃるあの国と、アイルランドの関係は、宗教問題のように一見、見えますが、歴史上長く続いた、宗主国と植民地、地主と小作人たちの関係の問題ですので。
といいながら、英国は、やはり偉大な国だと思います。ジャガイモ飢饉の問題解決へ尽力したのも、最後はイングランドでしたから。
ポンド、まだまだ、対円で値上がりしそうですね。私も、ご子息のような先行きの見通しのいい先生が、欲しかったです。
hiroshi
2007/09/05 20:12

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