潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS セレブリティ クルーズ〜35〜チャネル諸島@

<<   作成日時 : 2007/09/24 09:46   >>

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画像

ダブリンから362マイル(海里)。

「センチュリー」は午後早く、チャネル諸島の主島・ガーンジー島の街、セントピーターポートの沖合いにアンカーを下ろしました。

画像快晴、波穏やか。

ダブリンを離れた昨夜は、波高2〜3メートルと少し荒れていました。
6Fプロムナードデッキ。ここらあたりで、水面から高さは10メートル以上あるのですが、波頭が馬のたてがみのように白く泡立っていました。

画像そして波の頂点は、プロムナード・デッキのすぐ横にあるほどにさえ見えました。それくらいに海は荒れていたのです。揺れも結構強く、デッキを歩いている人は皆無。視界も悪く、2,300メートルくらいでした。

が、この日はウソのような天気です。視界こそ約20キロとさほどではありませんが。

画像さて、テンダーでの上陸です。

セレブリティ・シアターで、下船順を示したテンダーの乗船チケットを受け取ったまでは良かったのですが。
待機していて、なかなか、テンダー乗船指定順番号がアナウンスされません。

画像今回のクルーズで、この日の上陸地、セントピーターポートの前にテンダーで上陸したのは、スコットランドのエジンバラ。そのエジンバラでも、下船順が巡ってくるのはやけに遅いな、と感じました。

あ、左写真は通船着岸の埠頭です。ここも、汐の干満差は大きいと見えました。

画像今回の航海直前に、おそらく、クルーたちの入れ替えがあったのではないでしょうか。

エジンバラで帰船の際、テンダーは乗船口のフロートに激突。流れの速い満ち潮のせいで操縦が乱れた、と、あの時は思いました。

画像が、どうも、そうではなかったような。

まだ操縦になれていない、日本のクルマ社会ならば「若葉マーク」が必要な、操縦初心者クルーたちがかなりいる感じ。夕刻の帰船時に、そのことが明らかになるわけですが。
あ、左上及び左写真の方は違います。オフィサーです、この方は。

画像訓練不足のクルーが目立つため、急遽、応援に繰り出した、、、と想像する、上級航海士さんです。
話を振り出しに戻して。そう、若葉マーク・クルーたちの操縦ぶりの話です。そして結果、キャビン1部屋当たり、100ドルも返還されることになるわけですが、、、。ええ、儲かっちゃった。後段、その話はします。が、

画像それはともかく、ここでの下船は1時間近く待ってようやく順番が来ました。左写真正面、小さくフェリーが見えるその左側が、「センチュリー」のテンダー上下船埠頭です。
で、ガーンジー島の港には、思っていたよりもはるかに遅い時間帯にやっと到着出来ました。




チャネル(Channnel)諸島。

「チャネル」、の名のとおり、文字通りイギリス海峡(English Channel)にあり、しかもすぐ傍がフランスのコタンタン半島。その西側の海上に連なる5島です。
画像
ガーンジー島のこの港。上陸最初の印象は、エーゲ海の島々を思わせるような。緑の丘陵も家並みも、港のヨットや漁船の群れも、明るいイメージでした。
画像
この港から、大陸のケルトの人々が住む地域、フランスのブルターニュ地方のサンマロまでは、距離約40キロ。日本で有名なモンサンミッシェルも、ほぼ似た距離です。
東のコタンタン半島の中心都市、映画「シェルブールの雨傘」の舞台の街も、同じくらいの距離だそうです。

画像
JR中央線でたとえると東京〜立川間程度で、フランスは、「天気がよければ見えますヨ」という、間近なお隣さん。この日は遠くが靄でかすんでダメでしたが。

この女性、船のカメラマン、イエ、カメラウーマンの一人です。セルビア出身。性格も、とても可愛い子デシタ。

画像左の写真、テンダーやショア・エクスカーションのバスの乗り場案内。ここから英国本土までは120〜130キロと聞きました。

というわけで、5島のうち英国、つまりアングロ・サクソンやブリテン人の子孫に当たる人々の住む島は1島だけ。残る4島は、ノルマンディー地方、つまり、現在ではフランス人にあたる、ヴァイキングの子孫の人々が住んでいます。

といっても、アングロ・サクソン人やデーン人とノルマン人はともに、さらにさかのぼれば、北欧ヴァイキングにたどり着きますから、大元は同族なのでしょうが。

画像土地は英国王室領です。だからか、スコットランドやウエールズのようにUK、いわゆる「英国」には加わっていません。
国旗 イヤ、島旗?も、独自のクロス旗を持っています。なぜ? 歴史をひもとくと、なるほど、という、納得のいく理由があるわけですが。
ここら辺りの人々の移動も、歴史と照らし合わせて考えてみると、面白いですヨね。

画像

昔、「世界史」の教科書で習いましたヨね。「バイユーのタピスリー」。亜麻布に刺繍で描かれた、ノルマンディー公ギョーム(ウィリアム)率いる軍団のイングランド征服の絵巻物。ヘイスティングの戦いまでの、いわゆる「ノルマン・コンクエスト」の物語。
画像教科書で、市販のノートの表紙で、刺繍のパック商品でと、70メートルもある物語の絵は、日本では部分カットされて、良く見かける絵です。イラストとして面白い図柄なのか、え、こんなところに、というほど、思わぬところで目にします。
で、そのホンモノが見たくて、2001年秋、モンサンミッシェルの帰路、下左写真の、バイユーの「征服王ウィリアム会館」に立ち寄りました。

画像会場内は写真撮影、ビデオ撮影は禁止でした。
変わりに、ここでも絵葉書やガイド本、写真集などがヤマのように。
絵葉書は買いませんでしたが、タピスリーの刺繍絵入りTシャツを1枚。ちょっと珍しいTシャツなので、持ち帰ったはいいが、目立ちすぎて逆に、ほとんど着る機会がありません。家の中だけ。

画像上に掲載の絵巻物と展示物は、会場で配っていた11カ国語の解説パンフレットのうちの、日本語版からの複写です。
ちなみに、この街も美しい街でしたが、この地方では、バイユーよりもさらにモンサンミッシェルに近く、距離約30キロの位置にある小さな田舎町、フジェールが、とてもとても、素晴らしい街でした。機会があれば、もう一度訪ねたいと思っています。

画像脇道にそれました。地理関係からいけば、チャネル諸島は、順当にはフランス領となるはずの至近距離なのに、なぜ英国王室領となったのか、、、。
そんな話をするつもりで、長々と余談になってしまいました。

後は簡略化して。

画像フランス・ノルマンディー地方のギョーム公所有のチャネル諸島が、彼が英国王室ウィリアム1世となってノルマン朝を開いたために英国領となり、
次いでプランタジネット朝、ランカスター朝、ヨーク朝、チュダー朝のヘンリー8世へとそのまま継承され、、、
現在の女王、エリザベス2世のウィンザー家へと、チャネル諸島は代々、王家が変わっても引き継がれてきたのですね。

画像だからでしょうか。
第二次世界大戦当時、映画化もされたあの連合国軍の「ノルマンディー上陸作戦」。映画タイトルは「史上最大の作戦」だったですヨね。1944年6月6日、その大作戦が展開されたフランス北部。
そのノルマンディーの地に住む人々と同じ血を持つ人々が住むこのガーンジー島は、かなりのカズの道路名も、地図を読むとフランス語。島の人々も、バイリンガルが多いのだそうです。

画像で、「ワールド・カップは、どのチームを応援する?」。

この土地のガイドさんに聞いたら「それは、もちろん!」。笑顔で目元をくしゃくしゃにしました。
で、答えを引き続き待ったのですが。いつまでたっても、ただ笑っているだけでした。


※ガーンジー島のカントリー・コードはhttp://www4.plala.or.jp/nomrax/TLD/

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コメント(6件)

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hiroshiさん こんにちわ〜
お船は南下ですか? フランスにも近くて雰囲気が変わりましたね?暖かそうです。

歴史に疎いので軽い脳にはスーと入りませんが感心して見ました。 面白い出来事も有りましたね!
>若葉マーク・クルーたちの操縦。キャビン1部屋当たり、100ドル返還  そんなハプニングも楽しいかな?と見させて戴きました♪
「ライフブイ(パーソナル・ブイ)」・・・何処かで見た様な!

ラストの花は画像も大きくて綺麗で私は喜んで居ますよ〜
たえこ
URL
2007/09/24 15:56
や、や、たえこさん、ようこそ!

おっしゃるとおり、ここまで南下して、ようやく街の雰囲気は明るくなってきました。

そうなんです。100ドル、船に乗っているだけで、稼いできたんですよ。後で載せますが、船長があわざわざ埠頭まで出てきて、乗客の見守る中、クルーたちを陣頭指揮して、なかなか見ものでした。

日本船、外国船でも、過去、船長が港に上陸までしてテンダーでの往復の陣頭指揮に当たるのは、これまで見たことがありませんでした。

万が一を考えて、航海中は船長は、たとえ沈没しても船を離れないのが規範だと思っていましたが、客に迷惑をかけることは、それを上回る大変なこと、らしいです。

はい、面白かったです。

ブイ、その通り、たえこさんがお乗りになった船と同じなのでしょうね。船名の書き込みが違うだけで。花の写真、上陸にあまり関係ないのですが、たえこさんにお見せしようと、たえこさん向けに入れ込みました。花の名前も知りませんが。
hiroshi
2007/09/24 18:15
テンダー好きな私です。
日本船の場合(ぱしびぃの場合)は、寄港先の漁船や観光船を利用することが多いようですが、外国の場合はテンダーボート利用が多いのでしょうか。

>船長が港に上陸までしてテンダーでの往復の陣頭指揮に当たるのは…
ぱしびぃの現船長が副船長時代の話ですが、早朝の台船の準備から、乗客が通船に乗降りする手助けまでしておられて、「こんなことまでされるのですか?」って聞いたことがあります。お返事は「通船での上陸は危険なので、すべて見届けないと気が済まない」というようなことを仰っておられ、へーと感心した覚えがあります。

それはそうと、今頃気づいたのですが、テンダーボートってどの船でもオレンジと白を使っているようですが、これは世界共通の何か決まりなんでしょうか。
まゆき
URL
2007/09/27 02:29
やぁ、やぁ、まゆきさん!

うっかりしていて、こちらでのお書き込みを、たった今まで気づきませんでした。

疑問に思われた塗色のハナシ、なるほど、と関心しました。私は、これまでまったく疑問にも思わなかったモノで、、、。チョット鈍いのでしょうか。

ただ、おっしゃるのは、ライフボート(救命艇)のことだろうと。日本船では、ぱしびぃや飛鳥Uは、テンダーとライフは兼ねていますが、兼ねていないにっぽん丸のテンダー「ゆうなぎ」は、白い船体で水線(海の表面部分)に細い真っ赤なラインがあるだけです。ほかに、カリブでは、船体が明るいグリーンのテンダーも見ました。
つまり、テンダーには法律的な決まりはないと思います。

しかし、救命艇は、振り返ってみると、どれも同じ塗色であった姿しか思い浮かびません。これは、何か、決まりがあるのかも、、、。
ライフジャケットもオレンジ色以外を見たことがありません。同じ「何か」があるのかもしれませんネ。
ごめんなさいね、知識不足で。藤原さんバルクキャリアさん、桑原さんに、藤原さんのサイトで、一度お聞きになってみては? あの方々ならばご存知かも。
hiroshi
2007/09/27 15:40
hiroshiさん、こんばんは。
そうですね。ライフボートのことでした。
テンダーとライフボートがごちゃ混ぜになってました。私の頭の中で。

>ライフジャケットもオレンジ色以外を見たことがありません。同じ「何か」があるのかもしれません

確かにそうですね。関係がありそうです。
また、研究してみます。
突然変なことを聞いてすみませんでした。
変なところに拘ったり、気になったりと可笑しいでしょう。
こうやっていつも周りを困らせています。子供の質問なら可愛くていいのですが。


まゆき
URL
2007/09/27 22:03
まゆきさん、今晩は!

今夜は、月が見えたり、見えなかったりです。
実は、まゆきさんのような雲と月の写真を撮ってみようと、コンデジで狙ってみたのですが、まったくダメでした。腕といいカメラの相乗効果で、初めてあんな素晴らしい写真が取れるのでしょうね!

好奇心旺盛なのは、誠に結構だと思いますよ。実は、私もヤジウマです。何でも知りたくて、また、判らないことがあると気になって。昔は、木になると、眠ることも出来ないくらいに、拘る性質でした。

しかし、ホントに、不思議ですね。オレンジ色のハナシです。まゆきさんにお返事を書き込んだ後、ネットでさまざまに検索してみたのですが、日本語でも英語でも、答えは出てきません。明日も、少し調べて、それでも判らなければ図書館に行って来ようかと思っています。
いや、いい暇つぶしの材料を頂戴して、誠にアリガトウございました!
hiroshi
2007/09/27 22:32

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