潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS 秋、石畳の街に。〜終雑記・その3〜『壁』

<<   作成日時 : 2007/11/29 10:37   >>

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【写真説明】ローテンブルグの城壁上の道。下写真は、その城壁から眺めた街の景色

今日は、『壁』の話を少々〜。

まずは、城壁の話です。
極めて個人的な話ですが、ヨーロッパの、城壁のある街の、その壁の中の旧市街が好きです。同時に、ヴェネツィアやマルタ島のヴァレッタ、サントリーニ島のフィラやティラ、ロードス島のロドス・シティなど、海に浮かぶ島の街も。加えて、グラースやエズ、ロンダやミハス・プエブロなど、山峰の稜線にへばりつく小さな街にまた、魅せられます。

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画像なぜだろう? どこに共通点があるのか? 随分考えて、ある日、気づきました。
答えは、自動車でした。
これらの街には、クルマは入れないか、仮に走っていたとしても、脇役として厳しく速度などを制限されている。そんな街だからだと気づきました。人間が街の主人として、車に遠慮せずに大手を振って歩き回れる街。だから好きなんだ、と。
【写真説明】カルカッソンヌの城壁。城壁内のラ・シテは、クルマは皆無で、跳ねられる心配なしに気持ち良く歩きまわれる

画像左写真をご覧ください。このように車にも、結果、歩車道の区分を気にすることもなく、信号にも横断歩道にも、右側通行にもわずらわされずに自由に歩いたり走ったりできる。
そんな街の気分の良さは、日本では、つかの間だけ許される歩行者天国以外では味わえません。もちろん、最近流行の、コンクリートで固めた人工の街ではなく、草や花、木も共に生きる大地と接し、道沿いには魚屋さんも、八百屋さんもキチッとある、ホンモノの街、の話です。
左写真も、城壁の中の街で、好きな街の一つです。別称『谷間の真珠』とも呼ばれる、オビドス。街の城壁の上の遊歩道こそ、幅狭くて壁高く、少々怖くてあまり歩きたくはないですが、街中ならばスキップしたくなるほど、楽しい。


画像左写真の街も、車は城門の外でオフ・リミットです。アドリア海クルーズの定番の寄港地の街で、旅行代理店関係者によると、最近は、飛行機プラス、バスのパッケージ旅行でも、人気度1、2位を争っているバルカン半島を巡るコースの一つ。そしてその一角に、魅力度・横綱級で君臨しています。

とうわけでご存知の方は数多いわけですが、オビエドと同じく小さな街ですので、1時間ほど歩き回れば、主要な街路の全てを制覇できるくらい。
ドブロブニクは、城壁の上の道も広めです。幅1〜2メートルはありますから、独特の赤い屋根の連なりを眺め、その向こうに広がる青い海も臨める一角などにカメラを向けながら歩き回るのは、コタエラレマセン。これも、車が通らないからこそ生まれる楽しさではないでしょうか。


画像左写真の街も、城壁が現代まで見事に残り続けた街として知られていますよね。

アビラ。
この街は、一度しか訪ねたことはありません。ヨーロッパのあちら、こちらの街郊外では、ヒマワリ満開のころ、6月から7月にかけての旅でした。で、暑くて暑くて。カスティーリアの大地は焼けついて、城壁の石さえ熱く焦げついていたような。いえ、そんな気がした、というだけですが。
こちらは、城壁の内側、旧市街に車は走っています。ただし、あくまで人間が主役。車は厳しく速度制限され、道は人が優先。
カテドラル前の車道で、鐘が鳴り始めたので、そこで立ち止まって尖塔を映像に、鐘の音を収録するためにビデオ・カメラを動かし始めました。


画像30秒ほどビデオを動かして止め、気配に背後を振り返ったら、1台の車が。ビデオを動かしている間、警笛もならさずにジッと停止して、終わるのを待ち続けてくれていたのです。恐縮して頭を下げたら、運転席のオトコはニコッ。あるいは二ヤッだったのか。とにかく笑顔で手を挙げて去っていきました。
遠景で撮影した左の場所は街を眺める展望台です。デルフィニウムの原種だと聞いた黄花が満開でした。


画像左写真のこの街も、車は城壁の内に。一部広めの道路には大型バスさえも。とはいえ、街の主人公は、主役は誰なのか、同じくハッキリしています。車はひっそりと、警笛などもってのほか、の表情で(そんな顔付きをしているように見えます)遠慮しながら通行しています。

トレド。画家エル・グレコが愛して止まなかった古都です。グレコ。ギリシャ人の意ですよね。画家のことはよく知りませんが、ギリシャ人が16世紀に、なぜ、本場イタリアを越してこの街まで移動したのでしょうか。何が魅力だったのでしょう?

と脇道にそれました。写真の通りは、甘党の方なら、街を訪ねたらまずお訪ねになるに違いないサント・トメ通り。名物菓子「マサパン」のふるさとです。


画像アーモンドを粉にしたこの菓子、これは本当に美味ですヨね! 
もちろんこちらも、写真を撮っているがごとく、この街のホテルに入ると荷物を置くのもそこそこに、早速、歩いて7、8分。通り名と同じ名の老舗で買い求め、その直後の写真です。あ、同じ菓子は、こだわらなければ、街の菓子屋のいたるところで売っています。

上写真の街はトレヴィーゾ。城壁は現在では一部しか残っていませんが、それでもやはり、人間が主人公の街を維持。市庁舎周辺の旧市街は、安心して歩けます。写真の門のライオンでお分かりになるとおり、ヴェネツィア領時代が長かったためか、水の街としても、心安らぐ風情があります。

画像と、長々と城壁のハナシばかりを書き連ねました。が、ヨーロッパの街はすべて、昔、城壁を持つ街でした。元々、敵から街を守るのが壁の役目でしたから。左写真のヴェネツィアも、運河とラグーナが壁の役割を果たしていたのですね。そして壁の中は、ヒトが主人公の、歩いて回れる程度の小さな社会だったのです。

車がひっきりなしに走り、歩行者は赤信号さえ「自己責任」の世界と割り切って車間を器用にすり抜けていき、日本の田舎者であるこちらには、クルマが気になって、加えてスリや置き引きにまで神経を研ぎ澄まさなければいけない、あの「クルマ主役」社会に成り下がったかのように見えるマンモス都市、でさえも。

その証拠に、マレ地区にはフィリップ・オーギュストの城壁が残り「大通り」の語源になった城壁を取り壊した跡のブールバードが街を取り囲む、あのパリ、しかり。ロンドンだって、ロンドン塔からウォール・ウォークでお分かりになります。ウィーンは、城壁を取り壊した跡のリンクが象徴的ですし。

小さな街では、上に挙げた街のほか、ルッカやロードスなどでもお分かりになるとおり、ヒトに優しい旧市街を持つ街は、まだまだ数多くありますヨね。日本では残念ながら、近代化を急ぐ途上と、連合軍の大空襲、敗戦、戦後高度成長期の途上に、すべて消え去ったのではないでしょうか。私が子供のころは、石畳の街と同じ、路地や井戸のある広場や横丁が結構残っていたのですが、、、。で、ヨーロッパに憧れ、好きなのですね。

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上写真は、ディンケルスビュールの城壁。その街の中の、ある家の壁画が下写真です。

この壁画は、この街で毎年7月に開かれる「キンダーツェッヒェ」のお祭りのいわれ。というよりも、かつての歴史の一こまを絵にしてあります。新教、旧教相争った約380年前、新教派のスウェーデン軍に攻め込まれた街を、どうぞ助けてください、と将軍に願い出た子供たちが救った、という逸話を描いています。

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上写真は、インスブルックの壁絵。こちらも壁にさまざまな絵を描いた家が目立つ街で、中には、下写真のように家の2階の角壁から、下の通りの通行人たちを眺め下ろす像も。楽しい街の壁風景でした。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
hiroshiさん こんにちは

>1台の車が。ビデオを動かしている間、警笛もならさずにジッと停止して、終わるのを待ち続けてくれていたのです

いい話ですね〜。
車中心の今の日本では、あり得ない話のような気がします。観光地などで、人間同士では、写真を取っている人の前を通らないとか、しばらく待っているとかいうことはあるのに。ハンドルを握った途端に性格が変わってしまったかのようになるのは、どうしたものでしょうねぇ。

それにしても、hiroshiさんが紹介されている車が制限されている街を、ゆっくり歩いてみたいものです。ちょっと怖いけど、城壁の上の道も通ってみたいなぁ(なんとかと煙のクチですので高いところは好きです)
まゆき
URL
2007/11/30 12:38
(続きです)
今まで私にとってヨーロッパというのは、物理的にも精神的にも遠いところでした。なんといっても、あの狭い椅子に長時間拘束されるのがイヤで(10年以上前にインドネシアに行ったときの6時間が限界と思い、それ以来、ヨーロッパなんて無理無理と思っています)。
でも、こちらにお邪魔するようになって、最近はかなり興味が出てきています。もう少し時間に余裕が出来たときには訪れてみたい。。。でも、その時はやっぱり船で行きたいなぁ!
まゆき
URL
2007/11/30 12:40
やぁ、やぁ、まゆきさん、ようこそ!

同じです! 長く座席に座るのは、まだ仕事をしていたころ、現役のころは大嫌いでした。せっかくの休暇なのに、なぜ、こんな苦痛を好んで体験しなければいけないのか、と。飛行時間6時間余りの太平洋の真ん中の島も、行き帰りの飛行機は苦痛でした。

仕事での出張は、仕方がないと諦めて乗ったせいか、それほど、シンドイと思ったことはアリマセンでしたが。

不思議なもので、長い飛行時間も、慣れるとあまり気になりません。加えて、自分では、いくつか、おまじないのような、コツのようなことを実行していますので、12時間も、皆さんがおっしゃるほど苦しくはありません。

高いところは、まゆきさんの場合は、すぐ近くに山があるから、そして、山がお好きだからですか? 高いところへ昇りたがるのは、うちの相棒も「○×と煙」の口、デス。塔とか丘の上の城塞とかは、必ず昇りたがります。見晴らしがいいんでしょうね。自分は、山も含めてあまり登るとか、シンドイことは好きではありません。ナマクラモノですので。

〜下へ続く〜



hiroshi
2007/11/30 18:06
現役時代、ヨーロッパは関心がありませんでした。仕事で行くだけで十分、と思っていました。が、間もなく退職、というころに、たまたま仕事で長い滞在を。一度に見方が変わってしまいました。コノブログで書いていること、文章が長いし、あまり長い休みが取れない若い人たちには関心のない旅の世界ですし、面白くないと思うんです。で、自己満足だけで書き残しています。一人でも二人でも、参考にしてもらえたら、という思いもあるにはありますが、、、。

確かに、行くならば、ワールド・クルーズがいいですね。仕事の関係で他の街に住む息子夫婦と同居するようになれば、長く家を空けることも可能なのですが。防犯上、いまは3週間が限度で、諦めています。


hiroshi
2007/11/30 18:11

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