潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS フィオリーニ荘〜映画「旅情」の舞台〜8

<<   作成日時 : 2008/01/10 10:44   >>

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画像
【写真説明】映画「旅情」の、キャサリン・ヘプバーンの宿泊したペンショーネから眺めたのと同じ小運河の風景=2007年撮影

今回は、長いです。文章が。

いつも長い? 

ごもっとも。確かにそうです。が、その「いつも」よりも、今回はさらに、格段に、長い。
で、お忙しい方は、どうぞ、いつかまた、別の日に。

さして忙しくない方も、出港風景のビデオ映像部分の文章は、まず、飛ばしてください。
それでも、毎度の事ながらウンザリ、と言う方は、写真とマーカーでラインを引いてあるところのみ、チラリ、目を止めていただいて、後は読み飛ばしてください。

いやいや、場合によっちゃァ、最後のピリオドまで全部パス。見飛ばしていただいた方がよろしいのかも。

ご遠慮には及びません。
お立ち寄りいただいただけで、書き手は小躍りしております。チャチャチャでも、某大学応援団の名物ダイコン踊りでも、何でも踊り出したいほどの、喜色満面、欣喜雀躍の心境なんですから。

どうも、ありがとうございました。
お帰りは右上。セレブリティ・クルーズのファンネル・マークから、どうぞ。
あ、バッテン印の船です。あのクルーズ・ラインのシンボルマークは。「X」。
と、駄洒落が過ぎますかね。追加で、書き込んじゃいました。

さて。で、もう一度、再開。おや、どなたも、いらっしゃらなくなった?
葛飾・柴又の寅さんではありませんが、結構、毛だらけ、です。猫、灰だらけ。自己満足で書き込んでいますので、、、。「ウ、ッヒッヒ、、」。今度は「11PM」の大橋巨泉さん口調で。書くことが面白くて。。。ほくそ笑み、です。これも追加書き込みですが。

下左の小さな画像12枚が、ビデオ・カメラ映像からピックアップした「出港風景」画像です。

画像ヴェネツィア発のクルーズ。

港は、「世界の好きな港」の「ベスト10」に常時、ランク・イン。
日本のクルーズ関連雑誌はもとより、欧米の専門誌でも、世界のクルーズ・ファンから絶えず上位にノミネートされる、素晴らしい景観の中にあります。

そして、その美港からの出港は、こんな具合です〜〜。


画像左を頭に、右をシッポに。そんなサカナに見える、上から眺めたヴェネツィアのバード・アイ・マップ。

クルーズ船が停泊するマリッティマ港は、サカナの口とアゴぐらいにあたりましょうか。

大きく開かれた「口」は、北から南へ向けて開いています。そして、「口」の両岸に、大型船ならば片側各2隻、計4隻が接岸可能。東側のスコメンツェラ運河を越えて延びる、「アゴ」にあたる一帯。こちらも接岸可能ですが、小型船が多いですね。

画像出港時は、その「口」から吐き出された具合に、港を出ます。スクリューが巻き上げた軟泥で港内を土色に染めながら。

「口」に当たるマリッティマ港を出ると、そこはジュデッカ運河です。
その運河を、サカナの地図にたとえれば、船は、お腹あたりに沿って、シッポ方向へ向かいます。

で、港を出る際は、左へ90度。取り舵。ポート・ステア、、、

画像ポート・ステア、となるわけですが。

が、、、ちょっと違うことが多い。

というのは、この港では、上写真の岸壁左右、方向で言えば東西どちらかの岸壁に、頭から突っ込んで接岸するケースが多いようです。ポート・サイド、スターボード・サイド関係なしに。
もちろん、きちんと船首を「出口」に向けて停泊する日も、あるにはありますが。

画像頭から突っ込んで泊めると、リベルタ橋を渡るバスや列車の観光客に、美しい船首が見えます。

だから、港の眺めがとても良くなる。
ヴェネツィア市当局と関係機関は、そういうネライで、こう着岸させるのではないでしょうか。推測ですが。

というわけで、実際の出港風景は、微速後退しながら船尾を左へ振る。回頭してジュデッカ運河方向、つまり船首を東に向ける。

画像そして微速前進。出港の汽笛。長音、1声。

間もなく、右側にはジュデッカ島。左側は、ザッテレ。その間の、広い運河の中を、船は下ります。

さあ、世界遺産の、きらめく中世の街中を、出港クルージング開始です。
デッキも各船室のベランダでも、乗客は左舷に集中。こちらがやはり、メイン舞台なのでしょう。お馴染みのサン・マルコ広場が、やがてお目見えしますから。

画像ザッテレ。正確には、フォンダメンタ・デッレ・ザッテレ(Fondamenta delle Zattere)。

フォンダメンタは、片側運河沿いの開けた道。そしてザッテレとは、「木のいかだ」のことです。
昔、ヴェネツィアの東にあるピアヴェ川をラグーナに向かって流し下ろされた建築材は、この岸辺で引き上げられていました。それでこの名が。

クルーズ船の港、マリッティマ港。こちらを出港すると。

画像まず目に入るのが、左手の平屋建ての駅舎兼倉庫群の建物。その隣の、1世紀余り昔はラグーナとの境界線であった名残の運河、サン・バシリオ入り口の数本の緑の木々が、次いで、目だって見えます。

越えれば、この街で最も長い運河沿いの道、ザッテレ。

現在は、広々とした岸辺の道沿いにカフェが点在。ヴェネツィア派の絵画を抱えた教会が対岸のサン・ジャコモの河岸とあわせて点在し、その白い外壁と運河の水の色との対比も、なかなか絵になります。

画像


画像潮風が吹き渡って、運河を上り下りする大型船、小型船を眺めながら、静かで心地良い豊かなひとときを過ごせる場所の一つです。

観光客も住民も、通る人は少な目。皆さん、この上ない快適な場所で散策や談笑を楽しんでいる風情です。

大きな真っ白のファサードが美しい教会は、ジェスアティ教会。本当はサンタ・マリア・デル・ロザリオ教会という名をもつのですが、誰もジェスアティ、と。

画像アカデミア美術館やサン・ロッコ同信会館、サン・スタエ教会など、この街のいくつかの教会同様、この教会もヴェネツィア共和国の生んだ数多い歴史上の傑物の中の、18世紀に出現した最後の著名人、ジャンバティスタ・ティエポロの絵を所蔵しています。

作家・須賀敦子著「ザッテレの河岸で」。
この本で、一躍、日本でも有名になったですヨね。この水際の道は。特に若い人々の間で。
この文庫本を抱えて旅していた若い女性二人連れと、水際のカフェで隣り合わせになったことがあります。

画像そうです。
かつてヴェネツィアに数多くいた娼婦たちのうちの、不治の病の人々を収容した病院「Ospedale degli Incurabili」のお話。

その病院のあった建物は、船の上から、今でも見ることができます。

ホンの30〜40年前まで使われていたという、スイミングプール跡のCalcina Bridgeの横に。あの短編に、感銘を受けた方々は多いのでしょう。かくいう、こちらもその一人でありますが。

画像で、良く日本の方にお会いします。ここらでは。
観光地としては、よほどヴェネツィアにのめり込んだ人々を除けば、いわゆる「名所」は少なく、さほど魅力のあるところではないと思いますが。街歩きを満喫したい人々にはお薦めでしょうが、、、。

クルーズ船が出発すると、そのザッテレの岸辺を眺めながら、サン・マルコ広場前の運河へと向かいます。

そして、そのザッテレの東北側一帯。そちらがアカデミア地区で、今回のテーマの場所。映画「旅情」の、「主役」級の場所でした。

映画「旅情」で、撮影ポイント捜しの難しかった場所。左3枚上写真の、木々の緑の一角の橋の下の小運河を入っていくと、2枚挟んで左下2枚の、映画の場面に出ます。


画像
【写真説明】上は、クルーズ船よりも低い視点の水上バス船上から眺めたザッテレ。下は、同じ場所をクルーズ船から眺め下ろした光景

画像その、下左、映画の画面写真。

この2枚のシーンの舞台を、
カメラをセットされたポイントを、なかなか見つけることは出来ませんでした。映画には何度も出てくるのに、、、。

そして、やっと見つけた、この場所とは、、、。

最上段写真の、運河沿いの一角でした。


画像実際は存在しないのに、映画の中だけで〔店開き〕した幻のペンシオーネ「フィオリーニ荘」。そしてその2階のテラス。

アメリカのハイ・ミス、キャサリン・ヘプバーン扮するジェーンが宿泊する、日本で言えば民宿ぐらいに相当する場所として、設定されていました。

このペンシオーネ、ちょっと擬人化してたとえれば、映画の背景の中で『サン・マルコ広場』に次ぐ「主役級」の重要役者。何度も出演、登場します。

なのに、なかなか場所を解き明かすことが出来ず、そのうち場所探しを諦めました。

わからなかった理由は、いくつかあります。

画像その最たるモノは、映画の中で、当然ながら、かなりフィクションを加えられていたからです。実際の地理とは違う風景を、この宿周りなどにプラスしてドラマは作られていました。

で、こちらかと思えばまたあちらと。

たとえば、
水上バスを降りた後、宿泊先に向かう場面。

ヘプバーンが通過する広場は、カンポ「サント・ステファーノ」。この街を観光する場合、比較的に良く通る広場です。
サン・マルコ広場とアカデミア美術館を歩いて結ぶ道は、細い小路まで勘定に入れればいくつか異なる道筋がありますが、その、どのルートを通ろうとも必ず通るポイントです。


画像

映画では、振り分け荷物にして肩にかつぐポーターに案内されて、ヘプバーンはこの広場を、リアルト橋方向からアカデミア橋方向に。
つまり東から西へと進みます。

これは、理にかなっているのです。
なぜならば、彼女は、アカデミア橋と映画の中では呼ばれながらも、実際は広場の東にあるリアルト橋で水上バスを降りたのです。
本当は西にある、アカデミア橋へ向かうストーリーなのだから、この方角で合っています。

画像ところが、その次の場面。

あるソットポルティコ(建物の下のトンネル状の通路)が登場し、さらにフィオリーニ荘玄関前として、ヘプバーンがしばし立ち止まって眺める、左写真の小運河が登場します。

が、これは共に、サン・マルコ広場に近い、中心地区の繁華街、「メルッチェリエ」通りを歩かなければ見ることが出来ない場所なのです。

ちょっとややこしいですが、映画では、やって来た方向へ再度戻った場所へ、到着?しているのです。

画像行きつ、戻りつ、また行きつ。

そしてまた、フィオリーニ荘の窓から見える風景も、もう一方の窓の景色、テラスの景色と、それぞれ違った場所。

左写真を含めて数えると、3枚上にある写真。
これは、アカデミアから、丸いドームを持つ教会、サルーテ教会方向にある、海の税関の先端(Punta della Dogana)へ向かう時に通る運河沿いの道です。

小運河の右に見える白い門がパラッツォ・ヴェニエール・ディ・レオーニ。レオーニの名のごとく、門の上にライオンのレリーフが見えます。

画像そして仮想フィオリーニ荘は、この小運河周辺のどこかだというところまではわかったのですが。
そのうちに解き明かしを諦めました。

現役を退いて時間にゆとりができ、北イタリアの小さな街を訪ねるための基地としてもこの街を使うようになったころ。

家でヴェネツィアの写真やアルバムを整理していて、ある橋の上から撮った家族の記念写真。その背景に気づいたのでした。「あっ、ここであったのか!」。

そうです。記念写真を撮った時はもう、「旅情」の舞台捜しなど、とっくに止めていたのですけれども。

写っているミモザの花が大変キレイなので、花と一緒に写真を、と思ったのでしょう。

画像春のミモザの花は、イタリアでは、オトコにとって誠に面倒でやっかいで照れくさい?意味を持つ、女性へのプレゼント用の花です。

この写真を撮った時。
その記念日「3月8日」はとっくに過ぎたころの旅だったと記憶しているのですが、確かこの年は、忙しくて花のプレゼントを忘れ、この花の満開に遭遇してドッキリ。その言い訳をたらたらとまた繰り返しながら、こちらで記念写真を撮ったような。確か、そんな記憶がチラリ、と、、、。

画像いずれにしろ、見える運河は『サン・ヴィト』。

映画でも写真でも、写っている道は、『フォンダメンタ(運河沿いの片側が開けた水辺の道)ヴェニエール』。

映画では、かすかにしか写りませんが、左写真で、あるいは最上段写真でご覧のとおり、フォンダメンタは小運河リオの、向かって左側にもあります。こちらは『フォンダメンタ・ブラガディン』。

そしてフィオリーニ荘は、、、。
実は、ここに、つまり、左の、そして2枚上の、さらに最上段の写真の撮影場所である橋の上で、構えたカメラの背後に、広場があります。ナマエは、カンポ『サン・ヴィオ』。キリスト教の聖人名の、サン(聖)・ヴィトとサン・モデストを合わせた略語がサン・ヴィオです。

その広場に、セットを組んで撮影したとしか考えられません。映画の場面と周囲の風景を照らし合わせて眺めると。

次回で、その広場の写真を。
最上段の写真は、映画のシーンの映像で見える、橋。その橋の上から撮ったものです。同じ橋の上から、次回は、後ろを振り返って、カンポ・サン・ヴィオを眺めた写真を。

ご安心ください。
次回は、もっと手短に。あっという間に読み終えていただけます。どうぞ、ご信用を!

画像

上の地図で、左端、口のように見えるのがマリッティマ港。
赤矢印は、フィオリーニ荘のセットが組まれたと思われる「サン・ヴィオ(San Vio)」広場。
さらに下の地図はその拡大。左(西)に行けばアカデミア橋、右(東)に行けば、サンタマリア・デッラ・サルーテ教会

画像

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観ようぜ!,フィオリーニ荘〜<stron...
2008/01/10 12:39

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コメント(15件)

内 容 ニックネーム/日時
hiroshiさん オハヨウ〜ゴザイマス!

ヴェネツィア発のクルーズでしたか? 
私達はクルーズ途中に寄港で一晩停泊でしたからとっても良かったです。沢山の画像に又素晴らしかったヴェネツィアのアチコチを思い出してるのです。
紀行文に感謝で〜〜す。

>史上の傑物の中の、18世紀に出現した最後の著名人、ジャンバティスタ・ティエポロの絵を所蔵しています。
ワ〜 お買いになったんですか? 何度もクルーズに行ける金額? もっとお高い? 

>作家・須賀敦子著「ザッテレの河岸で」。・・・恥ずかしながら知らない!
撮影ポイント捜しの難しかった様子が面白いです。
>ペンシオーネ「フィオリーニ荘」。そしてその2階のテラス  
>行きつ、戻りつ、また行きつ・・・楽しい考察で楽しかったですよ〜〜♪
監督さんの気持ちになって居られすね!
頭の中がよく働くと感心です。(学者が持つ頭脳??) 
たえこ
URL
2008/01/11 10:33
やぁ、やぁ、たえこさん、ようこそ!

こんなバカ長い文章、どうぞ、読み飛ばしてくださいね。次回からは。自分で読み返すのもイヤになるくらいです。
良く耐えていただきました。ご忍耐力に感謝!です。

ティエポロの絵を所蔵しているのは、ジェスアティ教会です。もしも自分が持っていたら、即、売り払ってクルーズ三昧。murmur1さんのように、キャビン・カテゴリーを豪華スイートにして、相棒と二人で200〜300回ぐらいは楽々、でしょう。当時のヨーロッパで引っ張りだこの絵描きさんでしたから。
晩年は、つい先、たえこさんご夫妻が乗下船された国、スペインで亡くなっています。

「ザッテレの河岸で」は、たえこさんよりも多分、ほんの少し年下ですが(推測です。ご主人のご年齢は存じ上げていますので)我々年代の方々は、ご存じないのが当たり前。自分も、ヴェネツィアにのめり込む前はまったく知りませんでした。日本の若い人たち(30代〜40代)に人気の作家ですね。

hiroshi
2008/01/11 11:02
〜続きです〜

>学者が持つ頭脳??

過分なおホメ、ありがとうございます。残念ながら、ほぼ対極にある、殺伐とした仕事でした。現役時代は。若いころは学者など、と思っていましたが、この年になると、やはり、なかなかいいお仕事かな?と。道を踏み誤ったかな? もう取り返しがつきませんが。千の風は、もう目の前ですから。

hiroshi
2008/01/11 11:03
hiroshiさん ゴメンなさい!
よく読まない証拠でしたあ〜 モゴモゴ♪
ミニスイート300回! 失礼しました!
たえこ
2008/01/11 19:51
たえこさん、

とんでもありません。書き方が悪い。加えて文章が長過ぎ。我慢して読んでいただいて、感謝です。

3億円宝くじに当選すると、ティエポロの絵の半分ぐらいは、豪華スイートクラスでクルーズに行けますよね。♪まだまだ、宝くじを買い続けよ〜と♪
hiroshi
2008/01/11 20:05
hiroshiさん、今晩は。

>春のミモザの花は、イタリアでは、オトコにとって誠に面倒でやっかいで照れくさい?意味を持つ、女性へのプレゼント用の花です。

これは、独身男性が独身女性へというよりも、いつもそばにいる自分の女房へプレゼントする花という意味でしょうか?

↑年末ジャンボ宝くじ見事に大ハズレでした。
3億円当たれば、好きなクルーズ三昧で・・・・。
しかし、そんな夢は非現実的ですね。
クルーズ三昧は、しっかり定年まで勤め上げてのお楽しみにしておきます。
今は仕事の合間に、ショートクルーズを楽しみます。



nao
2008/01/13 01:19
hiroshiさん おはようございます。

まず、前段の追加書き込みに大いに受けました。とっても楽しんで書いていらっしゃいますねぇ。
しかし、重要事項にマーカーを引いて下さるとは…
「ここ、テストに出るから線を引いておくように」って先生に言われた生徒みたいです(笑)それでも、この出来の悪い生徒には、なかなか頭に入ってきませんが。テストをされたら落第、追試は必至です〜〜。

ところで、ミモザの花のこと、私もとても気になりました。男性が贈るのは、結婚記念日?それとも誕生日?いやいや、
>記念日「3月8日」
って書いてあるから特別な日なんですね。
何の日ですか?先生、教えてくださ〜い。
まゆき
URL
2008/01/13 09:58
やぁ、やぁ、naoさん、
お風邪、その後いかがですか? いつかも申し上げたかもしれませんが、引き際と直り際が大切だそうです。どうぞ、十分にお気をつけて。

>これは、独身男性が独身女性へというよりも、いつもそばにいる自分の女房へプレゼントする花という意味でしょうか?

おっしゃるとおりです。「フェスタ・デッラ・ドンナ」(女性の日)といい、すべての女性が対象。で、この日にもしイタリアに居ようものならば、小さな男の子から腰の曲がったお爺さんまで、皆、ミモザの花束を持って歩いています。(ちょっと極端かな? でも、そんな感じ)。母親や奥さま向けです。花束は。

そうですね、3億円が当たったら、ほんとにクルーズ三昧出来ますヨね。夢だけは、と、この年になってもまだジャンボだけは買い続けています。これまでの最高当選金は1万円♪♪ うれしくて、娘一家や息子一家をレストランに招待して会食して、その、、、ン倍のお金を散財しました。バカみたい!でした。
hiroshi
2008/01/13 10:56
やぁ、やぁ、まゆきさん
お疲れはとれましたか?

クルーズ三昧だったのだからお疲れはナイノカナ?とも思いますが、自分の体験では、冬の船での日本脱出は、船酔い疲れで、かなりシンドカッタもので。

さすが、まゆきさん、すっかりお見通し。書くことを楽しんでおります! お訪ねいただく皆さんのご迷惑を顧みず。藤原さんのサイトで、クルーズ大好きさん、博多のクルーズファンさんのお書き込みを拝見して、ハタ、と膝を打ちました。そうだ、自分が好きではじめたブログ、自分勝手で、他人の迷惑など心配する必要がないノダ、と(ゴメンネ!)。で、以来、書きたいだけ書くことに決めました。(その前も好き勝手、長く書いていたじゃないか? あれでも遠慮していたんです!)

「フェスタ・デッラ・ドンナ」、naoさんにお書きしたとおりです。その日を元に、国際婦人デー?(女性デー?)が誕生したとかと聞いています。
hiroshi
2008/01/13 11:07
度々投稿させていただきます。
ペンショーネ
映画の中で宿となった建物は、当時(89年)ホテルとして利用されていました。
映画で見たのと同じ建物が目の前に。
泊まろうとしたら残念ながら到着した当日は予約で満室。「明日の晩一泊だけなら空いています」というお返事だったのですが、移動の手間もあったので、外観や庭を見て「これでよし」としました。
北極
2009/04/13 01:29
北極さん、おはようございます。ようこそ。

>映画の中で宿となった建物は、当時(89年)ホテルとして利用されていました。

なるほど、なるほど。
映画の中の「仮想」フィオリーニ荘は何ヵ所かありますが、言っておられるのはサン・マルコ広場とリアルト橋を結ぶ間の、つかの間、リオに立ち止まるあの場面のことですね? カメラの位置が、日本人ご愛用のホテル「Starhotel Splendid Suisse」の。そうなんですか、そのころはホテルであったのですか。自分が知ったころは、「S」という名のトラットリアでした。最近は行っていませんが、多分、いまもそのレストランなのではないですか?
しかし、良くご存知です。ご丁寧にありがとうございました。
hiroshi
2009/04/13 09:40
フィオリーニ荘何箇所もあるんですね。
不勉強で失礼しました。

私が訪ねた宿ですが、
アカデミア橋の近くの、
アカデミア美術館から少し西へ駅の方に戻り、
小川にかかる橋を渡ってホテルの庭に入りました。
庭も、ベランダもバルコニーも映画のまんまでした。

今、当時持ち歩いたガイドブック「某歩き方89年版」で確認しました。
名称 Accademia-villa Maravegie
住所 Fondamenta Bollani 1058
電話 710-188

「アメリカ人に大人気のペンショーネ、バロック風の建物」と記載されています。

フロントの部屋や階段も行った当時「映画で見たなあ」という気がしました。

アカデミア橋は「木で出来た新しい橋」というイメージでした。
北極
2009/04/13 11:12
北極さん、
ご丁寧に、再びのご連絡、ありがとうございます。

こちらは知りませんでした。お書きいただいているご住所から推し量ると、アカデミア美術館から、映画で主人公が運河に転落するサン・バルナバ広場へ抜ける道筋ですね。そして、ご住所から検索してみました。

http://www.pensioneaccademia.it/

おっしゃるとおりのペンションのサイトがありました。自分の知る限り、これで4つ目の撮影ポイント、ということになります。こちらはまったく知らなかったもので、機会があれば、ぜひ訪ねて見ます。

↑の何枚かの写真で、あるいは、もう一つの方で載せている映画の場面のごとく、窓を開けるとサルーテ教会が見えたり、ジュデッカ運河を挟んでマッジョーレ島が見えたり、サン。マルコ地区のメルッチェリエの一角だったりと、いろいろ映画では合成しているように感じています。
それはともかく、繰り返しますがありがとうございました。新しい、まったく知らなかったことでした。感謝、感謝です。
hiroshi
2009/04/13 12:55
お役に立てて光栄です。
ホテルのURLで見ると、外装も内部の様子もきれいに改装されていて
高級感のあるホテルに様変わりしたという印象を受けました。
20年前は映画の場面に限りなく近い建物でしたが、
それでもやはり存在が確認できてうれしい限りです。

>運河に転落する
当時私が現地でその場面を思い出しました。
そういう記憶も眠ったままでしたが、御サイトのおかげで思い出すことができました。

またちょくちょくお邪魔しますのでよろしくお願い申し上げます。


北極
2009/04/13 22:27
北極さん、今晩は。

ようこそ。そして、大変ありがとうございました。
新しい発見をさせていただいて、小躍りしております。早速にも飛んで行きたい心境ですが、時間と費用の問題もあり(ご推測いただいているとおりリタイア世代ですのでヒマはある程度あるのですが、もう一つの方がなかなか、ままならないもので)、なるべく近々中に行ってきたいと思っております。

>またちょくちょくお邪魔しますのでよろしくお願い申し上げます。

どうぞ、どうぞ、大歓迎です。お待ちしております。
hiroshi
2009/04/13 22:44

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