潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS 西カリブ海クルーズ〜トゥルム遺跡へ

<<   作成日時 : 2008/05/16 09:06   >>

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トゥルム。マヤ文明の遺跡とビーチ。
いにしえの、天文学に長けた人々の住んでいた石の街。見下ろせば、はるか彼方まで大西洋。
海の青、乳白色のビーチ。パウダーのような波打ち際の細かな砂。

クレヨン箱から、好きな色だけを選んで抜き出して、画面にぶっちゃけたような。鮮やかな、期待通りのカリブ海の光景でした。これを見たかったのです。メキシコ・コスメル島に寄港して、ぜひ、行きたかったショア・エクスカーション。

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画像前回の「覚え書」。プエルタ・デル・カルメンのフェリー埠頭に着いた後、すぐにプエルタ・デル・カルメンのビーチを楽しんだような印象ですが。違います。

実は先に、トゥルム遺跡へ。今回のエクスカーションの「華」、メイン舞台。「暑くなる前に、遠足の主役を乗船客に見せてやろう」。エクスカーション立案者の思いやり、であったのだろうと推測しています。

画像小さな街、プエルタ・デル・カルメン。道も細く、埠頭近くに大型バスは直接乗り入れることが出来ないんですね。
で、およそ10分ほど、街はずれの空き地まで、歩かされました。各方面ごとのショア・エクスカーション用大型バスが横並びで駐車している場所まで。

画像こちらです。プリンセス・クルーズ専用の駐車場。
さすが、メガ・シップ。乗船客のうち、ダイビングやシュノーケリング、ビーチ・ピクニックなど、コスメル島だけへの参加者も数多くいたハズです。ユカタン半島へ渡ってきた乗船客は、どれくらいいたのか知りませんが、こんなにも数多くのバスが必要だったんですねぇ。大型バス20〜30台は待機していました。

画像指定番号のバスに乗り込んで、いざ、トゥルムの街へ。途中のハイウェー。道は、空いていました。
トゥルム遺跡。マヤ文明末期の13世紀から16世紀にかけて栄えたのだ、とか。
数多いマヤ遺跡の大半は、半島内陸部の熱帯の森の中に点在していますが、珍しく海際に出現し、栄えた遺跡。それがトゥルムだったのだそうです。

画像プエルタ・デル・カルメンから約1時間。遺跡の駐車場に着きました。
まだ午前、正午までかなり間のある時間帯なのに、冷房の効いたバスを降りると、暑さがどっと押し寄せます。

遺跡までは、駐車場から徒歩で約20分。「歩いていくのがイヤ、暑くていや、という方はどうぞ」。地元ガイドが指差す方向に、送迎用、有料の、トラックを改造したようないかつい風体のバスが待っていました。ウォーキングで日ごろ鍛えているこちらはもちろん、歩き、歩きです。

埃っぽい、乾燥した土の道。押し寄せる熱気の中を歩き続けて。
ようやく椰子葺き、というのでしょうか。英語で weaved attap roofsと言う言葉は知っていますが、茅葺、藁葺の日本語はあるものの、「椰子葺き」などと言う言葉はこれまで、浅学非才ゆえか耳にした経験はありませんが、ともかく、パームツリーの葉を敷いて屋根にした、遺跡入り口、待合所の、涼しい小屋の日陰にたどり着きました。

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待合所から、遺跡の名になっている「トゥルム」、つまり「城壁」まではすぐ。遺跡時代の「門」は一つだけ残されて、2枚上写真のごとく出口専用に使われており、現在の入り口は、遺跡の北側の城壁の一部を潜り抜けて入場する仕組みになっていました。

画像この遺跡で暮らしていた人々。太陽や月や星など天体の動きに関して、現代人に勝るとも劣らぬ深い知識を持っていたそうです。

そしてそれは、宇宙へ結ぶ信仰にまで昇華して。昇る太陽に祈りを捧げ、沈む太陽に感謝して。石積みの神殿の高みから、今日の幸の明日への継続と、平安とを願ったそうです。
石組みの建造物はすべて、西向きになっているのはそのためだそうです。

そして今は、夕日の名所ともなっているのだそうです。


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中央神殿、エル・カスティージョ。ピラミッド型です。
神殿の柱には、蛇のレリーフも。
比較的に狭いエリアに、他にも神殿があり、ゆっくり2時間ほどですべてを見終えることが出来ました。

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画像イグアナとカラフルな鳥たちと。遺跡は、そんな生きものたちの王国でもありました。歩いていると、途切れることのない鳥の鳴き声。目の前をゆったりと、イグアナがはいずり、行く手をふさぐようにゆっくりと横切っていきます。

遺跡の東側は、高さ20m〜30mの断崖。直下は、真っ白な砂浜と真っ青な海と。
こちらで泳ぐエクスカーションもあったらしく、歓声を挙げて階段を下っていく若者たちのグループも。胸に張られたワッペンのカタチと番号で、こちらとは別のエクスカーションに参加した、同じ船のクルーズ仲間だとわかります。

海の色は、目にした途端、思わず息を呑むほど感動的な、素晴らしい、輝く鮮やか色でした。

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コメント(16件)

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hiroshiさん 爽やかなよい日でした!

懐かしい画像です。この間は行かなかった所ですから〜 こちらで思い出して嬉しいです。

カリブ海に岩場に立つトゥルム遺跡 紺碧の海 美しい画像です。
シェルハ・イスラムヘーレス・カンクンなど思い出の地を今思い出しています。

あの頃はほんとにお痩せでスマートでしたよ〜ハハハ〜
マヤ遺跡も幾つ回ったかな? です。
ティオテワカン・ チチェン・イツァ  ・ ハレンケ等々

陸旅はやはり奥深いでしょう〜ネ 
お陰様ですよ〜〜♪
たえこ
2008/05/16 19:40
hiroshiさん、今晩は。
今、職場からです。休憩中です。

最初のナレーションは名文ですね!
hiroshiさんの素晴らしい感性が、文章に現れていますね!
ごめんなさい、えらそうに言ってしまいました。

それにしても、素晴らしいビーチですね。
直ぐにでも、飛び込みたくなるような海の色です。

トゥルム遺跡は暑そうでしたね!
木陰が恋しくなりますね〜〜
水分補給はこまめにです。

遺跡の暑さを想像したら、タイのアユタヤ遺跡を思い出しました。
暑かった〜〜〜汗タラタラ
nao
2008/05/16 20:35
たえこさん、今晩は。

ほんとに、爽やかないい天気でした。週末を迎えてまた会議は踊るで、夕食を挟んで午後からずうっと拘束されていました。ヤですね。まだ11カ月もあります。気が滅入ります。
フォートラベルの方、コンテストになっているんですね。本日まで知らなかったもので、失礼しました。今日初めて、投票のボタンを押してきました。知っているのだったら、もっと早く推しておくべきでした。あんなに素晴らしい写真たちですから。
メキシコへは、お若いころの旅立ったんですね? そしてお若いころはスマートでらっしゃた〈みえこさんのごとく今もスラリとしていらっしゃるんでしょうが)んですね? メキシコでは、その当時、きっと海で泳ぎになって、ビーチのメキシコ男たちの目を釘付けに? いい旅でしたですか?
hiroshi
2008/05/16 21:49
naoさん、今晩は。

まだお仕事? お忙しいのでしょうね。お忙しいのに、仕事場からご訪問、ありがとうゴザイマス。
そうですか、冒頭の文々、良かったですか。そう言っていただくとウレシイです。素直に喜んでいます。
トゥルムは、以前にユカタン半島を陸旅した時は、行っていないんですよ。チチェン・イッツアなどを観てプラヤ・デル・カルメンからコスメルまでは行ったんですが。で、どうしても行ってみたいと、個人的には、今回のクルーズの最大の目的地でした。海と遺跡の組み合わせの素晴らしさは、想像以上でした。夕日が美しいことでも知られているようですが、もちろん、今回は船旅ですので、アウトでした。そして、おっしゃるように暑かった、暑かった!! 冬に行ってあんな具合ですから、乾季の夏に行くとたいへんでしょうね!
hiroshi
2008/05/16 21:58
こんばんは、hioshiさん。
イグアナが歩いているのですか?
見てみたいです。
街並の写真、雰囲気の有る写真ですね。とっても惹かれます。そして、海の写真、こんな海で泳いでみたいです。ハワイとはまた違った海ですね。とても素敵です。
murmur1
2008/05/17 21:17
murmur1さん、今晩は。

学会で大阪へ行っていらっしゃったんですね。そして、無事平穏!?!にお帰りになったんですね。アハハ、ですね。いえ、こちらも、ブログを拝見して真っ先に、いろいろ、思い出してしまって。良かったですね。ホントに。何事もなく。

イグアナは、出会うと、やっぱり、一瞬ギョっとします。哺乳類の端っこにいるホモサピエンスは、きっと、かつて恐竜に痛めつけられた記憶が残り続けていて、本能的に爬虫類は怖いのでは? マヤのあの遺跡で、何度も肝を冷やした言い訳、しています。アハハ、です。

変わりに海は、キレイでした。おっしゃるとおり、ハワイとは違った印象でした。ハワイの海は、透き通っている、という感じですが、カリブの海は、島や半島のどちらでも、悪く言えばツ○ラの入浴剤入り、よく言えば絵の具を溶かしたような、そんな印象を受けました。

ハワイアンの話ですが、シグ・ゼーンは、チョコレート菓子で女性たちに人気の、ご存知のあのお店のすぐ近く、ヒロにあり、アロハのいい柄があるので好きなんですが。
hiroshi
2008/05/17 21:52
〜上から続く〜

音楽は、murmur1さんはHAPAがお好きだとお書きになっていましたので、少し傾向が違うから、ご存知かどうか、お知らせするのはどうかな、と思っていたのですが。お聴きいただいたようで、良かったです。個人的に、あのグループは好きなグループでもあるので。
ハワイ、行きたいですね。いつもビッグアイランド直行でワイキキにはこれで6年も行っていません。ピンクパレスなどのお話をお書きになるmurmur1さんのブログの影響で、最近は、旅ご法度の掟が終了したならば、ワイキキに行ってみたい、行ってこようよと、相棒と話し合っています。
hiroshi
2008/05/17 21:53
確かに昨年のドタバタはちょっと凄かったです。今年はスムースでした。
確かに HAPAとは路線は違いますが心に染み渡る音楽でずっと聞いていたいです。ご紹介頂いてありがとうございます。嬉しいです。hiroshiさんはビッグアイランド直行なのですか。ワイキキはワイキキの良さが有って、ネイザーランド半分、ワイキキ半分がベストかな?なんて思ってます。早く解禁で、お出掛け下さいませ。
murmur1
2008/05/17 23:46
>確かに昨年のドタバタはちょっと凄かったです。今年はスムースでした。

ホント、スムーズで良かったですね。加えてヨーロッパの国々並みのエスカレーター立ちもご経験されて。

大阪と東京の中間の都市のご経験もおありですよね? 東京方式で立っている地元の方がいらっしゃったのでそのとおりにして後に続いたら、後続の方々が大阪方式で。さらに後ろから歩いて上がっていらっしゃった方々は、自分の後ろで左から右へステップを換えながら、コノ田舎者ヤロウ、エスカレーターの立ち方も知らないのかと、ジロリ睨み付けながら通り過ぎていく。そういう、恥ずかしい思いをなさったことはおありですか? 自分はあるんですよ。で、日本のフォッサマグナ帯付近の街へ出かけて、エスカレーターに乗る時は用心します。

そうですね。早く解放されたいです。ワイキキの、現在のモアナ・サーフライダーが、モアナとサーフライダーに分かれていたころのワイキキは、ご年齢の関係から、多分、ご存知ないでしょうね? あのころのワイキキは好きだったんですが。。。
hiroshi
2008/05/18 00:11
おはようございます、hiroshiさん。
>大阪と東京の中間の都市のご経験
私は運良く、ジョロ見の原因事項に有った事が有りません。何時起きても不思議ではないですよね。hiroshiさんが悪いのではないのに、お気の毒な事です。ギザギザでしたか。
モアナサーフライダーが昔分かれていた事は雑誌を読んで知ってはいましたが、写真とか見た事はありません。もっと雰囲気が有ったのでしょうね。シェラトンからウエスティンに変わったりビックリしました。hiroshiさんはワイキキならどちらに泊まられるのかな〜。
murmur1
2008/05/18 08:32
>〈みえこさんのごとく今もスラリとしていらっしゃるんでしょうが)

ハッハッハ! 
先日 肺の横向きレントゲンを撮る時に医者が「お腹を引っ込めてください。」って言うんだけど メタボで引っ込まないの。
かなりショックでした。
それでメタボ体操を習ってきたんですが 意志薄弱で続かない・・・

風邪をひいて肺が痛むので肺炎かと思ってレントゲンを写したのですが 異常がなく肋間痛と言われてしまいました。
肋間神経痛て 寝返りが打てないぐらい痛いのです。この冬は一度も風邪をひかなくてラッキーと思っていたのですが クルーズから遠ざかり 緊張が足りないのか体調不良です。

ここだけの話ですが 藤原氏は写真ブログへの書き込みを楽しみにしていて 罵詈雑言にも平気で「反論を書いてこないかな〜」と待っているような状態です。
みえこ
2008/05/18 08:42
やぁ、やぁ、murmur1さん、こんにちは!

町内の雑用係になって以来、土曜、日曜は雑務ばかりで、早朝から家を抜け出して昼過ぎに帰宅、たったいま、ようやく、わがPCの前に座れました。と、ぼやいていてもどうしようもない、わが定めですが。。。
多分、こちらは、メタボでこそありませんが、少々背が高い分目だってしまって、歩きの方々の邪魔をする確率が高いのでしょう。
ワイキキで最後に泊まったのは、コンドミニアムのワイキキ・サンセットです。娘一家と合計6人で、1ベッド1部屋と2ベッド1部屋を予約して行ったんですが、手違いで、ちょっと面白いことがありました。何と、最上階、32階のペントハウスに泊まっちゃったんです。ダブルブッキングで2ベッド1部屋が取れておらず、後は満室、だったのが発端です。自分と婿殿は、ハタと困ってフロントでただ困惑していたのですが、ナイトフライトの飛行機で、ホノルル到着日はいつも、疲れた、疲れたと元気がなくなるわが相棒と娘の目が、この時は俄然、キラキラと輝いて、自分と婿殿を押しのけてフロントのスタッフと交渉。



hiroshi
2008/05/18 14:05
〜上から続く〜

ペントハウスが空いている(予備として、だいたい、空けてあるんですヨね)と聞くと、さっそく追加代金の交渉を。

「マネージャーに聞かないとわからない」というフロントのチーフの逃げの言葉にもすぐに「Ask your manager!」と追求し、結局、1日あたり税金コミで70ドルの追加で、リビング約30畳大、ダイニングキッチン同スペース、絨毯は靴が沈み込むほど、ベッドルームは3室、バスも3つの、豪華スイートに宿泊できたのデシタ。相棒と娘は、このハナシになると、いまだに鼻ぴくぴく、蠢かします。緊急時に役立たぬ男性陣に対し、わが家の女性陣は素晴らしい、と自画自賛します。

ハワイのハナシになると長くなりますが、孫が生まれた頃からは、コンドばかりですね。ワイキキ・ビーチタワーやバニアン、サンセットなど(ああ、そういえば、このアストン系列だったコンドも現在ではリゾート・クエスト系列ですね)。その前は、お安い宿泊料金なのに、スタッフのアロハ・スピリットが豊かで快適に過ごせた1本マウカ寄り、クヒオ通りのプリンス・クヒオに良く。

hiroshi
2008/05/18 14:07
〜上から続く〜

モアナとサーフライダーが一緒になったのは、確か、昭和最後の年、63年(1988年)だったと思います。モアナは、オンザビーチで一番古いホテルで、それまでは少し暗い雰囲気でしたが、館内を模様替えしてガラリ雰囲気が変わった感じでした。そうですね、ワイキキの主だったホテルは、ヒルトンからカハラ・マンダリンへ、さらにカハラホテル&リゾートへとチェンジしたカハラ地区を含めて、だいたい、泊まってみました。
もう6年もワイキキには近づいていません。ホノルル経由でハワイ島へ入ることの方が多いので、空港から、ビルの林立するありたは眺めてはみるのですが。

こうなんです。ハワイのハナシをすると、キリがなくなるもので。ご迷惑を。ごめんなさいね。
hiroshi
2008/05/18 14:07
やぁ、やぁ、みえこさん、こんにちは。

スラリ、の話。いや、あの写真のイメージは、強烈だったデスネ。あんな立ち姿を出来る方は、最近のお若い方々でも少ないんではないですか。背筋をぴんと伸ばすと美しいということ、若い女性の方々に教える人はいないんですかね。そこへいくと、ちょっと昔のお嬢さんたち、みえこさん、たえこさんのようなご年齢の方々ですが、比較的に姿勢のいい方々が多いような気がします。ヨーロッパでもアメリカでも、お若い人たちの歩く姿は非常に美しいですが、日本の若い女性は、昔のお嬢さんたちほど魅力的でないですね。闊歩する、という印象がありません。

>肋間神経痛て 寝返りが打てないぐらい痛いのです。

それは大変でしたね。いまも続いているのですか? 最近、掲示板でのお書き込みが少ないから、風邪でも召したかな、と思っていたのですが、そんな事情でしたか。お大事に。

>藤原氏は写真ブログへの書き込みを楽しみにしていて 罵詈雑言にも平気で「反論を書いてこないかな〜」と待っているような状態


hroshi
2008/05/18 14:23
〜上から続く〜

はい。多分そうだろうと思っていました。あのおおらかなコメント、端々にそう感じる文々が。で、こちらも、せっかくのお楽しみの場、無粋にお邪魔しても良くないのではないか、と、かなりの時間、我慢していたのですが、藤原さんほど悠長に構えていることができないもので、ついつい、書き込んでしましました。ああのような「困った」ちゃんも、まともに議論してくるならば面白みもあるのでしょうが、その議論をできるほど土壌のない人たちは、所詮、面白みに欠けると思います。

お体、くれぐれもお大事に。
hiroshi
2008/05/18 14:23

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