潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS ボルガ河クルーズ〜アラン人の地

<<   作成日時 : 2008/07/30 11:03   >>

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【写真説明】大宮殿頂部のキューポラ部には、双頭のワシが輝く。

前回の続きです。

。。。その阿覧関のふるさと、北オセチア・アラニア共和国のある、カフカス。
なぜ、紛争地帯とも、火薬庫とも言われるように、争いが多発するのでしょうか。。。

と、書き終わって止めました。
次回にまた、とのニュアンスで留め書きして。

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所詮、リタイア世代、国際情勢の収集、分析にはズブの素人の、素朴な「旅日記」ブログです。
加えて、載せてる写真が指し示すとおり、ロシア、といってもサンクト・ペテルブルグにいるだけで、カフカスからは遠く、飛行機で行っても3時間以上もかかる。

画像だから、たいした「続き」があったワケではありません。聞いた話は面白かったですが、紛争の話はホンのわずか。当然、あちら、カフカス一帯の人々はなぜ、かくも紛争の狭間に生きるのか。その「なぜ」の原因も背景も理由も、正確には、いえ、おおよその見当程度でも、わかりません。
同時に、もし知り得たとしても、こんな個人のブログでそれを書きとめても、何の意味もありません。


画像そしてまた。大相撲名古屋場所が終わって、このテーマで書く気も、失せちゃったのですが。。。
なぜ、こんな話題を書き始めたか。
それは簡単です。ひと言で言えば、話を聞いて、阿覧関のふるさとを知りたくなったのです。行ってみたくなったのです。


画像で、調べてみました。
個人旅行では、無理なようです。チェチェンは当然、北オセチアも、例の、世界の子供を持つ親たちを震撼させた「ベスラン学校占拠事件」=下記参照=勃発の国とあって、外国人は危険すぎて。。。
隣りの南カフカス一帯。グルジア、アルメニア、アゼルバイジャンは、何とかなりそうな雲行きです。


画像そしてまた、たった1社ですがあの辺りへのグループ旅行、パッケージ・ツアーさえ見つけました。北オセチア共和国へは行きませんが、かの国を見渡せる土地まで近づくので、雰囲気は知ることが出来るハズです。近い将来、旅してみたいと思っています。


画像阿覧関の故郷、カフカス一帯。
アケメネス朝、パルティア、ササン朝とあの地を支配してきたペルシア時代を経て、多様な民族が彼の地を蹂躙し、駆け抜けていきました。シルクロードの中継ルートの1本でもあったのですヨね。


画像そして近代。あの大地をオスマン・トルコから引き継いで支配し続けてきたロシア=旧ソ連。
人々の願いや思いを無視し、民族を分断する方法でムリヤリ線引きした、地図上の「自治州」「自治共和国」の赤いラインが、あの地域の人々の心に火をつけ、原油や貧富の差など経済問題も絡んで、豊かなハズの大地を「火薬庫」へと変質させていったのではないでしょうか。


画像いま、地球上で、最も危険な大地はどちらでしょうか。
旅行者が絶対に近づくべきでない大地は。

バルカン半島のコソボ? アフガニスタン? イラク? ロシアのチェチェン? それとも、西蔵(チベット)の拉薩(ラサ)か、スーダンのダルフールか? 

そういえば、スーダン対制裁の国連安保理決議に棄権した国は、確か、パキスタン、アルジェリアを含め、チベットを抱えた中国とチェチェンを抱くロシアの、計4カ国ではなかったですか?


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ハナシを戻して。阿覧関の故郷への旅は、多分、生涯、無縁でしょう。
既に老域、チェチェン紛争の終息など、まだ生きているうちに実現する可能性は皆無でしょうから。数キロ離れた別の国へ行き、その地の光景から雰囲気を想像するのが限界、かも。

画像はるかに離れた、ジェノサイドともテロとも紛争とも無縁の地で、こんなこと調べたり、書き連ねたりしているだけの我が身。少し恥じ入っています。

今回、阿覧関のお陰で、少し勉強をし、考え込みもしました。


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【写真説明】上、下とも昼食をとったレストラン「グラン・オランジェリー」。

画像さて、リバークルーズ出港日にあたる、この日。

ペテルゴーフを訪ね、その宮殿の内外を観光した後、下の公園の、かつては宮殿の一つであったレストラン「グラン・オランジュエリー」で昼食。


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サンクト・ペテルブルグ市内に二つある凱旋門の内の「モスクワ凱旋門」でない方、外観が緑色の「ナルヴァ凱旋門」を通って再度サンクト・ペテルブルグ市内に戻り、土砂降りの中でバスを降りてエルミタージュ美術館へ入場、見学。船に戻りました。

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今回は、小学生の絵日記風、旅のレポートでしたぁ〜〜。

最後に、少し失礼して。特定個人へのコメントを、このあとホンの2〜3行だけ。

〜そういえばこの前、深夜に呼び出してきたキミたち。「小学生の方がよほどウマイ」とか、このブログ評を口にしていたナァ。。。あの時は抗弁したけれども。残念だが、認めます。そのとおりだと思います〜〜。

下写真は、エルミタージュ美術館入り口。ティッツィアーノの「マグダラのマリア」を見るのが楽しみでした。

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◆ベスラン学校襲撃事件
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より一部抜粋

ベスラン学校占拠事件(―がっこうせんきょじけん)は、2004年9月1日から9月3日にかけてロシアの北オセチア共和国首都、ヴラジカフカースより約15キロ北にある、北オセチア第三の都市・ベスラン市のベスラン第一中等学校で、チェチェン共和国独立派を中心とする多国籍の武装集団(約30名)によって起こされた学校占拠事件。

9月1日に実行された占拠により、7歳から18歳の少年少女とその保護者、1181人が人質となった。3日間の膠着状態ののち、9月3日に犯人グループとロシア治安部隊との間で銃撃戦が行われ、治安部隊が建物を制圧し事件は終了したもの、386人以上が死亡(うち186人が子供)、負傷者700人以上という犠牲を出す大惨事となった。
首謀者シャミル・バサエフ(Shamil Basayev、チェチェン人)は事件から2年後、ロシアによって北オセチアとチェチェンに隣接した国、イングーシェチア共和国でロシアにより暗殺された。享年41歳。

公式死亡者数
人質 334  警官・公務員 8  救急隊員 2  特別部隊 11+  人質犯 31  合計 386+











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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
hiroshi さん  コンバン^ヮ^)

>ベスラン学校占拠事件
あの事件の場所が北オセチアでしたか? 阿覧関のふるさとは?

あの時は凄かったです。 多くの子供達が 犠牲で〜 助けられた子供が汗まみれでした。
ロシアのKGBにやられたマスコミ?の話、毒を盛られてイギリスで殺された人!

>コソボ? アフガニスタン? イラク? ロシアのチェチェン? それとも、西蔵(チベット)の拉薩(ラサ)か、スーダンのダルフールか? 
トルコも先日は凄かったですし、エチオピアもなんだか思い出せないですが〜 内戦?飢餓地獄。
安全な旅行は出来るかな? 飛行機も大穴開いたり トラブルが続いてます。 なんだかイヤな予感!!
そんな怖いハナシがいっぱい有りますね?

>深夜に呼び出してきたキミたち。「小学生の方がよほどウマイ」とか、このブログ評を口にしていたナァ
そんな事有りましたか? ウソでしょう?まさか?

でも、しかし現実とかけ離れた、この美しい画像と 紺色の綺麗な作品の画像が夢の様な綺麗さですよ〜〜 イイナア〜〜!!
たえこ
2008/07/30 21:32
阿覧関との出会いが、カフカスのことを考えるきっかけとなり、そして行って見たいとまで思われたのですね。そういうことってありますね。何かのきっかけで、今まではあまり深く考えていなかったことが急に気になりだすことって。
世界に視野を広げることが少ない私です。今回も勉強させていただきました。

それにしても、いいお友達(悪友)をお持ちですね。そして、夜中に出歩くなんて、hiroshiさんもお友達も素敵に不良してらっしゃいますね〜。
まゆき
2008/07/31 00:40
やぁ、やぁ、たえこさん、お早うございます。

昨夜は会合が長引いて失礼しました。
>>ベスラン学校占拠事件
>あの事件の場所が北オセチアでしたか? 阿覧関のふるさとは?
同じ国です。調べてみると阿覧関の街から15キロほどしか離れていないのですね。中央線ならば東京駅⇔荻窪くらいでしょうか。すぐ近くなんですね、
子供を亡くした親御さんの気持ちはいかばかりだったか。考えると、怖いですね。あの辺りは。

しかし、行ってみたいです。今は謹慎中の身のようなものでどちらへも行けないですが。開放された直後はやはり、まずクルーズ、そしてヴェネツィアへ行きたいし、ほかにも予定がありますから、その後、なお3〜4年以上先のことでしょうけれども。

深夜に悪友たちに良く呼び出されるんです。今年は、こちらの事情に遠慮したのか少ないですが。向こうはみんな、まだ仕事のストレスに悩まされている現役(こちらと同じ身分のもいるにはいますが、一応公的な仕事を持っているので結構忙しがっていますし)なので、きっと、ブログなどで遊んでいるこちらが羨ましいのだと思っています。


hiroshi
2008/07/31 07:49
やぁ、やぁ、まゆきさん、お早うございます。

>何かのきっかけで、今まではあまり深く考えていなかったことが急に気になりだすことって。
いえいえ、お買い被り戴いて申し訳アリマセン。実態は、深く考えるどころか知らなかったことばかりでした。あのあたりの話は、初めて知ったことばかりです。

>それにしても、いいお友達(悪友)をお持ちですね。
はい、おかげさまで。これはご指摘どおり。古いヤツはもう半世紀以上の付き合いになりますから、言いたいことを言ってくれます。たえこさんの返事にも書きましたが、ただ、彼らはまだ現役で頑張っていて、こちらとは違い、さまざまなストレスに悩まされている毎日ですから、息抜きしたくなると呼び出すのだと思います。そういう意味では、今は少し申し訳ないのですが。
>そして、夜中に出歩くなんて、hiroshiさんもお友達も素敵に不良してらっしゃいますね〜。
これも、お見通しの通り! 「素敵に」などと、1ヵ所だけお見立て違いはありますが、まぁ、さすが、まゆきさん、「不良している」ことはすっかりお見通しなのですね。お恥ずかしい!!
hiroshi
2008/07/31 08:03
阿覧関 上々の出来だったと思います。
それにしても日本人になじみの薄い遠いところからきてくれているのですね。

前回 今回としっかり読ませていただきましたが 人間ってどうしてこうも争うのでしょう。
うまれてくる時にDNAにしっかり刷り込まれているのか 人種、宗教が違うと徹底的にやりあうのですね。

歴史として読むと面白いですけど 実際にその場にいた人たちは 勝っても負けても悲惨な戦争で幾世代にわたって苦しんだことでしょう。
そして今でも争いが耐えないのですね。
あ〜ぁ 神様 人間をもう少し賢く 穏やかな性格にしてください。
みえこ
2008/07/31 11:03
やぁ、やぁ、みえこさん、こんにちは。

>阿覧関 上々の出来だったと思います。
それにしても日本人になじみの薄い遠いところからきてくれているのですね。

ホント、そうですヨね。期待を上回る活躍でした。彼は飛行機で、関取としての初めての場所で勝ち越しにかなり自信がある言動でした。強がりカナ、と、かなり斟酌してハナシを聞いていたのですが、本気で自信があったのですね。きっと。同じように、横綱を目指すとキッパリ言っていました。これも意欲の現われ、という程度に斟酌して聞いたのですが、本気で綱とりを目標に設定しているに違いありませんね。場所中のあの気迫は、テレビの画面からさえ感じられましたから。

これからが楽しみです。

>あ〜ぁ 神様 人間をもう少し賢く 穏やかな性格にしてください。

ホントにそうですね。穏やかな世界になってほしいものです。
hiroshi
2008/07/31 16:32
hiroshiさん、今晩は。

>北オセチア共和国へは行きませんが、かの国を見渡せる土地まで近づくので、雰囲気は知ることが出来るハズです。近い将来、旅してみたいと思っています。

hiroshiさんのバイタリティーと好奇心には脱帽です!是非、行ってきてください。
その旅の様子をブログで拝見できたら、大変嬉しいです。

今月発売された雑誌、CRUISEに「アドリア海の海洋都市へ」という特集が組まれていました。
hiroshiさん、もう御覧になられましたか?
nao
2008/08/01 00:34
やぁ、やぁ、naoさん、お早うございます。

北オセチア、見てみたいと思っています。いつになるかわかりませんが。そうですね、好奇心だけは、いえ、野次馬根性、と、言った方がいいのかな、それだけはなかなか衰えないようで、命の衰えとどちらが早いか、競争です。

雑誌クルーズはまだ見ていません。いつもあの雑誌と船の旅だけは買っているのですが、先月末から今月初めにかけてバタバタと忙しく、本屋さんへ行っておりません。そうですか、アドリア海の海洋都市ですか?どちらの街が載っているのでしょうね? ドブロブニクとスプリット、コトル、トロギールはまず間違いのないところですか? ポレチュとかラビンとかのイストラ半島も良かったですね。ま、とにかく、ものすごく見たくなってきました。早速本屋さんへ行ってきます。情報、ありがとうございました。
hiroshi
2008/08/01 09:40

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