潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS ボルガ河クルーズ〜リラの花咲く、修道院

<<   作成日時 : 2008/11/09 08:32   >>

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前回に続いて。
ロシア正教会のキリロ・ベロゼルスキー修道院(ロシア語表記、わかりまっしぇ〜ん 英語表記=Kirillo Belozersky Monastery)の観光です。

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ガイドブック、虎の巻がないので、と、前回、泣き言を書きました。
泣いてばかりいてはハナシになりませんので、今回は、ちょっぴり、ホンの少し、歴史の片鱗を。もちろん、易しい、レベル・ローの具合でしか理解できませんので、その程度のハナシです。。。

さて。
二つ目の門をくぐると、礼拝堂や聖堂がいっぱいに並んでいました。
あの「葱坊主」をいただく尖塔が特徴の建物です。

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で、またまた。。。
長いです。今回はさらに。で、ご遠慮、ご無用。ご退席、どうぞ、どうぞ。
書き手の、さして意味も意義もない、粗雑な「覚え書」です。下手な長文、ただただ、うるさいだけです。

次回以降にまた、ご来駕、お待ちしています。
お訪ねいただき、ありがとうございました。感謝、感謝、です。


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ということで、、、。
再び本来のハナシへ。

キリスト教の教義も歴史も、それほど知っているわけではありません。
そして日本人の大半の方々も、自分と同じ、お仲間ではないでしょうか。

比較的に馴染んでいるプロテスタントやカトリックのそれでさえ、知っているつもりで、案外、知らないことばかりでしょう。多分。ましてや、オーソドックス=正教会のそれは、ほとんど無知。知識はほぼ皆無です。

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だから今回、クルーズで訪ねたこの教会の名も、旅行社から送ってきた参加者募集のパンフレットのコース日程を見るまでは、見たことも聞いたことも。名前でそうですから、内容などは。。。とんと、とんと、でした。

が。その後。調べてみると。
世界の正教会、なかんづくロシア正教会の中では、伝統と格式を持つ、北部ロシアの名門修道院であった、ようです。

「ようです」などとしか表現出来ないのは、行ってはきたものの、いまだに良く知らないからです。

案内していただいた現地ガイドの方は、身長170センチ台、スラリと背が高く、金髪をショートカットした、明らかにノルマン系とわかる、30代の美しい女性でした。
お訊ねしたら「この修道院のすぐ近くの街に住んでいる」ということでした。多分、スラブ系を中心とした帝国ロシアが、このあたりを統治していったころから住んでいた、フィンランドの人々と同じフィン人の末梢の方なのでしょう。

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で。
知らないことばかりでしたので、ほとんんどのハナシは、この方の説明の受け売りです。
後刻、自分でしらべたことも若干ありますが。。。

画像さて、そこで。
もともと、オーソドックス=正教会には、「修道院」が多いのだそうです。
事実、正教会に帰依する人々が多い、かつての東ローマ帝国→ビザンチン帝国のエリアであった国々を旅したり、行きたいと願う土地を調べていても、そんな雰囲気は感じます。

メテオラ、アトス山、アハルツィヘのサファラなど世界の正教会系、著名修道院。


画像そのカズは、モンテ・カッシーノやフォントネーのシトー会などを抱えるカトリック系のそれに、勝ることはあっても劣ることはない。調べてみると、そうですね。

ギリシャやグルジアなど世界のそのオーソドックス=正教会の国々の中でも、「ロシア正教会」では、修道院はさらに、際立って多い。そんな気がします。。


画像その数多いロシアの修道院の中で、訪ねたキリロ・ベロゼルスキーは名門です。

名門だからこそ、ロシア革命、引き続く旧ソビエット連邦の、マルクス主義の「無神論」を携えた共産社会の指導者たちによる宗教弾圧、迫害の中で、細々ながら生き延び、現代まで命脈を保ってこれたのでしょうね。

この教会も歴史的には、ロシア革命直後、1924年に一度閉鎖されています。条件が悪ければ、旧ソビエット体制化、ン、百とも言われる、弾圧の中で消えて行った修道院、司祭や修道士たちとともに、80数年前に地上から抹殺されていたのかもしれません。

幸か不幸か、生き残りました。名門であったお陰もあったのでしょう。
で、その歴史。始まりは。。。
14世紀末、1397年。小さな木造の、聖母被昇天教会の建立がスタートだそうです。。。。


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と、ここでハナシはちょっと変わります。

ロシアの旅、パッケージ・ツアーで、一番人気の「モスクワ〜サンクト・ペテルブルグ2都市を巡る」に次いで人気が高いコースは、モスクワの北東に連なる個性的で美しい歴史の街や中世の街々、いわゆる「黄金の環」を巡るルートだそうです。

スーズダリとかウラジーミルとか。。。
まだ行ったことがないんです。いつか、訊ねてみたいです。

その「黄金の環」の街の中で、モスクワに一番近く、世界遺産に選定されている修道院を持つ街があります。
「セルギエフ・パッサート」です。

そしてその街の世界遺産の修道院は、「トロイツェ・セルギエフ大修道院」。別名、聖セルギエフ三位一体修道院。

創建したのは、現在、ロシアの守護聖人である「ラドネジのセルギイ」こと聖人セルギー・ラドネシスキー。
創建されたのは1345年。日本の歴史で、室町幕府が開かれてから間もなく、のころですか。

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と、ここで再び、キリロ・ベルゼルスキー修道院へ。
ハナシは戻ります。

ラドネジのセルギイの影響を受けた修道士たちはやがて、ロシアの各地に散り、それぞれ、布教と自らの修練の場として、各地に修道院を造ります。造られたその数。400とも500とも言われているそうです。

そして。
この村からほど近いベロゼロの街で布教を始めたことから、後刻、聖キリル・ベロゼルスキーと呼ばれることになった修道士。彼がこの「キリル・ベロゼルスキー修道院」を創建したのだそうです。修道院の名は、その聖人の名でした。

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以来、この修道院は、ロシアの北方貿易の拠点として、あるいは、この地の北方のノヴゴドロ共和国との戦闘時の要塞として、あるいはまた刑務所として、歴史に折々にその名をとどめ続けます。

ロシア革命、そして引き続く時代には、宗教を弾圧した旧ソビエト指導者層の迫害に遇い、他のロシア正教の各施設と同じく、悲惨で惨憺たる歴史をとどめます。ソ連崩壊以降、再び日の目をみるようになりました。

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と、小ざかしく、ワケ知り口調で断定めいて書いていますが、すべて、現地ガイドさんのご説明の、受け売りです。
若いころは、大概のことは脳みそのシワに刻み付けて、知らない、わからないことを、メモ書きする必要など少なかったのですが。。。寄る年並みに勝てず。良く知らないから、長々と「覚え書」に書き留めなければいけなくなったワケですが。悔しいことに。

画像修道院には、礼拝堂や聖堂が11カ所。うち、現在は博物館として使われている施設も。
もちろん、そのミュージアムも入場、見学しました。
ロシア正教、いわゆるオーソドックに欠かせぬ数多いイコンとイコノスタシスの壁の、絵画が見事でした。

ロシアの修道院は、歴史的になぜ、かくも数多く誕生したのか?
ある著名な修道僧の「荒野修道院」運動が始まりだったそうです。

荒野修道院運動。原野や原生林、人々の間に分け入り、勤勉に額に汗し、清貧な生活を送りながら布教と精神の高揚を。
かつての初期のキリスト教徒たちが、砂漠で精神の宗教性を高めていった修行の場のような行いの、ロシア版だったのでしょうか。

原野、森林の開墾。修道僧たちの汗。


画像やがて、その修行の場=修道院、の大半は豊かになっていき、その「富」の処分方法を巡ってロシア正教の司祭、修道士たちは「所有派」と「非所有派」に分かれ、合い争うようになったのだそうです。

富は人々を助けるために積極的に使え=所有派。修行僧は清貧を本分とし財産所有はまかりならぬ=非所有派。

その非所有派のリーダー、聖ニル・ソルスキー(1433-1508)が、この修道院のリーダーであった時代もあったのだそうです。


画像先ほど挙げた、この修道院の生みの親でもあるトロイツェ・セルギエフ大修道院。
現在、世界遺産である、と書きました。

そして今度は、このボルガ河クルーズで訪ね、いま話題にしているキリロ・ベロゼルスキー修道院で修行した二人の修道士が、別の世界遺産修道院を新たに造るんですね。白海に面する「ソロヴェッキー諸島の文化・歴史遺産群」として登録されている、1429年創建の、ソロヴェツキー修道院です。

将来。。。と言っても現代社会で、と言う意味で、世界遺産の指定を受けるくらいの素晴らしい文化性を、系統の各修道士たちは伝統として培っていた、ということではないでしょうか。

キリロ・ベロゼルスキー修道院。こちらも、近い将来、世界遺産へ登録されるのは、間違いないのでは。。。訪ねて、そう思いました。


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修道院。現在は、ほとんど無人状態なのだそうです。在籍する修道士は、これだけ広大な施設なのにたったひと桁。ほんの二十年前までの残酷な歴史の尾を、いまだに引きずっている風情でした。

要塞として使われていた名残でしょう。銃眼の付いた城壁。城壁は全長732メートルということでした。用途上、見かけはどうでも良かったのでしょうが、美的観点から眺めても、なかなか見事でした。

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余談ですが、ロシア正教では、西欧のバチカン対ルター派の対立、清教徒革命、プロテスタントの誕生、ドイツ・ロマンチック街道などでの両派の血みどろの抗争。。。などと似た歴史も、所有派対非所有派の対立に続いて勃発。「主流派」対「古儀式派」の闘争、というのだそうです。

カトリックとプロテスタントほどの対立には発展せず、古儀式派が海外へ脱出するなどして収束していった、と聞きました。バチカンと正教会各派との和解、協調が進む中、この対立も協同協調へ新しい時代を迎えている、とも聞きました。

残る一大宗教勢力、イスラムとのキリスト教各派の抗争も、終焉へ向かって欲しい。そう、簡単に口に出せるのは、自分は、自称仏教徒、あるいは神教徒と、軽く気楽に言える、本質、無信教の、宗教に鈍感な信仰心の薄いと西欧人から揶揄される「野蛮人類」、であるからでしょうか。。。

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上写真は、聖歌をお聞かせいただいた修道士の皆さん。

そして、終わりに。

ガイドさんから聴いた、ちょっと楽しい、悲しいお話を。
船を下りたゴリツィの街に、女子修道院が見えました。名前は、聖シリロ女子修道院。キリロ・ベロゼルスキー修道院とは、わずかな距離しか離れていません。冬季に湖が凍れば、なお近い。

男子修道院と女子修道院。生まれて不思議でないのは、愛のロマン。小説やヨーロッパ各地の伝承で良く聞くオハナシに似た逸話でしたが。。。この見渡す限りの緑と小さな街しか見えない大平原の一角でも、人と人とのめくるめく物語が残っているとは。人間とは。。。しばし、感慨にふけりました。

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画像シャトル・バスでの帰路、濡れた窓ガラス越しに、村の家々が見えました。どの家も、かなり大きい。
平屋建てがほとんどですが、見た感じ、広さは150〜250平方メートルほどでしょうか。馴染んだ日本の尺貫法で言えば、45坪〜75坪ほどでしょうか。


画像付近には、みたところ、大きな工場などは見当たりませんでした。

同じく農地も。暮らしのたずきは、いかがなさっているのでしょう。家の前の野原に羊の群れが遊ぶ家もありました。とすると、やはり畜産とか、林業とか。そういうジャンルが生活の糧なのでしょうか。勝手な想像です。


随分、長い「覚え書」になりました。

最尾に、自分の好きな川船の写真を1枚。実は、以前に一度載せた写真です。
こちらで撮りました。で、もう一度。背後の雨雲が去って、途端にきらめく夏の陽が厳しい暑さを伴って射し始めた、その直後のバルト・ボルガ水運ルートの、気に入りの1枚です。

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もし。万が一。
最後までお付き合いいただいた方がいらっしゃったならば。。。
まことに申し訳ありませんでした。心よりお詫び申し上げます。
最初に申しましたとおり、次回からは、どうぞ、ご遠慮なく、ご退席を。

ありがとうございました。
 

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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
hiroshiさん こんにちは。

最後まで読みました
でも、この出来の悪い生徒は半分も理解できていないと思われます。世界史も充分に勉強していないので、ましてや「キリスト教の教義も歴史も」チンプンカンプンでございます。
でも、リラの花を前面に置いた修道院の写真が美しくて見入っておりました。
最後の川船の写真はプロローグにお載せになっていらっしゃった写真ですね。このボルガ河クルーズ覚書のテーマ写真といっても良いくらいの写真ですねぇ。私も大好きです。
最後のほうで、帰り道にご覧になった地元の家々の写真に触れて、人々の生活にまで言及されるあたりは、さすがだなぁと感心、いえ、尊敬しきりです。

このようなコメントしか書けないので、これで退散いたしま〜す
まゆき
2008/11/09 12:51
まゆきさん、今晩は

最後まで? それは、それは苦行に良く耐えていただきました。感謝の言葉もありません。。シンドカッタでしょう。
リラの花咲く修道院、素朴で美しい佇まいでした。華麗さとかきらびやかさとかとは縁薄い雰囲気ですが、自分の好みの味わいがありました。日本で言えば、日光の東照宮とか平安神宮とか、ではない、片田舎の名もない村のはずれにある鎮守様か廃村になった田舎家の連なる小さな村のような雰囲気で。キリスト教の教義は、こちらもチンプンカンプンですが。
>最後の川船の写真はプロローグにお載せ
はい、そのとおりです。そうですか?若先生もお好きですか?それはうれしい。
写真の質は、まゆきさんをはじめ皆さんよりもかなり落ちますが、構図的にはそこそこ、皆さんと横並びとなる程度に撮れたと自負する、自分としては数少ない写真の一点です。好いていただいて、ありがとうございましたぁ。
hiroshi
2008/11/09 18:32
hiroshiさん こんにちわ〜

ラストのお気に入りは以前見ましたが〜 黒みがかった空の様子が強烈です。暗雲立ち込めた感じ~~~

宗教の対立の記述!
キリロ・ベロゼルスキー修道院が迫害されたお話の後に見て一層強烈です。

”>カトリックとプロテスタントほどの対立には発展せず、古儀式派が海外へ脱出するなどして収束していった、と聞きました。バチカンと正教会各派との和解、協調が進む中、この対立も協同協調へ新しい時代を迎えている、とも聞きました。”

フムフムそうでしたか? 宗教もお金が絡む訳ですね? 人間は神にはなれないです。無限の欲望が渦巻くのが必定かな? なあ〜んて〜

>清貧な生活を送りながら布教と精神の高揚を
「富」の処分方法を巡ってロシア正教の司祭、修道士たちは「所有派」と「非所有派」に分かれ、合い争うようになったのだそうです。

たえこ
2008/11/10 16:41
続く〜

「非所有派」に成れたら神に近い?
私もほんの少し勉強させていただけました。
頭が痛くなりそうですが〜意外と素直な文章でした♪
さらさらと書きこめてスゴイ! ハイ!この辺で失礼します。

こちらは 絵文字多いですね~~~ 
たえこ
2008/11/10 16:44
たえこさん、今晩は

まゆきさんに続いて、たえこさんも最後までそれは申し訳アリマセンでした。

前にも書きましたとおり、ただただウルサイだけのブログを書いた折には、どうぞ、ご遠慮なくパスしてください。何しろ、自分で読み返してみてもウンザリするくらいで、嫌になってきます。ましてや、皆さんにとっては大変な苦痛のハズで、最後までお読みいただいたと知ると、申し訳なさで心が痛みます。ホントに、気軽にパス、パスで。。。

>黒みがかった空の様子が強烈です。暗雲立ち込めた感じ~~~

おっしゃるとおり。珍しい空ですよね。暗雲立ち込める闇の世界から、よやく脱出したような、ホッとした雰囲気がありませんか。よみがえった日の光に照らされて、ああ、ヨカッタ、とお互い肩を叩き合って船を見つめているような。何とも好きなんですね。この写真。



hiroshi
2008/11/10 20:10
〜上から続く〜

たえこさんやまゆきさん、murmur1さん、藤原さんらがお撮りになった写真を拝見して、その素晴らしさを知って、初めて、皆さん写真のお上手な方々の行列の、シッポぐらいが見えてきたかな、と思っている写真です。ウォッホッホ。

>「非所有派」に成れたら神に近い?

おっしゃるとおり。しかし、しかし。こちらはたいして持っている訳ではありませんが、「非所有派」にはなりたくありません。自分で稼いだお金は残りの人生で、旅とクルーズに使い果たして逝きたいです。他人さまに使えるほどの神様のような御心はとても持てないし、持ちたくもありませんね。ま、肝心のモノも大して持っていないからでしょうけれども。あの世で、叱られますかねぇ〜〜。

最後に、繰り返しになりますが、デシタ〜〜!
hiroshi
2008/11/10 20:15
こんばんは、hiroshiさん。
正座して、最後まで読ませて頂きました。
哀しいかな、元々の基礎を築いていない脳みそのため知らない事ばっかり。。脳みそがカラカラ干上がっております。自分の脳みそが情けないです。ちょっとは、ウン知ってるとか、頷きたいのに、どのお話も全く初めての事で。。どうして、同じ人間なのに歴史を紐解く脳を持ち合わせるhiroshiさんのような方と、私の様に、へっ?はぁ?んぐぐ・・・になる人間がいるのでしょか?私の脳みその一部はちと欠落している様です。hiroshiさん、今日もとっても勉強になりました。こちらに伺うと、空っぽの引き出しに、少しずつ中身が詰まって行くようでとっても嬉しいです。これからも、沢山色々教えて頂けたら幸いです。あ〜、たのしかった♪
murmur1
2008/11/11 22:20
murmur1さん、今晩は
murmur1さん、それは少し違うような。「脳みそ」のおハナシです。こちらは、心臓とは本当にハート型なのか、それともクラブかスペート型なのか、トンとワカリマセン。昔から物理や化学が苦手で、高校時代は一桁得点常習組の、生粋の文系でした。人はそれぞれ得意、不得意があるのではないでしょうか。フィレンツェのあの有名な美術館の名前を、何度訂正して差し上げても「そうとも言うワな」とその度に受け流しながら、相変わらず「ウィット」「ウイット」という高校時代の先輩ドクターに、未だに「お前は何にも知らないなぁ」と嘆かせている私めでございます。文系ですから、いくらか歴史とか小説とかに強いですが、これも得手の範囲で、それ以上のこととなると、トンとわかりまっしぇ〜ん。しかし、まぁ、こんなバカ長い文章を良く我慢してお読みいただきました。。自分で読み返しても途中で嫌になってくるくらいで、本当に感謝、感謝です。
hiroshi
2008/11/11 23:16

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