潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS スキャグウェイ〜名物岩絵、決闘象徴の髑髏も。

<<   作成日時 : 2009/07/17 21:38   >>

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ジュノーから100海里、およそ185キロ。スキャグウェイ入港は、5月16日午前7時前でした。
といっても、その時間帯、こちらは白川夜船で、目覚めたら、船は既に着岸していました。


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スキャグウェイのダウンタウン。街の右手前と左手前にクルーズ船の岸壁がある。セレブリティ・インフィニティは右手の埠頭に接岸した。正面手前、海に面している付近はフェリーターミナル。昔、コロラドからやってきたならず者、ジェファーソン・ランドルス、こと「ソーピー・スミス」とフランク・レイトの「夕刻の決闘」事件があったのは、当時の港、現在のフェリーターミナル付近だという。


で、入港風景の写真は、なし。
入港直前まで雨は降り続いていたらしく、バルコニーもリドデッキも、手すりは大粒の水滴で覆われていました。


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埠頭の崖側の岩壁。
リンクいただいているブログ「粘土と花」を主宰するたえこさんに、崖の岩に描かれたこのペインティングを教えていただいて以来、この「岩絵」が興味津々でした。

そして、こちらへのクルーズを前に、ネットを巡って知った、この街の歴史。

良く言われる「ゴールドラッシュで開かれた町」。ひと言でこの街を象徴した言葉として有名ですが、もう一つ、「真昼の決闘」ならぬ「夕刻の決闘」のおハナシ。そのお話がいかにもアメリカ的で、あたかも西部劇映画でも見ているようにドラマチック。で、その決闘現場やゆかりの場所を眺めたい。。。

同じ金鉱がらみの歴史で有名な列車「ホワイト・パス&ユーコン鉄道」。その鉄道とともに、「決闘場面」を見たい。それが、この街を訪ねたかった理由でした。


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スキャグウェイ・コンベンション&ビジターズ・ビューローのサイトの、最上段または左側の「ウォーキング・ツアー」を、ご参考までに、どうぞ。

自分が下手な文章を連ねるよりも、非常にわかりやすく詳しく楽しく紹介されています。

以下、その一部を、少々長いのですが、そのまま引用すると〜。

画像「スキャグウェイで一番有名な人物と言えばジェファーソン・ランドルフ、別名<ソーピー・スミス>です」。この街には「彼の経営した酒場、ジェフ・スミス・パーラーがあり、今もなおゴールドラッシュ時代の面影を色濃く残しています。スミスは、西部開拓時代の最後の悪者とも言われ、1897年から1898年の冬にかけてスキャグウェイを支配した詐欺師でした」。

「しかし、1898年7月8日(注・夕刻)、運命の日」、「クロンダイクから戻ったばかりの金鉱堀り人が2800ドルの金をソーピーのサロンで盗まれ」、「堅気の市民たちは」「埠頭で会合を開き、スミスに敵対する運動を起こしたのです」。


画像「その埠頭は」、「現在のフェリーターミナルの方角へと続きます。レイドと数人の人たちは埠頭の入口を守り、外部の人間たちがそこに入らないようにしました」。

「スミスはその会合のことを耳にすると」、「埠頭まで大股で歩いて行きました。しかし、埠頭に到着するやいなやレイドがスミスの行く手を阻みます。銃弾の火が吹きました。そして男は二人とも埠頭に倒れました。スミスは銃弾が心臓をつき、即死でした。レイドは足の付け根を負傷しましたが、なんとか持ちこたえました」。

「彼は再び元気を取り戻しましたが、12日後、銃弾の傷が原因で亡くなりました。スミス率いるギャング団は逮捕され、刑務所に送られました。スキャグウェイはそれ以来静かで平和な町となりました」。

とさ。。。


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以下、スキャグウェイのクルーズ船埠頭の、特徴となっているロック・ペインティングについて。
180を超える、クルーズ船のファンネル・マークと船長名、入港年などが、ところせましと描かれており、なかなかの奇観です。


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ハワイの4島だけをクルージングした、NCLアメリカのハワイ・クルーズ第一船であった「プライド・オブ・アロハ」。その「アロハ」の前身である「ノルウェージャン・スカイ」(77,000トン)は2000年にスキャグウェイに入港し、その時の記念絵が↑これ。処女航海、あるいは竣工航海との意の文字=INAUGURAL=が見える。「アロハ」はその後、再び「スカイ」に戻っている。

画像なかでも、その中心となっているのが、ソーピーを象徴して描かれたロック・ペインティング、いわゆる岩絵の、髑髏、しゃれこうべだそうです。

このソーピーの頭蓋骨は、だれがいつごろ描いたのか、今となるとわかりませんが、米語サイト「スキャグウェイ・ニュース」によると、「ソーピーのギャングたち」(注・スキャグェイ観光関係者たち、の意か?)により、3本の金歯を含むすべての絵を1970年代後半に色を塗り替えて更新したのだそうです。つまり、そのくらい、この岩絵は、街の人々によって大切にされている、のだとか。


画像



この髑髏を取り囲むようにして、現在は、クルーズ船の岩絵が無数に。
「なんだ、この汚い落書きは」
「ははは、面白い」。。。
岩絵に対するクルーズ船の乗客たちの評価は、プラス・マイナス,
両方あるそうです。


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上写真の上段は「セレブリティ・ギャラクシー」(77,713トン)と下段の「飛鳥U」(50,142トン)。


岩絵は、いつごろ、どうして始まったのか?
気になって、帰国後、ネットサーフィンしながら調べてみました。

はっきりしたことはわかりませんが、ほぼ、以下の具合でした〜〜。


画像



ゴールドラッシュ最中のころの1920年代。カナディアン・パシフィック鉄道蒸気船会社が、バンクーバーとこの街を結んで3隻の貨客船を運航していました。既にこの当時、ゴールドラッシュとは別にアラスカ観光もブーム化し、多くの観光客も押し寄せるようになったのだそうです。

で。その船の、乗組員たちに届く手紙類。ピストン移動している船ですから、郵便が船に配達され、乗組員がキチンと受け取ることはなかなか難しく、知恵のある乗組員たちは、この岩の斜面に郵便受けのための杭を立てて、その杭の上部に船の名前を表札のように大きく描いて、郵便が届くのを待ったのだそうです。船旅から帰って来れば、杭の上の郵便受けに手紙が届いている、という寸法です。


画像

上写真の左は「サン・プリンセス」、1975年に入港しているところを見ると先代か?先々代か? 右は「アイランド・プリンセス」、1985年に入港しているところを見ると、これは先代? 

船長名はともにJ.G.CLARKと描かれ、「STILL GOING STRONG(今も元気矍鑠)」とアイランド・プリンセスの方に添えられているところを見ると、クラーク船長は転属となったのだろう。

この岩絵にはさらに続きがあって、下左写真の、Z旗を添えたハッピー・リタイアメント、クラーク船長のリタイアを祝ったペインティングへと続く。1986年にリタイアということは、もう80歳前後か? 
今もお元気なのだろうか?



画像やがて。
その絵が広まって、入港する船の乗組員たちが競って岩の斜面に落書きをするようになった。そこで、船のシンボル・マーク(ファンネル・マーク)と船長名、入港年月日に限定し、乗組員の個人名を描くことは許していないのだとか。。。

汚い、といわれればそう思います。
面白い、と聞けば、そのようにも見えます。
。。。さて。アナタは、どちら派ですか?




 

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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
hiroshiさん φ(´ー`*)こんにちわぁ~

郵便受けのための杭を立て旅から帰り杭の上の郵便受けに手紙が届いている、船乗りに取ってそれはとても嬉しい瞬間ですね!! 

スキャグウェイの岩絵のなりわいが、良く理解出来ました。有難うございました。
何も知らなくて〜 面白いから写して来ました。
髑髏(しゃれこうべ)の事も知らなかったです。

あんなに高い所に描くのに、足場を立てた? クレーン車? 大きなクレーン車がその時代に有ったか?疑問ですし〜
英語のサイトは理解できないから〜 教えて下さい!hiroshiさん 

インフィニティは海側に停泊でしたか?
我がサファイアプリンセスが奥で、海側にセレナーデ・オブ・ザ・シーズが停泊でした。

港の様子を見せて頂き嬉しいです。
たえこ
2009/07/18 14:31
たえこさん、こんにちは

>面白いから写して来ました。
おっしゃるとおり。面白いですね〜。
たえこさんご夫妻のお写真を拝見して、この絵を見たくなりました。アラスカ、スキャグウェイとはどういうところなのか、だいぶ教えていただき、感謝です。
>あんなに高い所に描くのに、足場を立てた?
おっしゃるとおりのようですね。それと、崖の上の木にロープを結わえ、足場を釣り下げてビルの窓拭きのような感じで描いたようです。1970年の塗装し直し画像が載っているサイトを見つけました。 ↓下にURLを貼っておきます。上から5枚目にモノクロ写真で載っています。

このあと、ご存知のユーコン鉄道を載せる予定ですが、寒くて列車の中に引っ込んでいたのと、出ても山側の方しか空いていなかったのとで、良い写真は撮れませんでした。残念

http://www.skagwaynews.com/alaskan2005.html
hiroshi
2009/07/18 15:34
〜上から続く〜

たえこさん、書き忘れました。

ブルー玉、ありがとうございました。
hiroshi
2009/07/18 15:46
hiroshiさん おはようございます

今回までの記事も、そしてもちろん今回の記事も食い入るようにして見ています!
コンベンションセンターのビデオは、これからそこに行こうとしている私たちにとって貴重な情報源です。

岩絵の意味も教えてもらえて、本当にhiroshiさんやたえこさんにはです。
もうこれはブルー玉ですよ〜ん
ぽんぽこりん
2009/07/19 07:06
ぽんぽこりんさん、おはようございます。

同じおはよう、でも、こちらは3時間くらい遅いですね。生活の乱れがわかります。お恥ずかしい。

ブルー玉、おありがとうござい

コンベンション・センター、こちらの街は日本語サイトがあって、なかなかですね〜。目的地へ行く前にはほぼ、観光案内所のHPをチェックするのですが、日本語のあるところは少ないですね。

もうすぐですね。ご出発は。一番気候の良いころですね。写真の腕の確かなぽんぽこりんさんですから、お帰りになってからのレポートが楽しみです。
hiroshi
2009/07/19 10:28

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