潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS 映画&TV「ナイルに死す」の世界へ。

<<   作成日時 : 2009/12/15 00:24   >>

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アガサ・クリスティ原作の小説「ナイルに死す(Death on the Nile)」の、舞台の街や遺跡へ行ってきました。
ナイル川クルーズ&エジプト遺跡観光です。クルーズ船は、映画やTVドラマほど雅やかでも、華麗でもなかったです。けれども。愉悦のひととき、では、ありました。


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4000年〜3500年前に栄えたかつて「テーベ」という名の古代都市であったルクソールの街の、ナイル川東岸から、再生・復活を意味する死者の都ネクロポリスの西岸を臨む。早朝午前7時前。大空の高い位置から王家の谷やハトシェプスト女王葬祭殿などを見物する熱気球が飛ぶ。昨年2月と今年4月に熱気球が墜落して負傷者多数を出して以降、飛翔気球は大幅に減少したという。それでも、十数基の熱気球が昇る朝日の中で次々に上昇していった。

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昼は灼熱。砂漠では30℃を越し、太陽の下ではTシャツ1枚でも汗が流れるほど。一方、夜に入ると気温は急降下。午後10時過ぎには気温15℃と、セーターの上からウインドブレーカーを羽織ってジッパーを顎の下まで引き揚げても、まだ冷気がじわり、沁み込んでくる感じ。昼夜の寒暖差は予想以上に激しかったです。

また、遺跡を一日歩くと、小麦粉よりもさらに微細なのではないか、と思うほどの白い砂が黒靴の表面を白い薄幕で覆って、ハンカチで拭っても拭ってもなかなかこそげ落とせない。

そんな、熱気と冷気と砂と何トンもある岩の塊を積み上げた遺跡。
その遺跡の上を流れる、ほとんど静止したようにゆったりと緩やかに流れる時間。

6000年の歴史は、確かに存在していたに違いない。しかし今は、ただただ虚空、無。
昔はともかく、現在ただ今は、何一つ生きていない。そんな、生命の存在を感じさせてくれない、無機質な印象の世界でした。

日本史ならば、飛鳥時代から奈良時代ごろまで、世界史でもキリスト教初期からせいぜいローマ時代まで。およそ2000年前くらいまでならば、何とか時空をさかのぼって意識はついていけますが、4000年とか6000年とか、ケタはずれの昔、エジプト古代史となると、もうダメです。数多く見てきた遺跡は、ドレが何であったか、何がどうであったか、こんがらかって、帰国した今も、ちんぷんかんぷん。「覚え書」など、とんでもない。まったくわかりません。


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さまざまなエジプト紹介画像や映画「ナイルに死す」などでもおなじみの、ルクソールのカルナック神殿の大列柱室。高さ15メートルから21メートルの大円柱が圧倒するように天に伸びる。足元は砂漠の細かな砂。


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こちらもおなじみ、アブシンベル大神殿。アスワンハイダムの建設で水没の危機に直面したが、ユネスコ遺跡救済事業で移設復元された。こちらでは、日の出観賞、日中、夜の光と音のショーと計3回、訪ねた。神殿入り口の4体のラムセス2世像は高さ21メートル。左から2番目の像は上半身が崩れ落ちて足元に転がっている。4体いずれも、顔の表情が違う。左から、年代順に若い時代、中年の時代、老年の時代にと彫り込まれている、のだそうだ。

画像↓ 2枚の写真は、観光客はほとんど訪ねない、エジプト中部、デンデラに近い小さな村。うち、ナイルの水を引水した人工の運河脇を行く農家のロバ。荷車を引く母親のロバの後から、子供のロバがトコトコと追いかけていく姿が、なんとなく憐れであった。ロバは、飼い主が餌を与えるなどまったくしなくても、戸外に解き放すと野原で雑草を摂るなど独りで餌場を探し当て、食事を終えると、道を間違えることなく一直線に帰宅して、今度は水運びなど家の手伝いもしっかり行う、大変な働き者であるそうだ。

さらにその下の写真は、村のメインストリート。カイロやルクソール、アスワンなどの都会では衣服はすっかり西欧風だが、田舎はこちらの村のように、まだ民族衣装姿がほとんどだ。
上の写真の釣り風景も、決して趣味や遊びの世界ではない。生きていくための切実な糧、であるそうだ。



画像というわけで、この「覚え書」では、ハナッから、エジプト遺跡案内など、旅行ガイド本まがいの真似事をする気も、能力もありません。
で。。。1回だけ、勝手気ままに、この帰国「覚え書」をしたためて、詳しい話は、途中でストップしているエーゲ海クルーズの後に、再び。。。そのつもりです。

エジプト。
振り返ると、自分史、の土地の一つでした。つまり、学んではいるが、己の関心事以外はまったく記憶になし。
エジプトへの印象は、どなたも同じでしょうが、中学校の教科書で、他のアフリカの国々や中東、イスラムの国々よりも、比較的につぶさに学んだような気がします。


画像でありながら、かの国の歴史はさっぱり頭に残っておらず、残っているのは、この国をテーマとしたり舞台とした映画など、我が勝手な思い入れ、ばかり。
「自分史」、と思う、我がゆえん(所以)です。

軽佻浮薄、他人の言辞や風体、衣装などに簡単に影響されて真似たがり、笛が吹かれると踊り出す付和雷同人間。であったのでした。若いころから。

誰のことか? 
おのれ自身のハナシです。
のっけから何ですが、そういうタイプの浅薄派人間であることを知ったのは、まだ若いころ、映画によって、でした。簡単に映画の影響を受けてしまう。ww...



画像ブログを始めるにあたって「初心忘るるべからず」と我とわが身を戒めながら書いた帽子と映画「ボルサリーノ」のハナシを手始めに、ヴェネツィアを舞台とした映画「旅情」など、これまでもいろいろ、映画のハナシばかりを書いていますから、今さら、の感、ですが。。。

調べてみると、1970年代末の公開であったようです。
映画、ピーター・ユスティノフがエルキュール・ポアロに扮した「ナイルに死す」の公開は。

そして、映画よりもさらに魅力的に見えた、ロンドン・ウィークエンド・テレビが1989年に制作、翌年に日本でも放映されたデヴィッド・スーシェがポアロを演じたシリーズ・テレビ・ドラマ「名探偵ポワロ」。これは、今もなお、継続、製作中であるようですが。。。



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画像エルキュール・ポアロ氏。
何に魅かれたか?
髭です。口ひげ。
英語ではハンドルバー・ムスタッシュ、日本語ではカイゼル髭と呼ばれる、あのポアロの口ひげ。

若いころは、映画「風とともに去りぬ」のレッド・バトラー役、クラーク・ゲーブルのようなコールマン髭に魅かれました。


画像が。
中年域に入ったころからは、ハンドルバー・ムスタッシュ。

残念ながら、日本では、仕事の場で髭は許されず、現役時代は自己規制を。
で、リタイア直後、やっと自由になったと念願の髭を伸ばし始めたのですが。。。
「止めて。汚い」。「髭などつけるなら、絶対に一緒に旅行に行かない」「別れる」などとの相棒の波状攻撃、いや口撃に、たった2週間であえなく断念。すっぱりそり落としました。
とほほ。。



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ナイル川での帆掛け舟、ファルーカ船上、大きな帆影から眺めたアスワン・オールド・カタラクト・ホテル。左下写真はそのホテルの映画「ナイルに死す」のスクリーンに登場した場面。


画像脇道にそれました。

映画やTVで描かれた、ナイル川クルーズ。
現在では、クルーズ船は、ルクソールとアスワン間を航行しています。

映画では、アスワンから出発しました。
TVでは逆に、ルクソールからアスワンに向かいました。

ともに、有名ホテルが登場していたのが印象的でした。



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クjルーズ船の背後に見えるのがルクソール・オールド・ウインター・パレス・ホテル。左下は、TVドラマに登場した同じホテルの場面。


画像映画では、ソフィテル・アスワン・オールド・カタラクト・ホテル。せめてお茶でも、と今回の旅の自由時間に訪ねるつもりでいたのですが、現地に着いたら、来年5月まで2年間かけての大がかりなリノベーションのため休業中でした。

一方のTV版では、ソフィテル・ルクソール・オールド・ウィンター・パレス・ホテル。が。エジプト最大級の観光地であり、世界遺産「古代都市テーベとネクロポリス」であり、ナイル川東岸、西岸に見どころが数多く点在しているため、時間がなく、アスワン同様、あえなく、外観を眺めただけ。残念。



画像画像

↑写りは悪いが、左は映画のカルナック号、右はTVドラマのカルナック号。いずれも、1930年代の時代設定にあわせたS/S船、蒸気船だ。↓そのカルナック号のイメージを生かし、蒸気船ではないものの姿かたちだけ似せたクルーズ船も何隻か、現代のナイル川を航行していて、擦れ違うと、ノスタルジックでなかなか魅力的であった。


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ナイル川は、世界の大河川では珍しく、南から北へ流れています。
その河口である地中海からさかのぼること、およそ300キロでカイロ。
そのカイロからさらに南へおよそ670キロさかのぼった地にあるのが、ルクソール。
そのルクソールからアスワンまでは、わずか230キロ。

その230キロを、4泊5日間で遡上したのが、今回のクルーズでした。
荒っぽく1日当たりの移動距離に割り算してしまえば、毎日たった40キロ余り動くだけ。優雅と言えば優雅、呑気といえば呑気、何とものんびりした、愚鈍な船旅では、あります。

車ならば、たった4時間ほどで走り切る距離です。
実際、日本のツアーでクルーズ船を使わないほとんどのそれは、この区間をバスで、あっという間に移動しています。


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この区間は、途中、犯罪勃発の危険性も高かったため、昨年11月までは、この間を移動する観光バスや貸切タクシーは、前後に警察車両を配置してコンボイを組んで集団で移動する方式がエジプト政府観光局により義務付けられていた区間。毎日定時の集合時間に、団体貸し切りバスは指定の集合場所に参集して、隊列を組んで移動したのです。エジプト人以外の外国人観光客には、勝手気ままな、自由旅は許されていなかったのです。

おっと。現在も、列車の乗車は、寝台特急以外、外国人は乗車禁止ですが。。。

で、移動に安全なクルーズ船が多用され、船は、在籍300隻近くにも膨れ上がった経緯があるようです。
ちなみに、アスワンからさらに南、アブ・シンベルまでのおよそ270キロは、今もツーリスト・ポリス・コンボイが観光バス移動のルールだそうです。
この区間、ツアー仲間の皆さんと共に我々は飛行機で移動しましたけれども。。。

クルーズ船は、2007年時点のエジプト政府観光局統計で計284隻。
あっと驚くタメゴロウ〜〜。大海原を行くクルーズ船の数にほぼ匹敵する多さではありませんか。

うち、映画やTVに登場したS/S船、つまりスチーム・シップ、蒸気船は、映画やTVに登場した「カルナック」号を復元したチャーター専用超豪華客船、ほか、ホンの一握りほどだけ、だそうです。残るはすべてM/S船、モーター・シップ。


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そして、船の豪華度を推し量る基準値。星のカテゴリー。
何と。走るの船の8割以上は、エジプト政府観光局認定で、最高ランクの5つ星クラス。
ということは、この星認定がいかに、船のクラスというか、カテゴリー判定に役立たないか、の証左。そこそこの大衆船も、オール・スイート・キャビンの豪華客船も、すべて5つ星でした。
なんのこっちゃ??

われわれが乗った船も、5つ星の大衆船?でした。いえ、ほかの船には乗っていないので比較はできませんが、多分、大衆船程度の内装、豪華度と感じました。海を行く日本船3隻とほぼ横並び、程度の内装でした。

船名「イベロテル・クラウン・エムプレス」。5デッキ、全長は109.75メートル、全幅は14.8メートル、ドラフトは1.54メートル。キャビンはバス付き、面積21平方メートルが117室、面積35平方メートルのスイートが8室、シングル・キャビンが3室の計128室。所属する船会社の所有船では最大、ナイル川全クルーズ船でも最大級の大型船、とのことでした。


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半世紀先に消滅? ナイル大型クルーズ船

ちなみに、海の船でたとえれば、ラグジュアリー・クラス、オール・スイート・キャビンの超豪華客船を含め、残るクルーズ船の主力は全長60メートル〜70メートル前後。
総トン数は明らかにされていませんが、主力級で600トン前後、大型クラスで2000トンくらいではないでしょうか。推測ですが。
そして、このような4デッキ、5デッキの大型クルーズ船の新規建造は、エジプト政府は既に、許可していない、のだとか。船底の深い大型船を、ナイル川から一掃する計画を進めているのそうです。


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なぜか?
ひとことで言えば、ナイル川の水保全のため。

現在、ナイル川では、渇水期の夏から秋にかけては、クルーズ船運行のためだけに、アスワン・ハイダムの上流、ナセル湖の貴重な貯水を下流域に放流しているのだそうです。船が通れるように、ルクソールまでの区間だけで4〜5メートル以上の水深を保つため。

一方で、増大する人口に対処してナセル湖の水を広大な砂漠地帯へ灌漑して農業用地を拡充、工業用地も増大する計画が進められており、今後、無駄な放水は取り止める方向へ舵切りしたのだとか。

「放流を止めれば、渇水期の水深は3メートルを割る。それほど浅くなっても安全に航行、通過できる船でなければ現在ではもう建造許可は出ず、2デッキ、200〜300トンクラスの船しか新規建造は許されていない」と、我々を観光案内してくれた現地のスルーガイド氏は語っていました。


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画像といことで。
大型クルーズ船は、現在の船の寿命が終われば、ジ・エンド。先に挙げたガイド氏曰く「今後はただただ、大型船は消えていくはかない運命」なのだとか。もって、あと半世紀ほどのいのち、と残念なハナシ。

大型船でなくても、クルーズ船が残るならば、それでいいではないか。
ごもっともなご意見。

が。
船好きなご同好の方々。
乗船料金は、格段に上昇しまするゾ。
先に挙げたガイド氏のハナシによれば、その規制、指導に乗った件の小型、超高級船は既に登場し始めており、乗船料金は、自分が今回乗った船のおよそ7倍から10倍程度、なのだとか。懐具合に余裕のある方々ならば、屁の河童でござろう。左様であろうとも!
が。。。我ら程度の貧乏リタイア世帯では。。。



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ナイル川の大型リバー・クルーズ船。消え行く運命なのかぁ。
で。今回、行っておいて良かったァ〜〜。

あ。。。まだ半世紀は持つ、とか、で、ござった。
織田信長公ではござらぬが、謡「人生50年ンン〜〜」。今生まれたばかりの世代ならば、ひょっとすると乗船不可能であるかもしれない。。。
が。
我ら戦前生まれ世代は当然、今、生きている年代層にとってはほとんど関わりなく、心配など必要もない、大過ないハナシである。のでは、あるまいかぃ、なぁ〜〜。

と。悪ふざけが過ぎる。。。


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ということで、また朝日が昇って、新しい一日が始まるのであった。。。
クルーズ船の朝夕は連日、朝日、夕日を堪能したのでした。。。 


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コメント(10件)

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お帰りなさいませ〜 hiroshiさん!!

エーゲ海はまもなく再開ですか? どちらも見たいから困ってしまいますが〜
ナイルリバークルーズ300隻近くも運行してるんですか? 知らなかったです。
船内は日本の3隻に近いんですか?
だったら宜しいでしょうか?
船内画像3点は意外と広いんですね〜 もっと狭いのかと思って居ました。
色んな事が面白いので〜流石の覚書です。
私が一番苦手な事ですから〜 素晴らしいです。
そうして夕景日の出の画像が素晴らしいです。
あの様な雲と青い空、川面も綺麗な色合いに会えて良かったですね! 本当に!! 

今日はミレニアム会の忘年会でした。
mayumiさんは飛鳥UのXmasワンナイトクルーズで欠席で残念でした。

美味しいランチでした。 お船でこんなのが頂けたら最高! 思いました。
たえこ
2009/12/15 18:58
たえこさん、今晩は

ご無沙汰でしたぁ〜。
お元気でらっしゃいますか〜?
のっけから私事で何ですが、いやぁ、師走に旅行になど行くものでありませんねぇ〜。帰宅してからの忙しいこと
本日は、まだ昼も夕食も取っていません。途中にケーキを一個食べただけで、ひもじくて死にそうです。
ご返事を書いた後、早速胃袋に夕飯を詰め込みます。
そして、未だに、楽しみにしている皆さんのブログをほとんど拝見していません。慌しさが一段落したら、駆けつけて楽しませていただくつもりです。ごめんなさいね。コメントを寄せていただいているのに、こちらはまだ拝見もしていなくて。トホホ。

>エーゲ海はまもなく再開ですか?
はい。クシャダスの次には、ロードス島でした。こちらも3回目なので、今回は新市街を中心に、ヴェネツィアの痕跡や名残を見て回りました。チト困ったこともあって大散財したり、面白いものを見つけたりと、結構楽しかったです。

夕日や朝日の写真、たえこさんからほめていただうと、ホントにうれしいです。子供達は先生から褒められるとこんな気持ちになるのでしょうね。良くわかりました。

hiroshi
2009/12/15 20:40
〜上から続く〜

そうだったんですか? ミレニアム会、楽しかったでしょうね。そして、そうだったんですか? mayumiさんの飛鳥Uは、本日だったんですか? お母さまを歓待なさって、お母さまはさぞやお喜びだったでしょうね。

>美味しいランチでした。

ウウウ。腹ペコのhiroshiには酷なお言葉

うらやましい!! ではでは。たえこさんのランチの味に遠く及びませんが、今から、相棒の手作りを食べてきます。お訪ね、感謝
hiroshi
2009/12/15 20:40
hiroshiさん おかえりなさ〜〜い
でもって おはやいUPさすがです
私などまだもたもたと書いている始末でお恥ずかしい

しかし安定した画像はため息です
夜景というか夜のあかりのなかでお見事です
夕焼けも綺麗です

ゆったりと豪華なナイルの旅だったのですね
お話の内容では私が遠い将来(笑)ナイル川のたびに行くころには豪華客船あるいは大型船はなくなってるかもですね およよ
hiroshiさんのブログはさすがのかきこみで
尊敬〜きらり〜〜ん
私はおりこうさんになりそうで・・・感謝です



ナイル


エルママ
2009/12/16 19:36
やぁやぁ、エルママさん、今晩は

エルママさんのお家の方でご挨拶をしましたが、ほんとに、お久しぶりでした。

妙なモノですね〜。
家にいると、旅行に行きたい、船に乗りたいとばかり思うのに、旅に出ると今度は、エルママさんをはじめたえこさん、皆さんのブログを見たい、拝見したいとばかり、ヒマになると思うんですよね。船には、一応、海を行くクルーズ船ほど多くはありませんが、ネット用の設備もあって、よほどキーボードを叩こうかとも思ったのですが。。。幸か不幸か、欧米人にほとんど占拠されていたため、断念しました。

>お早いアップ

あはは。↑に書いたとおりの影響で、キーボードに飢えていて、帰宅早々、適当に写真を抜き出して2時間ほど、他愛のないことばかり、駄文を連ねました。ドンドン長くなって、エルママさんも多分、「えい、このヤロー、長々と下らぬ文章を連ねやがって」とお腹立ちだったでしょう。 尊敬など、とんでもハップン、誤解ばっふん、です。

hiroshi
2009/12/16 20:30
〜上から続く〜

エーゲ海、お楽しみになったんですね。
本日、留守にしていた間の記事を全部、拝見させていただきました。

お食事のテーブル、大変だったのですね〜。
あちらの旅行社は、参加者をテーブルごとに指定するんですか? 自分がツアー・クルーズに参加の際に良く使う旅行社はいずれも、エルママさんやたえこさんがお使いになる旅行社ほど多人数参加の経験はありませんが、2〜3テーブルを確保すると、クルーズ期間中は皆さん、ご自由に、というのばかりで、楽です。空いている席に勝手に座ればいいのですから。

遅れましたが、追いかけまするぞ〜〜。
hiroshiメは、クシャダスの後は、ロードス→クレタ→サントリーニの順でした。で、ロードス談議から、また始めるつもりです。多分、hiroshiメは、また長々と書くでしょうから、どうぞ、パス、パスでやり過ごしてくださいね。義理人情でお読みいただく必要はありませんぞぉ シンドクなりますから。

しかし、しっかし。
笑っちゃったですね。
お買い物のご様子。
しかし。。。こちらの理解不足なのか???
ご次男のあれは、結局、お買い求めになったのか、違ったものをお選びになったのか? 

多分、お買い求めになったんですよね〜。95ユーロで。
hiroshi
2009/12/16 20:30
hiroshiさん、お帰りなさ〜い

時差ぼけは大丈夫ですか???
そんなに時差はないですか???
まずはご挨拶まで
又ゆっくり、おじゃま致しま〜す
nao
2009/12/18 00:33
naoさん、こんにちは。

ご無沙汰でした。

>時差ぼけは

そうなんですよね〜。
つい昨年くらいまでは、アメリカやハワイなど東方面から帰ってくるのはキツイですけれども、ヨーロッパや中東など西方面から帰国するのはどうってことはなかったんですが、前回のエーゲ海以降、西から帰ってくるときも、結構時差ボケをするようになってきました。歳のせい、ですよね〜〜。
加えて、師走などに出かけたものだから、帰ってきたら雑用が山積していまして。。。皆さんのブログをすべて拝見したいのですが、ようやく、たえこさんのブログと、藤原さんのクルーズ掲示板だけ、拝見させていただき終わったところです。引き続き、今日、明日中にも、naoさんのブログを拝見させてくださいね〜。楽しみにしています。

旅行はどちらへ行っても面白いですが、今回も、結構楽しんできました。そのうち、エジプト編を載せますので、お暇な折で結構です。覗いていただくと嬉しいです。
hiroshi
2009/12/18 13:45
こんにちは! お邪魔してナイル・クルーズのお話を発見、喜んでファイルさせて頂きましたぁ、情報有難うございます! というのも、つい先日、3月半ばのカイロとナイル・クルーズの予約をした所なのです。
まだ一つも調べておりませんで、ちょうど嬉しく拝見しました。 
こちらからは、ヴェローナ発着で、移動は飛行機とクルーズで7泊8日、うち3泊がカイロの定番コースです。
小学校以来の遠い夢のエジプトをこの春に、と思っていましたので、旅行会社主催のツァーで、これも初めての経験です。 クルーズとはいえ、そう高級ではない様子でひとまず安心! 次の情報も楽しみにお待ちしております。

このポアロ・シリーズ、はい何度かこちらではやっておりますね。 覚えています。
ははは、お髭は奥様のお気に召しませんでしたか? 残念でしたぁ。 私は逆に大好きで、中年以降のお髭の男性に大変魅了を感じますが・・!

shinkai
URL
2010/01/20 01:38
shinkaiさん、こんにちは。

お〜、今度はあちらへ? それは、それは。

>クルーズとはいえ、そう高級ではない様子でひとまず安心!

おっしゃるとおり。自分の乗った船はきわめてカジュアルな雰囲気の、気楽な船でした。楽しかったです。また、そういう船が多いそうです。

こちらもツアーであったので、表面的なことしか知りません。
しかし、その表面的な情報もガイドブック(例の○き方など日本のそれ)に事前に目を通したことや、ネットで下調べしたこととかなり違っていました。他愛のない情報のたぐいですが。。。たとえば、ルクソールの王家の谷は、ガイドブックやネット上で墳墓群の華やかな壁画写真が溢れていますが、谷の中はカメラの持ち込みは厳禁。自分は、観光だけならば以前に行ったことがあったのですが、その時はOKだったのです。地元ガイドの話では、2009年11月から全面禁止となったばかり、とのことでした。警備的な観点から昨年晩秋に観光地の警備状況を一斉に見直して、対応強化となったようです。一方で、警備するツーリスト・ポリスのあからさまなチップ要求も以前に増して目だっていました。

ということで、細かな様変わりが結構多く、鼻白む思いもいたしました。気にしなければ気にならないことなのでしょうが。。。

といいながら、さすがにあちらは名だたる歴史大国。眺めるだけならば、やっぱり面白いです。

いずれ自分のブログに載せるつもりですが、多分、あまりご参考にならないと思います。相変わらず馬鹿長い駄文を連ねるだけですから。時折のぞいていただければ嬉しいです。

いいですね。
ヴェローナからだと5時間くらいでカイロ入りですか? 日本からだと、随分時間が。とほほ、です。

どうぞ、良き旅行を楽しまれますよう。
hiroshi
2010/01/20 11:48

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