潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS 歴史の影響?〜ロードス市街はイタリアン。

<<   作成日時 : 2009/12/20 13:24   >>

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2009年9月30日午前7時過ぎ。
何とも味気ない書き出しですが、正確に「覚え書」に書き留めれば、こうなります。ロードス島に入港しました。


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ドイツ、アイーダ・クルーズの「アイーダ・ディーバ」。手前は、聖ヨハネ騎士団のセント・ニコラスの塔と砦跡。


この時間に船は、ロードス島のロドス・シティの北にある3つの港のうち、聖ヨハネ騎士団時代はコマーシャル・ポート(商業港)であったロードス港の突堤の、東埠頭に接岸しました。

現在、港湾域には、突堤で区切られた3つの港があります。

一つは、コマーシャル・ポートと同じく聖ヨハネ騎士団時代には既に設けられていた港。当時は軍港として使われていて、現在はヨットやボート、プレジャーボートや漁船の基地となっているマンドラキ港が、そのコマーシャル・ポートの北西、つまり、入港していくクルーズ船から見ると右舷、手前に。

残る一つは、コマーシャル・ポートの東に隣接して、19世紀に埋め立てして整備されたという新しい港。
そして、その新しい港とコマーシャル・ポートがクルーズ船の離発着岸壁となっています。

いや、クルーズ船で混雑した時は、この港から1キロ弱南に離れた新市街の東にある港も使われるようですが。。。

うち、今回の我々の船は、コマーシャル・ポートの新港側岸壁に接岸しました。
過去の2回とも、こちらで停泊しました。

船首を南、旧市街に向けて接岸した船上からは、1522年のあの有名な、大量20万人ものオスマン・トルコ軍兵士とおよそ8カ月間にわたって対峙し、激しい戦闘を繰り広げた聖ヨハネ騎士団600人の居住地区であった旧市街が一望です。

城壁内には、グランド・マスター(騎士団長)宮殿や、出身地別に別れて住んでいた8騎士館の建物群と、旧市街周囲をぐるりと囲んだ総延長およそ5キロと言われる要塞都市の城壁が一望に。



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↑ オーシャニア・クルーズの「ノーチカ」とブルースター・フェリーの「ブルースター1」。

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↑ 写真の右は、ルイス・クルーズの「エージアン・パール」。

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↑ ルイス・クルーズの「クリスタル」の船尾。


一段高く、他の建物を圧倒するように塔が青空へ伸びだしているグランド・マスターの宮殿。
画像そして、イル・ド・フランス、オーヴェルニュ、プロヴァンス、アラゴン、カスティーリャ、イタリア、イギリス、ドイツの各騎士館がかつて存在した騎士団居住区=左写真中央付近から右部分にかけて=の灰赤色の石造りの建物。

どっしりと落ち着いて見える一方、華やかさも感じられ、エーゲ海の他の島々とは、ちょっぴり異色の雰囲気です。
本日は、船が離れる夕刻まで、こちらは自由行動予定。ショア・エクスカーションには不参加です。

自由行動組は上陸順は遅いため、我々はリド・デッキでお茶をしながら、次々に出発していく「遠足隊」のバスを見送り続け、およそ1時間後にようやく下船出来ました。


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この街は、エーゲ海の中でも好きな街の一つです。
なぜか?
イタリアの雰囲気がするからです。
え? 自分だけですか? 皆さん、そうお感じになりません??

さて、では、どこがイタリアと感じるのか?


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コマーシャル・ポート=手前=と入港口を隔てて、港側に突き出した城壁。この城壁の写真右手奥、北西にマンドラキ港(軍港)がある。写真の左端に、騎士団長宮殿や騎士館居住区の一部が見える。

一つ目は、旧市街を取り巻く城壁。

この城壁は、イタリア人の技師たちによって造られました。
そしてその城壁を、後世に残る、8カ月間にわたる有名なオスマン・トルコと聖ヨハネ騎士団の攻防戦時に改修したのもヴェネツィアの技師。

画像攻防戦の1522年直前、聖ヨハネ騎士団から招聘されて、大砲時代に即した当時の新しい構築技術を駆使して近代的な城壁へと改修したのは、塩野七生さんの小説「ロードス島攻防記」にも「技師・マルティネンゴ」として準主役級で登場する、当時ヴェネツィア領であったベルガモ近くの小さな街マルティネンゴ生まれの、城壁・大砲技師ガブリエレ・タディーノ、別名マルティネンゴ。

マルティネンゴの街は行ったことがありませんが、ネットでイタリア語のHPを検索し、辞書を片手にネット巡りすると、この街の英雄の一人のようです。
オスマン・トルコとの攻防最中もロードスの城壁内にとどまって、負傷しながらも、地雷や大砲などで破壊された城壁の修復に活躍した人物、だそうです。英雄視されるのも、そして結果、城壁の造りなどにどことなく中世イタリアの香りがするのも、当然なのですね〜。


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と、またまた理屈っぽい話を。。。

理屈を並べたことのついでに、聖ヨハネ騎士団生みの親は、誰あろう、イタリアはアマルフィとサレルノの商人たち。だったのだそうです。
イスラム勢力とキリスト教、カトリック勢力が合い争っていた11世紀のエルサレムで、交易のため滞在していたイタリアの当時の4海運国の一つ、アマルフィの人々が、11世紀に設立した病院が聖ヨハネ騎士団の母体。

騎士団はその後、第一次十字軍の遠征後、イスラム勢力に追われてエルサレムを去り、ロードス島にたどり着いたのです。


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アイーダ・クルーズの船の手前は、気楽なカジュアル船として若者達に人気のイージー・クルーズ船。さらに手前のフェリー埠頭に停泊しているのが、トルコ・マルマリスと結ぶ定期フェリー。そういえば、ロードス島の対岸の小アジア、現在のトルコのリゾート都市ボトルムは、聖ヨハネ騎士団時代、騎士団が占領、統治していた町。島とはおよそ18キロ離れており、島と町から、イスラム船を襲って海賊行為を続けていた。

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↑ はセント・ニコラスの要塞。 ↓ は、マンドラキ港の堤防にそびえる塔の上の有名な鹿の像。港の右、左ふたつの堤防にそれぞれ1基づつ、計2基並ぶ。真偽不明、異説多々あり、だが、エジプトのピラミッドなどとともにギリシャ時代に世界7不思議の一つとして数えられたロードスの巨像は、この塔の上にそびえていた、という言い伝えもある。


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↑ イタリア統治時代に聖ヨハネ騎士団の教会をモデルに造られたエヴァンゲリスモス教会。


イタリアは、まだ、あります。
第一次世界大戦後、オスマン・トルコ領であったロードス島をイスラム勢から奪還して一時期統治、新市街の街並を整備し、近代ロードス・シティを構築したのがイタリア。

この街のあちら、こちらから、イタリアの香りがして当然なのですね。


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この島を訪ねたのは、今回が3回目でした。
で、それまでに旧市街や旧市街の西、スミス山の山頂にあるアクロポリス、島中央部のリンドスのアクロポリスなどは見終わっていました。

で、今回は、新市街を中心に、ヴェネツィアの息吹が残る地域を一日、ゆっくり時間をかけて歩いてみようと。そう思いました。だから、乗船客のほとんどが出発した後、のんびりと船を下りました。


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後先になりました。
地図でロードス島の位置を。

小説「ロードス島攻防記」を執筆された塩野七生さんは、上空から眺めたロードス島の形を、小アジア・トルコの半島へ向かって飛んでいくラグビーボール、とのニュアンスでお書きになっています。

どなたであったか失念したのです。で、これはとおぼしき関連する図書類を十数冊読み返したのですが、結局分からなかった別の作家の方は、弓矢の矢じり型、とお書きになっていたのが印象に残っています。

が。
自分には、トルコに先端を向けたコーン入りのソフトクリームに見えて仕方がありません。根が食いしん坊なんでしょうね〜〜。


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コメント(11件)

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hiroshiさん ご無沙汰しております。

いきなり派手なデザインの船が出てきてビックリでした。
クルーのユニフォームは?船内の装飾は?などと、勝手に思い描いてしまいました。

いつもながら、幅広いジャンルのお写真に加えて詳細な記事。
旅の参考書がまたひとつ増えました!
ぽんぽこりん
URL
2009/12/20 19:52
ぽんぽこりんさん、今晩は

いえいえ、お互いに無沙汰など、ノー、ノーではありませんか。藤原さんの掲示板やmurmur1さんのブログのコメント欄、たえこさんのブログのコメント欄で良くお目にかかっています。

いやいや、第一、自分は、ぽんぽこりんんさんのブログの愛読者です。足跡も残さず、いささか失礼ではありますが、毎回、拝見させていただいています。

お、そういえば、ご結婚記念日でらっしゃたんですね。お二人でどこかに食事などはいらっしゃいました? 記念のプレゼントは何になさいました??

と、ちょっと失礼だったですね。個人情報にも触れ兼ねないことを。相すみません。

旅の参考書などとおっしゃっていただくと非常にうれしいですが。ご存知の通り、残念ながら、それほどのブログではありません。

ただ、このあたりの時代は、日本史も含めてとても好きなんですよね。ヨーロッパでは、イタリアでルネッサンスの始まった時代でレオナルド・ダビンチやミケランジェロ、ジョルジョーネ、ティッツィアーノなど美術界の巨人がいっぱい排出したころ。カール5世やフランソワ1世、ヘンリー8世、スルタン・スレイマン1世、マルティン・ルター、織田信長、豊臣秀吉、武田信玄など、みんな15世紀から16世紀に、20代で早くも活躍した若き血潮に満ちた人々ですよね。もしも自分が時空を越えて特別にどこかの時代に行けるのであれば、この時代を見てみたいです。

あはは、ですね。
仕事をしていたころはあまりにも殺伐とした人生を送りすげていたせいか、リタイア以降、夢のようなことばかり考えています。はるか遠い過去に戻ったり、手の届かない人間世界の将来を考えたり。バカみたいですね。とほほ。
hiroshi
2009/12/20 20:46
(*・ェ・*)ノ~☆コンバンワ♪ hiroshiさん
今年も後十日です。呑気にパソコンで〜 しょうがないです。
元美女と言う事でコメントしょうかな? ハッハハハ~~
まだ言うの〜? しっこい!! 

お船がいっぱいで嬉しいですね〜 「AIDA・AURA号」の存在感が!! 

暖かそうです事! タンクトップの方がいますねエ〜
新鮮な果物の山に目が行きます。
色んな歴史が有って、世界は広く深く今までに無い勉強出来て〜ネットの世界に感動ですよ〜
5〜6年前には全く予想だにせぬ世界を生きてます。  
たえこ
2009/12/21 19:46
たえこさん、今晩は

またまた行き違いですねぇ〜。

いままで、じっくりと、ボスフォラス海峡通過の光景と、ウクライナの山の中の修道院教会を拝見し続けていました。

黒海へはやっぱり行ってみたいですね。
そのうち、そのうち、と思いながら、お聞きそびれていることなんですが。。。

海の色はいかがでした?
やっぱり、黒い海、でしたか?
黒海というから、そうなんでしょうねぇ〜〜。

>5〜6年前には全く予想だにせぬ世界を生きてます

そうですねぇ〜。
自分の場合は、わずか2年半ほど前です。
藤原さんの掲示板へ行かなかったら、今もってブログなど始めておらず、たえこさんにゃご主人のブログも知らなかったでしょう。おかげさまで、良い勉強をさせていただいております。
hiroshi
2009/12/21 20:44
コンニチワ~ hiroshiさん

>海の色はいかがでした?
>やっぱり、黒い海、でしたか?
お答えするほどの知識は無いんですが〜
黒い海では無かったですよ〜青い海でした。 
マルマラ海などより、塩分濃度が低いそうで、魚介類が豊富だそうです。
次々回位にウクライナで海水浴中の人を写した画像に成ります。  
たえこ
2009/12/22 15:05
たえこさん、今晩は。

ご丁寧に、わざわざお返事をいただいて。。。
まことにありがとうございます。
次回の海水浴の際に書き込んだコメントのお返事の機会で良かったのに、お手数をおかけしました。

そうですか?
魚介類が豊富なんですか。
サカナも貝類も好きなので、ますます行ってみたくなりました。果たしていけるかどうか、わかりませんが。。。
そうですか。次回は海水浴ですか。楽しみですね。ウクライナの若い女性たちはとてもスタイルが良いと聞いていますので。。。

お話しましたっけ?
hiroshiメの次回のクルーズは、来年4月にまたまた西地中海で、今度はナポレオンゆかりの島に立ち寄るコースで、楽しみです。

たえこさんのいらっしゃったバルト海やマディラ島もまだ行っていませんし、行きたいところがまだまだいっぱいありますが、果たして千の風になるまでにいけるかどうか。
hiroshi
2009/12/22 17:33
おはようございます、hiroshiさん。
なかなかゆっくり伺う事が出来ませんでした〜。
hiroshiさんはコメントを下さるのに申し訳ないです。
今回の旅も行ってみたい所を見せて頂いてとても嬉しいです。
船同士、写真で見せて頂くと、とても近くに止まるのですね。唇の描かれたお船が他の船にキスしている様に見えて、はじかちい。。
hiroshiさん、四月ですか〜〜。コルシカ島で合っていますか?楽しみですね。それにその前にあちらにも行かれるし。お話が伺えるのがまたまた、楽しみです。何時か行ってみたいなあ。
murmur1
2009/12/27 07:15
murmur1さん、おはようございます。

朝から出かけていて、失礼しました。
お忙しさは、一段落なさいましたか?
お仕事に加えて忘年会や学会の締めのご会合やご友人とのアフタヌーン・ティーでのご面談など、多忙なスケジュールをおこなしになったのでしょうね。年が明けたら、またまたスケジュールは目白押しでしょうね〜。

楽しく拝見していました。murmur1さんの恒例のクリスマス・シリーズ・ブログ。今年はとくに、お熱が篭っていたいた??ような気が。。。写真も記事も、相変わらず胸ときめくものがありました。

ただ、一つ、何の写真か分からず、hiroshiメは???と考えあぐねた不思議な一枚。未だに、何だったのだろうか、あれは、と、出題されたクイズを解けなかったダメ夫くんのような心境でおりまする。

和光の時計の写真の上で、ノスタルジックに加工された一枚。左端にかすかに「OSTERIA」と読めるのですが、あれは、どちらでお撮りになったものなのか? 右には小さな一輪挿し?とholly。
イメージは、何とも高貴でありながら幻想的で、murmur1さんのデザイナーとしての並々ならぬ腕を垣間見せていただいた思いでした。

何しろ、人気ブログですので、hiroshiメ程度がしつっこくコメント欄を占拠し続けたらば顰蹙モノですので、最近は、遠慮しながら、ポッチョっと書かせていただいておりまする〜。オヒメサマ〜〜。
hiroshi
2009/12/27 11:41
〜上から続く〜

4月。そうそう、ピンポ〜ン!!

ジェノバ発で、珍しくコルシカ島に立ち寄る船を見つけました。コルシカ島、サルディーニャ島はまだ行ったことがないものですから。murmur1さんがいらっしゃったチュニスも寄港するんですよ。チュニスでコスタの船の乗客の皆さんに出会ったことはお話しました。そしてmurmur1さんもあちらへ船で行らっしゃっていますので、murmur1さんの追体験もしてみようという魂胆です。パルマ・デ・マヨルカやサレルノ、トゥーロンも立ち寄る予定です。

その前の、例のあれ。
実は少々、困った状態になってきていましてね〜。
いつかお話したかもしれませんが、こちらは飛行機のチケットもホテルも途中の足も、全部、古から付き合っている旅行社にまかせているのですが。。。アマルフィの2泊が、手違いで取れていなかったのです。最近それが発覚して、いま、代替ホテルを探してもらっています。が、ちょうど避寒シーズン真っ盛りで、どちらも混んでいるようなのですね。もしも取れなかったら今回はこちらを諦めて、変わりに、murmur1さんが先般いらっしゃったワイキキか、それとも、藤原さんご夫妻が3度も行ったとお勧めになっているメキシカン・リビエラ・クルーズに切り替える予定です。
シチリアで見た時はとてもキレイだったので、アーモンドの花をアマルフィ海岸で眺めてみたいと、今でも熱望しているのですが、果たしてどうなるか。。。
hiroshi
2009/12/27 11:43
が〜〜〜ん!
大切なあの二泊が取れていないのは、ぅあ〜〜んです。
取れると良いですね(涙)ハワイもメキシカン・リビエラ・クルーズも夫々魅力的ですが、やはり最初から思い描いていた行程がやっぱり、一番落ち着きますものね。サリディーニャ島にも行かれるのですね。わ〜、私も行ってみたい島なのです。宿泊してみたいと思っている島なのです〜。イカスミが有名なんですよね。(食べる事に焦点が行ってしまってすみません)マヨルカ島にも行かれるのですね。私ももう一回行ってみたいのです、マヨルカ島。
hiroshiさんの2010年の旅はもう私も興味をかき立てる物ばかりです。hiroshiさんとお知り合いになる事が出来て本当に幸せです。こんな風にお話を伺う事が出来まして。
hiroshiさん、あの真ん中のお写真は、時々日記に出るオステリアと言う六本木のレストランです。家族のお誕生日とか、クリスマスとか、むか〜〜しから行ってるんです。
食べ物ばかりの写真だと、皆さんに笑われちゃうかな?と自重して最初に置いてある、リザーブのサインカードとお花だけ写したんです。確か2007年のクリスマスにもデザートのお写真を載せました。お食事の写真を載せた事も有るのです。美味しいレストランなんです。六本木のピラミデに有ります。もし機会が有りましたらhiroshiさんも行かれてみて下さい。とっても美味しいですよ。六本木ヒルズや、ミッドタウンが出来て、あの辺ではもう老舗になってしまいました。クリスマスって言うとオステリア、が私の頭の中では繋がっちゃうんです。すみません、繋がりが分かりにくい写真を出してしまいまして。
二泊、取れる事を強く祈っておりますです!
murmur1
2009/12/27 22:21
murmur1さん、

お〜〜
うれぴ〜〜!
謎が解けましたぁ。

やっぱり、murmur1さんのお眼鏡に叶ったレストランであったのですね〜。写真を拝見したときから、「只者ではない、お主、やるな」、という雰囲気をぷんぷん、解き放っていました。オステリア、とあるから、多分レストランであろうとは思っていたのですが。。。

ありがとうございます。機会を作って、早速、相棒と二人で足で探索してみまするゾ〜。お教え、かたじけなし、感謝です。

あの写真にも、murmur1さんの隠しおきたるご自慢のマル秘の場所である、という雰囲気は、どことなく感じました。

>が〜〜〜ん!
大切なあの二泊が取れていないのは、ぅあ〜〜んです。

ねぇ〜〜!!!!
担当者から聞いたときはショックでした。相棒などは、ぷりぷり本気で怒り始めますし。しかし、事情を聞いてみると、彼ばかりが悪いわけではないんですよね。連絡の仕方ややりとりで、こちらも誤解を与える点もあったわけでして。。。一応、来年の1月中旬まで頑張ってみて探す、と言っていますので、期待はしています。ソレントやサレルノでは取れる、とうのですが、やはりアマルフィもしくはあちらの海岸のどこかでないと、あの映画の世界に浸れないでしょ? それに、サレルノならば、4月にクルーズで寄港しますので、何でそんな街で2泊も。。。という感じです。

>二泊、取れる事を強く祈っておりますです!

ありがとうございます。気分的には、おかげさまで千人力です。
hiroshi
2009/12/27 23:07

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