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zoom RSS 映画「十戒」の世界。ナイル西岸死者の都。

<<   作成日時 : 2010/02/06 20:00   >>

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エジプト初の女王、ハトシェプスト女王の葬祭殿。
「死者の都」の、主役の一つです。
さすがに、スケールは巨大。日本では寒さに震え上がる初冬ですが、そんな季節とは思えぬ暑さと灼熱の太陽の下で、砂色に照り輝いていました。


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画像「♪京都にいるときゃ、忍とよばれたの。神戸じゃ、渚と名乗ったの♪」。

昔、小林旭の歌で「昔の名前で出ています」という演歌がありました。
現役時代、若い方々に付き合って渋々カラオケにも行きました。ジャズとハワイアン以外あまり歌を知らず、知っているうちの一曲がこの歌。歌うと、古い、と顰蹙を買ったものですが。。。

ルクソールを「昔の名前」で、古代都市名で指すと「テーベ」と言うそうです。
で。
世界遺産の名前も「古代都市テーベとその墓地遺跡」。


画像前回に写真を載せたメムノンの巨像。

その「世界遺産」、ネクロポリス・テーベ、「死者の都」と呼ばれる、ルクソール、ナイル西岸の墓群や葬祭殿群の広がる入り口に屹立していました。
ナイル西岸の主要な見どころは、この巨像を中心におよそ2キロ以内に広がっているそうで、ハトシェプスト女王の葬祭殿も、巨像の建つ道路際からはるか、石灰岩の山の連なりの一角に見えていました。

そういえば、この巨像の建つ場所までやってくるのに、前回、こちらを訪ねた時はナイル川をフェリーで渡ったのですが。。。今回は、ルクソールの街から東岸を南へ十数キロ走ったでしょうか。新たに、ナイルを横断するルクソール大橋が出来上がっていました。

ガイド氏の話では、1997年に完成したのだそうです。
とすれば、前回に訪ねた時は既に出来上がっていたハズですが。。。なぜか、あの時はフェリーでナイルを横断した記憶が残っています。


画像巨像の建つ広場からしばらく走ると、「死者の都」の各遺跡へのチケット売り場がありました。
ツアー参加中だから関係ありませんが、もし個人で死者の都を訪ねれば、こちらで、巡りたい遺跡を選び決めてチケットを買う仕組みのようです。

どれとどれを観るかは、観光客次第。ツアーならば、参加したパッケージ・ツアー会社次第。というわけです。

バスの停車した道路際に、1枚の地図看板が立っていました。

なるほど。
そういうわけで、日本のツアー会社ごとに「特別入場、王家の谷の非公開墓入場」とか、「ツアーではめったに行かない○×を観光」とかと謳い上げる、何を見るかの違い、観光数差が出る仕組みなのですね。仕掛けがわかりました。

スルー・ガイド氏が、まとめて何種類かのチケットを買って再び出発。そして、最初に行ったのが、最上段に写真を載せた、冒頭の葬祭殿でした。そして引き続き、王家の谷のツタンカーメンの墓を筆頭に、個人個人の希望で好きな墓を選んで計4つの墓を巡りました。



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画像左写真は、パンフレットから借りた、その王家の谷。

そして、ハナシの続きです。
4つの墓を巡ったのですが。。。残念なのは、「王家の谷」も「王妃の谷」も、訪ねた時点で4カ月前、つまり昨年8月から、カメラやビデオ・カメラ、携帯電話の持ち込みは全面禁止になっていました。バスを降りた目の前の、谷の入り口に立つビジターセンターで厳しく持ち物をチェック。アメリカの空港でチェックインすると同等か、より厳しい検査が実施されていました。


画像左写真は、同じく、借りた画像、ツタンカーメンの墓の内部。

そして、また続きです。
ツアーのスルー・ガイド氏の話によると、厳しく規制を命じたのは、考古学博士であり、エジプト考古学最高評議会(Egyptian Supreme Council of Antiquities=SCA)の長官。名前は、ザヒ・ハワゥスさんとおっしゃるそうです。


画像左写真は、またまた借りた画像、ラムセス1世の墓内。

王家の谷などでは、それ以前は持込は可、墓の外では撮影OK、洞窟内の墓では撮影禁止となっていたものの、禁止の撮影をする観光客があとをたたず、貴重な墓地遺跡の損傷がはげしいために禁止に乗り出したのだそうです。

エジプトの観光業界にとっては「被害甚大。日本人はまだ、撮影禁止の意義と意味を理解して入ってもらえるが。。。」とガイド氏。世界の観光客の中には、撮れないなら入らない。そいういう人々が結構多いのだそうです。で、観光業に携わる関係者は怒っており、抗議しているのだとか。


画像左写真は、セティ1世の墓内。

そしてまた、ハナシは続く。
。。。なるほど。
我々のグループが、バスを降りてビジターセンターの入り口に向かい始めた時。
駐車場から、10人ほどの観光客を乗せた1台のマイクロバスが出発して行きました。昔ながらの、窓を開閉出きる古い型のバス。

その窓を開けて、こちらと同年代くらいに見える男性が一人、大声で。「ヘイ! 金持ち日本人か? 一緒に谷の中へ連れて行ってくれよ」と冗談を。外からの眺めを観るためだけに立ち寄った、のだそうです。「写真を撮れないのでは友だちに見せることも出来ない。入る必要もないではないか」。そう言い残して、手を振ってバスは駐車場から出て行きました。

アメリカ人かカナダ人か? どちらの国の人たちかは、わかりませんでした。


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画像カメラ持ち込み禁止のおかげ? せい?で、王家の谷も王妃の谷も、写真は一点も撮れませんでした。
で、やむなく日本語の写真集や本を何冊か買いました。
こちらから複写して載せると、今度は版権問題がからみます。

で。
止む終えず、現地で配られたパンフレットから借りました。。。

一方、写真を載せているハトシェプスト葬祭殿。
有名なテロ事件があった場所でも、あります。



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1997年11月17日朝。日本人10人、スイス人43人を含む観光客60人、エジプト人警察官ら3人、テロリスト6人の計69人もが死んだ場所です。
で。現在も、厳しい警備が続いています。山の上にも、自動小銃を抱えた警察官なのか、軍隊なのか。そんな人々の姿が、この葬祭殿でも王家の谷でも、山頂や山の斜面で望見されました。

外貨収入のトップバッターである観光収入の確保のために警備に汗を流し、一方で、文化財を破壊しかねない観光客の非常識なマナー違反に知恵を絞って対応するエジプト政府のお役人たちですが。。。
末端では、遺跡を警備するポリスたちの、「汚職」も青空の下で横行しています。


画像手招きに応じて寄っていくと、小銃を抱えたポリスは、ロープで立ち入り禁止措置を講じている、葬祭殿の奥の、本来ならば観光客に解放していない鮮やかな色彩の彩色画を見せてくれて、写真を撮ってもいいぞ、と。

ことのついでに、「記念だ。一緒に写真に」と恩着せがましく相棒と並んだ写真を撮り終わらせて、最後に、親指と人差し指でペラペラ、札を数える仕草。袖の下を要求。

もちろん、気づかぬ顔をしてありがとうと、その場を離れました。。。

こんなことは、以降、エジプト滞在中に何度も遭遇しました。ガイド氏によると、給与が安いのだそうです。ある意味、仕方がないのかもしれません。



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最後に。。。
日本に帰った直後。このブログで、以下のよう、書き込みをしました。

〜〜〜エジプト。
振り返ると、自分史、の土地の一つでした。つまり、学んではいるが、己の関心事以外はまったく記憶になし。
エジプトへの印象は、どなたも同じでしょうが、中学校の教科書で、他のアフリカの国々や中東、イスラムの国々よりも、比較的につぶさに学んだような気がします。

でありながら、かの国の歴史はさっぱり頭に残っておらず、残っているのは、この国をテーマとしたり舞台とした映画など、我が勝手な思い入れ、ばかり。
「自分史」、と思う、我がゆえん(所以)です。〜〜〜。



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王家の谷を中心に、エジプトのこの時代、いわゆる新王国時代は、昔、観た映画「十戒」の時代設定のころでした。

旧約聖書でモーセが登場する「出エジプト記」の紀元前13世紀ころ。つまり、3300年ほど昔。

6000年とも7000年とも言われる膨大な歴史の国ですが、だから、この時代は、ほんの少し、歴史の断片程度を理解できる。

モーセ。チャールトン・ヘストン。エジプトの王子として育ったヘブライ人。

ラムセス2世。ユル・ブリンナー。メムノンの巨像近くに葬祭殿のあるセティ1世の息子。エジプト第19王朝、第3代のファラオ。

ネフェルタリ。アン・バクスター。ラムセス2世の7人の王妃のうちの一人。ラムセス2世に最も愛された女性。王妃の谷に壮麗でカラフルな内装の墓が現在でも残っている。。。


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そして、もう一つだけ、ちょっぴりわかる時代が、映画「クレオパトラ」のころ。「十戒」からおよそ1200年後、紀元前40年ごろ。

エリザベス・テイラー のクレオパトラ 。きれいだったですよねぇ〜。
リチャード・バートン のアントニウス 。かっこよかったですねぇ〜〜。トルコ、エフェソスの港通りを腕を組んで歩む二人の光景を、いまも鮮やかに憶えています。

すぐ上の写真。
葬祭殿のテラスから振り返ると、駐車場とビジターセンターは、はるか彼方に見えます。
この間の山の上に、小銃を構えたポリスか陸軍か、たえず警備の人々の姿が見え隠れしていたのが印象的でした。

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そして、警備柵の一歩外へでると、物売りの大行列が待ち構えていました。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
hiroshiさん  コンニチワ~~
>ルクソールは「昔の名前」で、「テーベ」ですか?
テーベって哀愁が有ると思います。 優しい女性を連想します。
「モーゼの十戒」は見ました。確か海水が二つに割れて驚きました。
今の様にデジタル加工の無い時代でどの様な技術だったのかな? 忘れましたが〜
チャールトン・ヘストン、 ユル・ブリンナー、強烈な印象だけはあります。
クレオパトラのエリザベス・ティラーも思い出します。
素晴らしいロマンの地に行かれて、やはり羨ましいです。
厳重な警戒は聞きましたが、しかし、4つのお墓も撮影禁止でしたか? それは残念でしたが、観察は集中出来たんでしょうか?
画像が無いと、私は直ぐ、忘れてしまいそうです。 

袖の下要求で〜 そんなことが意外と有るんですよね〜
何処かで聞いた気がします。

持ち出し禁止の古代モザイクをこっそり呉れた、チュニジア・カルタゴの遺跡の管理人も居ました。

この間、サハラ奥地のギルフ・キビールのロケで、岩絵の事をテレビで見ました。
それも1万年前のものでした。 観光では絶対行けない場所でしたが〜

やはり歴史の奥深さを思うと行けば良かった!!「 ナイル川クルーズ」に〜 でした。
たえこ
2010/02/07 15:45
たえこさん、今晩は

イスタンブールのガラタ橋の釣りの風景、さすが、たえこさんだと思いました。写っている人たちの表情が、生き生きしています。hiroshiメの撮った写真と見比べてみました。違いがわかりました。写っている人の表情でした。
いかに、人々の表情をとらえるか。プロの方の写真も、そちらが素晴らしいですね。

たった今まで出かけていました。出かけているついでに本屋さんへ立ち寄ってきました。いつもの通り、写真雑誌を立ち読みしてきたのですが、本日、しみじみ思いました。たえこさんの写真は、やっぱり、プロの方の写真と同じでした。

まだまだ不足していることに気づきました。勉強します。先生。よろしくおねげえしますだぁ

王家の墓の撮影禁止は、残念でした。墓地の入り口も写せないのですから。

カルタゴの遺跡でそんなことがあったのですか? 
hiroshiメだったら、ラッキーと貰っちゃうんですが。残念ながら、そんなことはなかったですねぇ〜。

4月に、今度は船で立ち寄る予定です。こっそり、くれないですかね〜。
hroshi
2010/02/07 20:01
hiroshiさん。たえこさん。こんにちわ^^

エジプトヤッパリ偉大な国ですね〜〜

一度くらいこの目で・・

でもでも

>小銃を構えたポリスか陸軍か、たえず警備の人々の姿が見え隠れしていたのが印象的でした。

こんな雰囲気で見学

>映画「クレオパトラ」のころ。「十戒」からおよそ1200年後、紀元前40年ごろ。

どちらもTVで観ました

思いだした〜〜やはりTVで観た「ベンハー」
チャールトンヘストンだったかな?スペクタクル映画の傑作と思いますが・・
これらの時代も凄いと思いますが、映画を作った時を思うと、あんなに凄い映画を作った
とそちらに感動してしまったりで観てました

ところで昨日「トロイ」をTVで観ました。時代は「十戒」の頃でしょうか

背景に有る愛よりタダタダ戦闘シーンが疲れる〜の映画で、話題になった映画だからと我慢?して見終えました

ブラビはじめ男優さんの肉体美綺麗とか巫女がサラブライトマンに似てるとか・・

ギリシャの海でロケしたの〜とかトロイってトルコの何処かだよね〜〜とか
思って観てました。

ヤッパリトルコからエーゲ海が良いかも




mayumi
2010/02/08 11:39
mayumiさん、こんにちは。

>思いだした〜〜やはりTVで観た「ベンハー」
チャールトンヘストンだったかな?スペクタクル映画の傑作と思いますが・・
これらの時代も凄いと思いますが、映画を作った時を思うと、あんなに凄い映画を作った
とそちらに感動してしまったりで観てました

お〜
懐かしいお話しを

そうそう、あの映画は素晴らしかったですね。おっしゃられるとおり。あの映画の時代設定は、映画「クレオパトラ」とほぼ同時代、ほんお50年ほど後ですよね〜。キリストも登場したです。

映画館で見ました。ご存じないでしょうけれども、昔、テアトル東京という映画館がありました。自分がまだ大学生であったころに封切られて、70mミリシママスコープ大画面が売り物で。。。1年以上のロング・ランだったです。場所はね、今のホテル西洋銀座。そうそう、テアトル銀座やパルコ劇場のあのビル。あちらの映画館へ行くことは、貧乏学生たちにとってのステータス・シンボルでした。

>ところで昨日「トロイ」をTVで観ました。時代は「十戒」の頃でしょうか

あの映画は6〜7年ほど前の映画ですか? 自分は、山ネながら見ていません。
ただ、背景の時代は、おっしゃるとおりでしょうね。ギリシャ神話を元にした有名なハナシですから。あのハナシの舞台であった場所は、自分も2度ほど言ってきました。↓ で、一度書いたことがあります。

http://ya170519su.at.webry.info/200904/article_1.html

>ヤッパリトルコからエーゲ海が良いかも

大賛成
hiroshi
2010/02/08 15:37

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