潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS 手漉きアマルフィ紙の里へ。小さな美術館に。

<<   作成日時 : 2010/07/02 00:15   >>

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アマルフィ。
世界遺産に指定されている海岸の名前にも転じて、街の名は世界に知れ渡っているほど「大きい」ですが、街そのものは、「小さい」。ですよね〜。

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断崖連なるアマルフィ海岸の街である。↑ ↓ さすが、海際から1キロあまり内陸に入り込むと、家並みは細く細く、その家並に覆いかぶさるように険しい山稜の岩壁が迫ってくる。

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↓ 海側から、上2枚の風景のあたりを眺める。向かって左手から張り出してきている尾根筋の向こう側、隠れて見えないあたりが、上2枚の写真を撮った場所。

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半日も歩き回ったら、街中の隅々まで「踏破」出来てしまうくらい。
家並が続く小さな扇状地エリアは、せいぜい、広い海際での間口で300メートル、奥行き1.2キロほど。その、山の斜面がつながって細い谷をかたちづくる1.2キロ先では、当然ながらもう、家並みはありません。
谷間に開かれた街ですから、細い煙突状の扇状地の左右周囲はもう、山また山、です。

ショア・エクスカーションは、船を下りて間もなく、ガイド氏から10分ほど説明を受けたあと、すぐに解散、自由行動となりました。

説明を受けたのは、下船後50メートルほど歩いた、この街の入り口、はるか1000年ほど昔にアマルフィが海洋共和国として栄えた時代を始まりとして、脈々と続く歴史を持つこの街の名前で「Port」、いわゆる港に隣接するフラヴィオ・ジョイア広場で。
実にあっけらかんとしたオジサンで、次々に塔や建物の上部を指差しながら早口、イタリア訛り英語で何ヵ所か説明を終えた後、自身ではどちらかへ案内する風情はつゆほども見せず、「さ、紳士淑女諸君、お好きなところに行ってくるように。次は○○時に船で逢おう」。

さっさと、近くのカフェに姿を消しました。
そして彼のオハナシは、普通でさえわからない英語を、訛りで味付けしてあまりにも早口でまくし立てるもので、半分も理解出来ませんでした。



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海際から数えて4本目の家の下のトンネル。
この家の主だろうか。通り過ぎるこちらやほかの観光客に向かって、イタリア語で何か叫んでいたが。。。わからないから、手を振って通り過ぎる。


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通り過ぎたら、骨董屋が3軒、ずらりと並ぶ。観光客向けに、イタリアのアンティーク雑器や古い日用品を足の踏み場もないほど並べている。アメリカ人たちには、結構人気を集めていた。


わからない、ということは逆にラッキー、なことも。
エクスカーション参加の皆さん、ガイド氏の指呼確認した方向へそれぞれ散っていきます。
が、その指差された方にはいったい何があり、それはまた、どういう点が見どころなのか、こちらにはまったくわからないから、こちらはもう、彼の説明とは無関係に、日本で既に計画していた予定観光場所へ早速、早速。

おかげで。
船の乗客の皆さんからはひと足早く訪ねられたおかげで。
地元の人以外数多くの観光客と逢うこともなく、静かな雰囲気の中で、そちらの施設の見学を楽しみました。

行ったのは、山の中。
いや、正確には、山に入る直前の、日本ならば入会地、程度の場所。
そうそう。昔、江戸時代の日本ならば、カヤや潅木など集落共同管理の財産を刈り取りに行った、山と里との境目一帯。

アマルフィの街は、高空からバード・アイで眺めてみると、海の方から伸び上がっていく朝顔かゴーヤ、はたまた胡瓜の蔓のように見えます。
観光客であふれ帰る海際近くの、街の中心街一帯が、株の根元付近。
弦=道は短く細く、何本か入り乱れて、株元は蔓でよじれている。。。
そのうち、勢いの良いしっかりした一本だけの蔓が、ゆらゆらと揺れながら、山の方へ、上へ、上へと伸び上げって行く。

その蔓のような、たった1本のメイン道路。
海際からは、名前を計4回、順に変えながら、伸び上がっていく。
そして名前はやがて、「カルティエーレ通り(Via delle Cartiere)」と呼ばれます。

その通りの奥まった一角。
そちらが、目的地でした。


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骨董屋さんが並ぶ一角が、観光客向けの最後の店舗群であった。その先は、辺りはもう、地元の方々の街のイメージ。地元の人たち用のカフェがあり、その店に並べられた花鉢や花の咲き乱れる鉢がずらりと並ぶ家々、花のトンネルなど。

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葉を落とした裸のレモンの木。レモンだけが残っている。レモンの木とは、落葉するものなのか? 害虫にやられて葉を落としたのだろうか。

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昭和30年代から同50年代ごろまで製造されていたフィアットのNUOVA500、チンクェチェントが。。。フロントのフードは錆び付いて応急処置をしたのか、それともイタリア式美意識?か。「ルパン三世」の愛車が、変わった表情を見せる。

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バス・ストップに美術館の案内が。バスが走っているとは知らなかった。タイムテーブルをみたら、30分間隔。一日に下りは9本、上りは8本走っているスケジュールのようだ。

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日本で言えば、ご町内の掲示板、くらいなのだろうか。張り出されているのは、亡くなった方の葬儀の日時や会場の教会案内。知己の方々のお悔やみ情報は、こちらアマルフィでも注目度が高いようだ。


通りの名前。
「カリティエーレ、Cartiere」って、なぁんだ? 
辞書を紐解いたならば、「製紙工場」の名で出てました。

そうなんです。
20世紀はじめのころまで。
こちらから先は、数多くの製紙工場や工房が、山の中の谷の、急流に沿って立ち並んでいたのだそうです。
製紙業界の近代化、普及紙の大量生産の波に飲み込まれて、やがて消えて行ったけれども。

昔、この谷の急流と水の量、水質が、良質な手漉き紙の製造に適していたのだそうです。


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そして、その谷の名は、「Valle dei Mulini」。
直訳すれば「工場の谷」。かつてのここらあたりの風景を想像して意訳すれば、「水車小屋の谷」くらいになりましょうか。

今は、ただ一軒、製紙工場が稼動していました。

そして、その工場に隣接した、昔の工場の建物を利用した小さな小さな、素朴な美術館「アマルフィ手漉き紙美術館(Museo della Carta a Mano di Amalfi)」。

こちらが、目的地でした。


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アマルフィの手漉き紙。
日本の和紙産地同様、複雑な手順を要する手作り紙の世界は、採算性の問題もあり、20世紀半ばからこちらイタリアでも次々に廃業して、現在では、貴重品。値段も高く、その手漉き紙の中でもアマルフィ産は最高級品に認定されているようです。

紙製品でも知られるルネッサンスの古都、フィレンツェでそのアマルフィ紙のハナシを初めて耳にして、以来、こちらの谷を訪ねてみたいと思い続けていました。

一度、アマルフィに立ち寄ったことはあるのですが、時間がなく、こちらまで登ってくる時間的な余裕はなかったのです。


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美術館。
海岸近くから歩き始めて。。。
一本道の両側には興味を引くさまざまな店が立ち並んでいるほか、少しづつ上り坂でもあったもので、わずか1.2キロほどの道のりなのに、随分時間がかかりました。
片道、30分ほど歩いたでしょうか。

ヴェネツィアの、建物の下の通路、ソットポルテゴのような、道をまたいで家がそびえる、その家の一階部分にあたるトンネル状の道を越えること、4つ。
さすがに、4つ目まで来ると、道の両側の家並みの向こうは、山の断崖絶壁の岩肌が、立ち塞がるように迫って見えました。

そして、ここらあたりはもう、観光客はほとんど見かけず、地元の方々の世界。
レモンの木が茂り、花が咲き乱れ、こちらが高校生のころに発売され、以降20年間も世界で人気を集めた、イタリア人に人気のあのフィアットの名車、チンクェチェントもしっかり現役で頑張っていて。。。


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※アマリフィの画像を、↑ の記事の後、2011年2月にデジタル・アルバムにまとめました。

そして、さらに。同じく2011年2月に、アマルフィ紙や陶器の店の写真などを中心に、続編のデジタル・アルバム「アマルフィ〜パート2」をまとめました。
 

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
hiroshiさん  コンバン(^ヮ^)

感動を頂いた、サッカーでした。 
久しぶりにテレビのチャンネル変えて帰国会見をいっぱい見ました!!

アマルフィー海岸の観光船のスピードで走る動画も感動です。
この景色に憧れてました!! 動画の噴き出しは無くても、ちゃんと文字入れは流石です。

断崖に立つ真っ赤なお家の旦那さんは何叫んでいたんでしょうか? もしや?アマルフィーは気に入ったか?って聞いてたかも?
陽気な南イタリアのお父さん!!

サッカー見たからでしょうか? 色んな夢を見ました。
murmur1さんが闘莉王選手のお嫁さんに成った夢を見ました。・・・ナイショです  
たえこ
2010/07/02 20:35
たえこさん、今晩は。

出かけていて、お返事遅れ、失礼しました。朝一の飛行機で行って、最終のそれで帰ってくる慌しい、いつものパターンの所用のこなしで、少々疲れました。

>感動を頂いた、サッカーでした。

そうですよね。
あの興奮のひと時が去って、今は、精が抜けたように元気が。。。
しばらくしたら、また普段の生活に戻るのでしょうが。。。少々、あの選手たちにのめりこみ過ぎたのかも。楽しかったです。

>murmur1さんが闘莉王選手のお嫁さんに成った夢を見ました。・・・ナイショです  

おっほっほ
そんな話題、ありがとうございます。
ちょっと元気が出てきました。
そうですよね〜〜。
なんとなくお似合いのような。少なくとも、あの情熱と冷静さと選手たちを引っ張っていくリーダーぶりが、なんとなくmurmur1さんのイメージと共通してみえますよね。
うっふっふ。
楽しいお話を。ありがとうございました。

そうか。
断崖の家の親父さんは、そう言っていたのでしょうか。なるほど、なるほど。
hiroshi
2010/07/02 22:06
こんにちはー。

「手漉き紙」ときいて最初に思い浮かんだのはフィレンツェでした。
フィレンツェでアマルフィの手漉き紙のことをお知りになり、アマルフィではちゃんとそこへ訪ねていかれるのが、さすがhiroshiさんだなと思いました。
羽ペンと、手漉きの便せん&封筒、それに私の好きなシーリングワックスがあれば、中世の貴婦人のような気持ちでお手紙がかけたりしそうですよね。

私もリタイアしたあとは、ちょっと気になったものを追求する旅がしてみたいです。
今は時間も限られているし、行ったことない有名所もまだまだたくさんあるで、とりあえずお手軽な旅行をしていますが、往復のチケットだけとって気の向くままに放浪する旅をしたりするのにもとっても憧れます。
みーな丸
2010/07/02 23:48
みーな丸さん、おはようございます。

そうですか。
みーな丸さんも、真っ先にフィレンツェ、の印象ですか? 

>「手漉き紙」ときいて最初に思い浮かんだのはフィレンツェでした。

あちらは、マーブル紙で有名ですものね。

hiroshiメは、↑ のごとく書いていますが。。。最初にアマルフィの手漉きの紙の製品(レターセット)を見たのは、実はヴェネツィアでした。
次いでフィレンツェでまた同じ手漉きの素晴らしい品を見て、お店の方に尋ねて、それはアマトルーダ、アマルフィで作られている紙だと知りました。

そして、これは笑い話ですが、その2軒とも、同じ会社のチェーン店だったのですね。似たような商品を売っているのも当然だったのです。

みーな丸さんのお住まいの国にもお店はあるようですね。NYとパームビーチに。お住まいの場所から少々遠いですが、一応、そのお店のサイトをご紹介しておきますね。フィレンツェでは、マーブル紙手作りの行程も見せていただきました。

http://www.ilpapirofirenze.it/index.asp?lingua=ENG

そうですよね。
リタイアして、遊び呆けていますよね。現役で頑張ってらっしゃる皆さんに申し訳ないです。とくにみーな丸さんのように、新世界で頑張ってらっしゃるお若い優秀な方々に、本当に申し訳なく思います。

>往復のチケットだけとって気の向くままに放浪する旅をしたりするのにもとっても憧れます。

いいですね〜。
自分は、若いころはリタイア後、日本を離れて海外移住、新天地での新しい(老後の?)暮らしを夢見ていましたが、いろいろと難関、しがらみがあってかないませんでした。
hiroshi
2010/07/03 10:22
こんばんわ^^

アマルフィの街は、小さいんですね

そんな街を二人でブラブラ絵になりますね

こんな街に滞在したいけれど、英語も話せない身では、かえってストレスになるかな

hiroshiさんも奥様も英語力おありですー

みーな丸さんは実現大ですね

hiroshiさんは、リタイア後の海外移住より良い生活ではないですか生活拠点は日本で海外旅行三昧です

少しだけおすそ分けを
mayumi
2010/07/03 23:48
mayumiさん、おはようございます。

そうそう。小さいです。
この街に泊まって、日本式の観光の仕方で過ごしたならば、半日もいれば飽きちゃう。
多分、そうなるだろうと思います。

郷土料理を楽しむとかお菓子の食べ歩きをするとか、泳げる季節に行って砂浜でごろり、ごろりするとか、そんな過ごし方の街かな? と思います。
特徴のある街が多いから、いまや世界中で注目を集めるビーチ・ファッション・ウェアの街ポジターノで色鮮やかな、それでいてお値段格安のお店を冷やかして回るとか。そういう過ごし方もあり、ですかね〜〜。

mayumiさんがいらっしゃったソレントを入れて、半島を北東側から北西側へ、さらに南東側へと、船で移動しながら巡るのもいいかもしれませんね。

バスは酔うから。

あ、英語のハナシ。

hiroshiメもご一緒、ご一緒。
さらに、イタリアの方々で英語ぺらぺらという方はホテル関係者以外にほとんどいらっしゃらないでしょうから、お互い、得意なボディー・ランゲージ語だけで十分かと。

>少しだけおすそ分けを

とんでもゴザイマセン。それは、間違いでございまする。
命尽きるまで、あとどれだけ「あれ」があれば生きていけるか?
命はてる期間の推測と、残る残金とを照らしあわせて、相棒は最近、難しい計算を何度も何度も繰り返している風情でして。。。

計算間違いしたら、自殺モノか???
hiroshiメは、最近、少々気になり始めておりまする。
hiroshi
2010/07/04 10:37

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