潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS 舵故障でクルーズ中止。ヴェネツィアへ、陸旅。

<<   作成日時 : 2010/10/30 12:15   >>

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驚きました。
こんなことも、あるのですね〜。

12泊13日間、地中海・アドリア海クルーズのつもりが、船にわずか3泊しただけで、結局、ヴェネツィアへの旅、となりました。


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宿泊したのは、二度目の火災から、文字通り『不死鳥』のごとく、またまたよみがえったフェニーチェ劇場近くの小さなホテルの最上階。4階。

おかげで、訪ねた時は焼け跡であったり工事中であったりで、さらに再オープンしてから後はヴェネツィアを訪ねながらあの一角に入りそびれていた著名なオペラの殿堂の内部に、今回初めて、ようやくお目もじ。
内部は撮影禁止のため写真はありませんが、6層に別れた華麗なオペラ・ホールなど、「共和国」時代を偲ばせる噂どおりの絢爛豪華な内装に、舌を巻いてきました。


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フェニーチェ劇場の出演者がよく泊まるという、小さな4星級の簡素なホテルでしたが、比較的に長い連泊であったためか、ホテル側では、部屋の外に、ヴェネツィア名物の「アルターナ(Altana)」と呼ぶ、8畳間ほどのテラス。。。というよりも、日本 の物干し台風の素朴な、さわやかに風の吹き渡る空間のある部屋を用意してくれていました。

そして、そのアルターナの手すりの外、向かいの家の間には細い運河、リオが抜けており、サン・マルコ広場周辺のいくつかのゴンドラ溜まりが近いために、遊覧コースとなって漕ぎ出してくるゴンドラが、午後から夕刻、夜にかけて何隻も抜けていきました。

時には、楽隊を従えた集団のツアー組も通り抜け、アルターナでのんびり、教会の鐘の音を聴いていたりすると、アコーディオンの伴奏に乗って、お決まりのカンツォーネやイタリア民謡のつややかな独唱も聞こえてくるのでした。


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アクア・アルタの季節も本格化していました。
といっても、滞在中はまだ、最大で90センチ、比較的に地盤の低いサン・マルコ広場と周辺がひたひたと水に浸かる程度のそれでしたが、毎朝、1時間弱ほど時間をずらしながら、広場に水溜りが広がっていました。

気になるお天気も、滞在中盤までは極めつけの上天気に恵まれ、日中は暑いくらいでした。


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画像というわけで。
クルーズは残念、無念。
ハプニング、アクシデント連発でしたが、後半、陸旅に切り替わってからは、楽しく、愉快な旅となりました。


クルーズ。
いったい何が起きたのか?

旅の途中、断片的な情報のみを散発的にこの「覚え書」に書き送って、お訪ねいただいた皆さまに、ご不審な思い、ご懸念、ご心配をおかけしたのではないかと、案じております。

↑写真は、バルセロナ港で停泊中のセレブリティ・センチュリー。モンジュイックの丘から。

画像再び。
いったい、何が起きたのか?

正直、こうやって帰国した現在、当事者の一人であったこちらですが、ご同様にさっぱりわかりません。
帰国してすぐにネットであちら、こちらと調べているのですが、相変わらず雲をつかむような状態です。

ネットでは、日本のサイトではまったく触れられていません。
クルーズの本場、アメリカの各サイトでは、若干、ニュースなどで扱われているようです。
「Cruise Critic」や「USA Today」などで、断片的な情報は載っています。『CELEBRITY CENTURY RUDDER』くらいで検索をかけると、かなりの記事をヒットします。
たとえば、Cruise Critic
10月24日付けで、フランス・マルセイユ、シャンティエール海軍造船所のドッグで修理する舵の様子の写真を載せています。


画像まだ、あらあらと、ですが、検索した結果は以上。
ネットで探せる記事は、時系列を追うと、↑の記事が最後です。

そして、25日、バルセロナ発、大西洋横断、マイアミ行きクルーズが実施されたのかどうかは、不明。多分、出発したのでしょう。新しい記事が何も出ない、ですから。

そしてもう一つ、不思議なのは、どの記事にも、「なぜ?」、「どうして?」、などの、気になる舵故障の原因などはまったく書かれていません。


次いで。
では、どういう状況で、どう、事態は進展したのか?

これならば、こちらもその場に居合わせたもので、ある程度、わかります。

で。
その「覚え書」です。


画像“事件”を初めて知ったのは、ヨーロッパ現地時間で10月14日午後10時ちょっと過ぎ、でした。

場所は、フランスのコート・ダジュール海岸、ヴィルフランシュ・シュル・メールの沖合い、錨泊中。

こちらはその時、既に眠りの体制。
自室のベッドに潜り込んでウトウトし始めたところでした。

「寝るのが、チト早過ぎるのではないか」?

ごもっとも。
が、ひと言、言い訳をさせていただいて。。。
いつもは船では、眠りにつくのはたいがい「午前さま」ですが、この日は理由があったのです。

ひと言で言えば、疲労です。
実はこの日、高さ420メートルの断崖の上の街、エズ・ヴィラージュから地中海の波打ち際、エズ・ゴーフまでの崖道「ニーチェの小道」を、1時間足らずで一気に駆け下りたのです。

名前こそ哲学っぽく優美に聞こえますが、いざ、歩いてみると、富士登山の下山よりもきっと、なお急峻。波打ち際近くまでたどり着いたときには、がくがく、膝が笑っている状態でした。

加えて。
バルセロナで乗船した前日、13日夜。
どなたもご一緒でしょうが、クルーズ旅立ち直後の、船内バーでの軽い興奮、酩酊状態でついつい夜更かし、深酒を重ねてたもので、その疲れも重なって。この夜は、早く休むことにしたのでした。

画像で。
14日午後10時過ぎ。
ウトウトし始めたら、時ならぬ4点鐘がスピーカーから響き渡って、船長のスピーチが始まりました。

船内新聞「セレブリティ・トゥデイ」によれば、船長、イシドロス・カラマオウナス氏、キオス島生まれ、ギリシャ人。大学卒業後2年間社会人として働いた後に海事大学に入学、1983年に卒業している、と書かれていました。

その彼のスピーチ。
長い話でした。
聞き終わって以来2週間以上も経っているので、言葉の詳細はかなり忘れかけていますが、思い出しながら、要約して個条書きすると。。。

@ 乗船客の皆さん、我々の船は、本日、停船時に舵を破損した。
A 優秀なスタッフが海中に潜水し、懸命の修復作業を重ねたが、たった今、ドッグ入りして修理しなければ回復しない、という結論に達した。
B というわけで、本クルーズは、このヴィルフランシュで中止とし、乗客全員、下船していただく。
C 下船日時は明後日、16日午後5時まで。
D 皆さんの今後の飛行機チケット、ホテル宿泊などの日程を確保してもらうために、15日、船の衛星電話、インターネットすべてを無料解放し、ホテル部門スタッフ全員がそのお手伝いをする。
E フランス国内の列車関係のストに鑑み、この後、出発港のバルセロナへUターンしたいという希望者に向けて、16日、無料バスを運行する。乗車希望者は申し出て欲しい。
F 皆さんへのおわびとして、今回のクルーズ代金全額を返済する。
G 同様に、一人当たり250ドルのオンボードクレジットをお手渡しする。
H 同様に、次回のご利用時、どの船のどのカテゴリーであろうと、25パーセントを割引する。
I 下船は16日朝からニースの観光船会社の船を2隻チャーターし、夕刻までニース港と船の間を折り返し運航する。
J ラゲージは、16日未明、指定の時間までにキャビンの外へ出してもらえば、ニースの港に設けた特設のターミナルでお手渡しする。
↑ 写真は、船長のスピーチが終わった翌日のプールデッキ。下船を翌日に控えて、乗船客たちは最後の船の楽しみを満喫している風情であった。
その下の写真は、ヴィルフランシュ・シュル・メールから眺めた船。左側、陸地側に近い位置に停泊しているのはロイヤル・カリビアンのボイジャー・オブ・ザ・シーズ。


画像「え? えぇ〜〜!」。

吃驚仰天。
一度に眠気が解け、目が冴え渡りました。
以下、驚愕の数時間が過ぎ去って行った、ワケです。

動転、驚愕してパジャマを脱いでシャツ、ズボンをまた穿き、ゲスト・リレーションズへ駆けつけると、吹き抜け空間のその広場は人々でいっぱいでした。
船の発表によれば、この航海での乗船客は1808人。そのかなりの人々が集まっていました。

ことのついでに。
乗船初日に知ったことですが、その乗客らの窓口として利用されたセレブリティの代理店旅行会社はおよそ150社。
また、日本からの参加ツアーは6〜7組、およそ150人。個人参加者は同じシーティング組で2組見ました。残るシーティングにもいらっしゃったことと思いますが、わずか3泊で下船したため、お逢いできませんでした。

画像ゲスト・リレーションズ・デスクへ。
ハナシは戻します。

。。。しかし。
当然ながら、キャプテンズ・スピーチ以上の収穫はなし。
機関に詳しいアメリカ人と思しき人とフロント・スタッフとのやりとりは続いているのですが、いかんせん、英語をネイティブ・ランゲージとする方々と違い、専門用語が飛び交い、早口のやりとりが続くその場面には思考がついていきません。
結局、すごすごと自室に戻って、「ええい、ままよ。どうともなれ」。
とはいえ、翌日以降のわが行動をどうとるかだけは、ほぼ決めて電話を活用しました。


画像行動をどうとるか。

当然、こちらは。。。
日本出発前からもとより、クルーズ・コースに入っていたイタリアの都市で、さまざまな計画を既に立てていたのでした。。。

フィレンツェ、SMN教会のファーマシーで石鹸を買う、とか、ローマのトラステベレの教会で美しいモザイクを見てくる、とか、ヴェネツィアの、今年4月に開設されたモノレールに乗ってくる、とか、つまらぬ、といえばその通りの程度の計画でありましたが。。。


いずれにしろ、それが全部、チャラ、では、あまりにも悲しい。

というわけで。
クロアチアのスプリト、ドブロヴニク行きは諦めるにしても、
ヴェネツィア行き、イタリア旅行の陸旅くらいは、予定通りの計画をこなしながら、何とか成就したい。。。

固く固く、そう決心したのでした。

ちなみに、日本からのツアーの大半は、下船後、それぞれ宿泊ホテルを確保できたフランスやイタリアなどの街に散っていき、帰国便のチケットが確保できた2〜3日後に、大半が帰国したようです。

↑写真は、上から、下船日の16日午前の、船の賑わいの場所の一つマティーニ・バー。人っ子ひとりいない。
その下は、下船日、ニース港まで送ってくれる観光船に乗りたい人々の集合場所、セレブリティ・シアターへ向かう乗船客たち。
さらにその下は、離船したあとに振り返って眺めたセンチュリーの後姿。心なし、泣いている風情に見えた。



画像船のラダー破損事故。

先ほど、知ったのは14日午後10時過ぎ、と書きました。
しかし。
振り返ると、先立って、さまざまに予兆はあったのです。

まず、ヴィルフランシュ・シュル・メール沖に投錨したこの日午前10時過ぎ。
船は妙な停まり方をしたのです。

こちらのキャビンは機関室からはるか離れた10Fであったのですが、船尾に位置し、加えて、二日酔いがまだ残っていてベッドの上であったからわかったのですが、ガクガクガクと、細かなピッチングを早いテンポで繰り返して船は停止しました。車にたとえれば、アンチロック・ブレーキ・システムが故障しているのに急ブレーキを踏んだごとくの感じ。前につんのめりながら停止した、という印象でした。


画像当然、「変だな」と、思ったのですが、船上から眺める、初めて訪ねるヴィルフランシュの街並の光景に心魅かれて、そのことはすぐに忘れてしまいました。

続いては、ヴィルフランシュを観光し終え、引き続きニースかモナコか、はたまたエズか、と、この日上陸するまで迷い続けていた次の観光地をエズと決めて出かけ、再びヴィルフランシュに戻ってテンダーボートで帰船する時。

船首から海中に2本のロープが伸び、そのロープに、2枚の国際信号旗がぶら下がっていました。拡大した写真で見難いですが、この写真のごとく、これまで見たこともない光景でした。

旗の意味は、船長の事故報告スピーチ後に、必死になって国際信号機のそれぞれを順に思い出して、ようやくわかりました。
黄色地に黒の日の丸風の「I」旗と、皇太子旗のように右端に三角の切り込みの入った赤地の「B」旗でした。
つまり、『I have damage』の信号であったのですね。


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気になっていた「カフェ・コヴァ(Cova)」。
ありました。きちんと残っていました。

レストラン「ムラーノ(Murano)」も、名物「sushi」コーナーも当然のごとく、しっかり、ありました。


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画像まことに残念でした。

出発は、バルセロナ港。
13日午後6時出港。
乗船したのは午後零時20分ごろ。

先立ってバルセロナ。
定番の観光地へも、またまた行ってきました。
サグラダ・ファミリアでは、murmur1さんお勧めのお店へも行ってきました。
グエル公園では、みーな丸さんのお好きなレプティル(Reptil)も見てきました。

街を訪ねるのは何度目かで勝手は知っているのですが、バルセロナ港から船に乗るのは、実は、初体験であったのです。

こちらは、我々船好きな人間たちの間で敬愛された、クルーズのある先達も、お好きな街であったのではなかろうか、と推察しています。
そして、きっといつの日か、こちらから地中海クルーズへ旅立ちたいとお考えになっていたのではなかろうか。そう、確信している港です。

モンジュイックの丘から、そんなことを思いながら、港を見下ろしもしました。
ランブラス通りの先端に、高さ60メートル、コロンブスの塔が黒く高く屹立して見えました。
塔の先端で、左手にアメリカ土産のパイプを握って右手で港、セレブリティ・センチュリーの停泊方向、さらにはアメリカ大陸を指し示している像に、しばし物思いにふけりました。


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画像舵の故障を知る前に上陸したヴィルフランシュ・シュル・メールの街。
日中はまだ真夏の暑さで、泳いでいる人々がいっぱいいました。

フランス国鉄のストの影響もあって、ニースもモナコもやめて結局エズに絞ったその後の訪問地では、エズ・ヴィラージュからエズ・シュル・メールのエズ・ゴーフまで間の「ニーチェの小道」を、標高差およそ420メートル、1時間弱で下り降りました。
この山道で出会ったのは、我々夫婦のほか、地元の一家5人連れ、ただ一組だけ。見下ろす眼下のコートダジュール海岸がたとえようもないほど美しかったですが、膝が笑うほどの急峻な崖道に疲れました。



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以下、中断しているバルト海、北欧クルーズ乗船記をまだしばらく、このまま中断。
そして、ひと足先に、今回のクルーズ記及び旅日記を「覚え書」します。
 
この間、励ましのコメントをいただいた皆さま、ありがとうございました。
 







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竹野 弘之

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コメント(14件)

内 容 ニックネーム/日時
お帰りなさい!!!!
すごいハプニングに見舞われてしまったのですね。クルーズ中止なんて……聞いた事はあっても、まさか自分や知人の身にふりかかるとはこれっぽっちも考えたことありませんでした。でも、やっぱり起こりうるんですね。
せっかくのクルーズなのに、残念です。

ネットなどを解放し、全額返金にオンボードクレジット、次回の25%オフなど、対応には誠実さが感じられますが、私のように休みが自由に決めれる人はいいとしても、無理してお休みをとった人たちには辛いものがあるかもしれませんねー。
(私個人としてはこれだけもらえるなら、一度くらい航海中止も経験してみたい気もちらっとするのですが………なんて、こんなことを言ってはいけませんね。すみません。)

今読んでいて思ったのですが、安さだけを追求して外国の旅行社を使って申し込んだけど、実は英語はあまりできないって人がいたら大変だったでしょうね。海外代理店での申し込みは、やはり初心者には安易に薦めるべきじゃないのかもしれませんね。

水に浸かったヴェネチア、ちょっとあこがれます。いつか経験したいです。この時期がいいのでしょうか。
ホテルから見える運河もいいですね。
グエル公園の写真もありがとうございますー♪

大変な旅の過程もあとから振り返っていい思い出になってるといいですね。
みーな丸
2010/10/30 14:29
みーな丸さん、こんにちは。

ほんとに。大変なハプニングでした。

そして、おっしゃるとおり。
我々リタイア世代は楽ですが、お仕事の時間を割いて参加されている第一線の方々には、残念な休暇となったことでしょう。お金の問題ではありませんものね〜〜。

>安さだけを追求して外国の旅行社を使って申し込んだけど、実は英語はあまりできないって人がいたら大変だったでしょうね。

そうです、そうです!
この「事件」当時、いちばん感じたのがそれでした。
こちらは、少々料金が割高となってもツアーで行くか、個人旅では懇意にしている日本の旅行社に飛行機の手配からホテル・バウチャー、船の予約まですべてまかせるから、何かあれば日本に携帯で電話すれば何とかなりますが、外国の旅行社経由で申し込んでいては大変。今回も個人参加のうちの一組がそのようで、大変に苦労されていました。

言葉がみーな丸さんのように不自由なく出来れば問題なしですが、それでも、今回のケースのような場合は、ヨーロッパの都市や交通についてのある程度の知識が下敷きにない方はご苦労されたことでしょうね。ニースのホテルは、この船の突然の数多くの宿泊希望者を受け入れるキャパシティに限界があったですし、ニース発の飛行機のチケットなど3〜4日後でも果たして取れるかどうか、という状況で、どうやってこの街を離脱し、その日のうちに移動出来るかが、知恵比べでありました。

ヴェネツィアのアクア・アルタのある風景、10月から3月ごろまでならば、簡単に、たとえ嫌だと思っても味わえます。ただね、時には1メートルを大幅に超える浸水となって(サン・マルコ広場や周辺の道路では水深30〜50センチ前後)数時間ホテルに缶詰となることもあります。冬のヴェネツィア入りは時間的余裕が必要でしょうね〜。
hiroshi
2010/10/30 16:07
こんばんは。
お帰りなさい。
ヴェネチアのホテルのポーチ、いい感じですね。
憧れなんですよね。ヴェネチアって。
行ってみたいです。w

さて、海外の旅行代理店が安いからってFITの旅の危険性が露呈してるわけで、そういう状況になったら今の言語能力の低い私には対応不可能だなあと。w

キャプテンアナウンス、英語がそこそこできなきゃ理解不能でありますよね。
その後の旅程を独自にアレンジされたhiroshiさん、すごいなあと思います。
私だったら、ヨーロッパ行ったことないから絶対に対応不可能であります。w

予約してた船が就航遅延で予約を変えてくれってのはありましたけど、クルーズ中のトラブルって私も経験がありません。
そういう面では、旅行代理店のツアーが楽なんですねとか思いますです。
私、考えたら日本語アテンダントの乗ってる船しか乗ったことないなあ。
ちょっと不安になってきます・・・。w
まあ、なんとかなるでしょうけどね。。w
舟しゅう
2010/10/30 22:07
舟しゅうさん、こんにちは。

お返事遅れ、すみません。出かけていて失礼しました。
ヴェネツィア、やっぱり面白い街です。車が走っていないから安心なのが一番好きです。
しかし今回は、がっかりしたこともありました。こちらにも中国とインドの「侵攻」が著しいです。ヴェネチアンガラス商品にもメイド・イン・チャイナが目白押し。ひと昔前に比べると10ユーロ以下のペンダントトップなどはほとんど中国製に見えました。ムラーノガラスは、同じ大きさ、造作などで作ると結構高額にになってしまうから太刀打ち出来ないのでしょう。ムラーノ島でも、閉鎖したガラス工場が目立っていました。
中国人やインド人経営の店もびっくりするほど増えていました。お店のドアをくぐって、ボンジョルノと声をかけると普通なら「ボンジョルノ」と返してくれるのに、今回は、返事もせずギョロッと振り返られると中国人であった、ということが何度も。他都市でも似た傾向ですが、こちらは急激で広範です。わずかな期間にかくも変わったか! いずれ中国人に乗っ取られるのではないか、と本気で心配になりました。
船のアクシデントは、海外旅行での突発事件への対処と同様、言葉よりも安全のマージンを事前にいかに取るか、ではないでしょうか。アメリカの旅行社で船を申し込むとお安く乗れますが、万が一の場合は、お安く挙げた分すべて自分で対処しなければならない。携帯で簡単に日本までつながる時代ですから、日本の旅行社を使っていれば簡単に専門のプロのアドバイスが、細かな部分までしっかり理解できる日本語でもらえるし、お手伝いもしてもらえます。まだ仕事をしていた現役時代、すべて自分ではやらず、出張はそういう形でマージンを確保していました。本来の自分の仕事をするためには、余計な雑務は専門家に任せた方が楽でした。
舟しゅうさんだったら、万が一でも絶対に大丈夫でしょうね。

hiroshi
2010/10/31 13:48
hiroshiさん お帰りなさい!!
そして本当にお疲れ様でした。

今回hiroshiさんが経験されたようなトラブルが我が身に起こったと仮定した時、どんな対応が取れたでしょうか。
今までの気まま旅では、運良く大きなトラブルに会うことなかった私達ですが、これからはもっとリスクに対する備えを考えないといけないと思いました。
hiroshiさんの素晴らしい行動力に大きなです!!

ぽんぽこりん
URL
2010/10/31 17:15
hiroshiさん お帰りなさいませ & ただ今!!

クルーズ3泊で下船って事態も有って大変でしたね? しかし 予想通りの行動力に感心です。

>後半、陸旅に切り替わってからは、楽しく、愉快な旅となりました。

私共では出来ない芸当が羨ましいです。 
次回には素晴らしい旅に成りますね〜キット!!

F 皆さんへのおわびとして、今回のクルーズ代金全額を返済する。
G 同様に、一人当たり250ドルのオンボードクレジットをお手渡しする。
H 同様に、次回のご利用時、どの船のどのカテゴリーであろうと、25パーセントを割引する。

みーな丸さんのおっしやられてる様に羨ましい??保証?貴重な体験されて〜

お気に入りのヴェネツィアの画像素晴らしいです。
それからセンチュリーには、「カフェ・コヴァ(Cova)」が有って何か面白い。何故? 
たえこ
2010/10/31 19:29
ぽんぽこりんさん、今晩は。

船での突然の下船要請、驚きました。
こんなこともあるんですねぇ。

お褒めいただいていますが、実は、こういうケースは、hiroshiメにとっても想定外でした。万が一、突然のケガや病気での下船、病院への搬送は、murmur1さんのケースで勉強して新たな想定に加え、船舶火災にあったらば、という場面までは以前から想定集に入っていましたが。。。

お褒めいただくほどのことは出来ませんでした。
日本の旅行社におんぶに抱っこ、していただきましたから。そしてもちろん、以前からの想定でも、餅は餅屋に、を心がけて、ツアー、もしくは、個人旅行でも日本の旅行社にすべておまかせ、でしか旅していませんので。。。臆病者です。若いころは無茶もしましたが、50代以降は、少々割高でも安全な旅を心がけています。

藤原さんが時折、おっしゃっていましたよね。
後半、米国の旅行社を使った効率の良いお安く旅をする方々のご活躍が掲示板で賑わい始めて以来おっしゃらなくなりましたが、自分は、当初の藤原さんのご意見に今も大賛成しております。

といいながら、ま、宝くじの逆のようなもので、不幸に見舞われない確率の方が格段に高いから、安全を取るかお金節約を取るか、の賭けのようなものでしょうか。
hiroshi
2010/10/31 20:13
たえこさん、

真似をさせていただいて。
ただいま&お帰りなさい!

>予想通りの行動力に感心です。

あはは。 ←照れ笑い&残念ながらマトハズレです。
行動力などありません。自分の力で切り開いたのはほんの少し。後は、日本の旅行社のお世話になりました。日本の旅行社の下請けをする欧州の現地日系旅行社がありますからね〜。以前、ヴェネツィアで10日間ほど滞在した時も、日系の現地旅行社に結構お世話になりました。
お金はそこそこかかりますが、何よりも安全、安心がありますから、イザ、という時は、これに限ります。

クルーズ代金は、全額返ってもたいした額ではありません。日本円で換算して十数万円。飛行機のチケット代金やホテル代金の方がよほど高いですから、金銭的には、結局、随分無駄金を使った計算です。初めから陸旅にして同じコースを歩めば、今回よりもかなりお安くつきます。

↑ と、馬鹿げたハナシばかりしていますね。

いずれ、たえこさんの旅のお写真を見せていただけるのを楽しみにしています。


hiroshi
2010/10/31 20:56
こんばんは、hiroshiさん。
お帰りなさいませ。前半、大変なトラブルがお有りになられながら、陸旅で愉快な旅になられたと、仰られる余裕さ。
やっぱりhiroshiさんでなくちゃ出来ません。
hiroshiさんのご一報を伺った時、妹と話したのです。どうする、そうなったら?って。泣き崩れる、そのまま気絶するかも・・・なんてばかりで、一向に現実的な答えはすぐに出ませんでした。かなり怪しい脳みその持ち主の姉妹でした。。
良く仰られてましたよね、藤原さん。ちゃんと慎重に考える様にって。何か有った時の想定をちゃんと考えておきなさいって。これってとても大切な事だと思います。何か有った時、もしかすると名無しの権兵衛になってしまうかもしれませんもの。最悪。死んでも行方知れずになっちゃうかもしれません。それはやだなと。。
hirohiさん、想定の一つに我が家の一例を入れて頂いてありがとうございます。医療事情の悪い所で下船は嫌ですよね。

バルセロナ、あのスーベニアショップに行かれたのですね。
何でも売っている、何でも屋さんでは有りますが、楽しい物も沢山売っていて、見ていて楽しいお店なのでした。

今回のhiroshiさんのご経験、物凄く勉強になりました。
途中の下船なんて、考えても見ませんでした。
幾ら、日本とやり取りをされたと行っても、落ち着かない時間を過ごされた事と思いますし、手際良く、如何にこうなったらこの場所から次の場所に移動するか、そのやり取りを行動素早くするか、それは大変だと思います。やはりhiroshiさんだからこそお出来になった事だと思います。

今回の旅の続きのお話。秋が深まるイタリアのお話。楽しみにしております。
でも先ずは、お疲れをお取りになられて下さいね。
あ〜、でもよかった、お元気に戻られて。
お帰りなさいませ、hiroshiさん。
murmur1 
2010/10/31 22:37
murmur1さん、今晩は。

素晴らしいシリーズ記事でした。
さすが、murmur1さん。
あのホテルの魅力を余すところなく、美しい構図の写真と、murmur1さんらしい、いつもながらの優しくたおやかな文章でご紹介され、とても刺激的でした。
あちらで散髪されていたどこかの国の元総理の言葉ではありませんが、「感動した」のひと言。俄然、新装なったあちらへ、早速にも訪ねたくなりました。

今回の舵の故障、下船要請には、とても驚きました。
真っ先に頭に浮かんだのが、一刻も早くニースやヴィルフランシュから脱出する手立てを用意すること、だったです。このあたりは、ズバリ、正解だったですよね。

陸旅に切り替わってからは、面白かったです。
花のリビエラ海岸の高速道を通って即、イタリアに脱出したのですが、イタリアはやはり、愉快ですね。楽しいです。

ヴェネツィアでは、murmur1さんがコスタにお乗りになった時にお泊りになったホテルから、歩いて1〜2分ほどの場所にあるホテルでした。もちろん、バウアーのような豪華、高級ホテルではなく、もっとお手ごろ価格のそれです。で、一日に最低1回は、あちらのホテルの周辺をうろつく格好でした。↑ でも、カナル・グランデ側、コスタのお写真をお撮りになったご朝食の場所が写っている写真を載っけています。

ほかの方にも書きましたが、あちらでは中国の進出が著しいです。中華料理店は以前でも6店あったですが、中国人経営のヴェネチアングラス・ショップなどは皆無でしたのに。。。

キャピトル東急の記事はまだ続くのですか?
楽しみです。
hiroshi
2010/10/31 23:18
こんばんは、hiroshiさん。
見せて頂きましたとも!!
拡大して堪能させて頂きました。
懐かしいです〜〜。こんな貴重なお写真見せて頂けて嬉しいです。秋のイタリアは素敵ですね。日に日に寒くなって行って、でもそうすると、女性の足元が俄然素敵になって行くのです。ブーツや、後ストッキングの色合いや、模様も素敵で素敵で。奥様もイタリアのファッションを堪能された事と思います。
ヴェネチアでも中国の進出は目覚ましいのですね。あの自己主張の強さは、患者さんにも言えます事で、やはりどんな場所でもすごいんですね。

キャピトルホテル東急の日記は一旦終わりました。あの理髪店はニューオータニに移られてしまいました。
その代り、スパの一部に全室個室の理髪のパートが出来ました。男性専用です。でもお値段が、女性の美容室台位。政界方がいらっしゃられるのかな?
まだ、内覧の前のまだ客室の備品が綺麗に揃っていない時に、全部見せて頂く機会が有りまして、それでもキャピトルスイートのお部屋は凄かったです。きっとハリウッドスタートかが御泊まりになられるのでしょうか。
すみません、まだ続きますか?って御尋ね頂いたので、ちょっとおしゃべりをしちゃいました。
これから始まるhiroshiさんの旅行日記もの凄く楽しみでなりません。ワクワクです!
murmur1 
2010/11/01 20:40
murmur1さん、今晩は。

そうなんですか。
一旦終了ですか。
残念です。

多分、そのうち、新しいメニューでまた、「おいしい素敵なお写真」を「ご馳走」していただけるのだろうと、期待しています。
そうなんですか?
内覧会の前にもう、ご視察なさったのですねぇ。女性の美容室並の理髪ですか? おひょぉ〜! という感じですね。hiroshiメ程度の中味の希薄な頭では、分相応、もったいない、かも。そうですね。代議士の皆さんならば、内容と見た目が合致していいのかも。
(と書きながら、もう一方の心の内のどこかで悪魔が、ウソ付け、これっぽっちもそんなことは思っていないだろ!、と囁いております)。

ヴェネツィアでは、昔、ちょっと長めに滞在して通い詰めたことから少々親しく扱っていただいたオステリアが一軒、サンタルチア駅近くにありまして。。。訪ねると、「良くヴェネツィアへ帰って来た」と迎えてくれる店だったんです。商売のセールストーク、お世辞であるとわかりつつも、それがとても嬉しく、立ち寄ると訪ねていたのですが。。。今回、到着した夜、早速訪ねたら、インド人経営のレストラン兼ピッツェリアに変わっていました。訪ねると、半年前に不動産会社を通じてカテモノを買ったのだとか。先の経営者や店のスタッフはどうしたか訪ねても、肩をすくめるだけでした。相棒は、ちょっと泣いていました。

次回からは、すると、再びコスタですね。
楽しみです。
hiroshi
2010/11/01 21:30
hiroshiさん、こんにちは〜

あらためて、おかえりなさ〜い。
もう疲れは解消されましたか?

大変なことを経験されましたね。
大手のクルーズ会社、それも沢山の船団を持つ船会社ですから、当然、船のメンテナンスも計画的に実施して、クルーズ中のメカニカルなトラブルだけは無いように心がけているはずなのに、機械物は仕方がないですね〜
突然、襲うトラブル!
hiroshiさんが体感された前兆の際、即対応していれば致命的にはならなかったかも・・・・・でもそれは判りませんね?

船内は英語のスピーチの嵐!
さすが、海外の旅に慣れたhiroshiさんのヒアリングとその後と行動には敬服です。
自分が個人で行った旅行だったらと思うと・・・・・
どうしていたかな?
やはり、語学力の必要性を痛切に感じますね〜

その後は、陸路の旅を楽しまれた様子で流石です。

不謹慎ですが、経験したくても(経験したい人はいないと思いますが)なかかな経験できない事例ですね〜


nao
2010/11/03 15:21
naoさん、今晩は。

疲れと時差ぼけは、今回はあまりなかったですね。
ヴェネツィアでのんびり過ごしたせいでしょうか?

>大変なことを経験されましたね。

ほんと、そうですよね。
船内では当初、あまりそういうことは思わなかったです。フランス国鉄がストであることは、その日昼の観光で既に知っていたもので、瞬間、頭をよぎったのは、日本に帰るにしても、このまま陸旅を続けるにしても、どうやってコートダジュール界隈、ひいてはフランスを脱出するか、ということだけでした。ここら一帯は観光の街が点在するといっても、ヨーロッパの中長期滞在者向けの観光地ですから、突然飛び込んでも、空いているホテルの客室って案外ない場所なんですよ。

あの前兆は、多分、原因であったのでは? と思っています。
まったく根拠のない推測ですが。。。
スクリューのシャフトが何らかの理由でラダーと接触して、ラダーを破損したか歪めたか下に違いない。そう思っています。間違っていたら、セレブリティさん、ごめんなさい、ですが。。。
あのガクガクガクという小刻みな振動を伴う急制動は、そうだと言われると納得、という感じでした。

そうですね。
今となると、経験できて良かったかな、と。
第一、ヴェネツィアで久しぶりに長々と滞在できましたし。。
hiroshi
2010/11/03 18:10

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舵故障でクルーズ中止。ヴェネツィアへ、陸旅。 潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書/BIGLOBEウェブリブログ
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