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zoom RSS 塔の街フィレンツェ見学。そして、ローマへ。

<<   作成日時 : 2010/12/14 00:57   >>

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塔の街、フィレンツェ。
そう言っても過言でないほど、フィレンツェは「塔」、あるいは、昔「塔」であった建物が数多いです。


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昔。13世紀まで。フィレンツェでは、貴族やその一族、さらにはその家柄に結ぶ職人たち、あるいは地域の住民たちがそろって一派を形作り、その派の眷属たちは、持てる力を誇示して、他の派のそれに負けるなと、競い合って高い塔を築いたのだそうです。

画像で。
少々古い写真ですが。。。← あのサン・ジミニャーノごとく。
最盛期には、90メートル近い塔がおよそ160本前後も林立したそうです。
サン・ジミニャーノでは、最盛期の13世紀〜14世紀で70本余り、と聞きますから、およそ、その2倍以上、ですか。

しかし。
14世紀初め。共和国政府の政庁舎、現在のヴェッキオ宮殿の高さ94メートルの鐘楼が完成した時。自治都市フィレンツェのシンボルとして庁舎の塔を目立たせるため、命令により、高さ30メートル弱のラインで、塔の上部は全部、取り壊されたのだとか。

で。
今では、その後の相次ぐ素晴らしいパラッツォ、宮殿の建設と相まって、塔は街並に溶け込んで、こと「高さ」という面ではさっぱり目立たなくなりました。

が。
今でも「塔」は、少なくなったとはいえ、歴史地区の中に、数多く残っています。

この「塔」。
残念ながら、日本のガイドブックにはほとんど記載されていません。
現地の観光ガイドでも、日本語のそれはまったくありませんが、英語のそれでは、歴史的なその塔を巡るツアーが、結構、実施されています。

「塔」は、いったい、いくつぐらい残っているのか。
20数カ所とも30数ヵ所とも聞きますが。。。正確な数字は知りません。



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今回、フィレンツェ滞在は、前日夕刻に街に入って食事、ぶらぶら、散歩を楽しんだ一夜を除くと、観光はわずか半日、でした。
しかし。中止になったクルーズ旅で、もともと予定していた「塔めぐり」のショア・エクスカーション計画にしたがって。サンタ・マリア・ノッヴェラ薬局を訪ね終わった後、残った時間で、いくつかの「塔の家」を巡ってみました。


その一つ、「パギアッツアの塔(Torre della Pagliazza)」。
ドゥオーモ、「花の大聖堂」からほど近い、小学校の教室ほどの小さな広場、ピアッツァ・サント・エリザベートに面して建っています。上から眺めると、ちょっと珍しい半円形型の塔です。

歴史は古く、ローマ時代の浴場の跡を基礎に持ち、ビザンチン時代の6世紀から7世紀にかけて造られた、とのことです。中世には女囚たちの牢獄として使われていたことがあり、その囚人たちに寝具として藁袋が与えられていたことから、藁、パギアッツァの名があるのだそうです。

現在は、4星ホテル、です。発掘調査で見つかったローマ時代から17世紀ごろまでの陶器の皿などを展示する博物館がホテル内に併設されていました。


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続いては「リッチの塔(torre dei Ricci-Donati )」。
日本式に言えば七階建ての豪華な石積みの塔。中世に建てられた二つの塔を組み合わせて現在の姿がある、とのことです。


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「ギベルティの塔(Torre dei Ghiberti)」。
13世紀に建てられた塔。コルソ通り。入り口のアーチは17世紀。


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「ダンテの家」の「ジゥオッキの塔(Torre dei Giuochi)」。
ダンテの家、と呼ばれていますが、こちらは、観光の拠点として、かつてダンテの生まれた家があったとされる地域に、地域の古い建物を集めて再構成され、1911年に復元、再建された家だそうです。現在は、博物館になっています。

ダンテの家は、塔を所有できるほどの大貴族でなかった、と推測され、塔部分は1300年ごろに廃絶した同じ地区の貴族のジゥオッキ家の塔の一つを移築したものだそうです。


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「カスターニャの塔(Torre della Castagna)」。
ダンテの家の近く、小さなサン・マルティーニ広場にあります。
この塔も大変古く、今も残る文書資料に1038年に既に出来上がっていたことが書かれています。比較的に平面図は狭く、塔は細く高い建物です。


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「パラッツォ・マンネッリの塔(Torre della Palazzo Mannelli)」。
ポンテ・ヴェッキオの橋の上にある塔です。
コジモ1世によって16世紀に建設されたヴァザーリの回廊。ウフィッツィ美術館からピッティ宮殿を結ぶこの回廊は、橋の上も真直ぐに突っ切る計画であったのだそうですが、塔の所有者マンネッリ家はプロジェクトに承諾せず、結果、コジモ1世は計画を変更してこんな形になったのだそうです。。。



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この「塔」以上にフィレンツェで目立つのは、街中の祈りの場、タベルナーコロ。日本語にすれば壁龕(へきがん)と訳するようです。街角の壁面に、額縁状の飾り窓に囲まれて鎮座する聖母マリアや聖母子像など。日本で言えば、地蔵尊のようなものでしょうか。

イタリアではどちらの街でも飾られていますが、フィレンツェでは、その数、1,000を軽く越える、と聞きました。


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そして。
フィレンツェ、お決まりの観光ポイントのいくつかも、さ、さぁ〜とだけですが、通り過ぎてきました。

そしてローマへ。
 
10月17日夕刻。ローマへ入りました。
 




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