潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS ヴェネツィア、フラーリ教会へ。被昇天の聖母の祭壇画。

<<   作成日時 : 2012/06/24 12:38   >>

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下写真は、サン・ポーロ広場(Campo S..Polo)です。


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ご存じ、フィレンツェ公、メディチ家の当主アレッサンドロ・ディ・メディチを1537年に暗殺した傍系のロレンティーノ・ディ・メディチが、後継当主となったコジモ1世の暗殺報復宣言により、事件11年後、逃亡先の、この広場に面した愛人の家で、追っ手により暗殺された事件で、有名なカンポ、です。

画像この広場までは、リアルト橋からだと、北西たもとの魚市場付近から西へ歩いて。。。

車の通らないヴェネツィアですから、タクシーをつかまえる手立てなどは所詮ありえず、歩く以外に行きようはないワケです。←ジョーク、ジャスト・ジョークです。

ただし、そこはやはりヴェネツィア、たどる道筋は、メインルートである、サン・マルコ広場側からメルッチェリエを経てリアルト橋の階段を登ったら、そのまま下って直進して、200メートルほど進んだところでぶつかった壁の前で直角に左折、サン・ジョバンニ通りに入る、途中までは幅3メートルほどの“大通り”。。。ヴェネツィアでは、3メートルも道幅があれば、立派な大通りですヨね。。。を進む道筋。

次いでは、リアルト橋を渡り終わったところでカナル・グランデ沿いに左折、ワイン河岸のフォンダメンタを数多いレストランのテント屋根脇を通り、右手に、幅4メートルほどの大通り、サン・シルベストリ通りが見えたところで右折し、サン・ジョバンニ通りに合流する。。。など、大雑把に分けるだけで3通りほど歩き方はありますが。。。

。。。いずれにしろ、歩いて、5〜6分ほど。


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ピアッツアやピアッツアーレなどという名の、きちんとしたイタリア語の「広場」を持つサン・マルコ広場などを除くヴェネツィアの数多い広場、カンポ(野原、牧草地などの意、のようですね。英語ではFieldと訳されています)の中では、サン・ポーロ広場は広さ、最大級。その広場の西隅に、ヤコポ・ティントレットの「最後の晩餐」をはじめジャン・パティスタ・ティエポロ、パオロ・ベロネーゼの作品などが並ぶサン・ポーロ教会がある。
そのサン・ポーロ教会の、ゴシック様式の建物の後陣の外側に、表情豊かな聖母子像が置かれ、道行く人を見下ろしている。



以前にも書きましたが、個人的に、割と好きなんですね。この広場。

「暗殺」ほどの大事件ではありませんが。こちらも「事件」に見舞われた、いくつかの思い出もありますし。

何の“事件”か?

ヴェネツィアのイメージを良いデザインでまとめた、買ったばかりのTシャツを、この広場のカフェでお茶を飲んで。飲んでいる連れ合いの記念写真を撮って。ことのついでに。ホテルに戻る途中、袋ごと、この広場で置き忘れた。とか。

画像広場のカフェのテーブルで、相棒が、当たり前ですが日本製。の、安物のボールペンで、友人に送る絵葉書を書いていたら、隣のテーブルに座っていた地元のお年寄りのご夫妻のうちの旦那から「日本製のボールペンはすらすらと書き味が良いよね」と声をかけられ、予備を持っていたので、気を良くして声をかけた彼にプレゼントしたらたいそう喜ばれて。お返しに、隣の奥さまが、買ったばかりと見える葡萄が入った紙袋から、一房を取り出して手渡してくれた。とか。

ヴェネツィアの広場と路地の関係は、たとえてみれば湖とそちらへ流れ込む小川のようなもので。
広場へ流れ込む路地はサン・ポーロ広場でも10本ほどあるのですが。

まだヴェネツィアの“迷路”を渡り歩くことがへたくそであった昔。行き迷い、迷い込み、踏み迷いしながら偶然にこの広場に出て、自分がいまどちらにいるのか、ようやく分かってホッと一息。
次の目的地へ向かうのに、とある路地へ再び流れ込んで、歩きに歩いて、握り緊めた地図の中で「きっと自分はいま、このあたりにいるはず」とこの広場から遠く離れた別の場所の広場を想定しながら、目の前にパッと開けた広場に躍り出たら。。。また同じ、サン・ポーロ広場であった。そんな、泣けてくる体験を何度も繰り返した。こと、とか。。。


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サン・ポーロ広場。

ヴェネツィア本島の、6つに分かれたセスティエーレ=地区、のうち。同名のサン・ポーロ地区に属し、本島のほぼ中心にあります。

一昨年秋、久々にこちらを訪ねた時。
この広場までやってくる観光客は、それ以前に比べて結構増えていて、「へぇ〜」と思いました。

十年ほど前までは、見かけるのは地元の方々が中心で、この広場のカフェでコーヒー・タイムにすると、カフェの横を通り過ぎる人々のうち観光客は、欧米人を中心に、せいぜい1〜2割程度だったものですが。。。

今回は、こちらでお茶している人も、通り過ぎる人も、7〜8割程度は観光客でした。



画像この広場界隈の雰囲気が好き、であったのです。

「好きであった」と過去形にしたのは、↑の理由です。
観光客が増えたせい、もあるのでしょう。。。

が。今回は。
遊んでいる子供たちや井戸端会議中のマンマたち、はては、暇を持て余した、こちらと同じ、リタイア世代のじいさんたちの姿など。そんな、ヴェネツィアの生活臭を感じることは、この広場では、できませんでした。

もっと長くこの街に連泊すれば、多分、またまたそんな光景にお目にかかれたのかもしれません。多分。

もう一つ。今回は、裏切られた気持ちになったこと。
カフェの代金も、サン・マルコ広場並みとは言いませんが、そこそこ、値段はアップしていましたし。。。

もう、そろそろ始まる季節でしょうか。
この広場での、夏の星空の下の夜の映画祭「L’Arena dei Festival Campo San Polo」が賑わうころになると、また違った印象になるのかもしれません。



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そして。
こちらの広場から、歩いて2〜3分。
「サンタ・マリア・グロリオーサ・ディ・フラーリ教会」があります。
ヴェネツィアに入ったら訪ねるのがほぼ定例になっていまして。。。

検索してみたら、5年前の夏以来、4年前の9月昨年3月など、計11回も。。。
画家ティツィアーノやこの教会のこと、教会の主祭壇画「聖母被昇天」のこと、ばかり書いています。

で。
今回は、もう、こちらに「覚え書」するのはやめよう、と。
一度は思ったのですが。。。
結局。やっぱり、書いちゃいました。

しかし。
今回は、写真だけを中心に。。。


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教会前の小さな広場。この橋の手前から、ぎりぎり写せる全景が、一段上の写真。ヴェネツィアン・ゴシックの代表的な外観の教会の正面が見える。


1年7カ月ぶりに、またまた行ってきました。
フラーリ教会へ、今回は都合、2回も。


こちら、典型的な日本人です。

神教徒であり、家には仏教・某宗派の仏壇もあり、葬式をはじめその種の行事は代々、日本式に行ってきたのでありますが。。。

初めてあの祭壇画の前に立った時、なぜ、あんなにも感銘をうけたのか。


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フランチェスコ派修道士によって1340年に着工され、およそ1世紀後に完成した。正面入り口の、ヴェネツィアでは珍しい聖母のフレスコ画。湿気が多いヴェネツィアではフレスコ画は流行らず、結果、近代画法につながる油彩画が発展したが、こちらの教会のフレスコ画は、いまだに、一部とはいえ、鮮やかに色彩が残っている。


別の、ジュデッカ運河のさらに南に位置するジュデッカ島のレデントーレ教会の話ですが。
エッセイスト須賀敦子さんは、エッセイ『ヴェネツィアの悲しみ』の中で、かく書いてらっしゃいます。

少々長いです。
が、抜き出して引用すると。

画像『ヴェネツィアは私にとってひたすら「夢のような」都市であり、島であった。』
『はじめてヴェネツィアの中心街を歩いたとき、自分が「不思議の国のアリス」とおなじくらい小さくなったような気がした』。
『道を行くにつれて、私は、あらゆるものが手を触れただけで鳴り響く、とてつもないおもちゃ箱の中を歩いているような気分にとらわれていた。』
『何本もの小径が、ひとつひとつ微妙に性格を変えながら、交差し、続きあっている。』
『ミラノの、とくに戦後につくられたいかにも都市計画然とした直線を基調とする大通りに慣れていた私は、箱庭に迷い込んだ夏の日のアリみたいに、あっちへ行っては壁にぶつかり、こちらでは運河にぶつかり、右も左もないうちに、教会の鐘がいっせいに鳴って日が暮れ、通りに明かりがつく、といった具合なのだった。』

画像『明かりがついた店の飾り窓が、ふたたび私に目を瞠らせた。ヴェネツィアの人たちが大切にしてきた、オリエントの伝統を思わせる赤みがかった金の装飾品のきらめき。透明であったり不透明であったりする色とりどりのガラス細工。』
『果てしない虚構への意欲。それをヴェネツィア人たちは何百年もかかって、この島でつちかってきた。島に棲んでいることのたよりなさをわすれるために。もとは小さなふたつの島であったのを、彼らは、まず木の骨組みを海に埋め、その上に泥を置き、石材を積みかさねることでひとつの都市の形態に島を作り変えた。』

画像『だが、飾りたてても飾りたてても、足のずっと下の方が水であることが、彼らの意識から消え去ることはけっしてない。』

『夜、友人たちとにぎやかな食事をすませたあとなど、川面に吹き付ける風を受けてたえず揺れる暗い船着き場で、ひとりヴァポレット(水上バス)を待つあいだ、私は過ぎ去った時間の中に生きたヴェネツィア人たちの孤独や寂寥を、ふと足の下に感じることがある。島が海に浮かんだ仮の棲家にしかすぎないという感覚』。
「かさねて島を訪れるうちに、私はヴェネツィアのそんな暗い部分にすこしづつ惹かれるようになっていった。』



画像



大東亜戦争時の空襲で焼け野原となって、戦後、碁盤の目のように作り変えられたアスファルトとコンクリートでできた、JRのどちらの駅前で電車を降りてもほぼ似たような街の一つに住んでいて。須賀さんと同じようなことを、思う時が、時々、あります。

彼女ほどの繊細さ、研ぎ澄まされた英知と多感な感性、感覚などは、もとより、持ち合わせていませんが。
ひょっとしたら、こんな気持ちをお書きになっているのではなかろうか。。。

フラーリ教会の、ティツィアーノの代表作「聖母被昇天」の前で。
あの祭壇画が、心の奥底を突き刺えぐってくるものは、須賀敦子さんの『。。。飾りたてても。。。』のあたりの一文の、『水』を『無常』に置き換えて収斂していくような、一種の悟りへと続く、確かな祈りへの心、なのではなかろうか。と。

最近は、この教会で、このように想うこともあるのです。

画像そして。
ひょっとして、ひょっとすると。
もしも自分よりも若い相棒の方が、齢とった自分の元を自分よりもひと足早く去っちゃったりしたら。
多分。
例の、紫煙漂い、木魚や鉦、お経の響くあの方式ではなく。花でいっぱいに飾られたほかは何にもない、簡素な、この教会の祭壇画の前でモノ想う時のような、素朴で簡明な方式でやっちゃうかも、などと。そう思ったりする、昨今でもあります。

画像こちらには、ティツィアーノの「聖母被昇天」のほか「カ・ペーサロの聖母」、ジョバンニ・ベッリーニの「聖母と諸聖人」、バルトロメオ・ヴィヴァリーニの「多翼祭壇画」など傑作もそろっています。

といわけで。ほんとうに。
良いですね〜。
こちらの、フラーリ教会。

いつか、この「覚え書」に書きました。

「写真撮影は可であったか不可であったか、記憶にない」と。
遅ればせながらその答え。やっぱり、不可、でした。
 
で。
載せているのは外観や周囲の景観と、入り口近くの、まだ撮影可能なエリアのみ。肝心の、ティツィアーノの傑作も、複写です。

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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
hiroshiさん  オバンデス

>フラーリ教会の、ティツィアーノの代表作「聖母被昇天」の前で。

奥さまに優しい旦那さん!!

>ひょっとして、ひょっとすると。
もしも自分よりも若い相棒の方が、齢とった自分の元を自分よりもひと足早く去っちゃったりしたら。

夜の中順序通りには行かないです。 もしや? 我が家も私が先に昇天 いいえ、天には行けないでしょう〜 せめて千の風に成りたいです。自由になって飛びたい?

残された人の狼狽が見たい様な意地悪な私です。

今は当たり前の日常の様々な事が、とても不便になると思います。 ゴミだしも何も知らないんですから〜
ハッハハ いい気味かなあ〜〜  

たわごと言って素晴らしい旅日記に泥を塗ってごめんなさい   
たえこ
2012/06/24 21:13
たえこさん、こんばんは。

コメント、ありがとうございます。

いえいえ、そんなことは、ありません。

>奥さまに優しい旦那さん!!

優しいのではなく、怖いのです。
相棒が生きている今は、外出から帰ったら手を洗え、やれ、風呂に入ったら着ていた下着や靴下は脱ぎ捨てておかずに洗濯かごにきちんといれろ、などと叱られ続けているのが怖いですし、最近では、独り、こちらがこの世に生き残されるのが怖い。おっしゃっているゴミ出しのお話の通り、何もしらないですからね。日常の細々としたことは。
だから、怖い。

で、最近では、もしも独り残された時のために、いろいろと考えて準備もしています。

ご主人と違って、ゴミだし、ゴミの分別の仕方は、覚えましたぞ〜。
台所も、これはちょっと好きなこともあって、いろいろと作っていますし。といっても、簡単に作れるものばかりですが。。。

>残された人の狼狽が見たい様な意地悪な私です。

いやいや、たえこさんは自虐的におっしゃっているだけで、根はお優しいから。ご主人はお幸せです。うらやましい〜。

しかし、まぁ。逆転して女性が先に天に召されると、周章狼狽するのは、たいがい、男ですよね〜。

その点、女性は、メリーウィドーにおなりの方が多いような気がしますね。良いですね。女の方は。
hiroshi
2012/06/24 21:58
こんばんは〜。
奥様のボールペンのエピソード、素敵です。奥様ってそういう事が自然に出来る方。
お会いした事がないのに、私、憧れちゃってるんですホ
上のたえこさんとのやり取り。どちらのご夫妻も、クルーズを楽しむ趣味をお持ちでらっしゃるから、共に100までですよん。
素晴らしい、落ち着いたでも、温かみの有る教会ですね。私には、知らない事だらけのヴェネチアです。これからも、沢山教えてください、先生!
コメント、名前入れないと送信できないんです(涙)エキサイトブログは管理人しかみえないとか出来るのに、Livedoorはだめなんです〜。私はhiroshiさんからのコメント、激しくうれしいんですけど、気になされて控えられちゃう方もいらして、私も悲しいです。。
足は明日で二週間目。朝、骨折したのに、患者さんが沢山お待ちになってるので、半日折れたまま、座ったり立ったり、診察しちゃったんです。だから、治りは悪いだろ〜な〜って思ってます。ほふく前進で、膝に青あざが出来ました、フフフ。続きを楽しみにしてまーーす。
murmur1
2012/06/24 22:58
murmur1さん、こんばんは。

きょうもまた、murmur1さんの、例の、ラグジュアリー・クラスの船の旅日記を楽しませていただきに、お訪ねしていました。そして、ああ、ここで、こんな感想をお伝えしたい、こういうことをコメント欄に書きたい!などと、ふくれあがってくる思いを抑え込み、抑え込み。。。

何しろ、人気ブログでらっしゃるから。コメント欄の新着コメント欄に名前が出て、「またまたきやつが貴重なコメント欄を汚しているか」などと、愛読者の皆さんからお叱りを受けては申し訳ない次第ですもので。とほほ、です。

しかし、ほんとにいいですね〜。ポジターノのあのホテルといい、タオルミナのあのホテルといい、とても素晴らしいです。いずれ、こちらの旅日記で、タオルミナへ入ったら、ぜひぜひ、トラックバックさせていただけないでしょうか? まだまだ先の事ですが、よろしくお願いいたします。

そうですよね。

>Livedoorはだめなんです〜。

残念です。上に書いた通り。

えぇ〜〜
そうだったんですか

>朝、骨折したのに、患者さんが沢山お待ちになってるので、半日折れたまま、座ったり立ったり、診察しちゃったんです。

さぞや痛かったでしょうね。ご忍耐力にびっくりです。

次回、ですか。
実は、教会巡りはあと3つほど続けたのですが、そんな話題はちょっと固くなっちゃうもので、次回で、先生とみーな丸さん、ぽんぽこりんさんを追随して、一気に出港風景に言っちゃおうかな、などと思っています。まだ迷っていますが。。。

どうしようかなぁ〜〜
hiroshi
2012/06/24 23:41
いいんです。それがhiroshiさんの切り口ですもの。
hiroshiさんのお好きな教会をもっと見せて下さい。
コメント名を『H』で通すとか、私の落花生頭にはその位の愚案しか浮かびません(涙)

患者さんを沢山お待たせして、自分だけ整形には断じて行けないです。患者さんも言って下さいと言われましたが、沢山待ってらっしゃる患者さんを置いて、自分だけさっさと受診なんてあり得ません。先週固定を取ったら、足首から下は、紫だった〜〜〜>足が折れてもこんなに内出血をするのね〜〜って勉強になりました(結構人事見たく客観的に観察しちゃいました。)母に、折れた瞬間、足の中にみしっ、ぱしっ、って音が走り抜けると、報告したら、もう規模値が悪くなるから、効かせないでくれと、言われちゃいました。誰もが気をつけなくちゃ行けない、梅雨の時期。骨折した私の言葉に信頼性は感じられないかもしれませんが、どうぞお気をつけて下さいね。
murmur1
2012/06/25 00:01
そうなんですか

>足の中にみしっ、ぱしっ、って音が走り抜ける

そういえば、ボキッって音が骨を伝わって耳まで聞こえた、という話も聞いたことがあります。怖いですね〜。
内出血のハナシも、驚いています。

しかし、さすが、ですね。その状態を客観的にご観察になるところは、さすが、ですね。やっぱり、観察日記がお好きである、というところは、現在のお仕事におつきになるべく、子供のころからの準備段階であられたのでしょうか。自分ならば、いい大人の、しかも男でありながら、ぎゃぁぎゃあ騒いでいたがるだけで終わりそうです。

そうですね。「H」で1回、「I」で1回、「R」で1回と、順に書き換えて行くのも手ですかね。
でも、拍手欄が一番いいのかな。
とにかく、人気ブログのコメント欄です。愛読者の皆さんにご迷惑をおかけするのが一番問題なので、充分気を付けながら、考えてコメントさせていただきますので、よろしくお願いいたします。

>誰もが気をつけなくちゃ行けない、梅雨の時期。

そうかぁ。
原因は、やっぱり、滑って転倒、ですか?
そうですよね。梅雨の時期は、十分に気をつけます。

hiroshi
2012/06/25 00:31
大好きなヴェネツィアに何度もご夫婦で出掛けられて羨ましい〜です。
ヨーロッパは、良いですね。
出来るなら今年行きたいけれど・・無理でしょうね
先日のたえこさんの様に、直前超お得クルーズがないか物色の毎日です。
シルエットも、でしょうが、寄港地が目白押しも少々お疲れの年頃です。
ベニス発が良いですし、とっても魅力的な寄港地ばかりですよね。
奥様は、hiroshiさんの面倒は最後まで私がって。きっと思ってられますよ〜それより仲良くこれからもお二人でクルーズに陸旅にお出かけ下さい。

ブログを参考にして、出掛けられる時は、後を追いますので^^
ココン
2012/06/26 00:12
ココンさん、こんばんは。

出かけていました。
ごめんなさいね。お返事遅れました。

>何度もご夫婦で

いえいえ、ココンさんから、そういう風に思われるのは、少し違いまして。。。たびたび行けるようになったのは、ココンさんのご年代を通り過ぎたころから、です。つまり、ココンさんご夫妻ならば、もし行こうとお考えならば、hrisohメなどととは比べ物にならないくらいに、これからどんどん、ヨーロッパにいらっしゃれるご年齢です。羨ましいのはこちら、です。
こちらは、もうダメですね。
12時間前後も飛行機に乗り続けられるのは、今年、来年くらいが限界かな、などと。
寂しい限りです。

たえこさんのあのクルーズ、良かったですよね〜。うらやましい。ああいう“掘り出し物”は、見つけるのが難しいんでしょうね? もしもココンさんが発見されて、まだキャビン数に余裕があるようならば、ぜひぜひ、お教えください。お願いします。

>奥様は、hiroshiさんの面倒は最後まで私がって。きっと思ってられますよ〜

一応、本人も、そういうニュアンスでいうこともありますがね〜〜。余命の長さ、こればっかりは、神さまのおぼしめし次第ですものね〜。

この前、あちらで、お載せになった写真でオコンさんと向こうの方と間違って、すみなせんでした。
最初、日本人離れした大きな方だとびっくりしました。横にいらっしゃる方は、つい先、記念写真を拝見したココンさんの後姿とそっくりに見えたものですから。。。とほほ、でした、
hiroshi
2012/06/26 21:09

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