潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS 半世紀時を遡り。コペルで旧ユーゴ人に逢った写真展。

<<   作成日時 : 2012/08/26 15:41   >>

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コペル、2012年6月2日、土曜日。
「コペル博物館」の1Fロビーで、面白い写真展が開かれていました。
写真展『コペルの顔』(スロヴェニア語でObrazi Kopra、イタリア語で Volti di Capodistria、と書かれていた) がそれ。


画像


上で載せたURLで紹介されているコペル在住の写真家、ボンベック氏の写真展でした。

彼は、コペル旧市街や新市街に住む人たちから、コペルの街中で写された昔の写真を募って、応募のあった1950年代から1980年代、つまり、日本の年号で戦後、昭和20年代末から平成に切り替わる直前のころまでの“昭和時代”の、コペルの街を背景に撮られた写真およそ80枚をもとに、写真の中の同じ人物たちに昨年から今年春にかけて元写真の撮影場所に集まってもらって、同じポーズを30年ぶり〜半世紀ぶりに撮影した画像。

画像古い写真と新しく撮った写真の2枚を、比較するように並べ、過ぎ去った時代を振り返ってみようでないか、という趣旨の写真展でした。

ほら、よくある「ビフォア、アフター」「使用前、使用後」の商品広告の、あんな感じ。

歴史の変化を視覚的に訴えるのに、街中の風景を昔と今と対比させる、よくある、あれ、ですか。
たとえば、東京オリンピック前の、しっかり日本橋川が見えた日本橋と、首都高で蓋をされたような現在のそれと。という風に。。。

画像歴史をビジュアル化して紹介するのに格好の手法ではありますが。。。

ご存じの通り。
ヨーロッパはどちらの旧市街とも、街中の景色は、半世紀前も200年前も現在も、ほとんど変わらない。たとえばドレスデンやワルシャワなどのように、戦争で爆撃被害を受けた街でも、戦後には中世そのままに、そっくり同じように復元し、造り直す人々の住んでいる世界ですから。。。


画像コペルは戦災に遭っていないから、街は、たかが50年前後ではほとんど変わっていません。
その変わらない景色を前に、写っている人たちを半世紀ぶりに集めて、あらためて写真を撮り直すと。。。

透けて見えてくるのはなんでしょうか?

それは、写されている人々の、生きざま、というか、生きてきた半生の歴史、でした。


一方、前回、あまり関心がない、との趣旨で「覚え書」した会場の展示物は、以下の右下写真のごとくであった。

画像生きた半生の歴史。
たとえば。

こんなに目がくっきりとした女の子のような美少年だったのに。

画像50年後には、こんなにもビール腹になって頭が禿げ上がって。決して豊かでなかったバルカン半島の旧ユーゴ、社会主義体制の中であっても食事事情はかなり良く、さぞや、旨いモンばかり食って生きてきたに違いない。。。

あるいは。かくもすらりと足が長くほっそりとしたイストリア半島の美少女が、40年も時を過ごすと、かくもでっぷりと肉付き豊かなマンマに切り替わるのか。。。などと。

画像そういう半世紀の歴史が写真の背後に浮き上がって見えてくる。
だから、面白かった。

おのれ、自身も、ぶくぶくと、見る影もないほど、昔と比べて、たるんだ肉体に変化しているのに。わがことを棚に上げての、感想です。

画像実は。

この写真展があまりにも面白かったもので。。。
当初予定していた、イゾラとピランへは、行けなくなっちゃいました。

なぜか?

はい。この写真展会場で、2時間も3時間も沈没したワケでは、もちろん、ありません。
眺めていたのは、博物館の常設展示場を観終わった後、博物館を出がけに、せいぜい30分ほどですが。。。


画像実は。
その会場で、写真に写っているモデルのご夫婦。。。

といっても、写っていたのは、1966年、当時学生であられたご主人の方。お友だちとご一緒に。の、お一人だけでしたが。。。ちなみに、昔の写真80枚ほどに写っていた、最近の画像のモデルとなった人々は、合計180人ほどであったそうですが。。。

そのご夫婦が、熱心に見ている我々夫婦にご関心を持たれたのか、会場で話しかけてこられまして。。。

お昼もかなり過ぎていたことから、「食事は終わったか?」「旨いレストランがある」とお誘いを受けまして。
連れていっていただいて、来年に日本へいらっしゃるご予定だという話も加わって、愉しく、あっという間に時間は過ぎて行き。。。

いささか礼を失し、わがままでもありますが。。。ダッチアカウントにしていただくならば、ということで、お誘いを受けました。向こうは、ちょっとムッとされたのかもしれませんが。。。

現在、、連れ合い、相棒と、向こうの奥さまと手紙のやり取りをしております。
来日の折には、ぜひわが家へお泊りをとお誘いし続けているのですが、まだ日程も決まっておらず、どうなるのか、わかりません。

左上写真は、コトルの地ワイン、赤、というよりも、見た目は黒に近い深紅の色の、リフォシュク種。コペルを中心にイストリア半島の一部だけで栽培されている葡萄だとか。味は良かった。

画像ということで。
気が付いたら、午後3時を超えていました。

で。
イゾラとピランは諦めました。
次回に。。。
いえ、命もお金も、「次」が許されるならば、のハナシですが。。。
次回に回しました。

ちなみに。
この港に今後、立ち寄る船にご乗船をご計画でしたら。

ご参考までに、こちら、コペルの、ツアーやタクシー・チャーターを請け負っている地元の観光業者の1社をご紹介。


画像


画像



画像コペルではスロヴェニア語に加えてイタリア語も公用語ですが、英語を理解する3カ国語、4カ国語はおちゃのこさいさいのバイリンガルの方々は、とても多い感じでした。

絵日記風でなんですが。。。

食事後に、街のシンボル、聖母被昇天大聖堂内へ。


画像


画像


画像そして。
クルーズ愛好家のみーな丸さんに教えていただいた「ピランの塩」を、ピランに行けなくなったもので買えなくなったことを、食事中に残念がっていたら。

その直売店ならば、コペルにもあると、「コペルの顔」写真展会場で知り合った方から教えていただいたのを僥倖として。そちらのお店も行ってきました。

スロヴェニアには、古いことわざがあるそうです。
その諺は、「 Sol je morje, ki ni moglo nazaj na nebo」。
日本語に直すと、「塩は、大空に帰れなくなった海の精霊」、くらいの意味になる、のでしょうか。
英語に直して「Salt is that part of the sea which could not return to the sky」と、ご説明を受けました。

お店に行ったら、そのスロベニア語と英語の言葉が、イタリア語やドイツ語などともに、しっかり店頭に書かれていました。今や、お店のシンボル・ワードとなっている風情でした。


画像



画像船に戻る途中。
「セレブリティ・シルエット」の停泊する港近くの小さな広場で。
コペル赤十字奉仕団の方々が集って、災害救助訓練をしてらっしゃいました。

連れ合い、相棒は、こういう類いに興味津々の野次馬でして。。。30分近くも、消火訓練、救出訓練を眺めて、ご一緒に記念写真を撮ってきました。

きっと。さぞや、ご迷惑であったことでしょう。すみませんでした。


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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
hiroshiさん  お暑い続きのこの頃です!

お早い更新ですね〜〜 

暑い中で過すとアイスを頂くこの頃です。 秋にお腹の不具合が現れるのが心配です。 


さてコぺルの素敵な交流が有って思い出深いですね〜〜
旅先でのふれ合いは、心に残りますね〜
語学力あったらね〜 お二人が羨ましいです。

笑顔が手段だけなのが、語学力ないから、残念です。 ハハハ~~~
写真展会場で知り合った方が、日本に来られたら素晴らしいですね〜〜

コぺルの静かな変わらない風情を見せて頂き有難うございます。ベイジュ色の色彩が素晴らしい街です。

>「塩は、大空に帰れなくなった海の精霊」、くらいの意味

精霊ですか? 神秘なお塩のお味は? 
たえこ
2012/08/26 16:55
たえこさん、

こちらにもコメント、ありがとうございます。

>お早い更新

えっへっへ。
前の記事にいただいたコメントに、お返事をしたとおりです。貯金、ならぬ貯記事
アホですね〜。

>さてコぺルの素敵な交流が有って思い出深いですね〜〜

これも、照れ笑いしなきゃいけない。
というのは、あの時、出来れば、お断りしたかたんですけれどもね〜。イゾラとピランへ未練があったから。

せっかくだから、やっぱり、行ってきたかったです。今度は、ホントにまた、やってこれるかどうかわかりまえんから。イゾラはともかく、ピランまでは片道40分ほど、向こうでの観光時間を1時間として、午後2時ごろまでにさっさと昼食を終えれば、ピランだけには行ってこれたんですけれどもね〜。

しかし。
今から振り返ってみると、おっしゃるとおり、良かったのかも。一つの思い出になったことは確かですから。。。
相棒は、喜んでいます。

塩の話。「精霊」は勝手な、こちらの意訳ですけれどもね〜。
そういう風に解釈した方が夢がありますよね〜。
塩は、当然ながらまだ残っています。味は、正直、味覚音痴もあってわかりません。天日干しの自然塩だそうですから、そういう意味でのご利益はあるのかもしれませんね。
hiroshi
2012/08/26 21:27

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