潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS 屋根瓦に、内戦の傷跡? ドブロヴニク城壁巡り〜2

<<   作成日時 : 2012/10/22 12:56   >>

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2012年6月4日、月曜日。
とても暑い日でした。ドブロヴニク城壁上の、とあるカフェの壁の温度計は、午前10時10分ごろでもう、30℃を越えていました。


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天気予報は、やはり、あてにならないですね。

船のキャビンに投げ込まれていたこの日の船内新聞「Celebrity TODAY」は。。。

。。。この日朝、「これはラッキー。快適に歩けそうな、絶好の城壁巡り環境だ」と、小躍りしたのですが。。。

下船してもはや4カ月余り、どう書かれていたのか、正確なところは忘れてしまったもので。
本日、この記事を書いているたった今、旅の記録の山の中から取り出して再度眺めてみたらば。。。

やっぱり。
『partly cloudy、High22℃、Low16℃』とありました。

大外れ

あ、partly cloudyは、ひょっとすると、当たっていたのかもしれません。「ところにより」のポイントのうち、ドブロヴニク旧市街は範疇に入っていなかった、だけだったのかもしれない。

画像ということで。
午前10時過ぎ。早くもへばり気味で、黄色のD番、ステファン砦付近のカフェで水分補給を終えた後。午前10時30分過ぎに、再度歩き始めました。

というわけで。
城壁巡り・後編は、左上地図のピンク色のルート、E番からI番まで。です。


旧市街を見下ろす、高さが増した山側の城壁エリア。
旧港北側に隣接するサン・ルカ要塞、地図番号でG番から。I番、ミンチャタ要塞までの間、合計7つの砦や要塞がありますが、このあたりでは、旧市街の、重なり合うテラコッタの屋根瓦がとても美しく。。。

遠目ではオレンジ色、一色ですが。

よくよく見ると朱、オレンジ色、ローズレッド、小豆色、桃色、サーモンピンク、薔薇色、緋色などさまざまに多彩な色が。そしてそのどの色も、一色だけが屋根の上で一面に広がっていたり、矢絣模様のように並んでいたり、地色の中に別の色が楽譜のオタマジャクシのように跳ねていたり。。。

それぞれ美しく、かわいく。さすが、スタジオ・ジブリのアニメの世界のモデルだと、感嘆しました。


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屋根の葺き替え工事が行われていた。もちろん、これは、かつての砲弾の被害などではない。のだろうと思う。

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ただ。
その屋根瓦の重なりの中には。。。

もう20年以上も昔になりますか。
砲弾が降り注いで世界遺産の街の7割近く、800棟余りも破壊した、旧ユーゴスラヴィア連邦軍の砲撃での修復跡も、かなりあるハズですが。。。

ひょっとしたらあの屋根がそうだろうか?
この屋根もそうなのかも??と、テラコッタの甍の、夕焼け色のような波を眺め下ろしながら、しばし物思いにふけりました。同時に。あのアニメの世界をも連想して、柄に似ず、ちょっと詩的な気持ちに。。。

そうですよね〜。

1980年代後半から1990年代にかけての旧東欧圏や旧ユーゴ圏。
劇的に変化していったですよね。

あのころは、我が人生も。。。と、自分の当時の日々を重ね合わせて。
我々、戦前派・最後尾世代&戦中派世代、ほぼ全員の皆さまにとっても、あの時代ごろがちょうど、波瀾万丈、思い起こすことは多い、人生の激動期であったのではないでしょうか?

以下のサイト、「クロアチア・トラベラー」の日本語翻訳版からお借りしました。


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↑ 旧市街の南東端のサン・イヴァン要塞に近づくと、屋根瓦の向こうに旧港が見えてきた。



ハナシを戻して。。。

以下、写真で、城壁巡り、後篇です。

まずはE「サン・イヴァン要塞」付近で撮った画像たち。


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↑ 要塞に置かれた大砲。

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↑ 要塞の最上部の窓から、旧港が一望。この要塞の建物は現在、「海洋博物館」となっているため、その博物館の屋上、ルーフにあたる部分が城壁巡りのルートの一部となっている。コースの中では一番スペースは広い。港の対岸の右端、東北方向に、ドブロヴニク旧市街では一番人気のバニェ・ビーチが見える。

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↑ 海洋博物館への、城壁からの出入り口ドア。こちらは、一般観光客の出入りはさせてもらえず、団体客専用の出入り口。城壁巡りもコースに組み込んだ、船のショア・エクスカーション組一行が、水分補給のため一服していた我々を追い抜いていって、このドアから博物館へ消えていった。

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↑↓ 旧市街の中心部、総督邸やアルセナル、スポンザ宮殿などが見える。

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次いでF「ポンテ門」付近で撮った画像たち。

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↑ 正面に見えるのは「海洋博物館」。

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↑ ドミニコ会修道院。

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↑ 港を巡る観光船や近くのビーチ、街を訪ねるボートの呼び込みをするチケット売り場の人たち。


次いでG「サン・ルカ要塞」付近で撮った画像たち。

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↑ サン・ルカ要塞の城壁登り口のゲート近く。旧市街と新市街を旧市街の東北で隔てる「プロチェ門」のへの出入り口に向かうルートの城壁上は、一列になって登って行く観光客の姿がアリのように見える。

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↑ 「プロチェ門」。

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↑ 右手はサン・ルカ要塞。背後は旧港。こちらから、城壁はぐんと高さを増す。

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↑ 聖母被昇天大聖堂が見える。


次いでH「ブジャ門」付近で撮った画像たち。

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↑ これから向かうI番、「ミンチェタ要塞」方向を眺める。

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↑ 聖イグナチオ教会へ結ぶ長い階段が見える。

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↑ 左から、ルジャ広場に建つ高さ31メートルの鐘楼の中の2体の鐘突き男、大聖堂の円蓋、聖ヴラホ教会の円蓋が、いずれも目の下に。


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↑ 「ミンチェタ要塞」が近づいてくる。

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↑ 「ブジャ門」から旧市街のメインストリート、プラツァ通りへ抜ける長く急な階段。

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↑ 城壁の上のわずか3店のカフェは、貴重な水分の補給先であると同時に。。。店の案内看板は、巧みに生理的欲求と人間心理を突いてくる。

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↑ メインゲートの「ピレ門」が見えてきた。


次いでI「ミンチェタ要塞」付近で撮った画像たち。

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↑ 「ミンチェタ要塞」。

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↑ 以下、城壁の高さ最高地点、要塞の最上部で、巡り来しかたを眺める、海上に浮かぶロクルム島は美しいビーチで著名だが、まだ行ったことがない。

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〜午前11時26分、階段を下りる。城壁巡り、終わり〜。

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは〜。
かなり感激しています。
ドブロブニクの赤い屋根、私は遠くから見る物って言う
固定観念を、こんな近くで、しかも自分の方が上から
見られるなんて、凄いです。
かなり感激的な出来事です。
もう、終わっちゃうんですか?まだ千枚見てないです〜〜!
あ〜、素晴しい。
ポルコの世界です、思いっきり。
ありがとうございました。
murmur1
2012/10/24 23:23
murmur1さん、こんにちは。

嬉しいコメント、ありがとうございます。

この街、面白いですよね〜。

あはは。
そういう、hiroshiメが踊りだしたくなるような言葉をいただくと。

>もう、終わっちゃうんですか?まだ千枚見てない

「それでは。紳士淑女諸君! アンコールの声がかかりましたので、もう1回。。。

などと、根が単純なこちらは、まだまだ続けそうです。

が。
ご存じのごとく。写真撮りはまだ初心者域ですもので。城壁の上はもう止めます。そろそろ、真打の方、「murmur1さんのドブロヴニク、おあとがよろしいおうで」と袖へ引き下がります。

その代り。今度は城壁1,100枚以外の「街中写真」を抜き出して、で。←やっぱり、アホ、ですね。

お時間のおありになる時に、のぞいていただくだけでうれしいです。

hiroshi
2012/10/25 11:55
赤いと言いますか、朱色、或いはオレンジ色と言いますか、連なる屋根の風景が絶景ですね。空を飛んで見ているような写真がなんともいいです。城壁の上に上がらなかったのでこの素晴らしい景色は見ていません。次回のお楽しみとなりました。

内戦の傷跡、まだ痛々しい部分がありますね。10年前は、特にボスニア、クロアチアも郊外の町では、内戦で崩れ落ちた建物がたくさんありました。次はクルーズでと決めていますが、今どうなっているのかまた訪れてみたい気もします。

冷戦時代が終わり共産主義圏がバラバラになっていった時期は私自身も大きな転換期でしたから、hiroshiさん同様、自分の人生と重ね合わせて考えることがあります。初めての東欧旅行は90年代になってからですが、(旧)冷戦の壁の向こう側に行けた時は感動しましたね。まだどの国もビザが必要で、ロンドンで大使館巡りをした日々も懐かしいです。旧ユーゴ時代に大使館からもらった地図も未だに持ってます。冷戦時代のユーゴスラビアも見てみたかったですね。

写真が本当に傑作揃いで、これで城壁巡りが終わってしまうのは残念です。体調を崩した一週間、くしゃみと鼻水が止まらず、珍しく歯まで痛むなか、上の記事を見たら爽快な気分を味わえました。今回ここに書き込むまでに何度も見に来てしまいましたよ。下手な薬よりよく効きます。
かいり
2012/10/28 00:40
かいりさん、

こちらにも、コメント、頂戴していたんですね〜。
ありがとうございます。そして、お返事遅れ、まことに申し訳ありません。
お昼には気づかず、失礼しました。

そうですか。10年前はそういう状況でしたか? セルビア人とクロアチア人は、かつてのチトー時代も反目著しかったのだと聞いたことがありますが。。。クロアチアでのセルビア人比率が高かった分、同じセルビア人比率が小さかったスロヴェニアのように短い期間での連邦離脱、独立が進まず、紛争は長期化したのでしょうか? いずれにしろ、こうやって歴史を振り返ると、あまり知識のないこちらでも、争いを止めることのできない人間とは、愚かなものだな、と。しみじみ思います。

写真のこと。そういう風におっしゃっていただくと、身の縮む思いです。先だってお話しましたが、ただただ、オートでカメラ任せで撮っています。
レンズを向ける対象は、だから、尽きるところ、自分の関心のあるものだけになっちゃって。帰国後にチェックしなおしてみると、観光名所などはあまり撮っていないのですね〜。何をしに旅しているのか? アホみたいに思い、反省しているのですが、次回にはまた同じことを繰り返しています。

お風邪ですか?
もう雪の季節だとおっしゃっていましたね。どうぞ、お大事に。もうしばらくで、おっしゃっていたクルーズ旅が始まりますものね。そうそう、北西アフリカというのもご計画に入っていたですが、あれはモロッコですか? それとも西サハラあたりなのか?? いずれにしろ、モロッコを除けばまったく知識のない場所なもので、いらっしゃる3か所とも興味津々です。
hiroshi
2012/10/28 20:51
hiroshiさん、どうぞ御返事は気になさらないで下さいね。一方的なブログファンが気が向いた時に書いてるだけですから、ご滞在先から御返事いただくほどのものではありません。(恐縮恐縮)

カメラ任せと言われますが、見る目線や撮り方がとても参考になります。好きなもの・撮りたいものを撮っている感じが伝わってくるのがいいのだと思いますよ。観光名所の写真はネット上にゴロゴロ転がってますからねぇ、私も帰ってきてみたら観光名所はほとんど撮っていなかったなんてしょっちゅうです。

北西アフリカは、ガンビア、セネガル、カーボベルデへ行くクルーズで、今現在フライトを合わせるのに大苦戦中です。明日クルーズ会社に問い合わせて、一日早くクルーズを切り上げられなければ、キャンセルもあり得るかという超トホホな状況なんです。フライトは引っ越し後でいいやなどと気楽に考えていたらこの有り様。早くに予約したのに何やってるんでしょうか・・・。

京都にご滞在中ですか。観光ではないと知りつつ、行ったことがない者としては実に羨ましく思います。紅葉がまだとは驚きましたが、今年の夏日本は暑かったと聞きますからその影響でしょうか? こちらは今日も一日中雪でした。積もるほどでもなく、ヨーロッパらしい降り方ですね。今夜は氷点下10度近くまで冷え込むということで、バルコニーの氷柱(つらら)がどれくらい大きくなるのか地味に観察中です。
かいり
2012/10/29 06:24
かいりさん、

あっはっは。(涙
耄碌ですね〜。必死になって思い出していますが。。。セネガル、ガンビアは、だいたいあの辺りであったろうと見当はつきますが、カーボベルデとはどちら辺りであったか??? 帰宅したら、地図で調べてみます。お恥ずかしい。

そうですか。あの辺りですか。こちら、まったく未知の国々です。フライト、うまく取れるといいですね。せっかく船をおとりになったのだから、いけたらいいですね。お祈りしています。

氷点下10℃ですか? そうですか。びっくりです。もう、そちらはそんなに寒いんですね。やっぱり緯度の高いヨーロッパ、加えてウィンターシーズンの花形のお国ですものね〜。

写真は、結局センスがないのでしょうね。きれいな写真、
絵葉書のような写真は、狙っていた時期もあったのですが、才能がないことを知りました。以来、興味のあるものだけを勝手気ままに撮っています。といっても、写真を本格的に始めてまだ5年くらいですが。

コメント、ありがとうございました。
hiroshi
2012/10/29 19:10

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