潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS コトル湾へ、再び。今度は200年前の悲恋物語を。

<<   作成日時 : 2012/12/18 16:35   >>

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2012年6月5日、火曜日、午後6時過ぎ。
コトル旧市街の西方沖合、およそ400メートルほどの湾内で錨泊中であった「セレブリティ・シルエット」は、抜錨して静かに方向をチェンジ。次の寄港地へ向けて動き出しました。


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画像次の寄港地はイタリア、バーリ。

船内新聞によれば、コトルからの距離は106海里、200キロ足らず。
同じく船内新聞によると、日没時間は午後8時28分とのことですが、進路の北方向を除く三方が1,000〜1,800メートル級の黒い山の連なりに囲まれているのと、厚さを増してきた雲の影響で、夕闇は近いと感じるほど、暮れなずんでみえました。

コトル湾航行時に、2度に分けて、美しいと評判の、湾内沿岸の古い街並の画像を置き並べましたが。。。

またまたもう一度。
その2回でもなお、書き残した「覚え書」の駄文をつらつら。。。



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コトル湾の最奥部にあるコトルから、↑すぐ手前の街。こちらはドブロタという名の街。
中世、ヴェネツィア共和国統治時代、いわゆるアルバニア・ヴェネタ時代に発展した街で、俗に「船長たちの邸宅の並ぶ街」と言われるそうです。つまり、この時代に富を蓄えた船乗りたちの、ヴェネチアン様式の豪邸が並ぶ。

街には、聖マタイ教会(下の上段写真)と聖エウスタキウス教会。小さいながら、晴天の日は鐘楼が青い海に映えてなかなか美しいです。


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画像そして、「セレブリティ・シルエット」はもう一度、小さな二つの島の横を通過。

何回か前、入港時に、ナポレオンの前に屈し、消滅したヴェネツィア共和国の最後の領土、そして有翼の獅子像を描いた最後のシンボル旗を埋めた土地として逸話を「覚え書」した、ペラストの沖合の小さな島の一つ。

聖ゲオルギオス島の教会。


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こちらにはもう一つ、近世へと移り変わるあの時代の、悲しい愛の物語が語り継がれています。

その物語とは。。。

1797年。
フランス帝国がヴェネツィア共和国を滅ぼした後。
こちら一帯のアルバニア・ヴェネタは19世紀初頭、フランスの属地となり、さらに1815年、ウィーン会議でハプスブルグ家領土に切り替わるのですが、その間の1813年。

フランス軍は聖ゲオルギオス島を占領して大砲を設置。
フランスの傀儡国家であった、当時のイタリア領土、現在はクロアチア領土であるイストリア半島の南にあるツレス島出身の兵士が、上官の命令でペラストの人々が立て籠もる要塞を砲撃。


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ペラストの聖ニコラ教会。右下も同じ。


画像この砲撃は着弾点を誤って。。。
彼の恋人の家のある地域へ。カティツアという名のその恋人は、哀しいことにその直撃弾を浴びて即死した。
彼女の遺体は聖ゲオルギオス島の教会に埋葬された。
悲嘆にくれた兵士は、その後、オーストリア領となって以降もこの島から立ち去らず、修道士となって死ぬまで、この教会の鐘を鳴らし続け、やがて遺言により、彼が死んだ後、カティツアの脇に遺体は埋められた、そうな。

死んで後、初めて二人は一緒になれた。。。

そんなオハナシが残っているそうです。

悲恋物語。
「ロミオとジュリエット」しかり、「野菊の墓」しかり。
「曽根崎心中」や「道成寺、安珍と清姫」。「アポロンとダフネ」、「人形姫」「愛と死をみつめて」。
映画なら「哀愁」、「ローマの休日」、「風と共に去りぬ」、最近作では「タイタニック」などなど。

若いころはなんとなく憧れましたね〜。
ロマンチックでありながら、はかなさ、哀しさ、メランコリックさもあって、ドラマチックですから。。。
「♪大きな古時計♪」みたいなものですな。“ちっく、ちっく”と。



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画像この夜は、今回のクルーズのちょうど中日、でした。

食事を前に、この日から4日後のショア・エクスカーションに空きがあるかどうか、あるならば申し込みたいと、この船のメインフロア、グランド・フォイヤーへ降りたら。

ゲストリレーション脇の壁面に、この船誕生時の記念パネルが何枚か飾られていました。


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画像船は、オランダ国境に近いドイツ北西部の、人口4万人足らずの小さな街、パーペンブルク(Papenburg)拠点のマイヤー・ヴェルフト(Meyer Werft)造船所で建造された当時の画像です。

クルーズ・ファン、なかんづく港湾・造船設備にご関心のある方はご存じだと思いますが、マイヤー・ヴェルフトは、変な表現で何ですが、ちょっと面白い造船所ですよね。

甲斐素直日大教授の、一般公開されている随筆が、とても面白いです。ご関心のある方は、ぜひぜひ。


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画像「セレブリティ・シルエット」は、この夜は、乗船以来2度目のフォーマル・ナイト。

午後8時半から始まったダンス・ミュージックタイムのスタートに合わせて遊びに昇った14F、スカイ・ラウンジに向かう途中、太陽はちょうど、アドリア海南端の位置で沈み行くところでした。


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午後10時半。引き続く同じ会場での「レス・デマールのダイナミックドラムに乗って。ジャズ、ポートワイン&チョコレート・ナイト」を楽しんだ深夜、午前零時過ぎ。
会場を出たら、空には満天の星。。。

残念。
胸ポケットの小さなコンデジで撮った画像には、星はまったく写っていませんでした。


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コメント(2件)

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こんばんわ〜 hiroshiさん  

マイヤー造船所のホームページもエムズ河の河口堰のサイトもスゴイです。

何も知らない世界を見せていただきました。
注文が途切れる事が無いなんて〜 スゴイです。
三菱造船所が見たら(見てますでしょうが?) 泣くかな?

お気に入りに入れたので後で勉強しますね〜まさに出発のアイーダ・オーラ号が見れて〜
 
夕日が得も言われぬ美しい雲に隠れようと〜 ステキです。
それから〜 聖ゲオルギオス島の教会の下の画像が、素晴らしい!! 海面の色合いが、 シルバー グレー など、グラデーションが〜〜 まさに芸術です。 

悲恋物語も〜 良い感じの旅日記に沢山 乾杯!!

   
たえこ
2012/12/18 21:33
たえこさん、こんばんは。

ねぇ〜。面白いですよね〜。

>マイヤー造船所のホームページもエムズ河の河口堰のサイトもスゴイです。

北海からかなり内陸に入った場所に造船所を設けたことをなぜ?などと不思議に思い、きっと、昔は川が結構深かったのだろうな、などと簡単に想像していましたが、甲斐さんの随筆で、初めてその理由、背景を深く知りました。

悲恋物語では、たえこさんはきっと、映画「風と共に去りぬ」か「ローマの休日」が思い出に残ってらっしゃるのでしょうね〜。

hiroshiメも、「ローマの休日」の、あの最後の記者会見場面が、とても印象的でした。身分を越えた二人は、あれでお終いだったのでしょうか? それとも、いつの日か、どこかでまた、出会ったのでしょうか?

昔はよく、勝手に後日談を想像して楽しんだものでしたが。。。
hiroshi
2012/12/18 23:12

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