潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS “本家”サンタ・クロースの教会、見学。バーリ旧市街。

<<   作成日時 : 2012/12/23 19:28   >>

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今年も。ささやかに。
クリスマスカードとプレゼントが、一昨日、届きました。

ハイルブロンにお住まいの、かつて30年ほど昔、日本にご滞在中にご懇意いただくようになった、元々は、向こうの奥さまが、わが連れ合い、相棒の英会話の教師であったご夫妻。から。

画像日本では、商戦と、それに伴う街のイルミネーションと。仲間内での飲み会と子供たちのいる家族だけの家庭行事、くらいにしか定着しなかった、キリスト教の一行事ですから。

サンタさんは、実はパパだと知ったに違いない幼かったころの子供たちと。
爺もサンタ役の一人だったのだと悟ったに違いない孫たちから。
それぞれ、「海老で鯛を釣ろう」と、プレゼントの中味のレベルアップを企図した策略?で、かわいいハンカチをもらったり似顔絵を受け取ったりしたこと以外、この日に贈り物などもらったことはありません。

が。。。

「Please enjoy some of the special wintertime tea!」。
こう、締めくくられたクリスマスカードと、開梱したうちの数種類のハーブティー・パックとさらにサンプル一杯を淹れ注いで、わがデスク周りに持ってきてくれました。

ささやかではありますが。
毎年届くこんな温もりは、やはりうれしい。ですね。

画像明日の夜は。
青春時代に読んだ、Robert L. Mayの描いた夢あふれる創作世界を契機に作曲された「Rudolph the Red-Nosed Reindeer、赤鼻のトナカイ」をはじめ、いくつかのクリスマスソングを流しながら。
小さなクリスマスの飾りつけの前で。
老夫婦二人だけで、小さなショートケーキを一つづつ、食べるつもりです。


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↑イタリア、オルタ・サン・ジュリオのサクロ・モンテの聖フランチェスコ物語の飾りつけより。


そうそう。
赤鼻のトナカイのルドルフ以下、橇をひく残る8頭のトナカイの名前は何と言ったかな?とネットでサーチしていて。

偶然、こんな楽しいサイトを見つけました。リンクフリーとなさっているもので。勝手にリンクさせていただきました。

下の動画も、You Tubeからお借りしました。



     


そして。
本来の旅日記。です。


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クリスマス、サンタ・クロースの“本家”、バーリの「サン・ニコラ聖堂」。


2012年6月6日、イタリア、バーリに寄港して、市内観光の遊園地型汽車、ツーリスト・トレインで旧市街を巡ったハナシの続きです。

前回。
ご当地パスタ作りのおかあさんたちの大喧嘩のハナシに一気に飛んじゃいましたが。
実は。最初に連れていってくれたのは、バーリっ子たち自慢の場所、港からほど近い、聖ニコラ聖堂でした。
教会の名。イタリア語ではサン・ニコラ(San Nicola)ですが、英語ではセント・ニコラオス(Saint Nicholas)。


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バーリの船乗りたちが、当時のローマ帝国領、アナトリア半島の現在のミュラの街からサン・ニコロの遺骸を運び出した時、遺骸を曳いた牛の姿が、角のない牛の形で聖堂の入り口を固める。牛というよりも河馬に似てみえ、ユーモラスな姿だ。

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広場の一角に、サン・ニコラの立像。

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画像現在のトルコ領、アナトリア半島の地中海側、日本のツアーでも巡る人が多いアンタルヤの街からほど近い古代都市ミュラ(Myra)で4世紀ごろ、司教であった聖人サン・ニコラ。

ミュラは、岩窟墓(右写真)やローマ時代の円形劇場など、古代遺跡で知られますよね。

画像この辺りはほかに劇場やアゴラ浴場跡、水道橋などがきれいに残っている古代遺跡ファセリス、地中海沿いの古代都市で最も繁栄したと伝えられている古代都市遺跡ベルゲ、世界で最も美しいといわれる円形劇場がある遺跡アスペンドス(右写真)など。

ローマ時代の素晴らしい遺跡が数多いです。


その聖人、サン・ニコラは。

数々の救いの奇跡や善意の心など聖人伝説を残していますが、中でも良く知られるのが、貧しさのあまり、明日にも春を売る女性として身を落しかねない不運の境遇にあった貧しい家の三人姉妹の助けにと、煙突から金貨を投げ入れて援助するお話。

投げ入れられた金貨は、暖炉傍に干してあった姉妹たちの靴下の中に、それぞれ転がり込んだ。。。

そうそう。
北欧の妖精物語や聖人サン・ニコラ伝説、オランダの伝承民話などがそのオランダで混ざり合って、やがて新大陸アメリカで、子供たちの夢を集めて花開いていった、「サンタ・クロース」物語の原点。なのだとか。

向こうで聞いたハナシですが。。。

サンタ・クロースとはすなわわち、オランダ人たちの移民の街、アメリカ「新大陸」のニュー・アムステルダム、現在のニューヨーク、マンハッタンに渡ったサン・ニコラが、オランダ本国周辺の言葉でシンタクラース(Sinterklaas)と呼ばれていたことで、そもそも、登場した言葉、名前であり、起源であるのだとか。

そのニューヨークから、シンタクラースは周辺の米国東部の街に広がって。
ある雑誌社によって童話に仕立てらて人気者となり、アメリカ社会の子供たちに愛された、そうではないですか。


で。

今では世界中で親しまれているサンタ・クロース(Santa Claus)です。


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が。
サン・ニコラの遺骸を抱えるカトリック世界、なかでも本家本元のイタリアでは、サンタクロース、すなわち「バッボ・ナターレ( Babbo Natale、クリスマスお爺さん)」 の行事は、アメリカや日本などと比べると、もう一つ、ですよね。

カトリックには元々、トナカイと一緒に、プレゼントを持って煙突からやってくる白いひげ、赤い服のおじいさんを待ちわびる催しはなかったようですから。ね。

サン・ニコラ教会。

英語名ではセント・ニコラオス教会は、多くの聖人たちの名を取る各教会と同様。現在、わたくしメの好きなヴェネツィアにはもちろんのこと、ロンドンにもプラハにもワシントンDCにも。
世界中にありますが。。。

バーリのこの聖ニコラ聖堂は、聖人ニコラオスの遺骸を護る唯一の教会堂です。


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サンタクロースの起源とされる人物の遺骸は1087年にバーリの船乗りたちの手でミュラからこの街に運ばれ、以降、街の守護聖人であるとともに、世界中の聖ニコラ巡礼の核になっているのだとか。船乗りたちの守護聖人でもあります。

画像ヴェネツィアの聖ニコラ教会(右写真)はリド島にあって、現在は市長がその役目を務める元首、ドージェたちが代々、復活祭40日後に行われるヴェネツィアの最大の祝祭「センサの祭」で、指輪を海に投げ入れて「我、汝と結婚せり」と、“海との結婚”儀式を行うゆかりの場所。

ヴェネツィアの船乗りたちは、バーリの船乗りたちに遅れることおよそ20年。第一回十字軍遠征でミュラへ、サン・ニコラの遺骸を略奪にやってくるのですが、遅かりし、ゆらのすけぇ〜〜。遺骸はすでにバーリに奪われた後で、聖遺物の断片しか蒐集できなかった。とのことです。

サン・ニコラ聖堂の地下室。かずかずの聖遺物が、静かに眠っていました。



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と。

今回は、長い上に、少々理屈っぽい。ですね。

ま。
かく長々と書くような内容のある、バーリ旧市街観光ではなかったのですが。。。

「覚え書」にこの聖堂の話を書いている時はいま。ちょうどクリスマス。イブの、そのまたわずか1日前。
今年のクリスマスは来客もないため、くだらぬうんちく談義でも、書いて、ちょぴりクリスマス気分にひたってみたくなりました。しかし。やっぱり、孫たちの元へ、出かける方が正解であったですかね〜〜。とほほ。


こちら、サンタクロースの本家本元のバーリの教会の祭礼は毎年、訪ねた一か月前、5月上旬に行われるのですが、隣接した博物館などでは、祭礼行事に使ったさまざまな祭器が、仕舞い込まれずにまだ展示されていました。






旧市街観光ではほかに、バーリ大聖堂、サン・グレゴリオ教会、ノルマン時代の城などを。

ヴェネツィアのソットポルテゴのような家の下のトンネル状の通路をくぐったり抜けたりしているうちに、どこをどう動いているのか???の状態に。

こちらの街も、モロッコのフェズやチュニジアのスースのメディナ同様、迷宮のごとくの、わくわくする世界でした。


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大聖堂。

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ノルマンの城塞。

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迷路のような路地を抜けながら巡ると、思わぬ場所で小さな広場に出る。すると。その広場に大概、車が1〜2台停めてある。どうやって広場に入ってきたのだろうか? 天を飛んだか、地から湧いてきたか??

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さすが、信仰心厚いイタリア南部の人々。路地のあちらこちらに聖母子像。風雨で傷んでは掲げ替えられるのだろう。現代版映画スターのプロマイドか、日本の人気アニメの登場人物のような愛らしい聖母画も並ぶ。

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コメント(2件)

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hiroshiさん  おずおずとコメント致しますわ

>しかし、ご無理、なさらないでくださいね〜。
>お返しとか、そういうことはお考えになりませんようにお願いします。

そんな事おっしゃらないでくださいね〜〜((;_;) 
 
平凡な私メのブログの参考に成るんですから〜 アチコチ見せていただいておるんですから〜ネ~~ 

クリスマスのプレゼントがお有りで良いですね〜〜〜〜

  

我が家はケーキもチキンも何もなくて〜 寂しいものです。山下達郎のクリスマスイブを聞いて過ごしたんです。

サンタクロースの本家本元バーリですか? タイムリーな画像でしたね〜〜
迷路の様な路地が流石に趣あってよろしいです。
それに、城壁も大聖堂もナイスです!!

たえこ
2012/12/26 21:39
たえこさん、こんばんは。

コメント、ありがとうございます。

えっへっへ ですね〜。

>そんな事

ごめんなさいね〜。コメントをいただくのは大変うれしいのですが、ご迷惑をおかけすることは申し訳のないことです。で、念のために、お伝えしたまででして。。。

逆に、かえって、誤解を招くような持って回った言い方で、ご迷惑をおかけしました。

クリスマスのプレゼントは、↑これっきりでした。
ドイツ人にしては、随分日本式でらっしゃるでしょ?
大人同士のご挨拶なのに、プレゼント付きのクリスマスカードなんて。日本に長い間滞在なさっていて、日本の贈答シーズンでもあることをご存じなのですね。

わが家も、小さな、相棒の好きなショートケーキのみです。いちごショート。こちらは、コーヒーに小さなケーキ一つを。相棒は紅茶にケーキ。相棒の好きな「主の身元に近づかん」など、讃美歌3曲ほどを歌わせられました。クリスチャンでもないのに。

あの旧市街。たえこさんもいらっしゃったことがおありでしょうが、路地を縫ってしか入れない小さな広場に、どうして車が入れたのか? 謎だと思いません?
hiroshi
2012/12/26 23:08

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