潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS まだアルベロベッロ。とんがり屋根の不思議のマーク。

<<   作成日時 : 2013/01/09 11:58   >>

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クルーズ船、乗船記、談義。
まだ、バーリ寄港、アルベロベッロへのショア・エクスカーション。の「覚え書」です。


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とても暑い日で、“遠足”参加のクルーズ仲間の皆さん、アルベロベッロ見物中は、かく、わずかの日陰を探して、暑さ対策に必死だった。

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トゥルッリの屋根に、一つ、もしくは二つのシンボルが乗っている。
一つは、とんがり屋根の頂点に乗る星型や円盤状、三角錐型などのイタリア語で「ピナッコロ」、英語ではピナクルズと呼ぶ突起。これは、異説もあるが、屋根を葺いた石工の印だと、されているようだ。

もう一つは、トゥルッリの屋根に描かれた白色の印。この印は、描いてないトゥルッロの方が多い二つ目のシンボル・マークだが。。。何故描かれたのか、理由は何か、などで現代でもなお未解明の「印」もあり、今なお謎、だという。

シンボル・マークは大別して、@ギリシャ〜ローマ時代に誕生した古い原始表象のそれと、A中世のころの魔除けのそれ、Bクリストグラム(Christogram)と呼ばれるキリスト教のモノグラム、の3種類に大別される、そうだ。

↑写真のうち、左の、地球を表す円の中にキリストを表すIとHを描いた原始表象のジャンルに入るタイプ。右はキリストグラムで、古典ギリシャ語でのイエス・キリストの名前、「イオタ・エタ・シグマ( iota - heta - sigma)」のイニシャルを、つまりキリストを指しているモノ、だそうだ。



これは、まぁ〜。
我ながら、なんとまた長々と。
アルベロベッロ談義を続けていまする、なぁ〜〜。

写真をねぇ。かなり撮っちゃったもので。
もったいないから、載っけちゃおう。
またまた、そういう魂胆です。

以下、文章とは無関係に。アルベロベッロの写真の置き並べ、です。

で。
文章は、書いた本人以外、ご覧になってもあまり意味もなく、面白くもありません。
以下の色つき文字は、特に。
どうぞ、読み飛ばしてください。



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太陽を意味する円状の形の中に、クロス。これもクリストグラムの一種だそうだ。

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左は魔除けの一種で、「オメガ=Ω」の文字の中に十字架。永遠なるクロス、つまり神を意味するのだそうだ。一方右は、日本の紋章でいえば島津藩、「丸に十の字」に似ているが、クリストグラムで円の中の十字架、つまりイエス・キリストを表すのだそうだ。

ハナシは一度、変わります。

今年の正月。
日本にとって。そして皆さんにとって。どんな新年、元旦であったのでしょうか。

こちらは、ただただ慌ただしく。厳粛な気持ちで年明けの抱負や誓い、一年の計を練るでもなく。台風の中にいるかのごとく、あれやこれやとただただ忙殺された正月でした。

画像おかげで。
テレビの年末年始番組も、ほとんど見ず。

年の瀬には恒例の、例の公共放送の“紅白”も見ず。
わが家にやってきた身内の面々が眺めている画面の音だけは、離れて耳にしていました。

元旦のウィーン・フィルのニューイヤーコンサートも、終盤間近の午後9時40分過ぎからたった10分間ほど。だけ。画面を見ながら、「ラデツキー行進曲」に、会場の皆さんとご一緒に小さく手拍子を打っただけ。

↑右写真〜〜
昔。一度だけ、トゥルッリのホテルに泊まったことがある。
子供のころに見たディズニー映画の「白雪姫」の、森の中の動物や小鳥たちに案内されて白雪姫が見つけた「七人の小人」たちの家。
こちらが撮ってきたアルベロベッロの写真を見た連れ合い、相棒が、「白雪姫の小人たちの家、そんなファンタスティックなイメージの家に似ている」と、この街のその手のホテルに泊まれる旅に恋い焦がれて。。。タイミングよく、ちょうど偶然、そんなツアーを見つけて。それが、ツアーでこの街にやってきた最大の理由だった。

↓右写真〜〜
泊まってみたら。外観とは裏腹に。中へ入ると、ごくごく普通の小さなホテルの、ありふれた部屋とほぼ同じ。ちょっとがっかり。

その時代。
現在と違って、トゥルッリの3〜4割は空き家。アルベロベッロの街は世界遺産に指定されてまだ間がないころで、言葉は悪いが、荒れ果てているエリアも目立ったが。。。最近では、貸別荘などに改装されてネットで集客しており、イタリア人はもちろんのこと、アメリカ人やドイツ人の間でも大変な人気だそうだ。


画像というわけで。
七草粥も終わった昨日昼過ぎから。ようやく。遅ればせながら、のんびりと正月気分に浸れました。

ネットを巡ると。
“紅白歌合戦”が終わって。美輪明宏さんの『ヨイトマケの唄』が、あの夜以来、若い人たちの話題を集めているようですね。
若い人たちに人気の掲示板で話題、沸騰中のようです。

曰く。「涙出た 。カーチャンに親孝行しなきゃな」。
「普段疎かにしていた部分を突き付けられ、改心しようと感じる事が出来た有り難い時間でした」。
「感動した。現代の親子の繋がりは弱いと言われるのが理解出来た気がした」。などなど。

画像わたくしメ。
実は。あの歌を、あまり聞きたくない。のです。

いえ、歌は傑作だとは思いますよ。
シャンソンの心を知る人が創ったからこそ、ならではの「シャンソン」の良さがあり、魂がほとばしるような和製ブルースであり。シンガーソングライターのはしり、でもあられる美輪さんの歌は、音楽的に素晴らしいのは間違いない。と思うのですが。。。

歌詞が、昔のあの、日本の貧しかった時代を連想させて、歌曲が難しくて素人のこちら程度ではとても歌い切れないのを幸い、歌ったことは一度もなし。
同時に、唄を聞くのも好みではない。

↑右写真〜〜
18世紀に造られた、トゥルッロとしては唯一、2階建ての「トゥルッロ・ソヴラーノ」。今回の、船のショア・エクスカーションでは、こちらは訪ねなかった。残念。


画像あの歌が広く知られるようになったのは、東京オリンピックのころであったかと思います。今から50年近く昔。

池田勇人内閣の「所得倍増計画」がスタートして数年後、高度経済成長も拍車がかかり始めた時代であり。
日本で「カローラ」とか「サニー」とか、いわゆる初代大衆車が発売されて日本のモーターリゼーションが花開き始めたころであり。
わたくしメも、学窓を巣立って新米社会人として、働き始めたころであり。。。

当時の若者はみな、右肩上がりの明日が、夢ではなく、確実な将来像として描き切れて、明日への希望はちまたにあふれていました。

↑左写真の、右のシンボル・マークは、原始表象の「神に祈る人」を表し、左の、ハートに矢は、クリストグラムの聖母マリアのシンボル・マークだ。

画像つまり。

戦後の貧しい日本から飛翔できるという熱い期待が、当時の我々世代、若者たちの間にあふれており、やがて本当に少しづつ豊かになって、一億総中流意識の社会実現へとつながっていったころだった、と思います。

そういう意識の中で、あの当時のわたくしメにとって、あの歌の歌詞は。。。

小学校時代。
わがクラスの同級生たちにも、父親が、母親が、現代では新聞や放送などのマスコミで使用禁止用語となった、あの歌に歌わえている通りの「人夫」や「土方」、などと、汗を流して働き続けてもなお貧しい家庭の子が、いっぱい、いましたから。

画像彼らの、いや、もちろんこちらも、ですが。。。あの時代の貧しさは、どこをどう言ってごまかしても、やっぱり悲惨であったから。だから、あの歌をあまり聞きたくない。
そういう気持ちの根源はきっと、暗い過去から遠ざかりたいという、こちらなりの、素朴ではありますが、精神的な願いであったのでしょう。

いつか書きましたが、我々世代の子供のころの戦後間もない日本の貧困を、見せつけられたくなかった。

あの歌詞の中には、確かに、濃密な家族愛、母子の情愛があり、それがまた歌の主題でもあるワケですが。同時に。貧困ゆえの生活臭が強く匂ってきます。それが嫌なんですね。我々世代が追い続けた「豊かさ」とは、果たして何であったのだろうか。。。

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いま、世の中は再び、右肩上がりの将来像など思い描けられなくなり、貧富の差が広がり、戦後間もなくのあの貧しい時代へ、埋没していきかねない、不安な様相です。

社会から埋没し、リタイアした我々世代には、もう何一つ出来ることはありませんが。
そして。こういう現代社会を作った責任は、ひょっとすると、我々世代にもあるのかもしれない。。。

ならば、せめて。そういう傾向に、拍車をかけたくない。足を引っ張りたくない。
素朴ですが。そういう思いもあって。やっぱり、あの歌はあまり聞きたくないのです。。。



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画像2012年6月6日、水曜日。
バーリ寄港中のハナシの続きです。

クルーズ船のショア・エクスカーション。例によって、指定の時間前に集合場所のシアターに集合し、丸いワッペンをもらって胸に張って。

画像ギャングウェイを降りて、何台も待機していたアルベロベッロ行きのエクスカーション・バスのうちの、指定の車両に乗り込みました。

そのバス車内で。
我々夫婦のすぐ後ろの座席にいらっしゃったご夫妻。ロンドン郊外、イーリングにお住まいだとおっしゃる方で。。。

。。。いえ、そういうことはどうでもいいのですが、要は、英国風の豪壮な2階建て、3階建ての邸宅に住んでらっしゃるに違いない、ということを言いたいだけなのですが。。。

。。。我々を日本人だと見抜いて話しかけてこられました。


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ハナシは。

▽自分たちは、20年ほど昔、日本に行ったことがある。▽アルベロベッロへ行くのは、今度で3回目である。▽あの街は、ドイツ人とアメリカ人と日本人に人気があるそうだ。なかでも、日本人に深く愛されていて、土産物店では、日本語で呼び込み宣伝文や商品説明をしている店も数軒あるようだ。。。

「で。なぜ、日本人は、あの街をそんなにも好きなのだろうか?」。

こちらは「わからない」と答えると。。。

「それは、日本の家とよく似ているからだと思う。日本人は、戸建ての小さな家を好む。石で作られているか、木と黒煉瓦(瓦のこと、だろうと思う)で出来ているかの違いだけで、街のイメージは良く似ているよ」。

なるほど。

言われてみればそうなのかも???

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やっぱりイタリアの街である。カフェやジェラート屋の看板もおしゃれだ。

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トゥルッリを見下ろせるテラスに上がると、荒れたとんがり屋根も結構目立つ。無人の空き家。トゥルッリの屋根に使う石は、新しいうちはピンクや白色など明るい色合いだが、古くなるほど黒く変化するそうだ。屋根はほぼ50年で葺き替えが必要なのだとか。そして。昔、15年ほど前に初めて仕事で訪ねた時は、一軒のトゥルッロの屋根を葺き替えるのに、当時のリラ→円換算で15万円ほど、と聴いたが、今回のショア・エクスカーションでは、現地のガイドさんが、「最近は技術を持つ石工さんが少なくなってきて、葺き替えに1万5000ユーロほど必要」と話していた。

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こちらも好きな、小さくてかわいい、排気量は日本の軽四以下の自動車、フィアット、NUOVA500、チンクェチェント。ルパン三世の愛車は、製造中止になって既に35年ほど経つのに、この街でもあちら、こちらに。イタリア人は、ホントにこの車が好きだ。


↑にも書きました。

初めてこの街を訪ねた時に。
小学校の低学年時代に見たウォルトディズニーの傑作アニメ映画「白雪姫と七人の小人」の、あの森の中の小人の家、のイメージ、幻想的な印象を、トゥルッリのあのとんがり屋根に重ねあわせて見ていたのだが。。。いや、連れ合いによると、あの映画の小人の家はとんがり屋根ではなく、木の葉で葺いた、合掌造りの家のごとくの切妻屋根の木のであったそうですが。。。

画像そういえば。
この街は、日本の世界遺産の一つ、白川郷と姉妹都市なんですね〜。

それにしても。
面白いです。この街は、ホントに。


以下。
ありきたりですが。。。観光名所を少し。


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異説もあるが。
アルベロベッロが、スペイン(カスティーリャ・アラゴン連合王国)に征服されたナポリ王国に統治されていた16世紀初頭。ナポリからの重税を逃れる手立てとして生まれた、とされる、良く知られるトゥルッリ誕生の秘話の中、上に載せた2階建てのトゥルッロの家や、現在博物館となっているこのカサ・リッポリスは、18世紀末、アルベロベッロがそのナポリから、そして封建制度の酷税から開放されたころに建てられた、のだとか。

つまり、アルベロベッロで最初に、漆喰で固めた家として登場したトゥルッリである、そうだ。
漆喰で固めてしまうと、徴税のために検査に来た役人に対し、建物ではないと主張する証に、取り壊してしまうことなど出来ないのだから。。。



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トゥルッリの教会、サンタントニオ教会。

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コメント(9件)

内 容 ニックネーム/日時
hirshiさん  
お寒い事です。そちらの雪は如何ですか? 立山は真っ白!
素晴らしい様子想像してます。

さて、 アルベロベッロ!!  大好きです。
綺麗な画像に感謝です。
ジェラート屋の看板の画像も良いです事!! 

トゥルッリの教会、サンタントニオ教会も独特の雰囲気が素晴らしい!!
良い画像ばかりで大満足です。


ロンドン郊外、イーリングにお住まいの方は、お判りにならないんですのね〜〜? 良さが〜〜 うふふ

陸旅で行ったとき、年賀状にしたんですよ〜 
とっても好評でした。

あんなに珍しい建築郡は日本の住居とは似てないと思うわ〜
小さいから? フン!!  なあ〜んてね〜〜
 

薔薇の画像も好きですね〜〜!!
    
たえこ
2013/01/09 20:59
たえこさsん、こんばんは。

そうなんですよ。

>お判りにならないんですのね〜〜? 良さが〜〜

ねぇ〜〜
ちょっと腹立たしい思いになりました。しかし、欧米の方々からご覧になると、そう見えるんでしょうかね?
英国では、集合住宅か、または、日本なら邸宅、と言えるような3〜4階建の家が多いから、なのかな? などと、なんとなく思いもしましたが。。。

>陸旅で行ったとき、年賀状にしたんですよ〜 
>とっても好評でした。

なるほど、なるほど。
そういう手もあったですね。何年か先にまた行って、その年には、たえこさんのアイデアを使wせていただきたいものです。

しかし、まぁ。こんな腕の劣るhiroshiメの写真でも、写真お先生にそう言っていただけると、まことにうれしいです。

>綺麗な画像

意欲が湧いてきました。励みになります。ありがとうございました。
hiroshi
2013/01/09 23:03
新年明けて時間が経ってしまいましたのでご挨拶は省きますが、本年もどうぞよろしくお願いいたします。(居候させていただく気マンマンのようでナンですが。)

またまた無知を晒しますが、アルベロベッロを知りませんでした。良さがわからない人でも3度も行ってしまうほど人を惹きつける場所ですか? 困りましたねぇ、また一つ行きたい場所が増えてしまいました。屋根に描かれてるものがてるてる坊主に見えてしまったのは照りつける太陽のいたずらなのか、余程疲れているのか・・・? 自分の目で見てみたいです。

「いつか書きましたが」のリンク先のカルナック、16年前に行ったのを懐かしく思い出しました。ルクソールに8〜9日滞在して、水を忘れてサイクリングに出掛けた6月の暑い日。飲み物を買おうと冷蔵庫のあるお店らしき民家を訪れると、外国人が珍しいと見えて言葉は全く通じないのに家中を案内され、写真を撮ってほしいとご近所中の人が集まってきた時はどうしていいものか困ってしまいました。家の中は、一番涼しいところに人が住み、まだできあがってない上の階に家畜が住むという、ユニークな暮らしぶり。彼らも貧しかったですが、悲壮感はなかったですね。ルクソール市内の人は、長男に教育を与えてカイロやアレクサンドリアに送り出し、次男が家を守るという感じでしたが、少し郊外に出ると基礎教育すらどうなのか?と思った覚えがあります。

南極旅行の昔と今の違いも驚きますよ。スカートと普通の靴でゾディアックボートを待つ女性を見た時には、アムンゼンやスコットがその姿を見たらどう思うのか?と考え込んでしまいました。手軽にクルーズで行けると言っても、さすがにそれはないだろうと思うことが多々ありましたね。安いクルーズはそれなり、乗客もそれなりと言えるかもしれません。帰ってきたばかりですが、次行く時は・・・と考え中です。
かいり
2013/01/10 04:36
かいりさん、

新年、おめでとうございます。

お帰りになったんですね〜〜
いかがでした? あの、昔は“観測隊”しか行くことのできなかった、魅惑の大陸

寒くなかったですか?
あ、そうか。

>スカートと普通の靴でゾディアックボートを待つ女性

へぇ〜〜、と、びっくりしました。
それだけ、暖かいということなんでしょうね

しかし、それにしても、少し非常識ではないですか?
南極圏でスカート、ですか?
わがふる里は、かいりさんお住まいの土地ほどではないですが、国立公園に指定されている険しい高山帯を抱えています。近年、春山から晩秋の季節にかけて、そちらで、遭難事故が激発しているんですね。ケーブルカーやバスなどを乗り継いで、ハイヒールでも簡単に登れるようになったからですが。。。hiroshiメらが子供のころは、神域として敬われていたこともあって、バ年の準備をして3泊かけてようやく頂上に立ったものですが。。。それと似た現象なのでしょうか? 意識の問題??

>アムンゼンやスコットがその姿を見たらどう思うのか?

おっしゃるとおりですね。お気持ち、痛いほどわかります。
引き続き、お話をうかがいたいものです。
どうなさいました? 
いつかおっしゃっていた、写真を見せていただけるかもしれないお話のその後は?
hiroshi
2013/01/10 13:40
〜上から続く〜

アルベロベッロは、上で書いている方がおっしゃっていることは、ある意味、あたっているのかもしれません。ヨーロッパ、なかでも英国の邸宅風な家を普通と思ってらっしゃる方々には、日本家屋はそう見えるのかも、と、思います。アルベロベッロは、そういう意味では、やっぱり、欧州でも、かって貧困地帯であった歴史を曳きずる街のひとつなのでしょうね。少なくとも、かいりさんがお住まいの国や周辺のエリアの住宅との差は大きく、ある意味、一種異様です。

ルクソールのお話。興味深く拝見しました。
そうですね。明るいですよね。あちらの方々の表情は。ピラミッドを含めてあれら巨大建築は、支配者側からの住民たちへの寄進、プレゼントであり、それを、労働対価として与えたのだという異説もあるようですから、こちらが勝手に感情的になる必要もないのかもしれません。が、あの巨大な遺産、遺跡をみると、ちょっと、思いは複雑です。
hiroshi
2013/01/10 13:41
かいりさん、

拝見しました。
ご指示通り、一度、削除させていただきました。

ありがとうございます。
hiroshi
2013/01/12 00:06
hiroshiさん!!
遅くなってしまいましたけれど。。。おめでとうございます。今年もよろしくお願いしますね。hiroshiさんのブログいつも楽しく拝見させてもらってます〜。とっても勉強になるし、私にとっては知らないことたくさん!!なので、とっても楽しい〜んです 年末年始と忙しかったんですね〜。こちらウガンダはのんびりと時がすぎていきました。家族で年越しをし、今年初の食事を家族でする。普段と変わらない様子で2日からはみんな仕事でした。 紅白での三輪さんの歌知らなかったです。早速ネットで調べました〜。人気ですね。たしかに。。hiroshiさんのあまりお聞きになりたくない理由もわかりました〜。私たちはあまり苦労を知らずに育ち、豊かな日本に生まれてhiroshiさんがたの世代にとっても感謝してますよ。日本の成長はすごかったとアフリカに来て特にそう思うんです。 だから不自由なく育ててくれた両親にもとっても感謝してるんです〜。 
長くなってしまって。。。 
今年もよろしくお願いしますね!! 楽しみにしてます。
あおちゃん
2013/01/13 15:18
あおちゃん、

あけましておめでとうございます。
お元気ですか?年末年始以来こちらも少し忙しくてご無沙汰ですが、あおちゃんも忙しそうですね。
ごめんなさいね。いま、わが家へ遊びに来た親戚一家といっしょに温泉にきています。とり急ぎ携帯で。
帰宅したら、またお返事を。
あおちゃんにとって、ことしも良い年になりますように。
hiroshi
2013/01/13 23:00
あおちゃん、こんばんは。

>年末年始と忙しかったんですね〜。

そうなんです。孫たちや身内に逢えるのはうれしいのですが、その間、こちらと連れ合い、相棒は、旅館のおさんどんと下働きのおじさんみたいなもので。。。料理、布団敷き、ハナシの聞き役etc。。。

ほんの数日、やっと解放されたのですが、13日からはまた、一家族、総勢4人がやってきていまして。。。現在ただいまも、滞在中です。で、毎日まかない婦役の連れ合いが可哀想なもので、昨夜は近くの温泉旅館で総勢6人で一泊してきました。この後、明日と明後日も、別のところで連泊して、連れ合いを料理人おばさん? おばあさん??から解放しないと。。。ちょっと疲れている様子なもので。。。

あおちゃんは、いいお正月をお迎えになったようですね。

>こちらウガンダはのんびりと時がすぎていきました。

ニューイヤーイブとハッピーニューイヤーを除けば普段と一緒というのが良いですね。日本では、正月と夏休みはふるさとへ帰省、という形が多いから。。。

というわけで、まだあおちゃんのブログをお訪ねしてませんが、新しい記事をおまとめになりました? なりましたでしょうね〜。当然。21日には、ようやく忙しさから解放される見込みなのので、その後、ゆっくりお訪ねさせてくださいね〜〜。楽しみです。
hiroshi
2013/01/14 22:45

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