潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS 「地中海へのドア」と宣伝。好感度高いバレッタの玄関。

<<   作成日時 : 2013/03/05 14:06   >>

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マルタ、ヴァレッタに寄港した2012年6月9日、土曜日。
こちらを、とても気に入りました。


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こちらとは。。。

「セレブリティ・シルエット」が着岸した光景をまとめた前回にも載せたので。
繰り返しになりますが。。。

正式名称は「ヴァレッタ・ウォーターフロント」。
「地中海へのドア」をキャッチフレーズにうたっています。
「どこでもドア」をテーマに続くうちの、最新作のあのCMが、いくつになってもやんちゃな正統派オヤジ種族?らしいとこちらの心をくすぐって、結構好みなのですが。。。

こちら、ヴァレッタ・ウォーターフロントのキャッチフレーズも、その延長線にあるように夢あふれる言葉で綴られていて、なかなかグッドだと思います。

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前回に寄港した8年前は、こちらはまだ工事真っ盛りで、当時は、こんなにも良い雰囲気のエリアになるとは、想像だにしていませんでした。

こちらのオープン・カフェのテーブルにつくと。
乗ってきたクルーズ船の左舷側が目前に、ぐ、ぐ〜んと。
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プロムナードデッキやダビット下のテンダーボート、係留索の具合など。ギャングウェイから下船してくる乗船客、観光を終えて乗り込む人々などの人間ウォッチング。その他、もろもろ、船首から船尾まで、眺めていて飽きません。

そして。
船尾部の向こう側には、「ザ(The)」と定冠詞がつくほどの、この港ならではの、懐の深い「グランド・ハーバー」の、プールのような波静かな青い海原。
太陽の光をきらきらと跳ね返すその海上から、時折、頬をなでて行く気持ちのいい潮風。。。

魅せられました。
コーヒー一杯で長居するのは申し訳ないほどの、ゆったり、のんびりとした気分になる、地中海リゾート感満点のたたずまいでした。


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この港のターミナル。

船でくれる地図でも、マルタのインフォメーションをはじめ、あちらこちらで無料配布している地図でも「ヴァレッタ港(Valletta Port)」と書かれています。
が。実は、正確な所在地は、首都ヴァレッタの隣街、フロリアーナ(Floriana)市。

フロリアーナの名はイタリア中部の港町、アンコーナから50キロほど南に位置するマチェラータ(Macerata)出身の建築家、ピエトロ・パオロ・フロリアーニ(Pietro Paolo Floriani)に由来する、そうです。

では、なぜ、そのフロリアーニゆかりの名をこの街は持つのか?

ロードス島で、スレイマン1世率いるオスマントルコ軍に1522年、居城を明け渡した聖ヨハネ騎士団は、シチリアやクレタ島などを転々とした後。。。

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毎年、鷹一羽の献納を条件に神聖ローマ帝国皇帝カール5世=スペイン王カルロス1世からマルタを借り受けて居を構えた、という歴史は、皆さんご存じの通り。その後の1565年、日本の歴史では織田信長が美濃に居城を移した3年後。再びトルコ軍による、名高い「大包囲戦」で攻め込まれ、騎士たちの獅子奮迅の活躍でかろうじて危機を脱した後。

それまで、ヴァレッタ対岸のスリーシティーズを居城エリアとしていたが、もっと堅牢な要塞都市を、とヴァレッタの建設に立ち上がり、そのヴァレッタのグランド・ハーバー側、南城壁部分を完成したのが、フロリアーニだった。とさ、と、ネット上のマルタの歴史書に、載っていました。

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ま、だからどうした?? という類いの埒のないハナシでありますが。。。

で。
そのフロリアーナ市に。
シチリア、ラグーザ(Ragusa)に近いポッツアーロ(Pozzallo)とをわずか1時間半で。タオルミナとシラクーサのほぼ中間にあるカターニア(Catania)とをたった4時間で結ぶフェリー専用ターミナルと。
このクルーズ専用ターミナルとがあるワケです。
マルタはやはり、イタリアとは、こんなにも近い。





↑編集時間は、ちょっと長いですが。。。

「ヴァレッタ・ウォーターフロント」の担当者? あるいは、担当セクション??がアップしたに違いない動画は何本も「You Tube」に揃っているようですが、その雰囲気を良く伝えてくれる1本をお借りし、わが旅の思い出の一コマとして、『覚え書』しました。


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中で語られている通り。

こちらは、「クルーズターミナル・プロジェクト」として1200万ドル、アベノミクスで円安に振れた現在の為替レートで換算すると11億円ほどですか? それだけを投じて完成したものだそうです。

かつて、こちらには18世紀、ポルトガル出身の騎士、マヌエル・;ピント・ダ・フォンセカ (Manuel Pinto da Fonseca)第68代騎士団長が建設を命じた倉庫群があり、このため、こちら一帯は「ピント埠頭(Pinto Wharf.)」と呼ばれていたのだそうです。いえ、現在もピント埠頭と呼ばれているようですが。。。


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しかし、倉庫群は第二次世界大戦などで損壊。

ほとんど壁ばかりが残っている状態であったそうで、このため、歴史をさかのぼって、建設当時の姿を復元し、往時そのまま、バロック調で建物群を再現したのが、このウォーターフロントなのだ。とか。


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なるほど。
建物の中央部分に、創建者を記念してか、ピントの胸像が置かれていました。

ピントは、出身地ごとに区分けされていた騎士団のうち、彼はカスティーリヤ、レオン、ポルトガルの騎士たちの、ヴァレッタ市内の宿泊所=現在は首相官邸=である「オーベルジュ・ドゥ・カスティーユ」に属していましたから、そちらのファサードにも胸像が掲げられていました。


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ウォータフロントの建物は、しかし、ドアや窓の色などは創建当初のそれを全面的に変更。ブルー、グリーン、イエロー、レッドの4色が、色鮮やかに塗られています。

これがまた。
繰り返しになりますが、「どこでもドア」のようで、「地中海のドア」でもあるようで、夢、溢れていて。。。

各色はそれぞれ、マルタ特産の食べ物を象徴。
青は魚介類を、緑は農産物を、黄色は穀物を、赤はワインを表現しているのだとか。

そしてこの建物も。
完成と同時に、ヴァレッタの街同様。「世界遺産」のエリアに指定されたのだそうです。


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↑ 客待ち、各引きの現地の観光業者たち。↑かなりな混雑であったが、写真を撮った時は潮の引くようにかなり人数が減っていた。

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繰り返しになりますが。
ホントに、いい感じのエリアでした。
船でやってきて、日帰りの寄港、滞在ですから。。。
コーヒー一杯を飲ませてもらっただけで離れましたが。。。

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最後に。
ほんの3日間ですが、留守にしていました。

スコアは最悪
でした。あ〜〜あぁ〜〜。



 

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コメント(2件)

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hiroshiさん  コンニチワ~~

マルタ・バレッタ港の様子楽しみました。
おかげ様の画像です。
それから〜 やはり、あの美しい窓の画像なんとも個性的でナイスな画像です。
マルタ港に行きたいです。 無理かなあ〜?

動画もナイスです。 Msc・アイーダ・QE・トムソン・セレブリティ・ロイヤル・カリビアン 等々 
まあ〜 いろんな様子が素晴しい。 トランクの扱いも〜 大砲打つ様子も迫力です。良い動画でした。  

  

ジャンレノさんのトヨタのも良いですよね〜
何だか日本人? って思える露出度のジャンレノですね〜〜


それから〜 あの龍&虎のお口の場所にいらっしたんですか?  まあ〜〜〜〜  早わざです。 
たえこ
2013/03/05 16:20
たえこさん、こんばんは。

コメント、いつもありがとうございます。

>やはり、あの美しい窓の画像なんとも個性的でナイスな画像です。

ね? そうですよね?
なかなか魅力的ですよね。
2004年の初クルーズ時には、工事中で随分汚らしかったですが、こんなにも素敵な環境になるとは、予想外でした。

>ジャンレノさんのトヨタのも良いですよね〜

いいですよね〜。たけしもナイスですし。音あの男の渋みを感じます。車もいいですよね。クラウン。

>あの龍&虎のお口の場所

あちらは、船で行くならばともかく、飛行時間はほとんど日本国内とほほ横並びほどの近さですから。。。映画一本見終れば、ほとんど空港は到着したも同然ですよね。
hiroshi
2013/03/05 20:32

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