潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS 栄光の騎士達最後の拠点。マルタ、騎士団長宮殿へ。

<<   作成日時 : 2013/03/11 23:02   >>

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マルタ、ヴァレッタに寄港して、“定番”観光地へ行った、と前回、書きました。
で。前回でヴァレッタ寄港編「覚え書」は終わろうと思ったのですが。もう少し続けることにしました。


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さて。
では、その“定番”観光の一、二を争うポイント、といえば。
やはりこちら、「騎士団長の宮殿」が、その一つ、でしょうか。

前回こちらを訪ねた時より、もう8年も経っていたたもので、すっかり忘れていましたが。。。
こちら、入場にはオリジナル・パスポートが必要でして。。。

いえ。
今回のクルーズでは、ヴェネツィア出港直前に、こういうことがあったもので、以降、船のキャビンのセフティボックスに置きっ放しなどにはせず、きっちり、肌身離さず持参して下船してはいたのです。

が、以降、どちらの港でも、帰船時にオリジナルパスポート・チェックなどは一度もなく。。。持って出たはいいものの、少々億劫でもありました。失くすと厄介ですから。


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しかし。
いざ、こういう風にパスポートお預かり、と言われると。素直に「はい」と差し出せない。

だって。
身に付いちゃっていますよね。命の次に大切なパスポート。粗末にすれば罰が当たる、と。
他人に預けるなどとは、許されない。
あっさり受け渡ししては、自己管理能力不足のようで、恥ずかしい。

第一、日本人として、誇りがゆるさない。もってのほか。
クニに帰れなくなったら大変だし。。。


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中庭には、ジャカランダが満開だった。

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で。
ならば、こちらは、入場しない。
入ンね。入らねぇぞ。

と一度は思ったのですが。
せっかく来たのに、建物前を通過するだけではもったいなかんべ。と。

結局。
渋々。

肌身離さず。。。ズボンのベルトのお腹側で身を隠している“隠し貴重品ポケット”から、近くのトイレでパスポートを抜き出して。
叱る後、「騎士団長の宮殿」の中庭のチケット売り場へ。

そちらでは、これまた。

昔の西部劇映画の銀行の窓口風景そのまま。
強盗団の襲撃からお宝を護るがごとく、鉄柵で護られている事務室内側へ。
柵の下から「どうか無事でいておくんなせぇ」と祈りつつ、パスポートを差し出し預けて。
宮殿へ入場しました。

預けたパスポートが無くなったらどうしようと。後ろ髪をひかれる思いでした。。。


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騎士団。

騎士団。。。と聞くと。
映画好きであった母親に連れられて、まだ少年であったころ、ワケもわからないまま観ることになった映画館を、思い出します。

観た映画は「三銃士」。

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といっても。
いえいえ。
2年前の秋に公開された、「三銃士/王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船」では当然なく、はるか、はるか昔に封切られた映画。です。

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当時、こちらはまだ小学生。
これから書く、以下のような映画のディテールは全く知らなかったのですが。。。

ご存じ、アレクサンドル・デュマ原作の三部作「ダルタニアン物語」を原作とする、これまでに何度も映画化されて、20世紀入りしてから製作された映画は優に30本を超す、といわれているうちの、1948年製作分。日本では1952年春に公開されたそうです。主演は、「 巴里のアメリカ人(An American in Paris)」や「雨に唄えば(Singin' in the Rain)」で好演したジーン・ケリーと 「望郷(Homecoming)」のラナ・ターナー。。。

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おまけに。戦後間もなくのあのころは、自転車でやってきてわくわく、どきどき、冒険物語を繰り広げる「紙芝居」屋が我々、餓鬼どもの人気娯楽でした。そしてここでも。「鉄仮面」とか「岩窟王」とかに胸をときめかせて。。。


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と。
長々と書いていますが。

要するに、戦後間もなく。
テレビもない、ゲーセンもない、ましてやスマホもない、ゲームアプリなどまったく知らない当時の子供たち。

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その子供たち、悪がきたちのお遊びのメインは、“ちゃんばらごっこ”であり、その「ごっこ」と一脈通じるところもありそうな西洋チャンバラに、当時の悪がきたちの大半は憧れていたのです。

我々の年代の方々なら、お分かりいただけると思います。。。
右上写真2枚は、エルサレムを撤退した後の一時期、聖ヨハネ騎士団の本拠であった、騎士の砦を意味する、シリアのクラック・デ・シュヴァリエです。

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と言いながら。
ご存じの通り、ダルタニアンら三銃士に登場する彼ら騎士たちと。
聖ヨハネ騎士団とは何のゆかりもなく、まったく別のハナシであり、騎士そのものの持つ意味も違うわけですが。

戦後間もなくの「三銃士」憧れ派であった往時の「チャンバラ」世代のこちらは、聖ヨハネ騎士団にも、そこはかとない憧れがありまして。。。

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右3枚はエーゲ海、ロードス島です。
16世紀に、聖ヨハネ騎士団とオスマントルコ皇帝スレイマン一世との間で、半年間に及ぶ戦闘が行われた場所。

こちらを初めて訪ねた時も、そういうことが最大の動機でした。

中東、シリア、ヨルダンを訪ねた動機の一つもそれでした。

ヴェネツィアゆかりの場所、と、聖ヨハネ騎士団ゆかりの場所と。。。

旅の目的というとちょっと大袈裟ですが、機会を見つけては、これまで、そういう場所も、旅行先に設えて、訪ねてきました。

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だから。
アマルフィの商人たちによって設立された当初の場所、エルサレムのヌリスタン。
さらには、シリアからさらに撤退した後のキプロス、リマソルのコロッシ城。
ほか、まだ行っていない聖ヨハネ騎士団ゆかりの場所も、いつの日か行ってみたいと願っていますが。。。

残る短い人生。はたして実現できるかどうか??


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衛兵交代。

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以下は、騎士たちの武具が並ぶ兵器庫です。

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