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zoom RSS 春の伊旅・総集編その2『チンクエ・テッレとアオスタ谷』

<<   作成日時 : 2013/05/06 13:52   >>

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冒頭の写真は、今回のイタリア旅で第二の目的地。
世界遺産、「チンクエ・テッレ(Cinqueterre)」です。


画像

↑ リオ・マッジョーレ。


ジェノヴァからラ・スペッツィアまでおよそ110キロにわたって続く、ひなびた小さな漁村や美しい砂浜がひっそりと残るリゾートエリア、東リヴィエラ。
その最南端に位置する、断崖絶壁に点在する「チンクエ=5つ」、の、「テッレ=土地or村」、です。

まだ列車が通っていなかった20世紀初頭までは、細い道をテクテク歩き続けるか、船で行く以外に5つの村を訪ねる手立てはなかったそうです。
五つの村とも、ワイン生産と漁業を糧にそれぞれ、9世紀から13世紀ごろにかけて誕生したことを示す資料が残っているそうです。
人口は、最も多いリオ・マッジョーレとモンテロッソ・アル・マーレで1500人前後。最小人口の村、コルニーリアでは、わずか200人台だとか。

画像と。
生意気にも、身のほど知らずが。。。
ガイドブックまがいのことを書いていますが。。。『オルチャの谷』よりもよほど有名な場所ですから、ご存じの方は多いでしょうね。

事前下調べをしていて気付いたのです。。。

アモーレ、カンターレなどと、人生を楽しむことを“本分”とするイタリア人らしく、休暇に合せたオートキャンプ場は5村中、マナローラに一応設置されているようです。
が、日本式の、いわゆる駐車場は、30以上ものホテルが揃っている唯一の街、モンテロッソ・アル・マーレのホテルに泊まってホテルのそれを利用するか、5村近くの、この州の首都ラ・スペッツィアのホテルのそれを利用する以外、車で入ることは駐車スペースを確保することが難しく、現在は、基本的に、土地の人を除いて、電車か船でしか行けません。

画像で。
フィレンツェからこちらを訪ねるには、ラ・スペッツィアから。
こちらの街で宿泊して1日券から2日券、3日券を買って各駅停車の電車で通うのが一番手っ取り早いようです。

といっても、電車は、ほとんど地下鉄並みの運行。
トンネルの中を走る距離の方が海の見える光景の中をいくことよりも断然多く、「トンネルを抜けると雪国だった」ではなく。。。「トンネルを抜けたら駅、そしてまたすぐにトンネルに入った」、という印象の路線。。。

そして。
そんな電車は、それぞれの村の駅を2分から十数分程度の乗車時間で結んでいました。ただし、各駅停車のそれは夏休みでないせいか本数はそれほどなく、40分〜50分に1本程度の運行でした。

その運行時刻表を効率よく利用するように努め、電車乗り放題&5村の博物館などの施設入場券がセットととなった一日券で、ラ・スペッツィアを基地に巡りました。


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画像先だって。
前回のローマからフィレンツェに続いて、今回載せているのは、フィレンツェからミラノまでの間の、つまり、ミラノを経由して帰国し、旅を終えるまでのうちの、撮影分からの抜粋。です。つまり、旅の後編。。。

そのフィレンツェ滞在中のある夜。
食事の後、日本と違って自由にプラットホームなどを歩き回れるヨーロッパの駅好きな相棒に付き合って、サンタ・マリア・ノヴェッラ駅を訪ねたら。。。


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偶然にも、F1グランプリで名高いあのフェラーリ社が中心になって設立したことから通称“フェラーリ特急”と言われる、NTV社の新高速鉄道「イタロ(Italo)」に、8番線プラットホームで出逢いました。

「イタロ」は、ご存じのごとく、昨年春に登場し昨秋にはヴェネツィアへも接続した、旧国鉄のTRENITALIA社に続く、イタリア第二の鉄道会社の流線型、高速列車。

You Tubeで動画をお借りしました。





画像スト騒動やサービスの質などで日本人にも評判はもう一つであったイタリアの国鉄・鉄道網が、複数社体制となって競合し始め、質は幾らか上がったのかどうか?? はともかく。

偶然にも、ヴェネツィア行きの「イタロ」と出会ったのは何かの縁。と。
持参したカメラ3台のうち、この夜は残念にも、ポケットに小さなコンデジしか持っていなかったのですが。。。かなりの枚数、写真を撮り続けてきました。

画像F1グランプリのフェラーリのボディーのごとくの真っ赤な車体。
出入り口には、どう、お呼びするのでしょうか? 
各列車の乗降口ごとに若く美しい、車体と同一イメージの制服をまとったお嬢さんたちがにっこりと笑顔を見せながら立ち並んで乗客を迎え、乗ってみたい!と、食指をそそられました。

画像相棒がカタコトのイタリア語で話しかけて聞いたのです。フィレンツェからヴェネツィアまでの所要時間。
2時間5分、ということでした。

帰国後、ネットで調べてみると。
旧国鉄の後身、TRENITALIA社の、トリノ〜サレルノ間を結ぶ高速新線の特急列車“赤い矢”こと「フレッチャロッサ(Frecciarossa)」に次ぐ「矢シリーズ」の、ヴェネツィアと新線の主要都市を結ぶ高速列車“銀の矢”こと「フレッチアルジェント(Frecciargento)」は、従来の“ベンドリーノ”そのまま、フィレンツェからだと所用時間1時間50分台から2時間20分台。
ということは、「イタロ」は新鋭ながら、走行速度ではもう、先発組に早くも、ほぼ横並び、といえるのではないでしょうか。

昔。。。
老人病ですね。思い出話ですが。。。

19年前にフィレンツェからヴェネツィアまで、映画「旅情」の冒頭部分の描写に焦がれて、初めて電車に乗った時は、所用時間は3時間15分でした。
あれからそれほど経っていないのに。移動時間は、随分短くなったのですね。。。


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↑ ↓ ピサ。

↑から、以下、今回の旅で巡った順に、写真を置き並べました。


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↑ ↓ ラ・スペッツィア。

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↑ リオ・マッジョーレ。

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↑ リオ・マッジョーレとマナローラの村の間の、海際の断崖をうねうねと抜ける全長およそ1キロほどの、知る人ぞ知る「愛の小道」は、昨秋の落石事故の修復工事はまだ終わっておらず、閉鎖されていた。

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↑ ↓ さらにその下も、マナローラ。

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↑ コルニーリア。

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↑ ヴェルナッツア。

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↑ 断崖の狭いスペースに造られた駅は余裕の空間がないため、プラットホームはトンネルの中まで延びる。ヴェルナッツアで。


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↑ ジェノヴァ。

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↑ トリノ。

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↑ スカルマーニョ。

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↑ アオスタ。

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↑ イタリアの国立公園第一号の「グランパラディッソ」の一角、リラッツ村。

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↑ 同じくジミラン村。↓ そして、そちらから眺めたモンブラン=モンテ・ビアンコ。アルプス最高峰のこの山は、フランス側から眺めた、いわゆる“モンブラン”の姿で有名だが、“後姿”の、イタリア側から眺めたモンテ・ビアンコも、なかなかどうして、美しかった。

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↑ 同じくコーニュ村。

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↑ ミラノ。







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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
hiroshiさん こんばんは

とても良いお天気に恵まれて、カラフルな街並みが、より鮮やかに見えます。
フェラーリ特急に巡り合えたのは、幸運でしたね。
F1フェラーリの車体の色と同じイタリアンレッド。
あの色はとても不思議な色で、晴天下で見た時と、曇りや日陰で見たのとでは、全然違う色に見えてしまいます。
この列車が陽の光を浴びて走っているところを見ることができたら、本当に刺激的な色に感じられるでしょうね。

素敵な写真を見せて下さって、ありがとうございます。
次回も楽しみにしています。
ぽんぽこりん
2013/05/06 19:27
ぽんぽこりんさん、こんばんは。

ご無沙汰しています。
といいながら、ぽんぽこりんさんのブログは時折、拝見させえていただいているんですよ。ご専門の分野のお話、知識がないものでコメントも残せず、ご無礼しています。

そして。
そうですか、F1グランプリのあの名門チームのことについてもお詳しいんですね。フェラーリのあの車体色、おっしゃるとおり、キレイな色ですね。

そして、確かに幸運でした。
ヴェネツィア好きの自分にとっては、あの列車がローマ行きとかミラノ行きではなく、ヴェネツィア行きであったことが、なんか、とてもラッキーであったような気がします。「どうだ、もう一度、映画「旅情」のように電車でヴェネツィアへ入ってみないか、と、そう言われているような、そしてもう一度、あの街を訪ねてもいいぞと、許しを得たような。。。そんな気がして、なにか、とても温かな気持ちになりました。
年齢の面で、そして金銭的。。。そうなんですよ。そろそろクルーズとか旅とかは切り上げなければいけないかと、わが家の大蔵大臣が申し始めておりますもので。。。許しを得たような気分になったんですね。

もう一度、あの街で10日間くらいは滞在できるような気がしてきました。
hiroshi
2013/05/06 23:02
〜上から続く〜

>素敵な

写真撮影のお上手な方からそう言っていただけると大変うれしいです。
次回は、再び、古いハナシですが、一年前のクルーズ談義に戻るつもりです。

これまでの旅で完結したハナシは少ないものですから、少しは完全にハナシを終わってみたい。そういうことで、前回のクルーズは何とか完結してみたいのです。
あまり面白くもないハナシになるでしょうが、ご覧いただくだけでハッピーです。よろしくお願いいたします。
hiroshi
2013/05/06 23:03

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