潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS なぜか好きな、三輪自動車。ソレントで相次ぎ遭遇。

<<   作成日時 : 2013/06/21 21:01   >>

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今回の旅で、「三輪車=three wheeler」、日本語で言うオート三輪、に。
相次いで出会いました。
イタリア“名物”、ピアッジオ(PIAGGIO)社の「アペ(APE)」です。


画像

なんとまぁ、楽しそうな三輪自動車か!

この車。
戦後間もなく、昭和23年、1948年にイタリアで生産が始まり、六十数年を経た現在でもなお、連綿と製造され続ける三輪車、「アペ」の4種類の車種のうちの、21世紀に入ってから開発、販売が始まった気鋭の新開発車。それまでの荷物運搬を目的とした車ではなく、初めて、人を乗せる目的の車で、名前は「アペ・カレッシーノ(APE CALESSINO)」。一見、ゴルフ場のカートにも似てみえ、海に浮かぶヨットのイメージもあり、リゾート感覚にあふれる。

カレッシーノって、英語で言えばバギー(Buggy)、日本語で言えば一頭立ての軽装馬車、くらいの意味にあたるのだろうか? 

電動車で、お値段は2万ユーロほど、と聞いた。
この車は、ソレントではなく、ソレントを訪ねた翌日、チヴィタヴェッキアで下船したのちに訪ねた、ローマ随一のショッピング街、コンドッティ通りに近いスペイン広場の、スペイン階段下で撮影。




画像↑ その「カレッシーノ」に出会った前日、2012年6月11日、月曜日。
ナポリからソレントへとやってきた日の思い出談義を。まだ、長々と続けています。
といっても。それも、今回が最後ですが。。。


以前、コトルで三輪車に出会ったハナシを「覚え書」しました。

あの車は、ともに後姿であり、初めて見た車両で、車名、車種などを確認できなかったのですが。。。
モンテネグロ、もしくは、かつてのユーゴスラビアのどちらかの土地でも、現代でもなお、三輪車が製造されているのだと知って、ちょっと感動しました。

画像三輪車。

マニアの方ならばご存じでしょう。

実は、イタリアでは。
大都市はともかく、田舎の小さな街では、さして珍しくない、細い街筋に溶け込んだ、いかにもイタリア的な、街の日常の風景のひとコマの主人公であり、ありふれた搬送車、輸送車なのです。

あの三輪車の社会の中での位置づけを日本でたとえれば、田舎で普及している軽四トラック、くらいにあたりましょうか。
ただし「アペ」は、エンジン排気量はもっと小さく、最小エンジンモデルはわずか50cc、日本の軽四クラスの約13分の1。郵便配達屋さんがまたがる小さくて真っ赤なバイクの、あれのエンジンと同じ程度しかありません。

画像だから、というワケではもちろん、ないのですけれども。
結構可愛くて、好きなのです。あの三輪車。


三輪車は、昔、日本にもありました。

「オート三輪」と呼ばれ、戦前から結構、田舎町でも走っており、我ら世代が子供のころ、終戦直後の日本では、炭を燃やして発生したガスで走る木炭車、木炭バスと並ぶ、大事な輸送道具の一つでした。

わが祖父も父も、運送業をやっていたワケではもちろん、なく。
農家でもなく。
大きな荷物やモノを運ぶ必要もなければ縁もなかったにも関わらず。なぜか、わが家にも「くろがね」という名のオート三輪がありました。

こちらが小学校から帰ってくると、ちょうどそのころ、勇退して家督も父に譲った祖父が、車庫代わりの物置の前にそのオート三輪を引き出して、ボロ布で丁寧に、丁寧に、毎日のようにエンジンや車体を磨き上げていました。

子供のころの、思い出の一つ。です。


画像「三輪車」には、もう一つ、子供のころの、忘れられぬ思い出があります。
大東亜戦争さ中の、こちらはまだ幼かった、三歳児のころ。
父の仕事の関係で祖父達と離れた土地で、父母姉妹たちと暮らしていたころ。

戦時中の当時としてはちょっと珍しかったのですが、前輪は大きく後輪二輪は小さな、かつて19世紀、前後の車輪の大きさが異なる背高のっぽの自転車がロンドンの街中を走り始めたころのイメージに似た、真っ赤なパイプフレームの三輪車を持っていました。
母方の祖父に買ってもらった玩具で、ちょっと自慢でもあり、大事に、大事に使っていました。

で。
近所の仲間に見せて、どうだ、すげぇだろ、と胸をはってみたくて。子供たちの遊び場であった横丁によく持ち出したのです。
持ち出すと、近所のガキ大将をはじめ、年長の子供たちが珍しがって、乗せろ、と群れ寄ってくる。。。

画像見せるだけならいい、というか、こちらのいやらしい自慢心を満足させてくれる歓びなんだけれども。
内心、乗せるのは絶対に嫌なんですね。
彼らに貸して、彼らをその三輪車に乗せると。真っ赤な鉄パイプの美しい車体や、踏み込むペタルが汚く泥に汚れ、あとで磨くのが大変だから。。。そうです。母親にしっかり教育されて、このころはもう、自分のことはたいがい、自分でやっていました。。。そして、乱暴に扱われて、万が一、赤い塗料が剥げ落ちたりするかもしれない、から。

しかし一方で。
ケチだとか意地悪だとか、彼らに思われるのも嫌だ。
それに、年上の少年たちばかりだから、断ったりして、以降、遊んでくれなくなったり、いじめられたりするかもしれないのも避けたい。。。

画像わずか三歳ながら、頭の中であれこれ思案し、どうすれば悪く思われずに、こちらの思いや心配もなるべく損なわれずにこの苦難?の時を乗り越えられるか、などと。三歳にして早くも、損得勘定や生きる術を計算して人と接していました。こちら程度の、出来の悪い人間は。

で。。。。
これは、戦後、父とともに一家で祖父の元に帰り、祖父母と一緒に暮らすようになった後。
こちらが小学生になったころに聞いたハナシですが。。。

祖父は、父の元を訪ねたら大概、こちらは横丁に三輪車を持ち出していて。。。なんで懲りなかったのか?

ガキ大将やその取り巻きたちに三輪車を奪われたごとくに乗り回されて、時には二人乗りで遊ぶ彼らの後尾を、涙をぽろぽろこぼしながら、追っかけ、追っかけ、走り回っていた、そうです。

「嫌なら横丁へ持ち出さなければいいし、返してほしくなった時はキチンと“返せ”と言えばいいものを。泣きながら、自分の三輪車を乗り回している子供に、お追従、言っていたんだよ。おまえは」。



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画像


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↑ 「ヴィッラ・コムナーレ」という名の、ソレントの漁港に面した、海際の断崖の上の公園。
↓ その公園から、初めてこの街へ来た時以来2度泊まった、ホテル「ブリストル」が見えた。このホテルは、さらに丘の上にあり、ベランダからは眼下にナポリ湾とソレントの街が一望で、とても眺めのいいホテルだった。



画像「お追従」。。。
確かに。
祖父からこう言われたとき。
その時の記憶が、同じくその時に感じた、そういうゴマをすっている自分自身に対しての自己嫌悪の気持ちと共に。しっかりとよみがえってきたのを覚えています。
こちらに対して優しい気持ちになってくれれば。こちらの気持ちをわかってくれて、仲間外れにせずに、早く三輪車を返してくれるかもしれない。。。そんなことを思っていたんですね。

嫌な餓鬼だったです。
わずか三歳にして、はやくも、権力者に媚びていたのでしょうか。世渡りの術を既に覚えていたようで。可愛げがなかった。。。

画像そして。

そういう、ガキ大将をはじめ、強い者たちへの追従の日々が続いて。。。
楽しくなかったですね。その街では。

やがて、間もなく、日本は。
米軍のB29大編隊の日本爆撃が日増しに増えていって。敗戦の色が滲み出しはじめて。。。

父は、祖父の元へ。さらに、祖父の家から、祖父の知人を頼ってもっと田舎の村へと、我々兄弟姉妹、子供たちを疎開させました。

こちらが満四歳を超えて間もなく、終戦。
父の家のあった街は、終戦直前に空襲に遭い、父の家は、街のご近所の家々と共に焼け落ちました。


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↑聖フランシスコ教会。

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↑ 旧市街の城壁。


焼け野原となったその街の、かつて暮らしていた父の家を、父母や姉とともに、後かたずけのために訪ねた時。
昔、玄関であったあたりの、焼け落ちた瓦屋根の小山の下で。

真っ赤な塗色の鉄パイプの三輪車は、車輪、三輪のゴムタイヤだけは燃えて溶け、失せていましたが、パイプフレームの車体は、しっかり、残っていました。
ただし。
ガキ大将たちが汚い泥靴でペタルや車体を汚したのとは比べ物にならないくらいに、真っ黒に焼け焦げていましたが。。。
ただただ、無性に涙が零れ落ちました。

今も現役で走る、イタリアの「アペ」のような三輪車が好きなのは、きっと、そんな、三歳から四歳のころの思い出の影響かな? と。失った大切なモノへの、今もっての、無意識下の愛着なのかな? と。
そう思います。





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↑ 寄木細工も、ソレントの名物だ。ソレント半島のどの街でも売っている陶器も、味わい深い。

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と。
かく、寄港地、ナポリのクルーズターミナルへ帰った。のであった。


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