潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS 世界一美しい、の広場目指して。モンタルチーノ出発。

<<   作成日時 : 2013/11/02 17:38   >>

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いま、悩んでいる。
画像この9月下旬に始めた人生の総仕上げ、すなわち、生まれてこのかた、生きてきた間にわが身辺にたまり、こびりついた「ゴミ」の後始末について。
捨てるモノか? はたまた、わが没後、この世に残していっても家族たちに迷惑をかけない、放置して逝っていいものか? 
なかなか見分け、区分けがつかない。

家の中の「着ない」、「使わない」、「いらない」、モノたちの消去作業。
つまりゴミ回収日に町内のゴミ捨て場行き仕分け作業というのは、こんなにも難しいものであったのか。。。

「To be or not to be, that is the question」。
「あるがままに。捨てざるべきか。それとも。捨て去るべきか。それが問題だ」。
シェイクスピアのハムレット、の心境、に似た心地で悩んでいる。

その典型的な例が、旅の記念品のかずかず。
たいした値打ちはないのに、思い出だけがいっぱいに詰まっている。そういう、雑器や小物たち。

そして、その代表的な例が、引っ越し時にふる里のわが終の棲家に運び込んだまま、10年近く放置しっぱなしであった陶器類が入った段ボール箱から出てきた、一枚の灰皿、というか絵皿。。。

画像この皿。
すっかり忘れていたが、今から十数年前、タオルミナのホテルに連泊した折、フロントを総括していらっしゃった、今は亡き、とても気のいい、温かな心根のイタリア人から頂いたものであった。

さすが、接客業で鍛え上げられた細やかな神経と記憶力に優れた方で、アジアの東の果てからやってきた、宿泊たった2度目の我々夫婦の姓はもとより、名前まで間違いなくしっかりおっしゃっていただいて、胸が熱くなるほどに感動した。

画像そしてその時。このホテルでの最後の夜。わざわざ部屋までお訪ねいただいて、この一枚の皿をもいただいたのであった。

その方のことをこの「覚え書」をはじめ、いくつかに書き残してきた。
長い交流のあった人ではなく。旅でほんの数回、出会っただけの、行きずりの異国の方であったが。。。わが人生で、忘れられない人、十指に確実に入る、思い出深いお一人であった。「。。。あった」と、過去形である。

画像この皿。
品物としてはごくありふれたスーベニール、言っちゃあ失礼だがチープなホテルの記念品に過ぎないため、昨日に発見するまで、いただいたことさえすっかり忘れていた。

で。
この皿。
捨てるべきか? 捨てざるべきか?

連れ合い、相棒は「捨てないで。モノには執着しないけれど、思い出は大切にしたい」と。
う〜〜ん。ウ〜〜ン。。

皆さん、どうしているのかなぁ。
こんなことで悩むのは、アホなわが家だけなのかなぁ〜。

●雑談、修道院だった、ホテル談義。

画像ハナシは変わるが。。。

このホテルは、ヨーロッパで数多い修道院を改造したホテルであった。
修道院を改造したホテルは、個人的に、なぜか、好きなのである。

勝手な思い込みであろうか。
祈りの場としての歴史を積んだ建物には、静謐で清廉な落ち着きがある。
いや、あるような気がする。

そしてこの手のホテルの客室は、静かに質素に修行を積んだ修道士たちの個室をそのまま客室に造りなおしているから、概してスペースは狭い。修道院時代の僧室を2つつないで1室に改造した部屋を持つのが一般的だけれども、それ以上、僧室3つ、4つとつないで一室に改造したホテルも結構あるにはある。だが、それでもなお、現代のホテルのフロアスペースレベルに比べると、さほど広いとは言えない。

画像だが。
言っちゃあなんだが、こちらは閉所恐怖症はなく、終戦十数年後の高度成長期のとば口にようやくたどり着いたばかりの日本の貧しい時代に、3畳大ほどの広さしかない学生寮の一室で必死?

(こう書いた翌日朝、つまり、たった今。連れ合いが、これを見たらしく、「ウソ、書いてるね!」と言ってハナで笑った。確かに。必死で勉強などはしなかった。必死で?あそんでいた、かも?? とほほ)

必死?に。。。に勉強したり、仲間と徹夜で麻雀をうったりした経験も、短い期間ではあったが持っているもので、狭い方がかえって落ち着く。

つまり。
個人的には、僧室のような質素で狭い客室にも、違和感は全くない。

さらに、修道院であったホテルにはたいがい、趣のある四角形のパティオ、中庭がある。
これがまた、好みなのだ。
アザレアやバラをはじめ、背丈の低い叢樹で彩られた、四角く狭い、小さな緑の吹き抜けの空間は、晴れた日も雨の日も風が吹き渡り、時にはまばゆい太陽の光が、時には澱んだ鈍色の雲間からのほの暗い微光が差し注ぎ、建物の中に居ながらにして、自然を目いっぱいに感じられる。日本の寺の石庭の風景にも一脈通じる匂いがあり、居心地が良い、ときている。

画像これまで旅で出会ったホテルのうち、一番気に入ったホテルも、この手の、元修道院ホテルであった。

レオンの、パラドール・サン・マルコス=右写真=がそれである。
このホテル。
造りも良かったが、もっと良かったのは、スタッフの質。2020東京オリンピック誘致成功を機に「おもてなし」の言葉がちょっとしたブームになっているが、まさに、おもてなしの心を知っているホテルであった。同じスペインの、まだ現役のころにたった一晩だけ泊まった、アルハンブラ宮殿敷地内に建つ、パラドール・グラナダ=右、3枚上写真=も同じように良かった。

元修道院ホテル、といっても豪華、華麗な高級ホテルとは限らない。
むしろ、そうでないホテルの方が断然多い。
レオンのサン・マルコスや、ミラノの最高級ホテル、フォーシーズンズ=右、2枚上写真=のようなレベルの高い豪華ホテルの方が、かえって珍しいのではなかろうか。

画像元修道院ホテルは、静謐、清潔、機能的ではあるものの、質素で庶民的な味わいのそれの方が断然多いような気がする。

たとえば。
生まれ変われるならば、15〜16世紀ごろの共和国時代の船乗りとしてがいい、などと時折、本当に夢見る、大好きな街ヴェネツィアでは。

ラグーナの中の島一つがまるまる、つい20世紀末までは廃絶された古い修道院であったサン・クレメンテ・パレスをはじめ、ジュデッカ島のザ・バウアー・パラディオ=右上写真=など豪華なホテルもあるにはあるけれども。

画像宿泊料金も雰囲気も、もう少し庶民的な。。。といっても、需給のアンバランスから、ヴェネツィア本島のホテルはどちらも、たとえ2つ星、3つ星クラスでも値段は超一級だが。。。ヴェネツィア本島をバードアイで眺め下ろして魚にたとえれば、そのシッポ、東に連なる本当の端っこの島、サンタ・エレナ島=右写真=のホテル、サンタ・エレナをはじめ、サンタルチア駅前近くの、文字通り「僧院(Abbazia)」という名を持つホテル、アバッツィアなど、我々クラスでも泊まれそうなホテルの方が結構数多いのが、うれしい。

ヴェネツィアでは元パラッツォ、貴族の邸宅を改造したホテルが多いし、それはそれで大変魅力的ではあるが、ホントはやはり、元修道院であった方のホテルが、より好きである。






画像


画像



画像と。↑ 雑談、余談ばかりの『覚え書」を、随分長々と。。。

で。
今回は、本筋の旅の「覚え書」の文字数を少々割愛して。。。

画像2013年4月21日、午後遅く。

モンタルチーノを離れて、およそ40キロ北へ走って、世界一と言われる美しい広場を街の中心に持つ、この地域の県都、シェナへ向かった。

画像この日も変な天気で、晴、

画像曇り。

そして。ポツポツ、ポツ、っと、降ってるのかそうでないのかわからない程度とはいえ、小雨が車のフロントガラスを濡らす天気が、短時間でめまぐるしく、交互に繰り返した。

画像モンタルチーノから10キロ余りは州道ブルネッロ線を。

ブォンコンベント(Buonconvento)村の手前で、カッシア街道に合流。

画像この道も、いかにもトスカーナの雰囲気に似合って、緑の大地を見下ろす、ゆるい坂道が上下する尾根筋を登ったり下ったり。
画像
1時間足らずでシェナの旧市街、西郊に近いリベルタ広場近くの公共駐車場に着いた。


画像




画像駐車場から街のセンターへと向かう木立道、ミッレ通りを旧市街へ向かって歩き始めたら。
通り左側の、木立とフェンスで囲まれた崖下にあるハズの市立スタジアムから、時ならぬ歓声とどよめきが。目隠し役を果たす木立を縫って流れてきた。中で何事が行われているのか?
何度か覗き込んでもはっきりしなかったが。。。

しばらく後。
イタリア人男性にとっては切っても切れない関係、と言われる、サッカーの試合が行われているのだとわかった。
7〜8分のち。スタジアムへの出入り口の一つがあるドメニコ広場まで到着したところで知るのだが。セリエAの、地元、ACシェナが、この日午後3時からホームスタジアムでベローナのACキエーヴォと対戦中であった。

画像セリエAの試合など見たことがなかったもので、当日券を買って入れてもらおうと思ったら。
「もうすぐ試合は終わりだよ」ということで、既にチケット販売など終了済み。雰囲気だけでも見せて欲しいと頼み込んで、中へ入れてもらったら。。。スタジアムへのとば口で、大歓声、というか、大きなどよめきと同時に、出入り口から続々と観客が飛び出してきた。

ACシェナは、どうであったのか? 勝ったのか、負けたのか?
帰宅を急ぐ人々に聞くまでもなく。その表情で、地元チームの敗戦がすぐにわかった。

後刻、知るのだが。。。
試合はシェナ 0ー1 キエーヴォ。1点差で敗れていた。
かてて加えて。
シェナはこの前のシーズンの八百長事件に巻き込まれて、2012〜2013季はマイナス8のペナルティ付きでゲームをスタート。でありながら、戦績は振るわず、セリエBへの降格か、何とか残留できるか、の瀬戸際に追い込まれていたのだった。

画像そんな中で。
この試合よりも前、5試合。シェナは2勝3分けで負けなし。シェナのサポータたちは、ひょっとすると、残留できるのでは、と胸を膨らませていた中での、敗戦であったのだそうだ。

ご愁傷さま、と。
雨で濡れた路上を旧市街の家路へと急ぐシェナ市民の肩を落とした姿に、心の中で声をかけた。そして、今期は。。。ACシェナはセリエBへ。この日の天下分け目の敗戦も影響して、しっかり降格させられていいる。

帰宅する群衆の脇で。
スタジアム横のドメニコ広場からは、旧市街中心の、世界一美しいと言われるカンポ広場の、高さ102メートルのマンジャの塔や、ドゥオーモの、13世紀に建造された白黒横じまの鐘楼が。。。
懐かしく。目に飛び込んできた。


画像


 





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