潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

アクセスカウンタ

zoom RSS シェナ、煉瓦敷き詰めたカンポ広場で。写真約100枚。

<<   作成日時 : 2013/11/05 16:13   >>

ナイス ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 0




2013年4月21日夕刻。
午後4時半過ぎに、シェナに入った。


画像



春の天気は穏やかで観光に絶好だ、と言われるトスカーナで。
前回に[覚え書」したように。
モンタルチーノからの途中、晴れたり曇ったり降ったりと、空模様はめまぐるしく変わるクレイジーな天気であった。
到着したシェナでは強めの雨が降り続いていたとみえ、旧市街に入ると石畳道は黒く濡れて光っていた。


画像



世界のワインマニアに知られる、イタリアの国中の著名ワインを一堂に集めたイタリア唯一の国立エノテカ、いわゆるワイン蔵のあるメディチ家の要塞脇から、つまり、街の西端の一角から、城壁に取り囲まれた旧市街に入り、駐車場に滑り込んだ。

インフォメーションでもらった地図によると。
こちら、要塞から東北東へ、直線距離でおよそ800メートルほどで、街の中心、カンポ広場。
曲がりくねって続く街中の道をたどる実測距離では、1キロ余り、ほどだろうか。

そのほぼ中間にあるドメニコ広場までの行程を、前回に「覚え書」した。
ACシェナがホームで敗退し、地元っ子サポーターたちが肩を落として急ぎ足で帰路を急いでいた、というハナシである。


画像その画像を撮った、聖女カテリーナを祀るサン・ドメニコ教会の前にある小さな広場。

この教会の鐘楼脇から。
下る谷を挟んで、対岸の丘に広がる市庁舎やドゥーオモを臨む旧市街センターエリアの写真を載せたところまで、「覚え書」したのであった。

画像サン・ドメニコ広場で写真を撮ったあと、一直線に向かったのは。。。

シェナを訪ねる誰もが急ぎ足で真っ先に向かうに違いない、「美しさ、世界一」と言われるカンポ広場。

画像暗灰橙色の、俗にいう“シェナ色”のテラコッタ屋根を置く4〜6階建ての家屋群に囲まれた、谷底のような路地を縫う道筋は、陰り始めた日差しのせいでほの暗く、濡れた石畳道は光を吸い込んで余計に暗く黒く、どことなくおどろおどろしい印象さえあった。

画像「今日は、カンポ広場だけで(観光は)おしまいかもね」と相棒。

雨の具合もあるし、こちらも、そうか、なるほど、そうかもしれないと、この時は思った。

画像

画像

画像

画像


サン・ドメニコ広場からおよお10分ほど。
広場へ入る最後の通り、チッタ通りから短い階段を駆け下りると、赤茶色の煉瓦を敷き詰めたカンポ広場と、広場正面のパラッツォ・プッブリコ、現在の市庁舎の赤い建物が、目の前に広がった。


画像


画像


画像


画像午後7時のクローズまでまだ時間はあったものの、今回は登らなかったが。。。

広場の市庁舎、プッブリコ宮に連なる高さ102メートルのマンジャの塔から眼下を眺め下ろすと、帆立貝型の広場や、取り巻く街の家並、屋根の連なりが見事である。

画像なるほど。
これが、シェナのカンポ広場の美しさは世界一といわれる理由か、と納得できるのだ。

はるか遠くには、幾本も糸杉の並木道を置く、トスカーナの緑の大地が見えるし。。。


画像昔。ふた昔ほど前。
ツアーに参加して初めてこの街を訪ねた時。

その旅行社のツアコンから聞いたのだが。
「好きなイタリアの街」で、日本の旅好きな人たちに、つまり、この会社主催のイタリアツアー参加者たちを対象にアンケート調査したことがあり、結果、シェナは見事、ベッスト7入りしたのだそうな。

指折り数えあげてみると。へぇ〜と、驚く。

画像だって。
イタリアの有名な、日本では中学校の社会科、世界史編の教科書に出てくる程度の名前を数え上げるだけで、ローマ、フィレンツェ、ヴェネツィア、ミラノ、ナポリ、ジェノヴァ、ピサ、ポンペイなどなど。
社会科、近代工業編となるとこれらの街に加えて、車のトリノ、学術都市ボローニャなど。さらにバイオリンのあの名器からクレモナ、オペラのヴェルディでヴェローナ、カンツォーネからサン・レモなどと、音楽の授業で街の名前がいくつか出てくるし、図工ではミケランジェロやダ・ヴィンチゆかりの都市が次々に教科書に出てきて、義務教育中に憶えるイタリアの街の名前だけで軽く15や20を超える。

というわけで。
「なるほど」と、とりあえず納得しつつも、厳しい競争をかいくぐってシェナはよく食い込んだなと。感心した記憶がある。


画像


画像



カンポ広場は、毎年7月2日と8月16日の2回、広場のコースに砂が敷き詰められ、臨時の馬場が出来上がって、地区代表の騎手が裸馬にまたがって広場を3周する地区対抗レース、「パリオ(Palio di Siena)」が有名だ。

昔。まだ若かりしころ。まだこのレースについてはもちろん、街のことも知らなかったころ。
仕事で訪ねたローマのホテルで。テレビのニュースでこの激しいレース結果が報道されているのを見て、さすがイタリア、日本と同様、鎌倉・室町時代のころに誕生したイベントがいまだに続き残っているのかと、ちょっとこの国を見直した記憶がある。
他の若い世代の皆さん同様、こちらもまだ当時は若輩者で、世界の国々についての知識が浅いのに、自国へのプライドだけは妙に高い、浅薄型人間の一人だった。

画像このレースの結果は、日本でも最近、ニュースで取り上げられているのを何度か見るようになった。
今年も、レースが終わった数日後、ある旅行番組の終盤にアナウンサーが伝えていた。

で、あらためて、ネットでググってみたら。。。
今年は7月がコントラーダ(地区)、ガチョウ組、8月がコントラーダ、イルカ組が、それぞれ、イタリアの有名な作家たちがデザインしたというパリオ、優勝旗を手中にしていた。

画像このレース。
毎回、出走出来るのは、動物や鳥、虫などをシンボルとした、旧市街のコントラーダと呼ぶ地区、計17のうち、10地区の代表騎手のみ。出場できなかった7コントラーダは次回には必ず出走出来、次回は出走順でない残る10コントラーダから抽選で3地区のみが選出される仕組みで、5月に行われるその抽選会から、広場は熱く盛り上がるのだそうである。シンボルの、フクロウや竜、鷲などを描いたコントラーダの旗が市庁舎のベランダに表出されて抽選会は終わるのだという。


画像シェナの街中の壁に。そのシンボルマークをいくつか見た。
そのマークの旗の下で、それぞれの地区の住民はカンポ広場で一つになって、暑い季節を迎えると、熱くこのレースで盛り上がるのだろう。

レースを見てみたいと思い続けてきたが。。。夏休み期間の旅はもう、生涯無理だと思う。夢で終わった。残念。


画像


画像


画像



もう4〜5年前になろうか。
パリオは、映画「007」シリーズの一作、「慰めの報酬( Quantum of Solace)」にも、以下のごとく登場していた。
You Tubeから動画をお借りした。







画像4月21日夕刻の広場では。
多分、学生だと思うが、可愛いお嬢さんたちが集団で記念写真を撮っていた。
皆さん、ひょっとしたらモデルさんではなかろうか?と思うほどの可愛いお嬢さんたちなもので。
一枚、撮らせてもらった。

時間が時間だからか? それもと、今にも降りだしそうなお天気のせいか? 
人影の少ない広場で、このグループの華やかさは際立っていた。

画像やがて。
見上げると、雲が次第に切れ始めて、かすかに太陽が透けて見え始めていた。
今夜は晴れ上がるのだろう。
黄昏のしじまの中で店先の光が明るくなり、観光名所に向けられたライトアップの光が、次第にくっきりと色を増し始めていた。

 


テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 4
ナイス ナイス ナイス ナイス

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文




会社設立 大阪市
   
アクセスカウンター
出会いライブチャット出会いモバコイメル友

シェナ、煉瓦敷き詰めたカンポ広場で。写真約100枚。 潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる