潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS 伊、美術3都のうち。シェナ派の殿堂、ドゥオーモへ。

<<   作成日時 : 2013/11/08 13:43   >>

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シェナ。
前回のカンポ広場に続いて、今回はドゥオーモの「覚え書」である。
こちら。ルネッサンスの主役「フィレンツェ派」、光を鮮やかに描く「ヴェネツィア派」とともに、イタリア美術界に燦然と輝く「シェナ派」の拠点の一つで、期待に胸が高鳴った。


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画像その前に、カンポ広場の写真を、もう一度。


やっぱり、ホントにこの広場は美しい。

扇のかなめの位置にあるプッブリコ宮に向かって正面、左右から、なだらかに敷き並べた煉瓦床が下降していく、独特の漏斗状形状の形と色のせいであろうか。


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画像そして。
この広場は、太陽の光に照らされていた方が絵になる。加えて、広場には観光客を中心に人々であふれていた方がもっと雰囲気はいい。さらに、その人々が広場に座り込んでいると、一段とこの街に似合って見える。

画像音楽か映画か、はたまた小説か、の影響だと思うが。。。

世界の街には、晴れが似合っている街、霧がお似合いの街、雨でこそ雰囲気満点の街、雪がイメージの街、など、いろいろとあるではないか。

画像たとえば。 シェルブールを訪ねる日は傘をさしてのんびり歩いてみたい「雨」であってほしいのに、ピーカンのお天気だったり、ピンカラリンと晴れていてほしいのに重い雲が垂れ込めている→ワイキキなどは、ちょっとがっかりだ。ほんの短時間の雨で、のち、もう一度、この島へやっておいでと虹が差し渡るのならば大歓迎だが。。。



画像その、明るい日差しこそお似合いの、世界で一、二を争う美しいカンポ広場からドゥオーモまでは、距離およそ200メートル、歩いて5分足らず。


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右手に洗礼堂、左手に付属美術館、正面に、出入り口上部の壁面に大時計を置くサンタ・マリア・スカラ救済院が見えたら、ドゥオーモのファサードはもうすぐ。洗礼堂と大聖堂を分ける大壁の窓の向こうに、まだ、真っ白な下弦の月が見えていた。。。


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こちらもやはり、カンポ広場同様、旅ごころをくすぐる魅惑的な場所だ。
ともに、世界遺産の街、シェナを代表する“顔”であるから、当然と言えば当然なのだろう。


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ドゥオーモは、イタリアはもとより世界中で、単に「シェナのドゥオーモ(Duomo di Siena)」と呼ばれるが、正式名称は、「聖母被昇天メトロポリターナ大聖堂(Cattedrale Metropolitana di Santa Maria Assunta )」という名を持つ。白大理石と黒、というか、濃い目の緑色の大理石のツートンの外壁が、美しい。


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この、白と黒の二色。
ギリシャ・ローマ神話をいわれとする、そうだ。
そうそう。
ローマ建国物語のあの有名な神話、雌オオカミとその授乳で育った「ロムルスとレムス」の物語、である。

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ドゥオーモの一角の塔の上に、オオカミと乳を飲む乳児像はあった。


〜〜〜さぁ、さぁ、お立合い、紙芝居だよぉ〜〜。

現在のローマの南に。
昔、あったとさ。アルバ・ロンガという王国が、あったとさぁ〜〜

画像〜その王国の王に対して。
地位を奪った弟が新王に即位し、王を追放、王女を巫女として追い出したが、その巫女が、軍神マルスに一目ぼれされて双子を出産。新王は、この幼子が成人した折に復讐するのを恐れ、篭に入れてテベレ川に流した。幼子たち、兄ロムルスと弟レムスは雌オオカミに育てられ、やがて二人してこの王を倒し、祖父を再び王の地位につける。
二人はその後旅に出て、七つの丘のある土地、ローマにたどり着き、新しい国を開いた。

だが。。。
その後二人は対立し、ルールを破った弟は兄に殺される。〜〜

画像と。
ここまでは、良く知られるローマ建国神話であるが。。。

続編がある。
シェナ誕生の物語だ。

〜さて。
死んだレムスには、セニウスとアスキウスの二人の息子がいた。
二人は密かにロムルスの目をかいくぐって北にのがれた。たどり着いたのがトスカーナの大地。二人はそこで新たな国づくりを始め、シェナはこうして誕生したのである。そのセニウスのシンボルカラー白、アスキウスのシンボルカラー黒をもって、シェナの色と決めた。。。


画像というわけで。
シェナでも雌オオカミと二人の乳飲み子像は、この大聖堂前を筆頭にあちら、こちらで見られ、シェナの傘下に入った、この街の前に訪ねたモンタルチーノでも見られたのだ。
そして。シェナの紋章は白と黒。大聖堂も白と黒。


画像ちなみに。

ローマのシンボルの→雌オオカミと乳飲み子像と、↑シェナのそれは、形は似ているが、写真のごとくちょっと違うのだ。


画像今回の旅で、先だって訪ねたモンタルチーノも、シェナの領土に加えられた以降、同じシェナの象徴像が建っていた。



画像と、わき道にそれたが。。。

シェナの大聖堂は、イタリアン・ゴシックを代表する建物、とよく言われる。
確かに、中世に相争ったライバル都市、→フィレンツェのサンタマリア・デル・フィオーレ、花の聖母大聖堂ともよく似たイメージで、ファサードはゴシック、しかしよく見るとロマネスク。

画像ゴシック建築生まれの土地だと言われる、イタリアから見ればゴート人の土地、つまり片田舎という蔑称で見られた当時のフランスやドイツ、さらには英国などのゴシック様式の大聖堂である、天を衝く威風堂々の、パリ、→ノートルダム大聖堂やシャルトルの大聖堂、ケルン大聖堂、ウエストミンスター大聖堂、ミラノ大聖堂と少しイメージは違う。


画像性差別だと叱られるかもしれないが。。。
人間の女性にたとえれば、シェナのドゥオーモは、“美人系”ではなく“かわいい系”かな? と。そう思う。
自分は、つんとしまして見える美人系の女性よりも、ふっくらとしたかわいい系の女性の方が好きだから。このドゥオーモやブダペストの↑マチューシュ教会のごとくの、ちょっと小さめの、可愛い教会が好みなのだ。

 

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コメント(3件)

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お早うござます、hiroshiさん。
今日は、お仕事がお休みで午後から学会に出席する迄に
時間が有るので、コメントを入れられて嬉しいです。

良い街ですね〜、シエナ。
あの広場はすばらしかったです。
でも、学会でシエナ郊外にある医学部に毎日フィレンツェに通ったので、あまりシエナの街を良く知りません。

こんなに素晴しい街なのに、のんびり出来ずに残念でした。

「シエナ色」まさにその通りのカラーの街なのですね。
こうやってhiroshiさんの写真を見せて頂くと、もう一度チャンと、シエナを見て見たいと思います。

レセプションで、とても大きな立派な、宮殿の様に見える建物に入りました。あれは何処だったんだろう。

学会の晩餐で、前庭に広い葡萄棚の或るお屋敷で行きました。
アペリティフはお庭で。あれもどこだったんだろうな?

hiroshiさんのお写真を見せて頂いていたら、急に記憶が戻っていて、チャンと覚えておけば良かったと公開しています。

教授の飛行機は予定にないウィーンの降りての給油で、
何時迄待ってもフィレンツェのホテルにお尽きにならないし(別便だったので)

学会はシエナ市内のシエナ大学でかと思いこんでいたら、郊外の医学部棟だと分かり、真っ青になり、タクシーで駆けつけたり。

その他にも色々あって、折角少ない時間、眺めたシエナの街がしっかり記憶に定着していません。

あの時のおぼろげな景色や、出来事が、hiroshiさんのお写真で舞い戻って来ました。

有り難うございます、hiroshiさん。
murmur1
2013/11/09 09:50
murumuru1さん、こんばんは。
コメント、ありがとうございます。
シェナのお話、そうそう、お聞かせいただいたこと、しっかり覚えています。この春、こちらの街でも、せんせいのお話を思い出していました。

今朝家を離れて、いま、せんせいのテリトリーの、同じ空の下のホテルにいます。小さな文字盤が苦手で、帰宅後に改めてお返事させてください。
hiroshi
2013/11/09 20:40
murmur1さん、
再びの今晩は、です。

↑で、先生のお名前、しっかり日本語になっていますね〜。
やっぱり、小さな文字盤は嫌ですねぇ。

シェナのお話。
シェナ大学の医学部ってどちらにあるのか知らないもので、グーグルの地図で見てみました。高台にあるシェナの旧市街から一度降りて、駅を挟んでさらに南にあるんですね。カンポ広場近くのシェナ大学の場所は知っていますが、こちらからだど距離はおよそ1キロちょっと、くらいですか? タクシーの拾える広場まで出て、タクシーで10分ほどですか?

昔、ツアーに参加してこの街へ連れてきてもらって、あのあたりの新市街のホテルに泊まったことがあります。多分、お安いホテルであったのでしょうが、近くに緑いっぱいの自然が美しい公園があって。環境的にはナイスなエリアでした。

あの時は、たしか、フィレンツェで5泊されたのでしたよね? フィレンツェもいい街ですね。ただし、旧市街でも車がいっぱい入ってくるので、あれほどの大都市になると少々うるさいですが。。。

>学会の晩餐で、前庭に広い葡萄棚の或るお屋敷で行きました。

どちらのお屋敷だったのでしょうね。おっしゃるような体験がないもので、大変うらやましいです。

シェナは、人口は5万人少々。このくらいの規模の街が、イタリアでは一番面白いですね。人口、多くて5000人止まりの小さな村はそれなりに魅力的ではありますが、夜が寂しいです。

しばらく、PCはノータッチでした。
少し前に帰宅しました。
お返事、大変に遅れました。
hiroshi
2013/11/14 20:37

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