潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

アクセスカウンタ

zoom RSS ちょっと休憩。ベネツィア談義をしばし。

<<   作成日時 : 2013/11/21 21:50   >>

ナイス ブログ気持玉 7 / トラックバック 0 / コメント 4




昔。3年ほど前に。

ヴェネツィアのスキアヴォーニ河岸で、目の前のラグーナをゆっくりとアドリア海へ向けて出港していくフェリーの写真を撮った。


画像



このフェリー。
総勢12隻を擁する、ギリシャのアネック・ラインズのフェリー、「ソフォクレス・ヴェニゼロス(SOPHOCLES VENIZELOS)」という名前である。

「ソフォクレス」は、残る仲間のフリートともに、ヴェネツィアのフェリーターミナルを毎日正午に出港して、ギリシャのイグメニッツア、コルフ島に途中寄港し、最終地パトラへは、船によって若干異なるが、翌日午後10時ごろに到着する、アネックの定期航路・メインラインの“代表選手”なのだ。

画像実は。
クルーズ船に関心はあるけれども、フェリーにはあまり興味はない。

でありながら、なぜ、このフェリーの写真を撮ったか?

この写真。
実は。
日本の、ホンモノの“船ちゃん”にとっては、きっと、垂涎の一枚であろう、と思う。

「クルーズ船に乗るのは、キミにとってそれは旅だからなのか? 
それとも、船そのものに興趣尽きぬ船マニアだからなのか??」、と。
昔、クルーズの面白さを知らぬある知人から聞かれたが。。。

自分のような「旅好き主流、旅の一環としてクルーズも愛している」程度の船ファンにとってはどうってことのない写真であり、船なのだけれども。ホンモノの「船好き、クルーズ・マニア」の方ならば、きっと、後生大切にアルバムに綴じ込みになるに違いない、貴重な一隻の船の写真なのである。

画像なんとなれば、この船。
人間にたとえて語れば、生まれも育ちも、れっきとした“日本人”なのである。

生まれは1990年、日本の三菱重工下関造船所。育ちは東日本フェリー。「へるめす」の名で、同年7月からアネックに売却される1998年まで直江津〜室蘭・岩内を結んでいた。

総トン数29900トン、全長192メートル、全幅27メートル。日本のクルーズ船「にっぽん丸」や「ぱしふぃっくびいなす」よりも大きいのだ。

ギリシャに移ってから船内は改造され、乗船客数は1500人、積載乗用車は最大703台。
船内には、クルーズ船のごとく、レストランやカフェ。バーなどはもとより、カジノやプールまであり、最高速度も25ノットと早く、アドリア海を行くフェリーの中でも抜群の人気を誇るそうだ。

さすが。
日本生まれの“やまとなでしこ”。
故郷から遠く離れた異国で。。。もとい、遠くj離れた異海で、けなげに頑張っている姿はとても美しかった。

そうそう。
そしてこのアドリア海には、日本生まれのフェリーが、まだまだいる。。。


画像



では。
その船の写真を、上の写真あたり、つまり、サン・マルコ広場前、プンタ・デラ・サルーテ=サルーテ教会の岬の先端=近くで3年も前に撮っていながら。

「イタリア旅行記、ルネッサンスの“シェナ派”」のハナシを書いている途中で中断までして。
なぜにまた今回、今ごろになってこちらに「覚え書」したのか?

答えは簡単で。

ヴェネツィアのラグーナ、サンマルコ広場前を往く船は、たった3万トン足らずしかなくても、島の中から海上を眺めると、とてつもなく大きくて、こちらが委縮するほど威圧的に見える。

ましてや。3〜4年前から始まった、デイリー・テレグラフニューヨーク・タイムスなどのマスメディアに掲載され続けた巨大クルーズ船の姿は、こちらのような、たかが通り過ぎるだけの旅人にとってさえ、いかに衝撃的な光景であることか。。。

以下、サン・マルコ広場前を行くクルーズ船から世界遺産の街ヴェネツィア本島の写真を撮ると。
乗るクルーズ船の大小の違い、つまりトン数の違い、もっと判りやすく言えば、撮影場所の水面からの高さの違いで、どの程度、ヴェネツィア旧市街の眺めが異なって見えるか、の対比が目的。
昔、こちらはカメラは使わず、ビデオカメラ派であったため、その当時のビデオ映像からの静止画もあり、そのため低質な画像も混じっている。



まず、↓122,400トンの大型船の16デッキ、水面からの高さはおよそ60メートル足らずか?

画像


画像


ついで、↓107,500トンの船の12デッキ、自室のベランダからの撮影。水面からの高さはおよそ50メートルほどか?

画像


ついで、↓82,500トンの船の7デッキ、自室のベランダからの撮影。水面からの高さはおよそ25〜30メートルほどか?

画像


、最後に、↓ヴァポレット、水上バスの2番線のデッキからの撮影。水面からの高さはおよそ2メートルほどか?

画像



もう一度。
本題に戻って。。。

下写真は、今度、ヴェネツィアで96,000トン以上の大型船の通行禁止などの規制が始まる、右のジュデッカ島と左の本島の間で、画面中央で右下から画面左やや上へ向かって流れるジュデッカ運河。飛行機の窓辺の下方、直下に見えるのは、大型クルーズ船の停泊港、マリッティマ埠頭。
続いて、ジュデッカ運河沿いにサンタマルタ埠頭、サン・バシリオターミナルにも船が停まっているのが見える。

画像



はるか一千年以上昔、ラグーナの中のいくつかの島を寄せ集め、街を作って、やがて中世には世界有数の海洋共和国となった歴史を持つこの街、ヴェネツィアに住む人々は、海と波との脅威に、格別臆病、というか、敏感な気がする。

画像19世紀。

ナポレオンに敗れて支配された時代、彼は、ヴェネツィアの近代化に着手して、逆S字型に大曲がりするカナル・グランデの効率化を目指して、サンタルチア駅からカナル・グランデの下流近くまでをショートカットする、、左上地図の点線で表記した、そして、左下にサンタルチア駅前からの入り口写真を載せた、現在のリオ・ヌォヴォ、新運河を作った。

画像



画像そして、この運河は、この街で撮影された映画「旅情」の時代は、水上バスの通過コースであった。


画像中途の小運河同士がクロスする、消防署近くの小橋脇地点で、ヴェネツィアの運河中でも唯一の交通信号機が設置されていたが。。。


画像その後、大型バスが巻き起こす波は運河沿いの住宅を破壊すると、バスの通行を禁止。

ヴェネツィアで唯一、しかも運河のそれとしては世界的に珍しい「進め」、「停まれ」を指示する信号機も外されてしまった。こちらでモトスカーフィと呼ぶ水上タクシーが運河を通行中、信号から少し離れた位置でおのれの進む先の信号機が青なのを見て、スピードを上げ、強い波しぶきを立てる乱暴で不埒な操縦が相次いで、周囲の運河周りの壁を破壊し始めたため、だとか。

この街の完成した中世にはなかった、この街に似合わぬ現代の「不埒」な交通手段が、この街に中世から続くゆったりとしたリズムを、ないがしろにし始めたためであった。


画像



そしてまた。
自分が、この街発着の初クルーズを体験して再びこの街に帰ってきた2004年5月下旬。

この街は、サンマルコ広場近くで座礁した、当時のドイツのクルーズ船「モナリザ」(28,900トン)の、以下の話題で持ちきりであった。

。。。<ヴェネツィアに入港しようとしていたクルーズ船「モナリザ」は、5月12日早朝、サンマルコ広場近くのラグーナで霧のため操船を誤って、浅瀬の汚泥に乗り上げて座礁した。幸い転覆は免れ、けが人もなかったが、ヴェネツィアの街並に近く、クルーズ船の来港が増えている現在、街に及ぼす今後の影響について憂慮される>。。。

この船、1966年に建造された船で2010年に引退し、韓国の船会社に引き取られて、現在、オマーンでフローティングホテルとして使われているのだが。。。

ヴェネツィア市民の、大型クルーズ船への警戒意識が芽生えたきっかけの出来事であったのではなかろうか。
その後、例のコスタの事故で決定的に大型船に対する見方が変わったように思う。


画像



ヴェネツィアの人たちの水に対する警戒心が高いのは、何世紀もの間、ラグーナの水と戦ってきた歴史の所産ではなかろうか。

川から流れ込む土砂でラグーナが埋まるのを防ぎ、海からの高潮から街を護り。水の管理に苦闘してきた1000年以上にわたる歴史の結果ではなかろうかと思う。
日本人が、地震と津波に神経を鋭敏にするのと似ているように感じるのだ。

晩秋から早春にかけて、季節特有の南風にあおられてアドリア海から押し寄せる高潮と、ラグーナ対岸の大陸側の工業地帯の地下水取水による地盤沈下が複合的に被害を拡大してきたアクアアルタに対処して、ラグーナとアドリア海を隔てる3カ所の潮門に、海の底に沈めた堰が高潮襲来時に海底から立ち上がって潮止め役を果たし、入出港する船はその堰の脇の閘門を通過する仕組みを盛り込んだ巨大プロジェクト、「モーゼ計画」は、あと4年で終わる。

アクアアルタはその時点で解決する、と、この街の人たちは期待している。

残る対策は、大型クルーズ船であったのだろう。


画像



というわけで。

ヴェネツィア随一の眺めのいい水域と、クルーズファンにとって感動的なその水域を通る船の通過コースはいま、一つの曲がり角を迎えている。

その歴史的な一つの転機にあたって。
ヴェネツィア・ファンであり、同時にクルーズ旅に惹かれる一人の人間として、今の気持ちをこちらに、ぜひとも「覚え書」しておきたかった。


「曲がり角」とは何か?
このニュースのとおりである。

概略で。
曰く。

「2014年1月より、ジュデッカ島とヴェネツィア本島の間のジュデッカ運河を航行するクルーズ船のうち、4万トンを超えるクルーズ船の通船数を2012年比、20パーセント削減する。
さらに。
2014年11月以降からは、96,000トンを越える大型船は完全にジュデッカ運河の通航を禁止する。

エンリコ・レッタ伊首相は運輸大臣、文化大臣と協議して、ルッカ・ザイア・ヴェネト州知事とジョルジオ・オルソン・ヴェネツィア市長に提案し、今週初めに決定した」

このニュースに対して。
ここ数年、ジュデッカ運河からの巨大クルーズ船排斥運動を続けてきた環境保護団体は「はじめての勝利」と語った。。。


画像



ということで。

先ほどのフェリー談義の続きだが。。。

たった3万トン足らずでこれだけ威圧的に見えるのだから。
10万トン超えの大型クルーズ船となると。
この街に住んでいる人々の一部に、いかに多大な心理的なストレスを与え、日常生活でさまざまに影響を及ぼしてきたか、簡単に推測がつく。

クルーズとは。

我々クルーズファンにとっては、たかが「脱日常」「非日常」の。。。
こう表現すると怒る方もあるかもしれないが。。。
ひと言でいえば、たかがお遊びの世界。
ちょっとゴージャスでセレブティックで享楽的な雰囲気と、旅に耽溺し、ショーやダンスにときめき、酒に酔い、ことのついでに時には船酔い?をも経験する、生産活動とは無縁の享楽のひと時に過ぎない。


画像



その享楽のひと時。

実は、大好きなのである。
「酒なくて、何のおのれが桜かな」並みに、「クルーズなくて、何のおのれが旅ごころ、かな」とさえ、思うほどにクルーズ船が好き。

なかんづく。
その船が、今度、規制の始まる、ヴェネツィアのこの水域を船で通るひとときが大好きなのだ。

そして。

この世にクルーズ・シップなる船があることを知ったのも、ちょうど10年前、実はこちら、ヴェネツィアのスキアヴォーニ河岸で、だった。
サンマルコ広場前のラグーナを行く、「あっと驚くためごろお〜」ほどの巨大船。
といっても、後刻知るのだが、たかだか6万余トン、クルーズ船としては、当時でもまだ、中型船程度であったのだけれども、これまで見たこともないほどに巨大な船に見えた。。。

で。

そういう大好きな、こちらの好みの5万トン〜7万トンクラスの船はもとより。
それ以上の巨大船には、この水域では今後、絶対に乗らない。と。

固く誓った心を「宣言」として、ここに「覚え書」しておこう。

今回は、そういう魂胆のハナシである。

画像意気地がないことに。

他人さまも、ひょっとすると、通りすがりに目通ししていただける??かもしれないネット上のブログに。
かく宣言しておかないと。
この水域、ジュデッカ運河からサンマルコ広場前へと通過していく大型クルーズ船のめくるめく魅惑世界から、抜け出せそうにないからである。

2004年初夏の初クルーズから始まり、昨年初夏まで何回か楽しんだ、あのときめきの感動を、毎日毎夜、夢か幻か、もう一度何とか、などと。
うつうつと悩み続けそうだから。
いっそ「宣言」して、無理やり納得させてしまおうという、自己暗示、自縛の「日記」が今回である。

なぜ、そう悩むのか?
悩むならば船に乗ればいいではないか。

そのとおり。
その通りなのだが。。。

これから先、2年後を推測し、見通してみると。

どうやら、この水域を今後何年間も間違いなく通り続けられるのは、どうやら、4万トン以下の船に限られる雲行きのようである。
いや、まだそうとはっきりわかったワケではないのだが。。。


今回の規制により、4万トンを超えるクルーズ船が2年後以降に通るコースは、左上地図の、本土の工業地帯、マルゲーラ港へと向かうオレンジ色の上に点線が描かれた貨物船ルート。途中からクルーズ船は分岐し、あらたに深さ10メートルへ浚渫工事が行われるサンタンジェロ運河を経て、これまでと同じクルーズ船埠頭、マリッティマ港へと入る予定のようだ。


で。
数少ない情報の中で、これからは、4万トン以下のクラスの船を選び続ける、と覚悟さえすれば。
多分、悩まなくてもいいらしい、見通しではあるのだが。。。

4万トン以下の船なんて。
ほとんどがラグジュアリー・クラス。
乗船料は1泊につき4桁ドル以上、が一般的ではないか!

以前、一度だけこのクラスの船に乗ったが。。。我々貧乏リタイア世帯では、1キャビンにつき1泊あたり1,000ドルを超す超豪華なクルーズ船など、夢のまた夢。そうそう何度も、このクラスの船に乗り続けるなどということは絶対に許されない。←断固として、きっぱりと断言
で。残る生涯で、たった1回だけ、もうこの世におさらばしていきそうな死に際に限って許す、と決めている。

それ以上は。。。懐具合の関係で、乗れない、乗れない〜〜。うわぁ〜〜ん

いたしかたなく。

画像4万トン超えのクルーズ船が来シーズンから、あるいは再来年からあらたに通ることになるらしい、上地図でオレンジ色に点線のマラモッコ〜マルゲーラ間、途中で分岐してマルゲーラからマリッティマ港へ通じる長さ190メートルの、2年間かけて浚渫、拡幅する上地図で点線のサンタンジェロ運河を通るとすれば。。。

まずは、アドリア海とヴェネタのラグーナを結ぶ3カ所の潮門のうち、マラモッコの出入り口から。。。

マラモッコは、大陸から避難した現在のベネツィア民の先祖たちが、最初に造った街だ。
ラグーナの堤防のようにアドリア海とラグーナの間で南北に延びる長さ約10キロほどのリド島の、南端近くにあるアルベローニの街がそれ、さらに南に位置する、宿敵ジェノヴァと戦った古戦場、キオッジャとともに、以前から一度行ってみたいと思い続けてきたが。。。

河出書房新社のルカ・コルフェライ著、中山悦子訳による「図説ヴェネツィア・水の都歴史散歩」に掲載されているマラモッコの写真掲載ページをそのまま、左上でお借りした。


画像


上写真の左上が、その貨物船ルートのアドリア海からの入り口。船は引き続き、右下へと進んで、陸地近くまで進んだところで、陸地に沿って左手のマルゲーラ港へと進む。

引き続き、このコースを通れば。。。

果たしてどんな景色が眺められて、どんな面白いことが、ひょっとしてひょっとすれば、ありそうなのか。

画像途中、50近いラグーナの島のうち、水流調節のためのサンピエトロ八角島や14世紀まで独立した自治体であったポヴェーリア島など十数個の島近くを通るそうだが。。。

画像きっと、見どころはやはり、船首に近づいてくる、はるか海上に遠望できるヴェネツィア本島旧市街なのではなかろうか。

多分。
ホノルル空港に到着した朝、あの独特の暖かい空気の中で、はるか東に遠望できるワイキキの景色のように、魅惑的に見えるのだろうと思う。

画像やがて、マルゲーラの工業地帯が見えてきて。

画像リベルタ橋と鉄道橋と、走る電車、さらにはピープルムーバーが見えてきて。

画像大型船の入れぬジュデッカ運河の北端に着き、ザッテレの岸辺が青いラグーナに映えて美しいのに感動し。。。

画像マリッティマ港の埠頭が見えてきて。

画像その港内に船がはいったところで、東を眺めると。
目の前、180度に、迷宮都市、ヴェネツィアの街の屋根が真っ赤に広がっている。。。

と、ここまで書いてきて。。。
ハタと気付いた。

やっぱり、このルートも、一度は乗ってみるべきかも。。。

 


テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 7
ナイス ナイス ナイス ナイス
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
hiroshiさん!!こんばんは。そして本当にお久しぶりです
いつ来てもとってもきれいな写真と多才な内容に感激してます
海の青色がとってもとってもきれいで。
いい景色ですね。

私も元気にウガンダで活動してます
あっいうまの2年です
来年2月に日本帰国予定ですよ♫
最近は、少し忙しかったりで更新できてませんでしたけど。。。また少しづつやっていきます(>。<)
あおちゃん
2013/11/25 05:38
あおちゃん、こんばんは。

元気なんですね。

ブログの更新がないものでちょっと心配していましたが、昔からよく言うとおり、『便りのないのは元気な証拠』と思い、きっと仕事が充実しているのだ、と考えていましたが。。。

その通りだったんですね。

>あっいうまの2年です

そうですね。
月日のたつのは早いももので、もうすぐですね〜。

あと3カ月ほどで、ご帰国ですね。
一段と大きなお気持ちになってお帰りになることでしょう。

ブログ、楽しみにしています。
hiroshi
2013/11/25 20:42
hiroshiさん こんばんは

ご無沙汰しています。
藤原さんの掲示板では、私の誤解を生みやすい表現の為に、大変失礼いたしました。

ベネチアを大きさの違う船で訪れると、あの水路沿いがどのような風景で捕えられるのかが、今回のhiroshiさんの記事で、とても立体的に理解することができました。
貴重な写真をありがとうございます。
あの街には、もう一度、訪れてみたいと思っています。
素敵な街ですよね。

ところで、飛行機の窓越しの写真(B767のような・・・)は、どうやって写ルンですか〜?
上手く撮られましたね〜〜
ぽんぽこりん
2013/11/27 19:18
ぽんぽこりんさん、こんばんは。

留守にしていて、お返事遅れました。

>飛行機の窓越しの写真(B767のような・・・)

お褒めいただいて、大変に嬉しいです。 が。。。 ご承知かもしれませんが、飛行機のこと、まったく知らないのです。昔、ぽんぽこりんさんに教わった通り、スッチーさんに写真を撮ってもいいかどうかお聞きしたうえで、コンデジで、発行禁止にしてオートでシャッターボタンを押しているだけの、素人腕前(涙)です。相変わらず。

3年前の撮影ですが、この時は、フィウミチーノ空港から昼過ぎにマルコポーロ空港へアリタリアで向かって、偶然、アドリア海側の座席に入れて、連れ合いの横でただただシャッターボタンを押し続けただけでした。全部で10枚くらい撮りました。

ヴェネツィア、お互いに、あの水域をまだまだ通ってみたいですね。自分は、今度は一度だけマラモッコから入るルートを通ってみて、以降は4万トン以下を狙ってみよと思っています。
hiroshi
2013/11/28 21:03

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文




会社設立 大阪市
   
アクセスカウンター
出会いライブチャット出会いモバコイメル友

ちょっと休憩。ベネツィア談義をしばし。 潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる