潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS サン・ジミニャーノへ。巡礼道や宿場の街、時折見ゆ。

<<   作成日時 : 2013/12/10 14:32   >>

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画像2013年4月22日、月曜日。

午前中にシェナを出発。
サン・ジミニャーノへ向け、北上しました。

左写真は、別カットを一度、載せましたが、シェナ旧市街のはずれ、ドメニコ広場から眺めた、太陽の光を一面に浴びるシェナ旧市街の中心エリアの丘。右に一部見えるのはサン・ドメニコ教会。

画像トスカーナのこの辺りは。。。

といっても、イタリアならば、どちらへ行っても似たようなものですが。。。

。。。緩やかに起伏する丘に葡萄畑が広がり、オリーブ畑の銀色の細い葉が陽光を撥ね返す美しい田園地帯の中に、魅惑的な中世の街が、道路沿いにひっそりと、いくつも息づいているエリアです。


画像で。
その通過ルート。

シェナからは。

ローマ時代から続く、日本でたとえれば東海道、中仙道のような存在の古道、カッシア街道(Via Casia)をしばらく走って。


画像以前、一度だけ立ち寄ったことのある、かつての都市国家シェナの、敵対する北の強国・フィレンツェに対する前線基地であった城塞の村、モンテリッジョーニ(Monteriggioni)の街外れのインターチェンジで。
高速フィレンツェ〜シェナ線に上がりました。

画像今回は立ち寄りませんでしたが。。。

モンテリッジョーニは、周囲およそ570メートルほどの城壁に囲まれた小さな村で、中央にローマ広場、広場の前に小さなゴシック教会がある、30分ほどで村中の観光を終えられるほどのかわいい村でした。


画像しかる後。

これまたシェナvsフィレンツェ時代に要塞の地として誕生した古い小さな村、コッレ・ディ・ヴァル・デルザ(Colle di Val d'Elsa)。。。

残念ながらこの街は訪ねたことがありません。
古い、味わいのある村のようです。。。

画像今回、助手席の連れ合いは上のごとく、木立に阻まれて撮影に失敗しましたが。。。
以前、シェナ〜フィレンツェ線に乗った時の→ヴァル・デルサの様子です。

。。。この村の北外れの、Colle di Val d'Elsa nordインターで高速を降り、SP=ストラーダ・プロヴィンチアーレ(Strada provinciale)、市道=1号を通って、目的地、サン・ジミニャーノへと入りました。


画像


画像



画像通り抜けた道沿いで。
あの「祈りの道」、フランチージェナ街道(Via Francigena)を、時折、遠くに望めましました。


これまで何回か書いてきていますが。。。

画像ヨーロッパ、カトリック信者たちの、サンティアゴ・デ・コンポステーラ、そしてエルサレムとならぶ三大巡礼路のうちの一つ、ローマをゴールとする、フランチージェナ街道

巡礼の道は、はるか離れた英国のカンタベリーを基点に、ローマまで続く距離、およそ1600キロ。

画像街道はこの辺りでは。

細かく分ければ。
10世紀に誕生した古道が一つ目。
次いで、新しい村や教会を結んで12世紀ごろに古道にとって代わった、10世紀の道よりも少し東寄りに並行して走る新しい道。

などと。
南北に並んで3本〜4本ほど異なる道筋があるようです。

画像その複数のルートとも、我々がこの日、シェナからサン・ジミニャーノヘ向けて走った、

シェナ→モンテリッジョーニ→コッレ・ディ・ヴァル・デルザ→サン・ジミニャーノ

の街を宿泊場所や休憩場所、つまり巡礼の句点の街として利用しています。
ローマへ向かう際は、巡り方は逆となるワケですが。。。

画像上で挙げた巡礼路の公式サイトのガイドによると、その巡礼路、カミーナ・ディ・フランチージェナの全1600キロのうちでも、ここらあたりは「全ルート中、一、二を争う景色の素晴らしい道筋」とガイドしています。

道は。
そのほとんどは、雑草が路ばたを飾り、雨が降るとぬかるむ、昔ながらの土の道。

時折、ホンのわずか、車も走る舗装済の、現代では一般交通路や自動車道として使われている区間と重なっていますが、車の通る現代の街道や州道、高速道を走っていると大半は、巡礼路に近づいた時に遠くから望見出来るだけだったもので。。。

画像加えて、春まだ4月。
巡礼路を歩くにはまだまだ寒く、巡礼者の姿はまったく見かけませんでした。

で。

You Tubeから、この巡礼路の美しさをお借りしました。









画像カトリック信者たちの三大巡礼路のうち。
昔。
カミーノ・デ・サンティアゴ(Camino de santiago)の、スペイン・エリアのホンの一部だけを、飛び飛びに歩いてみたことがあります。

信仰心とは無縁の、観光がメインで、あとは、名高いあのルートを眺め見てやろうという、やじ馬根性、物見遊山の旅に過ぎず、歩くよりも車や電車で移動するのがほとんどの、ある意味、情けない旅、でしたが。。。

ヘミングウェイの小説「日はまた昇る」の舞台でもあったパンプローナ、ブルゴス、レオン、セブレイロ、サンティアゴ・デ・コンポステラへと、2週間ほどかけて巡りました。

画像当時の日記を。。。

。。。これは、現在ただいまのこの雑文書き殴りの『覚え書』のごとくのPC上のそれではなく、ホンモノの、旅の途中でしたためた旅日記で。。。

あのころはまだ、熱心に、本当に旅日記をつけていたものです。。。

画像。。。日記を引っ張り出してきて開いてみると。

「パンプローナ。
カテドラルは、カスティーリョ広場から歩いて5分。回廊はスペインゴシックの好例。カテドラル前の広場から北西に向かうと、細い石壁に囲まれた中世そのままの面影のレディン通りに出る。突き当りはナバーラ王国当時の城郭の一角。

画像ナバーラ美術館にはローマ時代のモザイク、12世紀のロマネスク美術品、ルネッサンス絵画などが展示されている。
闘牛場の入り口にヘミングウェイの石像。「ノーベル賞文学者、パンプローナを描きその名を広めた、この町の友人であり、この町を最も愛した人」の碑文。

想像していた以上の結果である。
古い時代から続く信仰の道や通商路、商業路などに沿ったヨーロッパの街は、とてつもなく魅惑的だ」。


カフェでコーヒーを飲みながら走り書きした記憶が残っていますが。。。↑こう書き残しています。


画像ヨーロッパの巡礼の道沿いのエリアは、観光で訪れるにあたって。
中世の古い街に心惹かれる人間には、格別魅力的です。

なぜか?

信仰の道は、聖地参拝の栄光を獲得するそのステップとして、修験道、としての味わいをも同時に持っていたからではないでしょうか。
平地を馬車で駆け抜けられる程度の安易な道ではなく、巡礼しながら自らの精神を高めていく、そいういう修行道でなければ、カトリックの「巡礼道」は、存在出来なかったのだと思います。


画像日本では、いくつものタイプの巡礼の道があります。

うち、わが父は晩年、伊勢神宮や出雲大社、高千穂神社など、神社仏閣のうち、好んで「神社」を対象として、その神社の近くの温泉を結び付けての遊び旅を年に数回、続けていました。

もちろん、もちろん、申すまでもなく。「祈り」よりも、遊興がメインであったことは間違いありません。

さすが。
敬虔な「祈りの域」には到達できそうもない、不出来な、わが家系の人間であったわけで。
あの当時の父と年頃も似てきた、現在ただいまの自分と引き比べて、なるほど、「この親にしてこの子あり」。神がご覧あれば、親子そろって、どうにもならぬ浅はかな家系の人間だわい、とお笑いになるに違いない。そういう結果を、深く納得するワケです。

画像ハナシを元に戻して。

カトリックの人々の「巡礼路」を、こと「祈りの場」としてとらえれば難易度さまざまな、日本の巡礼の道にたとえてみれば。

「お伊勢参り」のごとくの、温泉に入ったりおいしいものを食べたりしながら物見遊山するそれではもちろん、あろうはずはなく。

何回かに分けて弘法太子ゆかりの札所を巡る、どこから始めてどこで終わってもいい「お遍路さん」のようなそれでも、もちろん、なく。

画像「熊野古道」のような厳しい修験の道こそ、イエス・キリストの教えるカトリックの巡礼路であったのではないでしょうか。

だからヨーロッパでは必然的に、巡礼の道は、そこそこの山岳路や道なき道のごとくの荒れ野を行く、比較的こ険しく厳しい雰囲気の場所が選ばれていった。。。

当然として。
そんな、交通のあい路のような地区にある街は近世以降、産業革命を契機に始まった近代化、効率化社会に、置き忘れられたように取り残されていった。

交通の便も労働者の通勤の便も、水の便など社会インフラも悪いから、街に工場はやってこず、商業もそれほど盛んにならず。

結果。
トップランナーは新しい時代の装いで街の生産性や規模、活力を次々に飛躍させて行ったのに反し。
これら巡礼の道沿いの街は、一周遅れ、二周遅れのランナーのように、中世そのままの雰囲気から脱皮できず。
良く言えば、古い時代の味わいを残し続けている。。。

そういうことではないでしょうか?


画像


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シェナから、走行距離にしておよそ48キロ。50分ほどでサン・ジミニャーノの街はずれの駐車場に着いた。
そちらから歩いて5分ほど。旧市街の南側のサン・ジョバンニ門に。巡礼者や観光客の休憩のための、古い街には不似合いと感じるほどのモダンなベンチと、猫が出迎えてくれた。


個人的な好みですが。。。

車の入ってこない、水の中の都、ヴェネツィアが好きです。
似たように。
たとえばカルカソンヌとか、今回巡ったピエンツアとかモンタルチーノとか、さらにはチュニジアやモロッコの旧市街、メディナとか。あまり車が走り入らない、中世のゆっくりとしたリズムで時を刻む、城壁の中の街が、旅先としての訪れたい好みの街であります。

住むのならば、もちろん、「ノー!」と絶叫させていただきますが。。。

そういう意味では。
このフランチージェナ街道沿いには、まだ行ったことのないキラ星のごとくの旅心をくすぐる街がいっぱいありますから。
この道沿いは、実に面白そうです。


画像


画像


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南川三治郎

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コメント(2件)

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hiroshiさん、久々にお邪魔します。
(いつも読ませていただきながら、コメントは久しぶりのような気がします。)

初めて訪れる街角のカフェでコーヒーを飲みながら教養あふれる一文が書けたら…と思いますね。心の豊かさが伝わってきます。
考えもなく忙しなく駆けずりまわるだけの私などは、巡礼に出かけても「祈り」そっちのけで観光してしまうこと間違いありません。

疲れた時に猫が出迎えてくれると嬉しくなりますね。
先月のクルーズでまたキプロスのリマソールに寄港し、人が興味を持たなそうな英軍基地のあるアクロティリ方面へ歩きました。地図で見るより随分と距離があり、しかもこの塩湖のあたりは人っ子一人おらず、本当に何もなく、何が楽しくてこんなところを歩いているのかと思ってしまうようなところで、やっと行き着いた猫の聖ニコラス修道院(Monastery of Saint Nicholas of the Cats)は閉まっていました。でも、そこが猫の修道院のいいところで、トホホな気分の私を猫が出迎えてくれました。さすがは『猫の修道院』。猫の癒し効果は抜群でした。

住むのなら「ノー!」と絶叫したくなるような不便で非現実的な場所は私も好きです。普段の生活からかけ離れた場所が好きなだけかもしれませんが、「どうしたらこんなところに住めるのか?」と考えさせられる場所こそ観光で行きたいです。
かいり
2013/12/11 05:00
かいりさん、こんばんは。

プチ、ご無沙汰です。
「先生」と呼ばれる身分ではありませんが(笑)、師走に入ってこのかた、雑用に追われて、走り続けております。で、かいりさんのサイトを読みたいと熱望しながら。。。
自らのブログを超長期、最低5日に一度更新しないと厳罰に処す、とおのれ自身に掟を科して、なんとか自分の旅日記だけをこなしているのがやっとの状態で、なかなかお訪ね出来ません。

そちらでは、いま、クリスマスマーケットが華やかでしょうね。そして、皆さん、近づいてくるクリスマスで盛り上がってらっしゃるでしょうが、日本のように師走の雑用はないのがいいですね。多分、忘年会とか、年越しのための地域社会の恒例行事の準備とか。そういうことって、ないのでしょ? いま、わたくしめ、それらに追われ続けております。

>先月のクルーズ

そうそう、そのお話を拝見したいのですが。。。
キプロス、良いですね〜〜。
これで何回目でらっしゃいますか?
一度は行ってみたいものです。
行けないから。。。せめて、ぜひぜひ、拝見させてくださいね。

そうですか。住むのならノー!の場所が、旅でお好きですか? おんなじ
いつぞや、アリンコの行列のお話をうかがって、なぜか? そう確信しておりました。ひょっとすると、かいりさんと、旅の関心先は同じかな?と。
hiroshi
2013/12/11 20:21

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