潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS フィエゾーレの丘、最頂部に。小さな修道院。

<<   作成日時 : 2014/01/13 22:37   >>

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画像○×、とか、ムニャムニャとか、の、賀寿も過ぎたのに、今年また、新しい年を迎えて。。。

一休禅師の、『門松や、冥土の旅の一里塚、めでたくもあり、めでたくもなし』の歌心に深く納得する昨今です。

同じく。

『新年に、爺婆に歓びをとの帰省客(字あまりぃ〜)、ありがたくもあり、ありがたくもなし』(詠み人=hiroshi)の心もちも本日、ようやくThe Endを迎えました。長かったぁ〜。

その長かった松の内のある日、温室で、今年もまた、シンピジウムの「あんみつ姫」が、ひっそりと開花を迎えていました。さっそく、本日、居間に鉢を移しました。

画像そして、本日、もう一つ。

第92回全国高校サッカー選手権大会が国立で、初めてわが地元勢同士の決勝対決となって。手に汗を握りながらテレビ観戦しました。
名将、星稜・河崎護監督対富山第一・大塚一朗監督と大塚翔主将との親子鷹対決。
結果は、ご存じのごとくで終わりましたが。。。選手諸君はともに、深い感動を、我々、地元のファンに贈ってくれました。勝った方も負けた方も。これにくじけず、おごらず。これからの人生に、全力を出しきった今日の日のことを生かしていってほしいと念じています。






画像


画像


フィレンツェから北へおよそ8キロ、丘の上のフィエゾーレ村。

表玄関のミーノ広場から、昔、およそ2000年前、ローマ時代にはアクロポリスが置かれていたという丘最頂部へ向かう道。

この道は、大変な急こう配です。

画像その急傾斜ぶり。
場所によっては。
たとえてみれば、昔、中学生時代に習った代表的な直角三角形、1−2−√3の、あの三角形のごとくの按配。つまり、2メートル進むと1メートル高さを増す。そんな感じ。

そうそう、あの三角形で、角度は30度でしたから。
スキーにたとえれば、オリンピックのダウンヒル競技の最大斜度、以上もありそうな。
まるで、崖のようにさえ、見える場所さえありました。

画像おかげで。
身体がなまっているこちらは、丘、最頂部へ向かうわずか200メートルほどの距離を登りつめるのに、途中、2度も立ち止まってしばらく休憩。あらためて歩き出すを繰り返しながら、10分近くもかかってやっとたどり着きました。


そうまでして登りつめた丘の上に何があったのか?

14世紀に創建された、小さな教会を付属した、慎ましやかな雰囲気の、これまた小さな修道院が一つ。
サン・フランチェスコ修道院です。

画像同時に。
前回までに載せた、8キロ南に広がるフィレンツェの盆地の眺望。
いえ、フィエゾーレの南斜面のどちらからでもこの光景は望めるのですが、やっぱり、汗をかいて登りつめたこの修道院の前の小さな広場から眺める光景は、いちばん、見ごたえがありました。

サン・フランチェスコ修道院は、ひと昔以上前、こちらを訪ねた時には、訪ることが出来ませんでした。

こちらの街、中心部にあるバンディーニ美術館で、思いのほか、長くとどまり続けたため、日帰り観光での残る時間が不足でしたから。

画像で。
今回は、真っ先に、修道院を。。。

ご存じ、小鳥たちを集めて説教したとの逸話も残る、清貧な暮らしの中で、地球上のあらゆる創造物への愛と福音を説いた托鉢修道士“アッシジの聖フランチェスコ”によって生まれた、フランチェスコ派の修道院の一つ。

クリスチャンではないもので、キリスト教の本旨をほとんど知らぬ、こちらの勝手な思い込みと無知蒙昧ゆえのイメージに過ぎないのですが。。。

キリスト教、カトリックの数多い聖人のうち。
この人。
ひととなりや伝記物語を読むと、万物八百よろずの神を敬いたがる日本の神教に一脈通じるやさしさを感じます。そして、なぜか、子供のころに読んだ、子供と日がな一日、かくれんぼや手まりで遊んでくれたという、曹洞宗の禅僧、良寛さんを連想しちゃうのです。

画像出自も、似ているではないですか。

この人、聖フランチェスコは豪商の跡継ぎ息子であったのに、目覚めて修道僧に。乞食と衣服を交換してまで、清貧さを求めたそうです。

良寛さんも、名主のせがれという恵まれた家系の長男に生まれて、若いころに突然出家している。

生まれた年代に600年ほど差があるとはいえ、出自から入信、布教活動まで、どこか似て見える。のです。

素人の、単純素朴なイメージに過ぎないのでしょうけれど、ね。。。

画像というわけで。

イタリアを訪ね始めたころ。
割と若い。。。といっても、もう中年から熟年世代への過度期、程度の若さ?でしたけれども。


画像アッシジへ真っ先に訪ねました。

手前勝手に、聖フランチェスコ像を夢想して、楽しんでいた?だけかもしれませんが。。。


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修道院への最後の急な石段の途中の壁に、宗派を超えて世界平和への道を歩み、かつ、旧東欧圏の人々の民主化運動の精神的なバックボーンともなっていた、ポーランド出身の264代ローマ教皇、ヨハネ・パウロ2世来訪を記念したプレートが貼られていた。

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修道院付属の小さな教会の、↑側門上部に描かれたレリーフと、↓ファサードの門の天井に描かれていたフレスコ画の聖フランチェスコ像。

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教会は、単廊式の簡素な造り。

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で。
フィエゾーレのサン・フランチェスコ修道院と教会。

簡素で素朴なたたずまいが、結構気に入りました。

画像僧院の一角に。
なぜか、隣国、中国の仏像や絵画、陶磁器類がかなりの量、集めて展示されている美術館がありました。

不思議に思い、通りかかった修道僧?。。。多分。。。一般人と同じ服装であったもので、ひょっとすると違っていたのかも?? 。。。

。。。尋ねたら、「フランチェスコ会は中世以降、東洋での布教活動に力を入れてきました。こちらの修道院からも、修道僧が数多く布教に出ました。その時に蒐集してきた品々です」とのこと。

画像そういえば。
日本の鎖国直前。
戦国時代から江戸時代初期にかけて、イエズス会宣教師ザビエルをはじめ、数多くの宣教師が日本にやってきたことは、中学時代の社会科で習ったなぁ〜。

中国には、もちろん、多くのスペイン人や当時のスペイン領であったシチリア人、南部イタリア人修道士たちが布教で入っていたのだろうなぁ。


画像そうそう。
そう言えば。

イエズス会は大名をはじめ権力者に布教の力を注いだのに対し、←聖フランチェスコによって創設された後、およそ400年後、アジアへ遅れてやってきたフランチェスコ会は、サン・フランチェスコの志向そのまま、まじめに、ひたむきに日本の農民や民衆たちに直接分け入って布教を行う、本旨の活動を続けた。

画像しかし、フランチェスコ会のルイス・ソテロは、日本の大名たち権力と一体となったイエズス会のやり方に負けじと同じ手法で東北の雄、仙台藩主伊達正宗に近づき、慶長遣欧使節団の派遣を画策して、政宗に、ソテロを正使、支倉常長を副使としてローマ教皇の元へ慶長遣欧使節団を送りだし、やがて日本はキリシタンを禁令。。。

失意のうちに常長は帰国した。。。と、これは、山岡荘八の小説『伊達正宗』で読んだ記憶だったか、それとも遠藤周作の小説『侍』で教えてもらった記憶ナノかな。。。??

画像いずれにしろ。
長崎・西坂の丘のキリシタン26聖人殉教記念碑の、日本人20人をのぞく本場、カトリックの殉教司祭や修道士はみな、イエズス会ではなく、フランチェスコ会。聖フランチェスコの教え通り、権力に媚びず、貧しい人々の間に溶け込んで、真摯に布教活動をしていた証なのだろうか?

中国でも多分、そんな布教を続けて、人々から献じられた品々だったのでしょうか?


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画像修道院の後、昼前には、ミーノ広場まで下って、フィエゾーレのドゥオーモへ。

11世紀に建てられたロマネスク様式のこちらも、素朴な雰囲気の聖堂でした。堂内はパジリカ様式の造りで一部半地下、中二階の構成になっており、格式を感じました。


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画像ドゥオーモを出たら。
フィレンツェの2階建て、オープンエアの観光バスが目の前に。

主要観光スポット停留所で乗り降り自由の観光バスが、フィエゾーレまで巡っているとは知りませんでした。







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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは、hiroshiさん。

新年のご挨拶もせずにこんなに日が経っております。
本年もどうぞ宜しくお願い致します。

hiroshiさんのお宅のシンピジウム、美しく満開ですね。
温室迄お有りになるなんて素晴しい邸宅です!

hiroshiさんの旅は奥が深いです。
沢山の小さな美しい街を尋ねられて、新しい事を発見されて。
いやぁぁ、ガイドブック的な旅しか出来ないのが、恥ずかし〜〜、私。。

旅行中、拍手コメントもありがとうございました。
そうなんです。
hiroshiさんが仰られる様に、夏の風景の日記の所で、
思わず一寸だけ予告もしちゃってたんでした。

でも、ジンクスが有るので、決して口には出せないのです。
貝の様に黙ったままで出掛けましたです。

夏休みのクルーズが終わって少し経ってから、母が繰り返し言う物ですから、きゃ〜〜、いそげ〜〜、って変えたのでした。

モナコはエクスカーションで行くのと、宿泊して見えて来る物は違っていました。こんな世界も有るんだな〜って、違う世界を覗いて来たって感じでした。

勉強になりました。

びっくりしたんですけど、30日午後からオテル・ド・パリは
ストライキに入り。。。
私達はほとんど影響はなかったんですが、日本では考えられなくて、腰が抜けそうでした。

今年もhiroshiさんのブログで、私の知らない世界を沢山教えて頂けましたら、とっても嬉しいです。

奥様にもどうぞ宜しくお伝え下さいませ。
本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
murmur1
2014/01/14 18:45
murmur1さん、こんばんは。

あらためまして。新年おめでとうございます。
こちらこそ、よろしくおねがいいたします。
ことしもまた、美味しいお料理を「目」で楽しませていただけるに違いないと、楽しみにしております。

温室、といっても、畳三畳ほどの、温室もどき、の部屋です。
洋ラン栽培は、昔、仕事をしていたころから好きで、ベランダにミニ温室を置いてほんお十数株だけですが、育てていました。こちらに戻ってきてからは、雪国ですから、昔使っていた電熱暖房のミニ温室程度では寒すぎて、ダメなんですね。

旅のお話。

>ジンクスが有るので、決して口には出せないのです。

そうでらっしゃいますよね。
そして、現在は、読者の一人として、それがまた楽しみですね。今回はどちらへ行ってらっしゃるのか、推理する面白さがたまりません。
hiroshi
2014/01/14 20:18
〜上から続く〜

今回もまた、素晴らしいホテルにお泊りでしたですね。
こちらが想像したよりもさらに格式高いホテル。
清姫殿は、以前にも、お泊りになったとお書きになっていたですよね。
こちら、モンテカルロには宿泊経験がありません。
ニースのお安いホテルから電車かバスで日帰りでしか行ったことがありません。
だから、とても、今回の先生のホテルの記事、興味深かったです。

>モナコはエクスカーションで行くのと、宿泊して見えて来る物は違っていました。こんな世界も有るんだな〜って、違う世界を覗いて来たって感じでした。

そうでしょうとも、そうでしょうとも。納得です。

私事ですが、ようやく慌ただしさから解放されました。
しばらく、時間を盗んで携帯でばかりのぞかせていただいていましたが、これからはまた、PCの前でデンと座って拝見させていただけるのが楽しみです。
hiroshi
2014/01/14 20:19

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