潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS ピサでKANJIの「じ」Tシャツ。こんな「字」、なぜぇ〜?

<<   作成日時 : 2014/02/19 00:24   >>

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2013年4月26日、金曜日、昼前。
フィレンツェ、ペレトラ空港ICからアウトストラーダA11、フィレンツェ〜ピサ線へ乗りました。北上開始。

意識は間違いなく「北上」ですが。。。
地図上では、ピサ北ICまでのおよそ80キロは、とりあえず、西進、でしょうか?


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そうそう。そうなんです。
まずはピサに、立ち寄りました。

A11は、太陽がいっぱい、というイメージです。
けれども。この日、午前中は、良くはありませんでした。


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フィレンツェから西北へ15キロほど、高速道両サイドにのどかな田園風景が広がるうちのアリアーナあたりまで来ると、道路の両側に庭木や街路樹の苗木畑が点在する眺めが始まる。パスクワ=復活祭も終わって、こちらあたりでは今、多分桃だと思うが、ピンク色の花、満開の木々も交えた苗木畑が次々と目の前をよぎっていく。その光景はビストイアまでの間、7〜8キロも続き、いかにもトスカーナらしい風景だワィと、納得。。。

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ということで。←なに? なぜ?? なんで「ということ」なの??

今回はあまり『覚え書』することはないのです。

で。
写真を留め残すことだけが目的。。。


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ビストイアを過ぎて道が大きな弧を描きながらゆっくりと西にカーブしていくと。
ここらでもまた、丘の上の小さな村や街が次々に目の前に現れては消えていく。
その一つ、ビストイアから5キロほど西の↑セラヴァッレ・ヴィストイエーゼ。ドライブマップで見ると。だと思う。


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画像イタリアではいちばん有名な温泉の街、モンテカティーニ・テルメの、さらに上の山上のエリア、モンテカティーニ・アルト地区。
暗くて見え難い写真になったが、この写真を撮った時から2年半ほどさかのぼる、2010年秋には天候に恵まれて、A11、高速道からでも、とてもきれいに→このエリアが眺められた。
まだ一度も行ったことがない。残念。



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↑こちらは、コッレ・ディ・ブッジャーノか? 
ここらあたりは、ロードマップでみると丘の上の小さな村や町は、ピノキオのふるさとにもたとえられるコーロッディ村をはじめ、ウッツアーノなどとても多いことに加え、この辺りを訪ねたことは一度もないため、どれがどの街なのか、まったくわからなかった。



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画像フィレンツェを出発し、A11を走り続けておよそ50分足らず。高速道の兩サイドに、あたかもローマ遺跡のような水道橋が見えてくる。

イタリアでも珍しく、現在でもなお、旧市街を取り囲む城壁をほぼ完全な形で残している中世の街、ルッカと、ルッカの南、およそ3キロ強離れた山間の水源地を結んで19世紀半ばに、ローマ時代の様式を模倣して造られた旧水道橋だ。

→写真は、窓ガラスの反射光が入って見苦しいが、上に載せたモンテカティーニ・アルトの写真を撮った時と同じ、前回にこのルートを通った際の、お天気に恵まれた時点での画像。


画像ルッカ生まれの建築家、ロレンツォ・ノットリーニ(Lorenzo Nottolini)が完成したことから、「ノットリーニ水道橋」と呼ばれている。

水道橋の高さは、低い部分で4メートル弱、高い部分では12メートルもあるそうだ。
高速道の通過で寸断され、現在では水道の役目は終わっているが、水源地グアモからルッカの城壁南端までは、近代史前半の貴重な遺産として、今も水道橋は大切に保存されているという。


画像昔、たった一度だけだが、ツアーに参加してルッカを訪ねた。その時に、今では遊歩道となっている、旧市街を取り巻く城壁の上で、地元のガイドさんから↑この話を聞いた。

ドゥオーモを筆頭に街の見どころも多く、連れ合い、相棒はいたくこの街を気に入って、「もう一度この城壁の街に来たい」と言っていたが。。。まだ果たしていない。
右写真は、ルッカが生んだイタリアを代表する作曲家プッチーニ像。彼の生家は博物館になっている。


画像ルッカには、この街独特の菓子やパンもあって、庶民的な味わいで、なかなかおいしい。
パンは、葡萄パンが美味しかった。


画像美味しかった菓子は、街のパン屋の店頭にも、手造りされたばかりの印象で、ほぼどの店にも並んでいた。名前を「トルタ・ディヴェルドゥーラ(Torta Diverdura)」と言ったと思う。

文字通り、「野菜のトルタ」か「菜っ葉のケーキ」だ。地味目な外観の割に、とても美味だった。



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↑ ルッカの街外れのサン・ドナート教会。

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ルッカ西ICで北行き、つまりヴィアレッジョ方面行きと、南行き、ピサ方面へ向かう道にA11は分岐する。
うち、その南行きを走ると、西ICを過ぎて7〜8キロ、セルキオ川を越えるころに、中世までルッカの守備要塞であったノッツアーノ・カステッロの村が見えてくる。
今もなお、中世の面影をくっきりと残している様子が、はるか遠くからの外観だけでも解る。毎年9月に、住民たちが中世そのままの衣装に身を包んだ祭りが行われているそうだ。


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ピサ近くになって。一面の菜の花畑が広がっていた。
この辺りは菜種油の産地なのだろうか?



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写っている方に申し訳ないハナシだが。。。

いま、まさに乗り込もうとしているご婦人が片足をお乗せになった瞬間、↑ 観光ミニトレインが心もち、右にがくっと傾いたような??? 思わずシャッターボタンを押した。。。


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かく、およそ1時間10分ほど後にピサ入りし、街北部の、街外れに近い公共駐車場に入り、観光ミニトレインに乗り換えました。

ということで。
しばし、雑談を。


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画像ピサのドゥオーモ広場を訪ねるのは、これでやっと3回目。
その3回目で、またまたリノベーション工事風景に、ぶつかった。

過去、こちらを訪ねるたびに、どこかでリノヴェーション工事を行っていた。
こちらは、よほど運がわるいのだろうか。それとも、ドゥオーモ広場ではいつも、こうやってリノヴェーションを繰り返し、続けているのだろうか?



今は冬。
日本では当然、Tシャツ姿など、街中でまったく見かけないですが。。。

夏になると、日本の街中では最近、いろいろと、恥ずかしくなるようなな意味、もしくは思わず笑ってしまう、あるいは意味不明、の英文をプリントしたTシャツを北若者たちや子供たちの姿をたくさん見られるではないですか。
眺めるこちらは、顔を赤らめたり、へぇ〜、この人は、と思わず着ている人の顔を覗き込みたくなったり。。。

あれは、メーカーは英文の意味を知っていて、意識的にその言葉をプリントし、また、それを買って着る人も、それをカッコいいと思って着ているのでしょうか?

昔、自分は旅行で海外の街を訪ねた時にTシャツ蒐集を趣味のひとつとしていたのですけれども。。。

ああいうレタリングを見て、蒐集意欲が萎えていきました。代わりに帽子、キャップ蒐集に切り換えていって、いまでは、Tシャツはほとんど買わなくなりました。
たくさん集まり過ぎて、タンスに入りきらなくなったこともありますが。。。

画像自分でわかる、日本語と英語以外の文字をプリントしたTシャツは、怖いですね〜。何を書かれているのかわからず、ひょっとすると、下品な文字、恥ずかしい言葉があったらと思うと。。。

で。
昔、タクラマカン砂漠のシンチアンウィグル、カシガルで買った、アラビア文字のTシャツも、チュニジアで買った、やはり、意味不明の。。。これは多分、下の英文から推測して「チュニジア」と書かれているのだと思うのではありますが。。。アラビア文字入りのそれは、何が書かれているのか判らないのが怖くて、家以外では着なくなりました。


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今回まで気付かなかったが、ピサでは鐘楼が傾いているだけではなく、年輪を経た糸杉たちも、南に向けて傾いているのだ。へぇ〜〜。
この辺りでは、北風はかなり強いのだろうか?


いま、ヨーロッパでは、日本の漢字、かな混じりのレタリング入りTシャツが、流行っていますよね。
今回のイタリア旅でも。
ピサのドゥオーモ前で出会った、遠足中のピサ市内の小学生の変な「じ」を、はじめ、結構、見かけました。

この「じ」。
果たして意味が解っていて着ているのか?

「お!」と驚いて写真撮影を頼んだら、彼は快く、「どうだ、見たかぁ〜!」と胸を張って。
さも自慢そうに写真を撮らせてくれたのでした。


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彼は意味を理解しているのか、とても知りたくなって。

カタコト程度ならばイタリア語もなんとか話せる連れ合い、相棒に尋ねさせようと、遠くにいた彼女を「お〜〜い」と呼び寄せたまでは良かったのですが。。。
彼女は、この「じ」のイタリア語単語を知らず。。。だめだ、にゃぁ〜か。語彙不足だ。もっと勉強しろ。っキショウメ。

画像「あれ、きっと『侍』という文字と間違っているのではないのかな?」などと、彼女は勝手に推測していましたが。。。
多分、そうではないでしょう。
ヨーロッパの人々に結構知られている日本語、「さむらい」をもじったレタリングであるのは、ひょっとしてそうなのかもしれませんが。。。



画像ピサではおなじみの、倒れる斜塔を支える、観光客の記念写真ポーズ。
今回もまた、前回に続き、相棒とこちらとで交互に、「支え合い」の記念写真を撮ってきた。



きっと、日本か中国か、漢字文化の国で、ちょっと下品にジョークにし、あるいは皮肉の意を込めてプリントされて輸出された商品だろうと思います。

もし、イタリアやポーランドやルーマニアなどの“発展途上国”を含むヨーロッパの日常衣料品産地で印刷されたものであったならば。

「にんべん」を「てへん」や「ひへん」「りっしんべん」程度に替えて「持」とか「時」とか「恃」とかとするのではなく、一気に「やまいだれ」まで品性を下げて、この字を見た人々を笑わせたり眉をしかめさせたりするほど、漢字に堪能なデザイナーが、はたしているのかどうか? 

それにしても。
多分、こちらだけではないと思うのだが。。。

こんな漢字のシャツなど、着たくな〜〜い。いやだぁ。
 

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