潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS マナローラ。青い海望む、詩人の心刻む小さな墓地。

<<   作成日時 : 2014/03/16 23:09   >>

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チンクエ・テッレの、南東から北西へと並ぶ5つの村のうち、南から数えて2つめの村が、マナローラ。


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画像その村の北はずれ、村から歩いて、時間にして10分余りの、海際の小高い山の裾に、とても眺めのいい一角がありました。

その場所。
プンタ・ボンフィッリオ(Punta Bonfiglio)。
日本語にして、「ボンフィッリオ岬」、とでも呼べはいいのでしょうか。

眼下に真っ青なリグリア海が広がり、左手、南を望めば、500メートル足らず先に、断崖に張り付く色鮮やかなマナローラの家並みがカラフルに目に飛び込んでくる。

右手には、夏になると色鮮やかにビーチパラソルの花が咲くという、岩と小石、砂利の、チンクエ・テッレでは広めの海水浴場だという隣村、コルニリア・ビーチ。そして、断崖の上に人のモヒカン刈りの頭の上の髪の毛のごとくにチラッとだけ屋根が見える、コルニリアの村と、その村中からビーチへ下る長い長いつづら折れの坂道。そのじぐざくに折れる道の石壁が、「へ」の字を積み上げたように葡萄畑を縫ってうねうねと続いて見える。。。



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画像背後の山の斜面には、山頂近くまで何十段も葡萄の段々畑の石垣が階段状に整然と伸び上り、足元には、岩と石垣の間からたくましく伸び出た野草の群落が、色さまざまな花をつけている。

画像あと1カ月、5月中旬を過ぎると。
この辺りは、ブーゲンビレアが紅色と桃色の花の大群落を作って、より一層、辺りは花の薫りで満たされるのだとか。。。

画像吹き渡る潮風。

降り注ぐ陽光。

萌えだした新緑の匂い。。。


画像加えて。

イタリアに多い、このチンクエ・テッレをはじめ上り下りのキツイ崖上の小さな街とか丘の上の古い街というのは、運動不足が原因なのか、こちらは、基本的に苦手なのですが。。。

画像この村、マナローラは、ちょっと違っていました。

勾配は見た目ほどきつくはなく、階段も比較的に緩やか。だからか、道の名前も「Via dei Bambini(ちびっこ通り)」。で、それが、つまり、坂道のゆったり感が象徴しているかにさえ見える街のやさしさがまた、この街を気に入った大きな理由でした。



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画像マナローラのこの岬。
ホントに気持ちの良いエリアでした。

その岬にあったのは、「リグーリア墓地(Liguria Cimiterri)」。

いえ、もちろん、この場所が観光の目的地であったワケではなく。
第一、この村へ入るまで、こんな場所にこのような墓地があるなど知る由もなく。。。

画像抜けるような青空と気持ちの良い潮風に誘われて、海際の遊歩道、というか、トレッキング・コースの一部をぶらぶら、歩き始めて、途中で花が咲き誇る階段道に出て、なんとなくその脇道を登り始めたら、眺望絶佳のこの墓地に出合い頭にぶつかった。。。という、それだけのことであったのですが。。。

こういう偶然が、愉しいです。旅は。

花で飾られた白大理石の墓地はもちろん美しかったですが、感動したのは、その、周囲の環境でした。

画像墓所なんて。
。。。不届きものメ、と、神や仏に叱られるかもしれませんが。。。わが事として考えれば、死後など、どこにどう埋められようが放置されようが、どう扱われようが、あまり関心はなし。亡き人を弔う墓所も、いま現に生きている人の、知己の死者を懐かしみ、思い出し、感慨に浸る、所詮、自己満足の世界への引き金、ぐらいの意味しかないと、思っているのですが。。。

こういう、風光絶佳の場所にある墓所は、その墓所と縁もゆかりもない、たかが旅人に過ぎないこちら程度にも、どこか、魅惑的に想えるほどに、魅かれるものがありました。

画像墓所の入り口の建物の上に。

いつか書きましたが、ウンベルト・サバ(Umberto Saba )らとともに、イタリアを代表する詩人の一人で昭和34年、1959年に72歳でこの世を去ったヴィンチェンツォ・カルダレッリ(Vincenzo Cardarelli)の、「リグーリア( Liguria)」という詩の一節が大きく掲げられていました。

画像書店で確かめたのですが、日本語に翻訳された彼の詩集は発売されていないようです。
で。
辞書をひきひきの、下手くそな訳ですが、書かれていたのは、以下のような文章。

『おお! 風と波に開かれた、
リグーリアの墓地よ!
薔薇色の哀しみがあなたたちを彩っている。
宵闇にしおれ行く花に似て、
偉大な光、萎えていって、死ぬ時を迎えたのだ』。



画像ことのついでに。
ネットで追った、彼の「リグーリア」の詩の出だし部分と、誤訳もしているかもしれない、手前味噌なへたくそなそれを。。。

「la Liguria terra leggiadra.
Il sasso ardente, l'argilla pulita,
s'avvivano di pampini al sole.
È gigante l'ulivo. A primavera
appar dovunque la mimosa effimera.」。。。

「リグ−リアは素晴らしい土地だ。
焼けついた岩肌や清らかな細土の大地。
陽光の下で葡萄の弦がいきいきと伸び茂り、
オリーブの巨木。そして春には、
淡いミモザの花々が、あちらにもこちらにも咲く。」。。。


多分。
彼はこの辺りを訪ねて。。。いや、ひょっとすると、こちらと同じく、陽光と波の色と香り、花の彩りに誘われて山道に分け入って、偶然にこのリグーリア墓地に出会って、詠った詩であったのではないでしょうか。

その詩の通りの、素晴らしい眺めと環境の中での、小さな墓地でした。


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ハナシは変わります。
クリスマス・シーズンのイタリアで、プレセペ(Presepe)と呼ぶ、キリスト降誕の人形を飾り付ける風習があります。

このマナローラでは、いまから半世紀ほど昔、イタリア国鉄を退職した一人の男が、この墓地のすぐ上の山、つまり、上の写真写っている山の斜面の葡萄畑で、独り、コツコツと、一体づつ、並べ始めたのだそうです。
やがて、村の有志たちもそれに参加して。。。
等身大の廃物利用のプレセペのイルミネーション(Il Presepe luminoso di Manarola)が、毎年ニュースにも取り上げられるようになり、現在では、チンクエ・テッレの季節の名物イベントとして、格別、有名になっている、のだとか。。。

プレセペが行われるのは、12月8日から1月6日まで。
年末年始と重なって、自分は、旅には出にくい季節ですが。。。
もしも、可能ならば。ぜひぜひ、観てみたいものです。

You Tubeから、動画をお借りしました。






画像村の中心からこの墓所へ続く道は、トレッキング・コースも兼ねていました。
その入り口付近の、坂道の手すりに。この村の人々、だと思いますが、多分、20世紀初頭、第一次世界大戦のころの、この村での葡萄の収穫風景を写した、モノクロ写真を銅板化した風景写真が十枚ほど、飾り付けられていました。

画像写っているのは、多分、詩人カルダレッリと同年配の方々。
つまり、あのリグーリアの墓所の、白大理石の中で眠っている人々も、ひょっとすると、この写真群の中にいらっしゃたのでは?? などと、その時、ひらめいて?、写っているすべての人々のモノクロ画像を撮ったのですが、果たして。。。


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画像後先になりましたが。。。
午前11時前に、最初の村、リオマッジョーレ駅を出発。5分足らずでマナローラ駅に到着。

画像マナローラの村の「覚え書」で、真っ先にリグーリアの墓地のハナシを「覚え書」しましたけれども。
当然ながら。
その前に村の観光名所やみなと、街のメインストリートなどをぶらぶらと巡り、昼食も、この街で終えました。


画像それは、次回に。。。





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