潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS 4月なのにもう海水浴。マナローラの“天然プール”。

<<   作成日時 : 2014/03/21 11:04   >>

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画像チンクエ・テッレ、マナローラ駅着。

既に一度、前回にマナローラの旅日記を終えているけれども。
もう一度、駅に着いてから以降、どうしたか、の、「覚え書」を。


画像リオマッジョーレとは反対に、マナローラの駅は、村の南側にあった。

つまり、村の谷と一つ尾根筋を挟んだラ・スペツィア側。こちらの駅も、地下鉄丸ノ内線、四ツ谷駅状態。トンネルを抜けた途端、駅があり、出発するとまた、トンネルに電車は入り込む。

青空の下のプラットホームは、リオマッジョーレでは駅のある谷間が狭隘であったため狭く短く、プラットホームは半分ほどトンネル内に入り込んでいたが、マナローラは駅のある谷が広いため、プラットホームもトンネル内を利用することなく青空の下でしっかりスペースを確保できて、ホームも長めであった。

画像加えて地形が、標高的に高い位置で、線路も弓の背状に、というか、円弧状に湾曲しているため真っ青なリグリア海がホームからとてもよく見えた。ホームのすぐ北側、マナローラの村側の尾根筋上部からは、一部、断崖の上に建つマナローラの家々が見えていた。

プラットホームの山手側、つまり東側の上部崖上に、ホーム上から「 愛の小道(Via dell'Amore)」のマナローラ側の入り口が見えた。当たり前?だが、前々回に「崩落事故の修復工事が終わっていないためルートは閉鎖中」と書いた、リオマッジョーレ側の入り口と同じく、こちらのドアも閉じられてしっかり施錠されていた。



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チンクエ・テッレに入れば、5つの村の、いずこの土地を訪ねても同じですが。。。
この村でも、真っ先に思ったのは「海が見たい!」、「海越しの、家が重なり合う村の光景を見たい!!」。

で。
さっそく、駅から一直線にそちらへ向かいました。

ということで。
今回は、文章を端折って、ほぼ写真だけのメモです。


画像マナローラ駅のメイン・プラットホーム+駅舎へ、地下道を一度くぐって移動。階段を登り切ったら、マナローラ駅のインフォメーション・センター「チンクエ・テッレ・ポイント」が目の前に。

センターの案内は、イタリア語と英語とスペイン語と中国語。最近は、ヨーロッパのどちらの都市でも、アジアの言語として、これまで結構見られた日本語が消えて、中国語がぐんと増え、はばを聞かせているような気がする。気持ちはちょっと複雑。

画像「チンクエ・テッレ・ポイント」の横に、「愛の小道」をはじめ、各村への方向などを示す案内表示板があった。

画像マナローラへの入り口は、リオマッジョーレと同じく、歩行者専用トンネル経由。


画像このトンネル、第二次世界大戦当時は、村の住民たちの防空壕として使われてきたのだそうな。

画像トンネル内には、その時代のころや、およそ1000年前、チンクエ・テッレ5村のうち、最古の村としてこの村が誕生して以来の歴史のガイド、さらには、名だたるチンクエ・テッレの甘口の白ワイン、シャケトラ(Sciacchetrà)誕生秘話、さらに、地中海に沈みゆく真っ赤な夕日が名物だというこの土地での夕景の写真集など、さまざまなパネルが貼り出されていて、結構、面白かった。

画像村中へ出るまでわずか5分足らずほどだったが、飽きなかった。

画像目の前を、若いカップルばかりが何組も歩いていて、途中で立ち止まって。。。したりするもので。。。トンネルの幅は広くないもので、必然的にこちらも立ち止まらずを得ず。。。ホントは、3分ぐらいで通過できるはずだと思う。



画像トンネルを抜けると、右手壁面に、チンクエ・テッレのトレッキング・コースをガイドするイラスト概念図が一枚。

画像なかなか詳細で解り易い案内で、眺めていて面白かった。

画像トンネルを出ると、村の中を貫くメインストリートが一本。メインストリートと言っても幅はせいぜい5メートルほど。同じ一本道ながら、このトンネル前あたりで道の名は切り替わり、右手、山の上へと向かう道の名はディスコヴォロ通り(Via Discovolo)、左手、海側がレナート・ビロッリ通り(Via Renato Brolli)。

画像通りの両サイドは、見上げれば、やはり、家の上に家が積み重なって見える。←写真の右端の家のベランダの柵に、歓迎の意か、手を挙げる人形が一体。。。

画像下り始めると、すぐに平屋建てのコンクリート造築物にぶつかる。村の倉庫なのか? 道は、建物正面で左右に分かれた階段となり、屋上へと結ぶ。荷車用、あるいは車椅子の人たちのためのバリアフリー対策なのか? 右手でその建物を迂回する、幅2メートルほどの坂道。登り切ると、ラリオ・カペッリニ(Piazza Ralio Caellini)という名の、ちょっと広めの広場になっていた。


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その広場から眺めた、海側のビロッリ通り。
この道を西へ、海側へ下る。
道の両側に引き上げられた漁船やレジャーボートが並ぶ。こういう状態は、港に着くまで続いた。

画像広場を海側のサイトに降りて振り返ると、一段高くなった広場の壁面に、チンクエ・テッレのさまざまなカラー写真のデザインで飾られていた。


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港は、天然の岩が防波堤の役目を果たす、自然を生かした絶妙な設計になっていた。
同時に、その北側の一角は、岩で囲まれた天然の海水プールのような作りで、海側から眺めたチンクエ・テッレの断崖に張り付く有名な絶景とは別の意味合いで、見事な、美しい光景だった。

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その天然プールでは、若者たちのグループ、いくつかが裸で日光浴。なかには、まだ4月下旬だというのに、水着で元気に泳ぎ回る若者の姿も。

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画像そして、村の中心街方向を振り返ると。。。
マナローラの村中から流れ出てくる水が、滝のように海に注いでいた。この村の谷も、リオマッジョーレと同じく、谷川を暗渠化してメインストリートを造った構造だとわかった。



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崖の上で積み重なる家々も、眺めていて飽きなかった。

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さすが、イタリア。日中なのと、写真が小さくて見え難いが、4月下旬なのに、クリスマス・イルミネーションの飾りつけがまだ残っていた。

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