潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS 街破壊の泥流跡、まだかすかに。ヴェルナッツァ。

<<   作成日時 : 2014/04/05 15:00   >>

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チンクエ・テッレ、ヴェルナッツアです。


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画像。。。と、旅談義に移る前に。
前回、3月31日付で「覚え書」した、庭のソメイヨシノ。

前回は、「あと2〜3日で開花見込み」などとメモしていましたが。
なんと。
翌日、4月1日には「一枝五輪」をはるかに超える状態で早くも開花し、翌4月2日には、慌てふためいて盛りを迎えたかのように、もう、こういう状態になりました。

画像フェーン現象でしょうか?
わが棲家辺りは4月入りとともに急激に気温上昇し、あっという間、の変身〜〜。

よくよく眺めていると、まだつぼみ状態の花房や、花真っ盛りの花房、もう色失せて今にも萎れそうな花房も。花群の中に、早くもミツバチの姿を見つけましたが。。。彼も、なんだか、ちょっと戸惑っているように見える。。。

画像今年の花は、ちょっと変です。
一斉に咲いて一斉に散る桜花の特徴は薄く、本日、一部の花は、風にあおられてもう散り始めています。

つぼみ→開花→見ごろ→満開と、例年に比べてテンポが速すぎるのも妙だし。。。
今年の花はあまり風情を感じられませんでした。

画像英名ゴールデン・ベル、レンギョウの大柄の黄花は、いま、最盛期です。

画像一方で、海棠のつぼみが膨らみはじめました。






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旅の「覚え書」に戻ります。

長々と、チンクエ・テッレの旅談義ばかり。
少々長くなり過ぎました。
いくらなんでも、もう、やめなきゃいけないのでしょうが。。。

画像↓ ヴェルナッツァの駅のプラットホームも、半分ほどはトンネルの中に入っていた。
そして、駅は、街の細いメインストリートの上をまたいでいて、日本のデパートの階段幅ほどのステップを十数段降りると、もう、ヴェルナッツァの中心街であった。



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画像最後に、もう1回だけ。
南東から西北へと並ぶチンクエ=5つ、テッレ=土地or村、のうち。南東から数えて4番目の、ヴェルナッツァの写真を、最後に。。。

飛ばした3番目の村、コルニリア、

画像そして最北の、5番目の村、←モンテロッソ・アル・マーレは、いつか、機会があったら、また載せたいと思います。


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↑ ↓ 駅前に、未曽有の大被害となったこの街の、泥と石で通りが埋まる当時の様子と、街の人々の復旧への奮闘をとらえた大きな看板が掲げられていた。

チンクエ・テッレばかり長々と載せているので気がとがめるのですが。。。
なぜ、まだ、最後とはいえ、ヴェルナッツァの「覚え書」を書き留めることにしたか。

個人的な感情に過ぎませんが。。。

画像東日本大震災の被害に日本中が震撼した2011年。

ご存じの方は多いと思いますが、イタリアでは、こちら、チンクエ・テッレを含むスペツィア県とトスカーナ州、マッサ=カッラーラ県、イタリアでは俗に「ルニャーナ(Lunigiana)」地方と呼ばれる、リグリア・トスカーナの州境一帯が、

画像その中心を流れる←マグラ川と支流のヴァーラ川などの氾濫で一帯は大洪水被害に見舞われ、チンクエ・テッレでも、世界遺産に指定されているこのヴェルナッツァの旧市街が土石流の直撃を受けました。


↓ メインストリート沿いには、地元の人たちが「山からやってきた津波」と呼ぶ土石流の痕跡が、まだ、しっかり残っていた。

土砂の直撃を受けたのだろう。店の柱や壁はしっくいが剥げ落ちて下地の石や煉瓦がまだむき出しのままの建物や、泥水につかってくっきりと黒く跡が残っている建物もあった。修理中の建物や、すっかり外壁を塗り替えたばかりと見える、まだ漆喰が匂ってくるのではないかと思うほどの真新しい色の外壁の建物も。。。

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東日本大地震から7カ月と2週間後の、2011年10月25日、火曜日、午後2時〜3時ごろのこと。

この日、ルニニャーノやチンクエ・テッレでは、6時間の間に300ミリから最高540ミリほどの集中豪雨に見舞われて、エリア内のいくつもの街が河川の氾濫による大洪水に見舞われ、短時間の間に13人が亡くなったのですね。

ヴェルナッツァは、その被害の最も大きかった街の一つ。
メインストリートは、流れ込んだ土石流で、厚さ1メートルから3メートルもの土砂で埋まったのでした。

チンクエ・テッレではほかに、モンテロッソ・アル・マーレも被害が大きかった。


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日本でも、BSのワールドニュースをはじめ、報道番組で何度か取り上げられていたため、そのチンクエ・テッレ、ヴェルナッツァの惨状をご存じの、イタリア・ファンの方は多いと思います。

参考までに。
You Tubeにアップされている動画のうち、一本をお借りしました。





こちらがこの地を訪ねた昨年春。
あの被害後、ちょうど1年半を経過していたわけですが。。。

街は、かくのごとく。
すっかり、元の状態に復していました。

もともと、被害はなかったのでしょう。
崖の家々を縫う細い路地にはまったく痕跡はなく、港周辺は広い海が目の前であったために土石運搬船などが入り易かったのか、すっかりきれいで、多分、完全に復旧していました。


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そういうハナシを、こちらに書き留めておきたく。もう一度だけ、最後に、チンクエ・テッレの「覚え書」を書き残しておこう。
今回は、そういう、魂胆(!?)でした。


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