潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS ジェノヴァへ“青の道”、走る。沿線に丘上の街、見ゆ。

<<   作成日時 : 2014/04/13 00:04   >>

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画像4月12日撮影。
← ニワウメの花が咲き出しました。

 落葉低木で、二十数年前に死んだ身内が、その時をさかのぼる30年ほど昔に植え込んだ。。。つまり、わが家の庭に植えられてから半世紀以上も経つのに、樹高1メートルほどに達したところで全く伸びない、つまり、それで成木の、背丈の低い、株立ち状のホンモノの低木です。

画像春、4月の声を聴くとともに花芽と新葉が同時に萌えだして、淡紅色の一重咲きの小花を無数につけます。

リンショウバイ、とも呼ばれているようです。
ちょっと珍しい花木ではないでしょうか。

画像ことのついでに。
これも、一般家庭の庭木としては、少し珍しいのかな?
← 落葉低木のベニレンゲツツジ。新芽が伸び出す前に、ひそやかにポツリ、ポツリと灯がつく感じで、マッチ棒のような枝先に火をともすように鮮紅色の花を付けます。あと1週間ほどすると、同じレンゲツツジの黄花をつける、キレンゲが咲き出します。

もう一本、樺色の花をつけるカバレンゲという種類を入れて3蓮華躑躅、などとも呼ばれますが。。。ふた昔ほど前、死んだ身内。。。父親が、たった一本しかなかった樺色種を枯らしてしまいました。

画像← 夏目漱石が、この花のことを、こう書いています。
『世間には拙を守ると云う人がある。此人が来生に生まれ変わると屹度木瓜になる。余も木瓜になりたい』と書いたこの花の、こんな色は珍しいのだと、死んだ身内が、こちらの子供のころに言っていましたが。。。さて?

漱石の伝でいえば。。。「余はなんとしても、呆け(老人)にはなりたくなぁ〜〜い!」。
もし、そうなったら?
考えるだけで、怖いぃぃ〜。

画像← 大田道灌に因む、ヤマブキの花。決して珍しくはありませんが。。。最近は、八重咲きタイプが結構主流になっているのではないでしょうか? 
『七重八重花はさけどもやまぶきのみのひとつだになきぞ悲しき」とヤマブキを差し出した故事に対して、こちらは、多分、あの「有名な随筆『常山紀談』に出てくる方の、当時は八重品種などなかったハズ、道灌に差し出された花は多分これであったに違いない、と推測されている方の、一重咲きタイプです。

画像ほかにも  サンシュユははらはらと散り始めましたが、ユスラウメ、← ドウダンツツジは開花し始め、ユキヤナギやキブシはいま満開中。など。。。

冬に木の葉を散り落として越冬し、花と葉芽を春先にいっせいに開かせる落葉低木の花は、高木の桜、ソメイヨシノと一脈通じる「命の息吹」のようなものをいきいきと感じさせて。。。

画像何かと多忙な春、4月ですが。

帰宅してつかの間でもいい、庭に出ると、命のたくましさを感じて、心安らぎます。
好きですね。この季節。






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画像2013年4月27日、土曜日。

チンクエ・テッレから一日乗車券で小さな村を巡った後、夕刻。
各駅停車のローカル電車で再び、ラ・スペツィアへUターンしました。

乗った車両は、ダブルデッカーでした。

画像インターシティなどの特急列車の2階建て車両は乗る機会はあるけれども、ローカル列車での2階建て車両は初めて。

ふむふむ、こういう風になっているのだ、 と、しばし車内点検&撮影。乗客がかなり写真に入っているもので、こちらでは載せきれませんが。。。

ひとしきり、写真を撮って、窓側の座席に先に座っていた連れ合いの横の通路側の座席に座ったら、通路反対側の席のおじさんが話しかけてきました。

画像「こちらのライン、ジェノヴァ〜ピサ線は、開通して来年(つまり、今年、2014年)でちょうど140年になるのだけれども、イタリアのダブルデッカー電車は、前進のイタリア国鉄時代に、こちらのラインでイタリアでは初めて登場した歴史ある路線なのだよ」と。

画像余りにあちら、こちらへとカメラのレンズを向けているもので、レールマニア、“鉄ちゃん”と間違えられたらしいのでした。
向こうはしっかり、こちらとは比べ物にならない一眼の日本製高級機を首から下げていましたから。彼にとっての同好の士、と間違えられたようでした。


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画像ラ・スペツィア・チェントラーレ駅からはA15、アウトストアーダ15へ。

2011年秋に大氾濫を起こしたマグラ川を再び渡って。
渡りきったところで、今度は、チンクエ・テッレへ入った時とは逆、ピサ方向ではなく、ジェノヴァ方向、つまり西北へ向かって。

Googleでお借りした、ルート地図のごとく。
サントスレファーノ・デイ・マグラでA12、アウトストラーダ12、通称“ブルー・ハイウェー、紺碧の高速道(アウトストラーダ・アズーラ=Autostrada Azzurra)”に乗り換えました。

一路、北西へ。。。
ジェノヴァ東ICまで、およそ90キロの道のりです。


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↑ マグラ川の手前に、ヴェッツアーノ・リグレ(Vezzano Ligure)。
↓ A12に入って間もなく、ボラーノ(Bolano)


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こちらのルート。
文字通り、紺碧のリグリア海が山あいから望める、イタリア人の憧れのドライブ・ルートの一つ、東リビエラコースなのです。

で。
その海の眺めも悪くはありませんが。。。
個人的に好きなのはやはり、山岳、山頂の村、丘上の街々の光景。このコースもまた、いかにもイタリアらしい丘の上の村が次々と現れては消えていく風景が素晴らしい。


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 ↑ カッロダーノ・インフェリオーレ(Carrodano Inferiore)。
 ↓ カッロダーノ・スペリオーレ(Carrodano Superiore)。


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 ↑ マッサスコ(Massasco)。
 ↓ カザルッツァ・リグレ(Casarza Ligure)。


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我ら夫婦、片や、運動音痴・山歩きは大の苦手派、こなた、高所恐怖症と。基本は高いところを不得手とする性分ではありますが。。。
「○×と煙」のことわざだけはしっかりと地で行って。高いところを眺めるのだけは、二人そろって好きなもので。
彼女は後部座席に移動して、右に、左にわが身を移動させながら、自分の小さなコンデジのシャッターボタンを押し続けていました。
。。。ま、亭主の好きな赤烏帽子、のたぐいで、ブログに写真を載せたがる、こちらへのサービスの気持ちもあったのかもしれませんけれども。


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 ↑ サン・ベルナルド(San Bernardo)。日本で言う、野焼きだろうか? 村全体が白い煙に包まれていた。
 ↓ 地図を見ても、案内標識でも、どちらなのかわからなかった、小さな村。サン・ベルナルドから5分くらい西北に離れていた街なのだが。。。


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道半ば、ジェノバまで残すところ40キロ余りとなった、セストリ・レヴァンテを過ぎたころ。にわかに掻き曇り、突然の土砂降りに見舞われた。
雨は通り雨で10分ほどで降り止んだが、空は雲に覆われて、“ブルー・ハイウェー”の雰囲気は色褪せてしまった。


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画像 ↑ ラパッロ(Rapallo)の3キロほど手前、ゾアーリ(Zoagli)の、海際を走る鉄道の高架橋が見えてきた。
そして間もなく、ラパッロへの出口標識。
 ↓ そして、続いてラパッロの街。マリーナの向こう、低い岬を越えた入り江が、サンタマルゲリータ・リグレだ。以下、下右に並ぶのはサンタマルゲリータの街。

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画像とくに、東リビエラ最大の保養地、というか、リゾートエリアの入り口の街、ラパッロへのインターチェンジを通過するころは宵闇のように薄暗く、ラパッロの隣町、サンタマルゲリータ・リグレは小雨の中に煙っているかのように見えた。残念だった。

画像ついでと言ってはなんだが、2012年初秋にサンタマルゲリータ・リグレやポルトフィーノ、カモーリを訪ねた折の写真は、デジブックに仕立てただけで、ほとんどこちらに残していないので、うち、サンタマルゲリータの写真だけを、遅ればせながら何点か。。。


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↑ テリアスカ(Teriasca)を過ぎた。後、10キロ余りで、ジェノヴァ東郊外の ↓ ビサーニョ地区に到着。ピサーニョの丘の上のサン・バルトロメオ教会を見たところで高速を降りて、ジェノバ旧市街に入った。

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