潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS アルプス名峰囲むアオスタ渓谷に。ローマ遺跡残る。

<<   作成日時 : 2014/05/18 00:25   >>

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もう一年以上も昔の旅の、とりとめのない思い出談義、です。

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↑ アオスタの旧市街中心部に残る、ローマの円形劇場跡。


自分の意志であったわけではないのですが。。。「病は癒ゆるに怠る」を地で行く不手際をしでかして。
自業自得とはいえ、結果的に、ブログの書き込みを、少々長く休み過ぎました。

画像というワケで。
久しぶりの、今回の旅バナシの舞台は。。。

イタリア、スイス、フランスが国境を接するエリアのイタリア側、アオスタ渓谷=ヴァッレ・ダオスタ(Valle d'A0sta)の中心、アオスタの街中のハナシです。



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画像訪ねたのは、2013年4月28日、日曜日。

朝から気温がぐんぐん上昇して、街中では袖長シャツを脱ぎ捨てて、その下のTシャツ一枚の方が爽やかで気持ちの良い、白い雲が青空にぽっかりと浮かぶ快晴の日の午後早く、でした。


ヴァッレ・ダオスタとは。
イタリア、北西端、アペニン・アルプスとグライエ・アルプスの、4000メートル級の山々に囲まれた、ポー川の支流のひとつ、ドーラ・バルテア川沿いのエリアです。

川は最初、西から東へ流れて、途中で南へほぼ直角に曲がる。バードアイで空から眺めれば。日本語のかたかな、「つ」の字に見えなくもない。。。

その「つ」の字の。
上部の「⌒」の流域の、ほぼ真ん中あたりの岸辺の北側で、流れに沿って東西に延びるのが、アオスタの街です。


画像アルプス直下とはいえ、アオスタの街の中心、役場前では高さはそれほどなく、海抜600メートルを少し切るくらい。
ジオラマ、というか、レリーフ地図を作れば、谷全体は船底型形状で、一種の盆地風にみえなくもないのではないでしょうか。

画像というワケで当然、周囲には名だたる山が多く。

紀元前25年に街を開いたとされる初代ローマ皇帝、アウグストゥスの名が残る、街の西側の玄関、「アウグストゥスの凱旋門」前の広場から東へ、街のメインストリートに入り、およそ10分ほど歩いて東側の門、「プレトリア門」を抜け。。。


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↑ ↓ 二重のプレトリア門の内側に、ローマ時代の遺跡の壁をそのまま利用した建物も。

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。。。市役所の西隣の街の中心、“アルプスの中のローマ遺跡”と呼ばれるローマ劇場跡に立ってみると。

西にはモンテ・ビアンコ(モンブラン=4808メートル)やグランド・ジョラス(4208メートル)、モンテ・ドラヴィディ(3439メートル)など。


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北にはグラン・コンバン(4314メートル)やモンテ・チェルヴィーノ(マッターホルン=4478メートル)ほか。


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画像アオスタから直接チェルヴィーノは見えないが、アオスタの南にそそり立つピーラ山へ登れば、北西方向にくっきりと見えるそうだ。→写真は2007年初夏、スイス側、ツエルマットから登山電車で40分余り、ゴルナーグラード展望台近くのハイキングコースから撮ったマッターホルン。


東にはモンテ・ローザ(4634メートル)やコルノ・ビアンコ(ホワイトホーン=3320メートル)などなど。


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南にはベッカディ・ノナ(3142メートル)やモンテ・エミリウス(3559メートル)、さらに背後に、イタリア、グライエ・アルプスの最高峰、グラン・パラディーゾ(4061メートル)が。。。


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アオスタは、4000メートル級の峰々に取り囲まれた、海抜600メートル弱の土地。
600メートルもあればそこそこ、高原並みの海抜であるワケですが、周囲がノッポばかりですから、いわば谷底に遺跡はあるごとくの状況です。
で。
遺跡の中央に立つと。
マッターホルンやモンテ・ローザ、モンブランなど、名だたるアルプスの名峰こそ、手前の2000〜3000メートル級の山容の陰に隠れて姿は見えませんが。。。
周囲の、ちょっと高台にまで登れば、一望だそうです。

はい。
この日の翌日には、「だそう。。。」などとの伝聞風書き方ではなく、キチンと、わが目でも確かめてきました。

そして。
モンテ・ドラヴィディやベッカディ・ノナの峰々は街から距離が近いこともあって、“アルプスの中のローマ遺跡”からでも、ちょっと手を伸ばせば掬い取れるほどに、手近に見えました。

画像子供のころは。
ケルト語で「岩山」の意を持つらしい「アルプス」の名をそのまま借用した日本の山脈の一部分を、晴れた日には毎日、→嫌でもくっきりと望める地方で育ち、山歩きやスキーなどはレジャーの前に、日々の日常であったせい、もあるのかもしれませんが。。。

実は、山とかスキーとかは、成人してからはあまり関心はなく。

画像で。

こちら、アオスタの街をはじめ、周辺の、アペニン・アルプスの4000メートル級の山々に囲まれた一帯は、アルプスのスキーリゾートであり、夏のトレッキングルートの拠点であり避暑地でもあるわけ、ですよね。

つまり。
アオスタの周囲30〜40キロ圏には、かの有名な→ツエルマット(スイス)やサースフェー(同)、シャモニー(フランス)、クールマイユール(イタリア)、チェリヴィニア(同)など、世界の富豪たちが集う有名なリゾートの街がキラ星のごとくに並び、それぞれの街にまた、そういうご常連の方々をピックアップした社交界も存在するそうですが。。。

日本の、リタイアした、たかが一般庶民層であるこちらはそういう世界とは縁薄く、立ち入る資格もほぼなく、同時に、個人的に関心もなく。。。

イタリアをのぞく2国の、指折り数えられる程度の街は過去に旅の一つ、として訪ねた経験はあります。

けれども。
山を眺めているだけでは、故郷の日常と重なって見えるだけで、さほど、旅ごころも、触発されませんでした。


画像



なのに、なぜ、今回は、山また山に囲まれた、こちらまで足を延ばしたか?

画像イタリア・マニアなもので。
加えて→ジャンドゥイオッティに魅せられ続けている甘党なもので。
ジャンドゥイオッティのふるさと、トリノへ行くのが最大の目的であったのですけれども。
数日間、スケジュールに余裕があったため、トリノを拠点に、トリノからてっとり早く往復出来るこちらのエリアへ入ることになっちゃった、というワケです。


画像で。
再び、ローマ劇場遺跡からも見えるアオスタ大聖堂が中世に人々の信仰心を篤く支えた逸話、などを含め、バッレ・ダオスタのハナシを少々。歴史編です。

こちら、一方では、日本の歴史の教科書でもよく出てくる、かなり有名な場所でもあるのですね。

画像たとえば。
古くは、さかのぼる2200年ほど昔。
カルタゴのハンニバルが、スペインから南フランスを経て、象30数頭とともにアルプス越えをしてローマ軍と対峙し、イタリア半島を駆け抜けていった、有名な第二次ポエニ戦争の、「ハンニバルと戦象のアルプス越え」の故事。

子供のころは、その時の象って、アフリカ象なのか、それともインド象であるアジア種なのか? と疑問に思って、かなりしつっこく大人たちの間を聞きまわった思い出があります。
大人になってからも調べ続けて、絶滅したアジア象の一種、シリア象らしい、と、ようやく解答にたどり着きはしましたが、当時は、答えてくれる大人は、残念ながら一人もいませんでした。。。


画像次いでは。これまで何回か、書きましたが。。。
この谷筋は、イングランド、カンタベリーからローマへと通じる中世巡礼の道、「フランチージェナ街道」のかなめの部分。

画像時同じくして、この時代に著名になったのでしょうか。
アルプス、サン・ベルナール峠を越えて行く旅人や巡礼者を助ける、このエリアに住む救助犬「セントバーナード犬」の童話や物語。。。

画像さらに後世になると。
2010年初夏、コルシカ島アジャクシオのナポレオンの生家で撮った、→ボナパルトがフランスから「アルプス越え」してイタリアに攻め込み、往時の支配者、ハプスブルグ家を蹴ちらし、イタリアの都市国家を蹂躙して行った、逸話も残っています。

画像と。
この街では、かく、しかじかに、いろいろと連想ゲームのごとくに。
思いはあちら、こちらへと跳ね飛んだのですが。。。

画像この街は、木製品やキノコ・フンギ・ポルチーニ、チーズなどの特産品でも有名です。

画像そして、同じ特産で、ワインの搾りかすの皮を蒸留してヨモギなどの薬草を封じ込んだアルコール度数の高いクラッパでも有名なようですが。。。

画像ぎょえぇ〜〜
ウインドーガラスに、背後を通り抜ける人の姿も写り込んでいてちと怖い、見苦しい画像ですが。。。街中で、こんなクラッパ酒も店頭に飾られていました。
非売品と表示されていますから、マニアに向けた通好みの限定品なのでしょうが、これは、怖い。

わたくしメ。幼児のころから高熱を出すと見る夢が三つありまして。

一つは、青い空間にもくもくと立ち昇る白い雲のまにまに、わが身は蒸気のようになって立ち昇って行く夢。
二つ目は、灰色の濃淡だけのモノクロ風景の中で、こちらは、はるか高みからぶら下がっているブランコに揺られ続けていて気持ちが悪く吐き気を覚え続けている夢。
強烈なのが三つ目で、布団の中から見上げる天井板に割れ目があって、その割れ目から灰色の蛇がこちらを見下ろしながらちょろちょろと舌を出している。彼が顔の上に落ちてくるごとくに思えて怖くてたまらないのだけれども、体は金縛りにあったように動きが取れない。。。

実は。
PCも携帯も使えない場所で、この三番目の夢の蛇に、ここ数日、うなされ続けていまして。
ようやく熱が下がり、昨日、解放されました。
おかげで。
旅に出かけたワケでもないのに。ちょっと長くブログを休み過ぎました。
不徳のなせる業で。。。


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↑ アオスタ渓谷の、アオスタから15キロほど東の街、シャンヴァーブ。アオスタ⇔シャンヴァーブ間には特に砦や古城が多い。

ドーラ・バルテア川沿いの街道には、中世の砦や古城が点在しています。
上に書いたように。2000数百年もの歴史をとどめる、古い重要な街道であった証なのでしょう。
 
うち、この日の、アオスタからトリノへの帰路に巡り合った、いくつかの古城を写真に。

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↑ アオスタの東4キロほど、シェ・クロイゼト村のフェニス城。

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↑ サン・ドニ村のクリー城。

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↑ シャティヨン村のバロン・ガンバ城。

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↑ オーヌ村のバード要塞。


トリノ⇔アオスタ間は、1時間ちょっと。

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下流域のトリノでは、川の名前はポー川だ。

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画像トリノでは、ヴァッレ・ダオスタに入る高速道への入り口に近い、中心街からはタクシーで10分ほどの北部郊外にある、アメリカン・スタイルのホテルでした。

画像ビジネスホテルといっても過言でないほどの、庶民的な、ありふれた雰囲気のそれでしたが、アオスタまで近いのが良かったです。

トリノ冬季五輪の際は、報道陣に向けた核ホテルとして使われていたようでした。
 


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