潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS トリノで名物チョコ買って。帰国。春の伊旅、最終回。

<<   作成日時 : 2014/07/13 12:30   >>

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画像映画を観てきました。
公開開始から随分時間が経っていましたが。。。。

以前、チラッとこの日記で触れた前作「剱岳・点の記」に続いて。名キャメラマン・木村大作監督が5年ぶりにメガホンを握り、再び、わがふる里でカメラを回した、映画「春を背負って」が、それ。

自然破壊が世界を席巻している世知辛いご時世であるにもかかわらず、わがふる里には、現在ただいまもなお、プロの眼を通すと、かくも美しい光景が残り続けているのかと。

画像『剱岳。。』や今回の「春。。』で描かれた、北アルプス、の山の世界。

左写真は、わが家のベランダから眺めた厳冬のそれですが。

このごとくの山の光景は、晴れてさえいれば、春夏秋冬、一年中、嫌でも目に飛び込んでくる、物心ついて以来、見慣れた、ある意味、見飽きてもいる?風景です。

まだ現役であった、ン十年余りは、夏、冬の帰省時以外、目にすることもなく、それでも、格別、懐かしいとか、眺めてみたいとかとは想ったことはなく、結構覚めていたのですが。。。
“従心所欲、不踰矩”の齢を越えた最近になって、目の前に広がるこの景色ではなく、子供のころに朝夕眺めた方の思い出の景色を、なぜか、懐かしく想い出すのですね。

自分は、好きな遊び場所は、どちらかと言えば、山よりも海、派でして。
潮風の中の方が断然好きです。

しかし、小学6年生になって、親父に連れられて初めてこの山を3泊4日で縦走したのを初っ端に、大学を卒業するころまでは、毎夏最低1回以上は、この山を登るのが習慣でした。

画像なんとなれば。
わがふる里では、我々世代が子供のころまでは、男はみな、大人になるまでにこの山を一度は踏破しないと地域社会がこぞって、一人前として認めてくれない慣習が残っていたからです。きっと、立山信仰の名残りなのだと思いますが。。。

で。
当時、ふる里の小中学校のかなりの学校で児童生徒の集団登山が行われ、自分も、親父に連れられて初めて登った翌年の中一の夏、学校から、今度は級友たちと隊列を組んで、2泊3日で登山しました。

昔ほどではないけれども。こちらでは未だに一部小中学校で学校登山が続いています。

「3泊4日で縦走」と、↑ 書きましたが、これは、電車で終点まで行って、そちらから先は、ケーブルカーとかバスとかは一切使わず。。。

ケーブルカーと高原バスは当時、つまり昭和28年8月にはまだ開通しておらず。オープンしたのは翌年のハナシで、黒部湖から大町へと抜けるロープウェイやトンネルトロリーバスに至っては、こちらが大学を卒業して社会人となってなお5〜6年後の完成でした。。。

。。。自分の足だけで登って降りてくる。
だから当時は、山歩きと山小屋泊まりばかりの旅日程で、2泊または3泊、が当たり前でした。

画像山について。
あのころは、自分は、どう思っていたのかな? 

好きでも嫌いでもなく。きっと。。。
「なぜエベレストに登るのか?」と質問されて答えた、エベレスト初登頂を目指して行方不明となったイギリス人登山家、ジョージ・マロリーのあの有名な逸話のとおり。「Because it's there. 」。
単純だが、「そこに山があるから」。山が目の前に見えるから、だから登りたかっただけ、なのではなかろうか。などと。。。

立山黒部アルペンルート・オフィシャルサイトで。

現在はトレッキングマップとして掲載されている、我々が子供のころから少年期のころにかけて毎夏、登山道として利用した材木坂、美女平、ブナ坂、弥陀ヶ原、天狗平、室堂、そして帰路の八郎坂などの光景が、今でも目に浮かんできます。

画像とくに学生時代は。
夏は登山、ヨット、ドライブ、キャンピングなどなどと、寸暇を惜しんで遊び回って。。。

さして肉付きのよくない貧相な脛ではあったが、親父の脛を齧り続けて、日本のマイカー時代が幕開けする直前のころの、発売されたばかりの2代目コロナを勝手に乗り回して遊び歩いて、まだ道路舗装の薄かった伊豆の山中でドライブシャフトを折って、親父からこっぴどく殴られたころだっただろうか。。。あれ以来、脛齧りの自堕落な学生気分からようやく脱出して、男として一人前に自立できたような。同時に。山は登らなくなったなぁ。などと。

映画「春。。」のスクリーンを見ながら、はるか、半世紀ほど昔の青春時代を、懐かしく想い出してきました。
 



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さて。
旅の「覚え書」です。

画像雪に包まれた早春のグラン・パラディーゾ↑ を眺めてトリノへと下山した翌日の、2013年4月30日、火曜日。

トリノでは、早めにホテルを引き払いました。
しかし、観光地はほとんど巡らず。フランスの香り漂う、上品な旧市街の←中心、カステッロ広場からサン・カルロ広場、ローマ通りを巡り、トリノ名物のチョコレート、ジャンドゥイオッティをはじめ、ショッピングに少々時間を取っただけで、午前中に街を離れました。


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あとは、ミラノで一泊して、帰国するだけ。
で。
ほとんど、この日の写真はないのですが。。。
最後に。以下、その数少ない中から何点かピックアップして、「春の伊旅」の覚え書、終了です。


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サヴォイア家の居城であった王宮。

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マダマ宮殿。 
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サン・カルロ広場。
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