潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS シナイア僧院。色とりどり、鮮やかに聖書の世界。

<<   作成日時 : 2014/09/13 21:20   >>

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いささか、旧聞ですが。。。
今年の9月8日、午後8時57分に撮った、東南の頭上、60度ほど見上げた宙空で輝く、「中秋の名月」です。


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今年は、ラッキーでした。
名月の夜も。翌日の満月の夜も。わが住まいの地方は、日中から夕刻にかけて、雲は多かったのです。
が、黄昏時から次第に雲は切れて。夜になると晴れ上がってくれました。

画像ススキの花にはまだ時期尚早で、飾り付けはナシ。
皿に盛った団子もこの日夕刻に近所の食品スーパーで買った市販品で。月光の下の情趣は薄かったですが。。。

「観月会」とか「お月見コンサート」などと銘打った、「お月見」が商業ベースに乗る前の、昭和38年秋の黄昏時。
まだ連れ添っていなかったころの相棒と、「もう参拝、拝観はダメかな」と危惧しつつ閉園間近の京都、銀閣寺を訪ねたところで、「今日はもう閉めたのですが、ま、どうぞ」と、幸運にも招き入れられて観た、あの時の、名庭と満月の光景のごとく。。。

以来、51年ぶりに、心に残るお月見をしたような。そんな気がしました。



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今年春の、ルーマニアの旅談義。
ハナシは、シナイアの街の続き、です。

シナイア。

画像日本でたとえれば、軽井沢か志賀高原、はたまた蓼科のようなエリア、なのでしょうか?
夏は避暑地、冬はスキーで名を成す、ルーマニアで一、二を争う有名な、と、土地の人が自慢するリゾート地でした。

街の標高帯は800メートルから900メートル余り、と聞きましたから。平野部と比べた高原の高度差は、軽井沢よりも200〜400メートルほど低いのでしょうけれども。
4月下旬の早朝の肌寒さは、軽井沢よりも一層、厳しい感じでした。
ヨーロッパは、総じて日本よりも緯度は高いから。帰国後、調べてみたら、この街で北緯45度。日本ならば、北海道も北端、利尻島界隈と同緯度でした。春4月とはいえ、朝夕の寒さが厳しいのは当たり前であったのでしょう。

シナイア。

画像霧が一面に流れていて、朝日が差し込むと。。。こちらが知らないだけで、多分、名のある名峰なのでしょが。。。目の前の山脈の峰々の上へゆっくりと霧は引き昇って行き、やがて、ゆっくりと下界の街並から上に向かって順に消えて行き、霧は最後に、山頂付近で、張り出してきた雲と溶け合っていました。

少しづつ雲が多くなって、天気は崩れてきたころ、街の中心街に降りると。
もう、終わってしまった復活祭の名残のイースターエッグの飾りつけが、まだ街の広場に残っていました。


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最初に載せた写真&上写真は、シナイア僧院の、小さな純白の外観が敬虔な印象の古い教会(Biserica Veche)のフレスコ画と、門をくぐって最初に目に飛び込んできた、地元では「大教会」とよぶ、1846年に完成した、ちょっと派手目?の新教会(Biserica Mare)です。


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こちらで観たかった“本命”は、新教会と向かい合う、四面とも壁で囲まれた古い教会の方。新教会を横目に、さっそく、その壁の中の小さなもう一つの門をくぐりました。古い教会は、小さな門を潜り抜けると、目の前、10メートルほどの位置に建っていました。


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以下、ルーマニア事情に詳しい方からの聞きかじりですが。。。

この修道院が完成して以降、その修道院名が有名になり、やがて、修道院の門前町のごとくに市街地が誕生し、シナイアは「村」としての名にも転じて行ったのだ、そうです。

以下、しばらくは、古い教会のフレスコ画群。シナイ山でモーセが十戒の石板を授かる場面や聖女、アレクサンドリアのサンタ・カテリーナの被昇天場面、地獄絵図、修道院を寄進したカンタクジーノ像などは、修復を終わったばかりとあって驚くほど色鮮やかであった。

まずは、入り口のポーチ部に描かれたフレスコ画を。



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その「シナイア僧院」が造られたのは、17世紀末。
正確には、1695年、とガイドブックに書かれていました。

画像前々回、首都ブカレスト編で載せた、「ルーマニア医学の拠点、コルテア病院」の創設に尽力した17世紀〜18世紀のルーマニア貴族←、ワラキア公ミハイ・カンタクジーノが、こちらの修道院も寄進、創設されたのだそうです。

名前のシナイア(Sinaia)は、聖書の出エジプト記と申命記に記載されている、シナイ山(Mount Sinai )から。
そうそう、「汝の父母を敬え」「汝、殺すなかれ」、などの「モーセの十戒」で、キリスト教徒ではない我々日本人にも広く知られるようになった、キリスト教の聖地の一つ。

シナイ山の山すそには、紀元3世紀ごろに殉教した聖女、アレクサンドリアの聖カテリーナゆかりの修道院があり、東方正教会系やカトリックの人々の人気上位の巡礼地だったのだそうです。
カンタクジーノはその聖地を巡礼し、帰国。1695年に、このシナイアの大地に、僧院を建てたのが、シナイアの街の始まりとなったのだそうです。


続いて、堂内のフレスコ画。

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「だそうです」、などと伝聞、ばかりの。
加えて他人からの受け売りばかりの。
さらにさらに、へたくそなガイドブックまがいの言葉ばかり、を並べていますが。。。

こういうところはやはり、たとえ断片ばかりだとはいえ、歴史の一片くらいでもいい、知って眺めると、興趣は幾分増しますね。こちらが凡人だからかもしれませんが。。。

最後に、僧院内の僧坊ほか、目についた光景のいくつかを。。。


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僧坊と礼拝堂。

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鐘楼。

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