潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS ペレシュ城。時が本当に停まっていた?まったり空間。

<<   作成日時 : 2014/09/27 20:01   >>

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2014年4月23日、水曜日。
晴のち曇り、
のち今にも降り出しそうな,ほど低く垂れ込めてきた曇天、
のち、吹き飛ばされるように早いスピードで雲は流れて、舞台の幕開けのように瞬く間に青空が広がって行った快晴。。。


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画像空模様は猫の目のように変わりました。
山の天気は移ろい易い、といっても。ナンじゃあぁ、この天気は。。。


ルーマニア、ワラキア平原からトランシルヴァニアへの入り口の、標高1000メートルプラス、マイナス、の高原にあるリゾート地、シナイア。
そのシナイアの崖の上にある、ルーマニア随一の美しい城郭だと評判高い、ペレシュ城へ到着した。
。。。というのが前回までの「覚え書」でした。

以下、その続き、です。。。


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画像ペレシュ城の広い庭園の一角に、ホテルが一軒。

城への道は、このホテル前を通って続いていました。
ホテルから城までは、こちらから、およそ200メートル。歩行者しか通れぬ石畳道が、弓形にカーブしながら続いています。

画像ちょうどお昼時とあって、ホテルのオープンテラスは混んでいました。


画像そのテラス席から見渡すと。

正面、左斜め方向にペレス城。
赤褐色に染めた木組み、石壁の上に漆喰を置き、フレスコ画を載せた高い尖塔を持つドイツ・ルネッサンス様式の優美な外観が青空に尖塔を輝かせていて。

正面から右手方向を望むと。
燃え出したばかりの新緑を、濃淡さまざまに、多彩に彩りながら、眺望一面に埋め込んだシナイアの谷。
何という名の鳥なのか? 見当もつかない高い音色の鳴き声がいくつも、その木立の中から湧き出してきて。。。
時は停まったかのように、ゆったりと流れる、眺望絶佳の場所に建っていました。


画像もし、万が一。
もう一度、こちらを訪ねるチャンスをもらえるのならば。絶対にこのホテルに泊まりたい、と思うほど、このホテルは素晴らしい環境に立地していました。

こちらも、ペレシュ城と似たイメージの外観をもっていました。
カロル1世が8年かけて1875年に完成した城と同じころに建築され、以来、チャウシェスク時代まで通算、ゲストハウスとして使われてきた建物、だそうです。

ペレシュ城と同じような尖塔を持ち、うち、一本の尖塔には、ペレシュ城と同じように時計が一基。

お昼時を過ぎていたのに、時計は8時10分を指していました。
遅れているのか? それとも進んでいるのか?? 午前8時10分か? 午後の8時10分のつもりなのか??


画像と思いながら、やがて、城へ向かって。
城内を3時間ほど見学などしての帰り。時計は相変わらず、8時10分を指していました。

故障したのか? それとも壊れたのか?? あるいは「人生、何をあくせく。生きて死んでいくだけですべて。時間など、気にするな」とこちらまでやってくる人間たちに教え諭しているのか???

それは、まぁ、うがち過ぎであって。
。。。壊れたのか、それとも油不足できしみ止まったままなのか?
なんのことはない、時計は、動いていなかったのでした。
時が停まったかのような土地にふさわしい?? 時計であったのかもしれません。






●渋滞の車内で。〜まったり?その2。

9月下旬の始まりのころから旬間半ばごろまで、フラフラと、遊び歩いていました。

その間の、始まりの頃。
週末から秋分の日を挟んでいたため、当然ではあったのですが。。。
あちらこちらで渋滞に遭遇しました。

画像うち、その、ある一日。
環八通りで、三度も事故渋滞に巻き込まれました。

自然渋滞ならば、よくあることですから、さして気にもしないのですが、三度も、事故現場を目撃する羽目になるとは。。。

うち、載せている写真は、環八通りから東名への出入り口付近交差点。およそ1時間半、のろのろと停まっては動き、を繰り返し続けて出会った光景で、この日出逢った3度の事故現場光景のうち、もっとも重大事故のように見えたのがこちら。乗用車3台のからむ事故のようでした。


画像その後。TVのニュースに注意していたのですが。。。この事故のニュースは見聞きしませんでした。関係したドライバーや同乗者の方々のけがは、多分、たいしたことはなかったのだと思います。不幸中の幸い。

残る2件の事故は、ともにけが人はなかったようですから、3件まとめて、人命に関わる事故ではなくて、何よりであったようです。


画像結果。こちらは。

この日は、都合、4時間あまり、車の中で身動きとれず。
見学がてら、計画していた行きたい場所はあったのですが。。。残念。この日は一つ、行きたかったイベント会場へ終焉までに訪ねる、という計画は、残念ながら、諦めました。

シナイアでのペレシュ城の時計停止の情景と同じく。
「人生、何をあくせく。あわてふためき、急ぐでない」と。こう諭す、神の啓示、わが身への戒めであったのかもしれません。







●武家の心に。〜まったり、その3。

画像映画を観てきました。
『蜩ノ記』です。

葉室麟作、直木賞受賞の時代小説の映画化作品で、出演は役所広司、岡田准一、堀北真希、原田美枝子。

物語は、とある罪に関わったとして辺境の村に幽閉され、藩史である「家譜」を編纂後の10年後に切腹を命じられた武士とその妻、娘と息子、そしてその男の監視役を命じられた若き侍、辺境の村の百姓たちと武家社会の織り成す、信義と愛、陰謀と正義のお話。

こちらは年齢的に、いのち絶える日が迫りつつある、一日、一日を大切にして生きていかなければいけない、つまり、別の意味で「その日、その日の“日暮らし”」の、人生終盤を迎えているせいもあるから。かもしれませんが。。。

大変に感動しました。
情けないハナシですが。スクリーンの前で、奥歯を噛み締め、口をへの字に結び続けていました。
そうしないと。良い大人のつもりなのに。涙が、涙が今にもこぼれてきそうになるので、恥ずかしくてはずかしくて。

日本人は、むかし、かくも、信義と愛、忠と孝の心に満ちた清廉な人生を好し、として、人間社会には気高い価値観に満ちていた、というのに。
現在のわが身は。そして日本人は。。。と、考えさせられました。


画像来月4日に公開されるその前に、詳しく粗筋を書いたり紹介するのは、ルール違反でしょうから止めますが。。。

とくに印象的な場面が二つ、ありました。

一つは、家譜が完成した、切腹の日の近い居室で。
役所演じる主人公、戸田秋谷に、原田演じるその妻織江がお茶を献じる場面。

死を目前にした夫は妻に「悔いはないか」と尋ねると。
妻は、静かに、心もち口元を緩めて「はい。決して悔いはございません」。

茶碗を夫の前において去ろうとする妻の、その茶碗に添えられていた手を、夫はつとつかんで、そのまま離さず。。。。

この場面撮影のロケ地は、岩手県遠野市の遠野ふるさと村で、であったらしいです。
夫のつかんだ手は右手、つかまれた妻の手は左手。流れていたのは、いま、死期を迎えて命果てんとする、覚悟を定めた夫と、その夫への未練を見せまいとする健気な、この世に独り残される妻との間の、確かな『夫婦愛』。


画像もう一つ。

岡田演じる、戸田一家の監視役を命じられた若き武士、居合術の使い手、檀野庄三郎と。
堀北演じる戸田の娘、薫が。

人生の先輩、師として次第に戸田に魅せられていった若き武士と。
その師の娘が、師=父の10年目の切腹を命じられた理由=謎、を解くべく。
村の禅寺を訪れた故藩主の側室に教えを乞いに、訪ねた寺の総門の石段で。

勾配のきつい、段差の大きな石段を前に、一瞬、足がすくんだ娘に対して、戸田の無実を確信し、加えて、戸田の一家の皆が清廉潔白に生きている姿に接して次第にこの娘にものめり込んでいった庄三郎は、思わず助けの手を差し出す。娘は一瞬躊躇した後、しっかりと、この助けの手にすがる。

若き男と女の、燃える思いを静かに秘めて交わす「恋、愛」の情。。。


画像こちらの手をつかむ場面も、男は右手、女は左手で、繋ぎ合っておりました。

昔。自分にも経験がありますが。
手をつなぐ、だけで、相手の心のうちの温もりが伝わってきて。
そしてそれ以上に、相手のこちらへの溢れる思いが、問わず語らずのうちにわかりあえて。状況によっては。抱擁などとは比べ物にならないくらいに、熱く心は融け合う、ものですよね。


画像この場面のロケ地は岩手県遠野市の、いわゆる“みちのくの正法寺”こと、曹洞宗の古刹、正法寺の国指定重要文化財「惣門」。

昔。大同合併して遠野市が誕生するよりもかなり昔。
この古刹の所在地の名は水沢市であったころ。一度だけですが、訪ねたことがあります。杉の大木が印象に残っています。
当時の写真をわがアルバムに捜したのですが。
見つかりませんでした。







●沼津、海の幸に。〜まったり、その4。

箱根。
当然ながら紅葉にはまだ早く、その前の一面のススキの光景も時期尚早で。加えて、富士さえ、滞在中の通算3日間は、山頂まで望める機会はほとんどなく、ほぼ雲の中であった。


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箱根で。

TVの「生きた化石」ニュースに触発されて。

沼津港に行ってきました。

いえ。こちらは、魚介類は、食べる以外にまったく関心はありません。
同行者のうちの一組が、「生きた化石、捕獲」、のニュースにいたく感じ入ったらしく。

こちとら、と、連れ合い、相棒は、おのれら自身がすでに人間世界の“生きた化石”の年代に既に達していることを自覚していますから。
自己洞察が足りないのか?同じ年代ながら、今なお、“生きた化石”に興奮?する彼らがなんとも哀れ??で。付き合ってやっただけです。

会場に着いたら、案の定。
「生きた化石」の、「ラブカ」、とか、という名のキヤツよりも。
直立不動になれば、ひょっとすると、こちらの背丈ほどはあるに違いない、タカアシガニの方が、よほど旨そうに見えて、興味津々でした。


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というワケで。

生きた化石は、さほど感動しませんでしたが、初めて訪ねた、ぬまづみなとの、素朴で野趣豊かな海の幸には感動しました。

以上。食いしん坊の所感。でした。



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