潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

アクセスカウンタ

zoom RSS ニュースを見聞きして。少し一服、ヴェネツィア談義を。

<<   作成日時 : 2014/10/04 23:46   >>

ナイス ブログ気持玉 6 / トラックバック 0 / コメント 0

ニュースとしては、既に旧聞ではあるけれども。
日本車やインスタントコーヒー?などのCMにも出演したあの大スターの、ヴェネツィアでのウェディング・ニュースを、先週末から数日、PCの前に座ると日に一度は、ネット上で“追っかけマニア”、していました。


画像

画像↑ ご存じ、リアルト橋から見下ろした、川下、アカデミア橋方向のカナル・グランデ。
大運河の右岸、ワイン河岸の突き当りに見える2階建てのピンク色の建物(左写真で正面の建物)=ラヴァ邸の陰で見えないが、このパラッツォ・ラヴァの2軒置いて向こうに建つのが、話題を集めたパパドポリ邸。左岸、中流域に見える白亜の背の高い3階建てのパラッツォ、グリマーニ邸のちょうど真向いくらいにパパドポリ邸はある。
パラッツォ・グリマーニから数えて手前、4軒目、5軒目の4階建ての建物2棟が、結婚届の提出されたヴェネツィア市庁舎のファルセッティ邸とロレダン邸。

↓ グリマーニ邸の西を流れるサン・ルカ小運河と大運河の合流点付近から眺めたパラッツォ・パパドポリ。


画像


時の流れはめまぐるしく。。。
10年ひと昔、とは良く言ったもので。
「小人閑居して不善をなす」の日々をすっかり会得して。。。

まだ現役のころはつとに疎かったハリウッド・スターのゴシップ情報などに、最近は格別、強くなりました。
リタイアすると、さすがに暇で時間を持て余すことも結構多く、その時間帯の、ゴシップ情報をはじめとする「時間の浪費」の仕方?を熱心に指導してくれた、連れ合い=相棒の、薫陶のたまものであります。

映画が好きだから。
まだ現役のころはまったく関心のなかった大スターのゴシップ情報も、さほど嫌いではないのだけれども。

画像今回は。

そのゴシップ情報以上に関心止まない、うわさ話の舞台であったヴェネツィア、カナル・グランデ沿いの、大スターのゴシップの核心の「会場」(上写真及び左写真)の方に。特別、興味津々、でありました。

だって。
オープン仕立ての一年4カ月前でさえ、これほど、かのホテルの情報は、賑やかにネットの各サイトでもてはやされておらず。さして知ることができなかったではないですか。

その「会場」とは。
このホテルのこと。

「7つ星」を謳う、サービス料を含めると最低でも一泊当たり17万円〜18万円はする、以前一度、別の系列拠点の話で書いたことのあるアマングループの。系列26番目の高級ホテルとして、ヴェネツィアで初めてオープンしたホテルです。


画像オープンしたのは、2013'ビエンナーレのころ、昨年6月。
ホテルのホームページによれば、客室は、たった24室で、夏の季節だけ、京都の著名料理店から派遣された板さんが日本食をも提供する、きめ細かなサーブをするのだそうです。

ヴェネツィアを訪ねたことのある方々はしっかりご存じのごとく。
このホテル、前身は、日本語では「宮殿」とも「邸宅」とも「商館」とも訳されるヴェネツィア共和国華やかなりしころの歴史をとどめる、「パラッツォ」の一軒で、こちらの邸宅の名は、パラッツォ・コッチーナ・ティエポロ・パパドポリ。

同じく、以前一度書いていますが、12世紀から17世紀にかけて長さおよそ4キロの大運河沿いに建てられた、流れを彩る数多くの豪華バラッツォ群のうち、大運河の中流域、右岸に立地しています。
ヴェネツィアのパラッツォ群資料によれば、1550年に完成しているそうです。

画像カナル・グランデ沿いに立地するパラッツォを生かしたホテルのうち、豪華ホテルの範疇に入るホテルはこれまで、そのほとんどがアカデミア橋の下流、河口域のサン・マルコ地区に立地していました。
が。このホテルは。
初めて中流域のサン・ポーロ地区におめもじした、超豪華型のホテルなのです。

画像ホテルは。
ティエポロ一族の俊才、ジャン・バティスタ・ティエポロの天井画を置く内装などとともに、ロココ調、ネオ・ルネッサンス様式の豪壮な外観が見事で、屋根の上に、一見、鬼の角のように突起したオベリスクを持つのが特徴、なのだとか。
オベリスクはただの飾りだという説の一方、ヴェネツィア艦隊の司令官を輩出した家でなければ設置を許されなかった、との説もあるようです。。。

画像事実、オベリスクを置くパラッツォは少なく、自分は、この建物のほか、市営カジノのヴェンドラミン・カレルジ宮、ヴェネト州庁舎のパラッツオ・バルビ(左上写真)、アカデミア橋のすぐ上流、左岸に位置するパラッツォ・ジュスティニアーニ・ロリン(左上写真、珍しい、お化粧直し中の光景)しか知りません。


画像話を戻して。
最低でも一泊当たり17〜18万円となると。
貧乏リタイア世帯のこちらは、泊まることなど、夢物語であります。

しかし。。。

立地するサン・ポーロ広場(左斜め上写真)に近いこの辺りは、これもまた以前、一度ならず、二度も三度も、いやいや、四度も五度も、書いてきましたが。。。実は、個人的に、ヴェネツィアでもいちばん好きな一角なのです。

画像なぜなら。
この辺りは、ヴェネツィア市民の数多く住んでいる庶民的な表情を持つエリアで、ヴェネツィアに住んでいる人々の普段の顔が見れること。オープンテラスのカフェで隣り合い、こちらが日本人だと知ると、興味津々の表情で話しかけてくるヴェネツィアっ子の飾らぬ温もりが伝わってくるのが楽しい。
そういう庶民の飾らぬ街でありながら、ここらにはまた、ティツィアーノ作の「聖母被昇天」の祭壇画で知られるサンタマリア・グロリオーサ・デイ・フラーリ教会(左上写真)を筆頭に、ヴェネツィアならではの観光名所が結構あり、結果、長めにこの街に留まる、我々と同じ庶民派欧米人も数多く訪ねてくることから、手ごろ価格のレストランやカフェが多く、店の数も目立って、結構賑やかな街であるから。。。

六つに分かれたヴェネツィアの地区=セスティエーレ=でも、面積は最小のエリアであります。でありながら、庶民性と賑やかさ、華やかさの両方を持っているような雰囲気がたまらなく好きなのです。


画像アマン・ホテル、すなわちパパドポリ邸の陸地側の玄関は、カッレ・ティエポロ・バイアモンテという細い少路に通じる。ヴェネツィアの反乱事件として有名な、1310年の反乱当事者の名が道の名に残る。

画像そちらを50メートルほど進むと、「マドネッタ」という名のソットポルテゴ=家の下の少路、ポルティコのヴェネツィア方言=に出る。

ソットポルテゴ・マドネッタの頭上に、名前の通り、聖母子像の小さなレリーフがある。

画像そのマドネッタ通りに結ぶ賑やかな、ちょっと広め。。。といっても、道幅はせいぜい4メートル前後だが。。。広めの商店街に出る。この通りがカッレ・デル・メローニ。

画像ソットポルテゴの西側に、リオ・デッラ・マドネッタ=マドネッタ小運河=と。

画像ポンテ・デッラ・マドネッタ=マドネッタ橋。

画像一方、メローニ通りを東に進むと、サン・シルベストロ教会の前の、カメラのズームレンズを目いっぱい広角側に絞っても教会のファサード全体を画面に取りこめないほどの、同名の小さな広場に出る。



というわけで。
このホテルは、自分にとっては。
エリアのイメージとは、ちょっと、似合っては見え難い。。。

ここらは庶民的な街だから。
結果、このホテルの正面玄関は陸地側ではなんともうら寂しく。
中世に逆戻りしたかのごとく、運河側、カナル・グランデ側に設けざるを得ず。
客は、モーターボートでやってきたり出かけたりしないとイメージを壊してしまう。。。つまり、陸側の“裏口”から出入りする客は恥ずかしくなるほどの、ホンモノのセレブ御用達ホテルなのでしょう。

画像事実、こちらで宿泊して結婚式をし、ウェディング・レセプションを開いたこの大物スターも。
ホテルから直線距離で200メートルも離れていない、(左写真&左下写真)パラッツォ・ロレタン&パラツォ・ファルセッティを使っているヴェネツィア市庁舎、タウンホールへ結婚届を提出に行く際、ヴェネツィア市警や報道陣、パパラッチ、ファンらなどの多くの小船に囲まれながら、たった200メートル足らずを水上タクシーで移動していました。

画像となると。
女房を質に入れるなどして、たとえ宿泊代金を工面したとしても。
我ら夫婦程度では絶対に泊まることの出来ないレベルのホテルなのだと思います。

かくしかじか。
。。。。。。
今回の、この大スターの結婚式をきっかけに。
好きな街、ヴェネツィアのことを、いろいろと、久しぶりにネット上で追っかけたり考えたりしたのが楽しく。やっぱり、あの、水の上の1000年都市は偉大だなぁ、と、感心したのでした。






画像



ヴェネツィア談義のことのついでに。
これも2回に分けて、一度書いた、この街の「NO GRANDI NAVI、大型船はいらない!」を叫ぶ、大型クルーズ船入港阻止運動のその後と、現状について、現在ただいまの思いと感想を少し。

クルーズ・ファンの方々は先刻ご承知でしょうが。。。

2013年に決まった4万トン超えのクルーズ船及び9万6000トン超えの大型クルーズ船規制は今年3月、地裁裁定で一度停止、保留されましたが、このほど、この記事の通り、再度規制されることに決まったようです。

画像その間、ヴェネツィアのラグーナをアクア・アルタから守ろうという大型プロジェクト「モーゼ計画」に絡む、6月に自宅軟禁となったジョルジオ・オルソーニ前ヴェネツィア市長やイタリア政界の重鎮ら三十数人を巻き込む汚職事件も絡んで。。。

大型船はいらない、と叫ぶ、この街にとってエコロジーこそ大切だと考える方々は、このモーゼ計画そのものにも、反対してらっしゃいます。
いまや、命を絶たれつつあるヴェネツィアのラグーナに、効果があるのかないのかわからない大手術=モーゼ計画=を施すことこそ問題だ、というワケです。

ヴェネツィア共和国時代に。川から運ばれる土砂でラグーナが埋まるのを防ぎ、海からの高潮に備え、潟の水路を浚渫し、護岸を施し、アドリア海から入り込んでくる海水の潮流口を整えて管理をし。。。1000年以上にわたって、共和国時代から続けられてきたラグーナの自然に見合った整備、管理こそラグーナの生き残れる道であるのに、統一後のイタリアはその管理をほとんど放置したままで、ワケのわからない大手術をしてなんとする。エコロジーを重視したラグーナの正しい管理、つまり、大手術ではなく、体力を甦らせるトレーニングや健康チェックこそ大切だ。。ということのようです。


画像一度は、地方行政裁判所の裁定で撤回された大型クルーズ船入港制限ですが、4万トン以下の船を除いて、クルーズ船は一日あたり5隻までに制限され、96000トンを越える大型船はジュデッカ運河とサン・マルコ水域から通行差し止めされるのですね。

そして、大型船にはまだ難関が一つ。マラモッコからマルゲーラ港へと結ぶ商船の代替ルートを通じて大型船もマリッティマ港へ入れるし、クルーズ船会社のCLIAは90日以内に浚渫工事の環境アセスメント調査を完了してほしいとイタリア政府に申し入れているから、ま、いいではないか、と、甘く考えていたけれども。。。

画像大型船反対運動を続ける人々は、あらたに浚渫するサンタンジェロ運河の工事そのものにも反対しているため、大型船は来年、果たして入ることが出来るのかどうか??
先行きはまだ、不透明のようです。

個人的に。
この騒動で。クルーズ熱がちょっと醒めた状態に陥ってしまって。。。

クルーズとは、自分にとっては「脱日常」「非日常」の夢世界。そしてその頂点、というか、象徴がヴェネツィアの入出港であったなもので。。。」とほほ。




テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 6
ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス
なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文




会社設立 大阪市
   
アクセスカウンター
出会いライブチャット出会いモバコイメル友

ニュースを見聞きして。少し一服、ヴェネツィア談義を。 潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる