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zoom RSS 年初の旅日記〜昨晩秋の旅、『花燃ゆ』の街。

<<   作成日時 : 2015/01/01 00:01   >>

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明けましておめでとうございます。

他人さまにお見せするほどの実もない、下手な旅日記。
おのれ自身の世界にひっそりと書き残しておけばいい、下手な写真と駄文の連なり。

なのに。
恥ずかしげもなく。生意気にも。
下手な“旅日記”を公開し始めて、足かけ、今年で9年目に突入。最近は恥じ入るばかりで、たいした人生でもないうえに、さらに晩節を汚すのは止めて、そろそろ公開を止めるか、などと思っています。。。

画像こちら、ひょっとすると、自分が思っている以上の、下衆で性悪人間なのかもしれません。
日記を不特定多数に見せるなんて。
性根のひん曲がった見栄っ張りなのか、はたまた、自己顕示欲なのか?
で。
最近は、忸怩たる思いも心の内にあるのです。



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昨年11月上旬から中旬にかけて。
古女房のように長く乗り続けてきたマイカーで、本州、関西から西、関門海峡の手前まで、のんびりと長めのドライブに出かけました。

が。。。     

家を出て後、泊まったり、観たり、走ったりしながら、およそ1000キロほど走破した山陰のとある観光地で。
突然、車に異常をきたして。。。

地元の自動車修理工場へ運び込んで、翌日からは、てくてく、のたり、のたり。
歩きと公共交通機関を利用したカタツムリのような旅に切り換えて、予定よりも数日日程を引き延ばしてやっと帰宅しました。


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車は。
ちょっと“重症”の故障で。。。

修理していただいて、何日後かに再びその街を訪ねて、修理を終えた車で帰宅するか、それとも。。。と、かなり迷ったのですが。。。
結局、その街で廃車処分、登録抹消をお願いして、帰宅しました。

とはいえ、長らく乗ってきた車だから。
連れ合い、相棒にはちょっと失礼な常套句ながら、それこそ、「古女房のように」愛着はあったのですが。。。
後ろ髪をひかれながら別れ?ました。
後釜には、残念ながらまだ愛着はわきません。
慣れるまで、もうしばらくかかりそうです。


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というわけで。
その、晩秋なのに「春の海」のような、のたり、のたり旅に切り換えた以降の「覚え書」を、旅先からライブ発信したのを皮切りに、これまで何回か載せました。。。

もう、上から写真を載せていますけれども。
今回は、その“古女房の車との別れ旅”となった『覚え書』の続きで、山口県、萩の街、のハナシです。


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↑ 萩城跡。





You Tubeからお借りしました。

生意気にも。
番宣の真似事? 
いえいえ、とんでもない。
こんなへたくそな、注目度の低いブログ。そんな役目など果たせるハズなどなく。おこがましくて。寅さんの台詞ではありませんが、「屁のツッパリにもなりません」。

ということで。

実は、萩を訪ねたのは、こういうこととはまったく無関係で。
若いころから、幕末、維新の英傑たちを輩出した萩城下を一度訪ねてみたいと思い続けてきました。
で。
ようやく機会が訪れて。
ほとんど、この番組のことなど意識もせず。
訪ねたら、萩旧市街は明後日、新春4日からスタートする大河ドラマ『花燃ゆ』の舞台であった、と、ようやく思い出した程度。

それも、ホテルからタクシーに乗って出発して、運転手さんに話しかけられて思い出しました。
しかし、以降、各観光地や名所では、この話題でもちきりで。観光業に携わる方々の意気は、びっくりするほど盛んでした。


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萩東部郊外、旧松本村の吉田松陰生地↓とその丘から見下ろした萩城下↑

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生地と松陰及び一族の墓地近くに、密航を企てた松陰と従者の金子重輔の像が萩城下を見下ろすように建っていた。

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たとえば。
松陰神社から萩城跡、指月公園へと菊ケ浜経由で周ったタクシーの運転手さんは。

「萩は、昔、“花神”に続いて二度目の大河ドラマの舞台となったんですよ。こんな街、全国でもあまり例はないですよ。鼻が高いです」と、“おらがまち”自慢を次々に。松下村塾の英傑らの名前の羅列から現在の総理の名前のいわれまで、ご高説を長々と聞かせていただきました。

申し訳ないが、前回の大河ドラマ「花神」とお聞きしても、とんと記憶なし。帰宅後調べてみたら、原作はあの司馬遼太郎で、シリーズ第15作、’70年代に放映されたようですが。。。あまり評判にならなかったようで。。。

かく、タクシーの運転手さんから、名所を巡る100円均一バス「まあるバス」の運転手さん、ホテル関係者、土産物店主まで含めて、どちらを訪ねても親切だったので、大変居心地の良い街でした。


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松下村塾の、10畳半の増築部分。松陰を描いた掛け軸と座像が置かれていた。

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萩は、初めて訪ねました。
幕末、明治維新をけん引した長州藩志士たちの出身地だけに、以前から一度訪ねてみたいと思い続けていた土地なので、あちら、こちらとゆっくり巡りました。未だに、幕藩体制時代の雰囲気を色濃く残している街で、想像していたとおり、結構魅力的な街並で、数多くの写真を撮りました。

で。
今回は、その一部、『花燃ゆ』ロケで意気上がる昔の松本村、現在の東部丘陵、椿東地区の「松下村塾」や吉田松陰ゆかりの地、界隈の画像を少しだけ。


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隣接するもう一つの教場には、松陰と筆頭門下生であり、松陰末妹で『花燃ゆ』のヒロイン、文の最初の夫となった久坂玄瑞、高杉晋作↑をはじめ、伊藤博文ら維新のリーダーたちの写真が並んでいた。

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