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zoom RSS フレスコ画で装う、世界遺産の修道院群見学へ。

<<   作成日時 : 2015/02/17 00:11   >>

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ルーマニア最北部、北モルドヴァ=ブゴヴィナ地方のスチャバ県。
そのスチャバ県では、県都のスチャバではなく、スチャバから40キロほど西の小さな街、グラ・フモール(Gula Humorului)に泊まりました。


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↑ ↓ グラ・フモールの中心地区。

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画像この街。
世界遺産の、カラフルなフレスコ画を外壁にまとう8つの『モルドヴァの教会たち(Churches of Moldavia)』をはじめ、15世紀〜16世紀にかけて造られた、20を超える修道院群のほぼ中央に位置しており、世界遺産の修道院巡りには絶好の位置にあったのです。

画像教会群は、この街を基点にした半径30キロ〜40キロの扇形の範囲の丘や山の中に、東北から西北にかけて点在していました。

なぜ、ここらにフレスコ画で外壁を彩った修道院の教会群が多いのか?

結論から書けば、当時の、このモルドヴァ公国の農民たちのほとんどは文字を読めなかったため。でありながら、信仰心は篤く、このため、人々に聖書の物語や逸話を伝えるために描かれたのだそうです。

外壁にそれが描かれたのは、その農民や女性たちは、当時、教会の中へは入れなかったため。教会内部は、身分の高い人々と、資格を持つ修道士たちだけの世界でした。

画像モルドヴァ公国の黄金期、15世紀から16世紀にかけて。
オスマン帝国との攻防の中で一時期、宗主国オスマンの影響から脱して独立を獲得。公国の人々が勇気を得られるようにと、往時の領主、シュテファン太公、ボグダン3世らが三代に渡って、戦勝するたびに一修道院を建立。修道院周囲に防壁を講じて近くの村人の、戦時の避難所とも防衛拠点ともしていったのが、始まりだった、そうです。

その修道院群の基点の街のグラ・フモール。

スチャバ県では3番目の「大都市」と、地元の人は言いましたが。。。
人口は17,000人あまり、背の高い大型ビルとなると、街の中心の、たかだか12階建ての、泊まったホテル一軒だけと言う程度の小さな街でした。


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街に入った翌日朝。修道院群巡りをスタートしました。
まずは、街から手近な、世界遺産の『フモール修道院(manastirea humorului)』から。

この修道院。
グラ・フモールへ向かって北から流れてくるフモール川沿い、上流およそ6キロほどの小さな村にありました。

その川沿いの道は、「なるほど、これが中世ヨーロッパの原風景か!」と思わせる、のどかでひなびた、いかにも田舎らしい景色でした。

川から5キロほど西に、この地方を南北に走る標高800メートルから1400メートルのオブチナ山脈(Obcina Mare)が伸びているのですが、その山肌を縫って山霧が緑の斜面を流れ下り、その霧に朝日が当たると次第に融けていって、観ていて飽きませんでした。


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この朝。快晴でしたが。。。

グラ・フモールの街の名前。
ホテルのスタッフに聞いたのですが。。。
「グラ」とは、「口」とか「とば口」、「入口」の意味で、「フモール」とは、英語の「Humor」そのまま。。。そうそう、ユーモアという意味もありますが。。。気質とか機嫌とか気分とかの意のとおり、ちょっとしたきっかけであっと言う間に機嫌が悪くなったり怒り出したりと、そういう、この地方の天気のめまぐるしい変わりようもあって、いつしか土地の名前となったのだとか。

同時に、フモール川がこの地方を貫いて流れる大河、モルドヴァ川へと流入する扇状地形であったため天気が変幻する地形的な特性も持っていたから、らしいですが。。。

というわけで。
このお天気がいつまで持つのか、ちょっと訝しみながら、フモール修道院へ到着したのでした。


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フモール修道院前の村道。日本の神社仏閣ならばさしずめ、土産物店が並ぶ門前通りくらいに当たるのだろうが。。。

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同じく日本ならば、民宿くらいにあたるのだろうか。道路沿いに真新しい小さな2階家が10軒ほど並び、そのいくつかに「ペンション」の看板が掲げられていた。そのペンション前の花壇脇に、コブシのつぼみが開き始めていた。

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↑ ↓ 通りには、観光客に向けた土産物の露台、露店が何軒か。全部の店とも、たった今まで自分たちで手作りしていたに違いないハンドメイドの織物や衣服、壁掛け、壁飾りなどが並ぶ。売っているのも、ついさっきまで台所仕事をしていたに違いない、ご近所の主婦たちだ。当然、値札などのついた商品は
ほんのわずかで、客との会話は値段交渉から始まる。


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↓ 俄か商店主?の女性たちと道路を隔てた反対側に、修道院の新教会がまず見えてきた。

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↓ 新教会の敷地の奥、西側に、木造の塀が連なる。その塀の内側の、全身フレスコ画で覆われた世界遺産の教会が、塀越しに見え始めた。

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