潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS アルボーレの教会へ。コウノトリの巣見ゆ。

<<   作成日時 : 2015/02/27 21:07   >>

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フモールから峠を一つ越えて。

アルボーレの教会(Bisericii Arbore)まで、距離はおよそ20キロ。
30分足らずで到着しました。

人口4,000人余りの小さな村の村はずれ。
東西に延びる片道一車線の地方道幹線の、南側に建つこの教会。

その教会近く。
300メートルほど離れた田舎道のコンクリート製電柱。日本の円柱型のそれと違って、コンクリートの梯子状のその電柱の上に。

コウノトリのつがいの、大きな巣が載っていました。

↑ 望遠で撮ったのだけれども、距離があり過ぎて写真の粒子がかなり粗くなるほど拡大しないと、コウノトリなのか判別できなかった。

↓ アルボーレ教会の前から撮った、電柱の上のコウノトリの巣。


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この大きな体躯の、くちばしの巨大な鳥は、どことなく畏れ多く、なんとなく畏敬の気持ちが心のうちに広がってくるのです。

子供のころに観た映画や童話の影響です。
ほら、あの大きなくちばしの先に、袋に包まれた赤ん坊を神に託されて、天高くから運んでくる。。。

真っ先にその事実 !?えっ??? ホントにホントなの? を知ったのは、ディズニーの映画でした。




↑ この映画。
公開された当時、日本はまだ高度成長期突入前で、依然戦後耐乏期から抜け出せぬ貧しい時代でした。確か、昭和29年春であったと思います。

画像先生に引率されての団体鑑賞であったのですが。。。

そうそう、あのころは、なぜか、本国アメリカでは戦前に制作、公開されていたディズニー映画が、制作以来8年から10年も経過した後、日本で相次いで劇場で上映され続けました。そして、多分、当時の文部省の指導もあったのでしょう。優良教育映画ということで、授業の一環に取り入れられて子供たちがそろって劇場まで足を運び、団体で鑑賞させられました。


画像「白雪姫」とか「バンビ」とか「ピノキオ」とか「シンデレラ」とか、一連のディズニー初期の、太平洋戦争終戦前に作られれたアニメ映画の中で、とくに印象深いのは「ファンタジア」。

バッハの「トッカータとフーガ ニ短調」や「ベートーヴェンの「田園交響曲」などのプログラムに混じって、「映画で初めて耳にしたデュカスの「魔法使いの弟子」とムソグルスキーの「はげ山の一夜」は、その後、成人するころまでは、風邪をひくなどして熱が出た折には、頭のなかにあの旋律と映画の場面が渦を巻き続けるほど、影響を受けたものでした。

あれからもう半世紀以上。。。
未だに、どこかであの二曲の断片を耳にしたりすると、あのアニメのシーンを思い出します。


画像で。
コウノトリのハナシに戻って。。。

「そうだったのか! 赤ん坊って、コウノトリが運んでくるのか!」と、映画「ダンボ」で、初めて知ったのでした。
当時、中学に入ったころ、年齢的にはもう、青少年期のとば口に立っていましたが。。。言葉は悪いですが、今どきの“ませ餓鬼”に比べて、何とまぁ、幼く、素直であったことでしょう!!


画像前回の、フレスコ画で覆われた世界遺産の教会群見学の第一回、フモール修道院からアルボーレ教会までの道筋と位置関係は、左地図のごとし。標高600メートルほどの丘陵の連なりの肩部分を乗り越す峠を一つ越える。その峠道の、峠の手前と向こう側では、あちらこちらで、トラクターなどとは無縁の、人の手でコツコツと行われる農作業が真っ盛りであった。

画像そして、その畑と農家のあちらこちらで、桜に似た花が最盛期を迎えていた。ほとんどはリンゴやプラムで、もし桜の花であったとしても西洋実桜、桜桃、すなわちサクランボだ。



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その、野生種のコウノトリ。
生まれて初めて見たのは、“紅顔の美少年”。。。

。。。いえ、どう背伸びしても取り繕っても、外見的にその範疇に入るなどとは絶対にありませんし、毛頭思ってもいないのです。つまり、あくまで年代的な比喩です。。。

と。
言い訳しているのが、ひょっとすると、アホみたいに密かにそう思っているのではないのか、などと、かえって思われるのではないのか、と考えたりして。。。嫌らしい性格ですね。我ながら。。。

画像ということで。
美少年時代からはるか、半世紀ほど過ぎた、還暦間近のじじいのとば口にさしかかったン年まえの年代、のころ。

バスク地方のゲルニカで。
ちょっと感動したですね。

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以来、マラケシュ→で。
そしてチュニスでと計3度。。。

いや。。。

画像ルクソールのナイル川東岸のホテルで早朝、川向こう、西岸、王家の谷あたりの上空を、昇る観光用気球の群れに混じって、V字隊列になって渡る鳥の群れ→。。。

過去、ナイル川クルーズで一度書きましたが。。。
あれは、きっとコウノトリであったと思う。。。を加えると、この時までの人生で、たった4回しかみたことはありませんでした。


画像世界遺産の教会の前までやってきて、その教会に見向きもせず、電柱の上の鳥の巣ばかり撮っている妙なヤツ。。。こちらのことです。。。が珍しいのか、カメラを構える横を通り過ぎていく馬車の御者席の地元の方々が、こちらを振り返り振り返り通り過ぎていく。

見つめられて無愛想なのは日本人としての名がすたる、と、一生懸命に思い出して「こんにちは=Buna Ziua」と声をかけたら、なかには、通り過ぎて遠くまで行ったのに、振り返って大声で挨拶を返してくれる人もいた。

さすが、ヨーロッパの中世を今も残すルーマニア、ブゴヴィナ地方。馬車往来が続いた。



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それが。
ルーマニアにやってきて。
結局、このアルボーレ教会近くで見たのをはじめ、合計20回以上も目撃することになったのでした。
さすが、ヨーロッパの中世が今も残ると言われるルーマニア

コウノトリ。
正確には、「赤ん坊を運んでくる」と言われるこの種は、かつて、こちらが子供であったころまでは日本にも野生種が棲息していて。。。もちろん、観たことは一度もありませんでした。。。その絶滅後、兵庫や福井で人工繁殖が進められた、くちばしの灰黒色の東アジアだけに分布する「コウノトリ」とはちょっと違う近縁種だそうです。

正式の日本語の名は「シュバシコウ」、なのだそうです。

が。。。

こちらにとってのコウノトリは、「赤ん坊を運んでくる」いわれのある彼らの方で、ヨーロッパ×アフリカ在来種の方のシュバシコウの訳し間違いだから、シュバシコウだと言えと、大人になってからいわれても、今さら。。。

画像教会の、道路を挟んだ反対側に墓地があった。
とてもきれにな、花と花飾りで埋まった、公園のような墓地であった。



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実は。
GoogleのマップのEarthで。駐車場やレストランのありなしなど、アルボーレ教会付近の様子を事前に下調べしていて、巨大なコウノトリの巣のあることは、訪ねる前に既に知っていたのです。

コウノトリは、一度巣を作るとその巣を常用するようになるし、つがいが死んだ後は、その巣で生まれた次の世代がまたその巣をつかうのだとか。そして、この国の人々は、他のコウノトリがやってくる国々の人々と同じく、「幸運をもたらす鳥、そしてその巣」と大切にするということも聞いていましたし。

案の定、しっかり、巣は残っていました。思っていたよりも、ちょっと遠すぎて、望遠レンズでないと撮影不能でしたが。。。

そして。
利用価値大、ですね。あの地図。ありがたいことでした。

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