潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS 居心地の良かった、趣あるモルドヴィッツァ修道院。

<<   作成日時 : 2015/06/12 16:49   >>

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今は亡き名優、スティーブ・マックイーン主演の、昭和46年(1971年)に公開されたあの名作『栄光のル・マン』を思い起こす季節が、今年もまたやってきました。





画像フランスのル・マン サルト・サーキットで10日の予選初日で幕開けし、いよいよ明日、明後日に“本番”を迎える『ル・マン24時間レース』です。

今年は、全参加台数56台中、メーカー別LMP1クラス参加車はポルシェ、アウディ、トヨタ、ニッサンの計14台。いわばドイツ車×日本車、がっぷり四つの対決の様相で、ワークスチームの優勝常連組であるポルシェ、アウディの牙城を日本の2メーカーがどこまで肉薄し、ひょっとすると打ち破ることが出来るか。。。

個人的に興味津々です。


画像と言いながら。

個人的に、好きなのは、レースそのものよりも、やっぱり、あの映画の世界。

もう十数年前の10月初旬。北フランス、ル・マンを訪ねた時は霧にに閉ざされた肌寒い季節であったのが残念でした。北フランスイギリス海峡に面するバス・ノルマンジーと接するロワール川支流のサルト川沿いに開けたこの街は、秋の訪れとともに霧の日がやってくるのは季節恒例の出来事。。。というハナシでした。

画像その霧の中で、ル・マン大聖堂など街の情景は逆にあの映画のワンシーンのような趣があって、ビデオカメラを回す腕に力が籠ったものでした。

画像もう、あの街を再訪するチャンスはないでしょう。
だからこそ。あのころは、写真を撮る趣味のなかったことが残念でたまりません。

というワケで。この週末は、ル・マンの中継を目いっぱい楽しむつもりです。




       



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さて。
何度も中断しては、思い出したように綴っている、ルーマニア旅行記の続きです。


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北モルドヴァ、ブゴヴィナ地方の世界遺産、フレスコ画で覆われた修道院群巡り。

結局、今回のモルドヴィッツァ修道院が、“巡り”編の「覚え書」の、最終回となりました。

この修道院。中世、中欧の雰囲気を現代でもなお、伝え残しているような雰囲気がとても気に入って。。。
結局。最北の、ウクライナ国境に近いプトナ修道院は訪ねなかった、ということです。

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モルドヴィッツァ修道院。
こちらも、既に載せたスチェヴィッツァ修道院などと同じく、周囲を高い石壁が取り囲む、要塞風の造りでした。

バードアイで上空から眺めたとすると。
カタカナの「ロ」の字のごとく、周囲を高い石壁と四隅や正面の石造りの塔に囲まれていて、いかにも砦のたたずまいでした。

教会の外壁の主色は、黄金色。というか、黄色がメイン。
次いで赤色が目立ち、年月で色落ちした部分を勝手に想像して頭の中で修正し、完成直後の状態を想像してみると。。。華やかな、花束の色合いで満ちた外観が、なんとも魅惑的でした。


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「受胎告知」の名を持つ修道院ですから、聖母マリアの物語は当然、一番よく見える屋根下、軒際の一等席に並んでいましたが。

もう一つ。
こちらでも南面の主題は、西暦626年のペルシャ軍によるコンスタンチノープル攻撃を描いた攻防戦。これまで観た他の教会堂よりも、スペースは広く、大きく、格別華やかに見えるほどしっかりと描かれていました。

そしてまた、こちらでも、コンスタンチノープルを攻める兵士たちの顔や姿かたちは、ペルシャ軍のそれではなく、オスマントルコ軍の姿に。ペルシャ軍との攻防戦というよりも、1453年の、オスマン帝国、メフメト2世による東ローマ帝国滅亡となった攻防戦を思い起こさせました。

それだけ、修道院が完成した15世紀から16世紀にかけてのこのモルドヴァ地方の人々は、オスマン軍への恐怖に震えていた証拠を、このフレスコ画を通じて示しているのでしょう。


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西壁は、こちらでも「最後の審判」でした。
といっても、ルーマニア正教会、つまり正教会系の教えに従った「最後の審判」です。描かれているのは、神、キリスト、ハトの三位一体の審判によって決定されていく死者たちの、天国へ、あるいは地獄へと発っていく図。


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画像我々日本人にもなじみ深い、カトリック、有名なシスティーナ礼拝堂のミケランジェロの「最後の審判」→と違い、画面左下から2段目辺りにある「煉獄」の図はありません。カトリックと正教会とは教義が違いますから。

あ。
ちなみに、この「最後の審判」は、撮影禁止となっているシスティーナの例の出口近くで、禁を犯してこっそりと隠れて撮ったそれではありません。


画像実物大複製陶板画で著名な、→こちらで撮影したものです。
念のため。




こちら、モルドヴィッツァの「最後の審判」は、入り口のポーチ全体が柱に覆われたプレナオス(前室)風な造りになっているため、全体像をカメラに収めることはできませんでした。細部で違いがありますが、ヴォロネッツ修道院の方が全体像をよくつかめたのですけれども。。。

西面と南面との角の“一等地”に、こちらでもドラゴン退治の聖人、↓ ゲオルギオスの絵がありました。


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モルドヴィッツァ修道院では、撮影禁止の教会堂内部に、この教会堂を造ったシュテファン大公の息子、ペトゥル・ラリシュ公の姿も色鮮やかに描かれていました。そして、中庭にもその像は立っていました。

その像の近くで。
庭の手入れをしている修道女、といか修道尼というか、数人のグループがいらっしゃいましたが。。。

そのどなたも、あ、イヤ、束ねているリーダー格の方は中年の小太りの、まぁ、ルーマニア人とはダキア人とローマ人の混血が祖先、といいますから、イタリアの大柄な母親たち、“マンマ”のごとくの風貌でしたが、残る若い人たちは、ギリシャ彫刻かローマ遺跡の彫像のごとくの、彫りの深い驚くほどに美しくチャーミングな方々ばかりでした。

修道僧や修道女の方の撮影禁止は、欧州キリスト教世界では不変の慣習法、不文法であり、道徳的常識でもあるもので、写真は撮りませんでした。

。。。もう少し離れていたならば。。。
内緒ですけれども。
きっと、1〜2枚は撮影して、後生大事に、わがPC画面上に飾って毎日、ほれぼれと眺めてワクワク、ドキドキと楽しめたたのですが。。。


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シュテファン大公は、この修道院からさらに北、およそ30キロほど離れたプトナ修道院に眠っているそうです。
が。結局、こちらを訪ねるのは、時間的に許されず、諦めました。


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