潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS ホテル、ドラキュラ城。小説そのまま、ボルゴ峠に。

<<   作成日時 : 2015/07/02 21:29   >>

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なんだぁ
魔女が箒にまたがって飛ぶ ↑ 上の絵模様はぁ

あれから、つまりハロウィンからは、もう、八カ月も過ぎているのにぃ〜。
時期外れ、ではないかぁ。
六日の菖蒲、十日の菊じゃぁ〜。ばかたれがぁ
それとも、四カ月も先取りしたつもりかぁ。あほんだら、がぁ。

。。。と。昔の東映やくざ路線の映画ならば、かく、お叱りを受ける場面です。


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ドラキュラ城ホテルは、緑濃いカルパチア山脈の連なりの一角に建っていた。ローマ帝国時代に造られた石畳道が近くに残っており、歴史もとどめる峠道だ。

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時期外れも大ハズレの、こんなデザイン・テンプレートを使いたくなった理由は???
答えは、もうすぐ。

ということで。
別の話題で休んできた、ルーマニア旅行記。再開です。



ドラキュラ城ホテル(Hotel Castel Dracula)
に到着した」、と書いたところまでが、前回の「覚え書」でした。

イギリス統治時代のアイルランド人作家、ブラム・ストーカーが19世紀末に発表した『ドラキュラ』、つまりヴァンパイア=吸血鬼の物語は、聖書に次ぐ、人類が生み出したベストセラー本であるそうです。

ご存じのとおり。
訊ねたルーマニア、第一の観光“目玉”は、そのドラキュラ伯爵です。
この国のいたるところに、ゆかりの土産が“威風堂々”と、数多く並んでいました。

とくに、作家ブラム・ストーカーの母国、アイルランドのケルト文化が生み、近年、日本を含めて世界中を席巻しているハロウィンの仮装グッズは、まさにドラキュラ、ヴァンパイアの現世=魔界世界と直結したイメージもあり、おどろおどろしく、面白かったです。


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ホテルの建つ村は、冬はスキー、夏は避暑のリゾートエリアだ。

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小説『ドラキュラ』は発表直後に舞台化され、さらに映画化と続いて、以降、公開された映画は1992年公開のアカデミー賞(衣装デザイン)受賞作をはじめ、100本をはるかに超えるそうではないですか。


そのドラキュラの名を持つホテルが、ルーマニア北部、ブゴヴィナ地方とマラムレシュ地方の境界の、標高およそ1200メートルのカルパチア山脈の山中にありました。

ハロウィンには、世界から愛好家が集まって  仮装パーティーが開かれるそうです。





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ホテル内の一角に、パーティーの様子をとらえた写真が飾られていた。

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作家ブラム・ストーカーが、一度もバルカン半島を訪ねることなく書き上げたというホラー小説界のこの大ヒット作。

その主人公、「ドラキュラ伯爵」のモデルは、侵攻するオスマン帝国に抵抗し、果敢に戦いを挑んだルーマニア民族の英雄、ワラキア公ヴラド3世、通称・串刺し公(ヴラド・ツェペシュ=Vlad Țepeș)ではないですか。


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ホテルの庭に、ブラム・ストーカーの銅像が立っていた。


そのヴラド3世の本拠は、これまた、吸血蝙蝠や月に吠える狼などをたちどころに連想する「トランシルヴァニア」地方であり、確かに、彼の一族の居城であったブラン城はまさにそちらにあって。。。

ルーマニアのことをいくらか知る前は、「ドラキュラ城」と聞くと当然ブラン城を連想し、このホテルのことなどは全く知らなかったこともあって、つゆほども思い描いたことはありませんでした。。。

画像しかし。
ホントは、小説を読んだ人は、知っている。
だって、小説にしっかり書かれているのですから。。。

画像ルーマニア旅、が現実化して再度、ドラキュラ伯関連のハナシを調べ、小説も読み直すまで。残念ながら。根っからのボンクラであるわが身ゆえ、若かりし頃に読んだ「ドラキュラ」の物語などの細部は、すっかり忘れていました。

画像読み直してみると。
この小説の第一章で。

ロンドンの屋敷をドラキュラ伯が買いたいと申し出た依頼を受けたロンドンの若い弁護士、ジョナサン・ハーカーの日記の始まりで、要約ですが、こう書かれています。

画像ロンドンからパリ、ミュンヘン、ウィーン、ブダペスト、クラウゼンブルクを経て、現在のルーマニア、小説が書かれた当時ではハンガリー領のビストリッツァ、すなわち、このホテルからおよそ20キロほど離れた、この地方の郡都で、日記をかいたと設定されているのですが。。。その伯爵の居城を訪ねる旅の途次の日記で。。。

『5月3日。。。』で始まる書き出しで、ここボルゴ峠=ハンガリー語、ルーマニア語ではティフア峠(Tihuța Pass)こそ城のある場所だったと。 作家ブラム・ストーカーはドラキュラ城の位置をしっかりと書き込んでいたのでした。

。。。史実とか歴史とかではなく、フィクションとして、ですが。。。


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というワケで。
次いで、以下は、ホテルのフロント・スタッフが目をキラキラさせて話してくれた「ハナシ」です。


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「チャウシェスク、知っていますよね? 

彼の権力が強くなって独裁体制を強めて行ったころ、モントリオール・オリンピック(1976年)が開かれ、コマネチが体操競技で金メダル3個を取って、それを機に西側世界に向けても、観光ルーマニアをアピールしようという機運が芽生えました。

画像ルーマニア観光と言えば、当時は、誰もが知っているトップバッターがドラキュラでした。このため、あの小説に乗って、小説通りの土地にドラキュラの城を建てようということになった。その年からこのホテルの工事は始まった。1980年のモスクワ大会までに完成する予定であったのだけれども、工事が遅れて7年後、ロサンゼルス大会の一年前になってようやく出来上がった、というワケです。

画像そのアメリカからは、今では、ドラキュラのふる里を訪ねるなどというパッケージツアーに乗って、数多くの客がやってきますよ。とくにハロウィンには、ホテルでパーティーを恒例的に開いていることもあって、今では世界中から数多くのマニアがやってきます」。


画像↑ ちょっと長く引用し過ぎですか。

ハロウィン・コスチュームパーティーは今では、このホテルばかりでなく、ブラン城、さらにヴラド3世が幽閉されていた城とされたこともあるフネドアラ城など、ドラキュラゆかりの場所で毎年、恒例化しているそうです。

そのゆかりの場所も巡ってきたので、いずれ、写真を載せたいと思っています。

最後に。
ホテルにはドラキュラにまつわる資料などを集めた博物館が併設されていました。
さらに。
このホテルの地下に、ドラキュラの墓があるそうです。

ひょっとすると、映画のように、あるいは小説のように。昼は、その墓棺の中で、あの男は眠っているのかも?
怖くて、行きませんでした。。。








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