潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

アクセスカウンタ

zoom RSS アユタヤ。小説の、長政もペトロ岐部も、痕跡薄し。

<<   作成日時 : 2015/08/18 21:16   >>

ナイス ブログ気持玉 9 / トラックバック 0 / コメント 3

 
ただいま、なお、わが家は夏休みの民宿状態で、親類縁者、身内が相次いでやってきている。


画像



その一環? として、一行に付き従って我が身も、北陸各地へいそいそと出かける慌ただしい日々が続いている。

うち、そのいくつかを「覚え書」。。。


画像
「虹のかけはし」と題した、冬場のスキー場ゲレンデへ、イルミネーションを観に行った。
LED25,000個を、歓楽街のネオンサインはもとより街灯一つない山中の斜面に並べたそれは、周辺に他の発光体がないこともあってか結構美しく、わが家の客たちの評判は良かった。



画像海釣りに、合計、都合3回、繰り出した。
たいした獲物はなく、アジゴばかり。それでも、一回あたり二時間ほどの出漁で30匹余りをゲット。

画像わが家の泊り客?の中ではトップを走る大漁?で、昔取ったきねづか、「どんなもんじゃぃ」。釣り負けていたら面目がすたる、と緊張したが、まずは良かった、よかった。



画像わが家の庭で、今年は、花の狂い咲きが続いている。

今度は、藤の花が何房も咲いては散っている。

画像オン・シーズンの初夏の、花房の長さ30〜50センチはあるそれに比べて、花房長こそおよそ10〜15センチと短いが、花の数は滅法多く、咲いては数日で散る、を8月上旬から繰り返している。

画像同じように、紫陽花も、8月入りしてからまた咲き始めた。
花柄はコデマリよりもひと回り増し程度で大きくないが、花の色の鮮やかさはオン・シーズンにひけをとらない。

カラ梅雨気味であった天候のせいだろうか。
残暑としては暑すぎる日差しの中で、まだ枯れ花が残っている群落を背景に藍さを際立たせている。

なんか変だ。



画像その、狂い咲きの花が咲き、トマトの鉢植えが並ぶあたりの庭の一角で昨夜、バーベキュー・パーティーを開いた。

疑似?民宿開業が恒例となった夏休みで、初めての開催。キャンプ好きな甥の発案だったが、これは便利。

そうか!
こういう手もあったか
連れ合い、相棒の、飯炊きばばぁ稼業脱出に、これは効果大だ。
客が勝手に肉や魚、野菜や貝を焼いて、勝手に皿に盛って食べてくれるため、夕食準備の手抜きが出来る。

で。メモメモ。
来夏の再・民宿開業時?には大いにバーベキュー方式を取り入れたい。



画像ふるさとに、アウトレットパークがこのほどオープンし、都会っ子たちがわが家へやってくるたび、こちらへ行きたがり、運転手代わりに送り迎えしている。

画像こちらを含めて、新しいショッピング施設がわがふる里に今夏、相次いでオープン。
やって行けるのかねェ〜。こんな田舎で。。。???




♩ ♪ ♫ ♬ ♭ ♮ ♯ ♩ ♪ ♫ ♬

         ♩ ♪ ♫ ♬ ♭ ♮ ♯ ♩ ♪ ♫ ♬


画像



アユタヤ。

菩提樹に取りこまれた仏塔が衝撃的に、大自然と人間との関わりを見せる↑ワット・プラ・マハタート。


画像


スリランカ式の巨大な仏塔=チェディと、荘厳な坐仏像のある↑ヤイ・チャイ・モンコン寺院。


画像



アユタヤー中期、15世紀創建の3基のチェディが見事な↑ワット・プラ・シー・サンペット寺院。。。

川に囲まれた島のごとくの古都、アユタヤの観光名所は、どちらを巡っても、祈りの場に満ちていた。


画像



アユタヤ。
遠藤周作の小説、『王国への道〜山田長政』(平凡社、後に新潮文庫)の、舞台の街の一つである。

画像サブ・タイトルにあるとおり、山田長政の物語だ。
シャム=タイの王国、アユタヤで活躍した日本人、山田長政のことは、小学校の学級文庫の童話本にも載っていたほど、世界を舞台に雄飛した日本人物語の主人公の一人として子供のころから馴染んできたが。。。

同じあの時代、つまり関ヶ原の合戦のころ前後に、キリシタン追放令でマカオに追放され、そちらで今度は、日本人に門戸狭いイエズス会の司祭を目指し、カトリックの本拠ローマへ向かい、ゴアからバグダッド、エルサレムを経て3年後にようやくローマにたどり着き。

画像“全カトリック教会の司教座聖堂”と呼ばれるサン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂で司祭に叙せられ、今度はリスボンからゴアを経て東南アジアを巡教し、7年かけてようやく日本へ極秘裏に帰国して、迫害と拷問の中で処刑されていったペトロ岐部=岐部 茂勝という不屈の日本人宗教家がいたことは、恥ずかしくも、遠藤周作のこの小説を読むまで知らなかった。

ペトロ岐部。
豊後の国を本拠とした戦国大名大友家の重臣、岐部一族の末裔であったそうな。


画像



調べてみると小説『王国への道』は、初版は1981年の発刊、文庫本は1984年発刊だそうだ。
この本を読んだのは、わが記憶では平凡社刊の単行本であったと思う。
とすると。。。

アユタヤを訪ねたのは、今回は三十数年ぶり、であったということか。
画像最盛期には日本人1,000人〜2,000人も住んでいたとされるアユタヤの日本人町跡。
こちらを前回に巡った折に山田長政の名こそ何度も聞いたし、頭が勝手に連想したりもしたが、ペトロ岐部という人物のことを連想した記憶はゼロ。つまり、知識は皆無で、小説はまだ読んでいなかったから、である。


画像



タイは何度か訪ねているが。。。
バンコクを除くとプーケットやクラビなどリゾートが中心で、アユタヤはほとんどやってきていなかった証左でもある。

というわけで。
アユタヤで今回は、ペトロ岐部のことばかり、頭をよぎった。

画像



遠藤の小説によれば、山田長政は、異国で一旗揚げるべく、権力に取り入って立身出世を目指す、権謀術数に長けた、欲望と煩悩に支配されて生きるた、いわば凡夫である。

現代風に組織社会を例にたとえれば、上司に取り入って同僚や別の上司のあること、ないことを告げ口したり足をひっぱったりして権力の階段を伸し上がっていき、やがて上司=日本人傭兵隊長を殺してその役を奪い取る。。。しかし、そのおのれ自身の生き方へのわずかな逡巡により、最後には、引き取って命ながらえさえさせたかつての上司の娘に毒を盛られて殺される。。。

そんな、長政の人生を描いている。


画像



その長政の人物像を際立たせるべく、対比的に描かれたのが、ペトロ岐部であった。

〜時は、1614年。徳川幕府のキリシタン禁令によりマカオに追放される教徒が乗る船に一人の男が紛れ込む。長政であった。彼は、戦国乱世、下克上の世の中が、関ヶ原以降、次第に秩序を取り戻していく日本に愛想をつかし、野望を抱いて脱出。同乗のキリシタンたちの純粋無垢な心を嘲笑しながらアユタヤに向かい、日本人町で
傭兵部隊の“下っ端”として波乱の人生を踏み出す。。。


画像



ペトロ岐部はマカオからの船内で、権力と富に激しい野心を見せる長政に向かって語る。
「むなしか。富も力もむなしかものぞ。そげんことのわからんとか!」。


画像



二人はその後、対曲線のような相反する人生を歩み、やがて、傭兵隊長となった長政と、司祭に叙せられて帰国を目指すペトロ岐部は再び、今度はアユタヤで再会するのだが。。。

王国の、王者の地位まで睨んで登りつめて行く過程で挫折した悪だくみと策略に長けた男と、天上の王国に近づくべく、禁じられた信教の布教を生涯の使命として信じ、ひたむきに生きた男との対比。


画像



「日本人町跡」の碑が残るだけで、二人の足跡はもとより、さかのぼる500年ほど昔、日本人が大挙、居住していたという証拠は痕跡ほども残っていない、こちらアユタヤながら。。。
人の世の進歩を目指すことと、信仰を貫くこととの、人間としてのあり方を問うてくる小説のテーマは、ここ、“微笑みの国”の古都で、朝夕、何度も何度もお目にかかる祈りをささげる人々の姿を引き金に、繰り返し反芻させられたのだった。


画像





テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 9
ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
ご当主様、奥方様、夏合宿ご苦労様でございます。

hiroshiさん、イスキア島、教えてくださって
ありがとうございました。

本来なら自分で調べなければいけない所、
ありがとうございます。
これで、飛行機と位置関係がよく理解できました。

アランドロンの太陽がいっぱい、あちらで撮られたのですか。
そうなんですか。知りませんでした。
アマルフィまでの急カーブで、なぜかhiroshiさんが思い浮かんだんです。
このカーブ、hiroshiさんなら、やっぱり踏み込んでカーブを
えぐるんだろうなって、思ってたんですよ。
当たりだった〜〜。

イスキア島の温泉、私も行ってみたいんです。
いつか。行けたらいいなと思っております。

hiroshiさん、イスキア島の位置関係、教えてくださって
ありがとうございました。
murmur1
2015/08/20 22:46
murmur1さん、こんばんは。

せっかくお書き込みいただいたのに、お返事が遅くなりました。
まことに残念。
普段ならばもっと早く気付いてすぐにお返事を書けるのに、昨夜は早寝で、けさ早く、民宿の泊り客?を連れて、山に行ってきました。で、コメントをいただいていることに気付かず、残念無念

イスキア島、パリからのルートだとあの辺りを通るのですね。お撮りになった写真を拡大して拝見して、左端、西側の方にフォーリオの港に似た光景が見えたもので、すぐにあ、これはイスキアの海岸線だ!と第六感が働いたのです。でグーグルの地図で実際に眺めてみて、確認しました。

はい、夏合宿 ま、うれしさもあるのですけれどもね。我ら夫婦を気遣ってやってきている部分もあるわけですから。しかし、やはり、ちょっと堪えます。連中も、このブログをみたりして少しはこちらの思いもわかっているみたいですから、そのうち、もう少し、この時期にクルーズやヨーロッパのどこかに遊びに出られるようになるではないでしょうか。murmur1さんご愛用の船にも、恐る恐る、遠慮しながらでもいい、一度はのってみたいですしね。

そういえば、しばらく船にのっていませんが。。。近々、ヨーロッパで、まだ乗っていないクルーズ・ラインの一つに乗ってみるつもりでします。

hiroshi
2015/08/21 22:26
〜上から続く〜

イスキア島も行ってみたいですよね。先生のように一泊1000〜1500ユーロ以上もするような超高級ホテルには泊まれませんが、我々夫婦に似合う、手ごろな格安ホテルでいい、泊まってみたいです。

そういえば、この多忙な中、連れ合い、相棒は、自分のPCで先生の半島旅日記を楽しみに、な数多くのぞかせていただいたとかで、お礼を申し上げておくように、と言っておりました。いつもながら、写真が素晴らしかったと、ライブ情報に小躍りしていました。
hiroshi
2015/08/21 22:27

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文




会社設立 大阪市
   
アクセスカウンター
出会いライブチャット出会いモバコイメル友

アユタヤ。小説の、長政もペトロ岐部も、痕跡薄し。 潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる