潮風の中で〜クルーズと街歩き・覚え書

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zoom RSS クルージュナポカの名所散策。次いで要塞教会巡りへ。

<<   作成日時 : 2015/10/10 20:48   >>

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ルーマニア旅の「覚え書」の前に。
本日、現在ただいま時点での、中東シリア、パルミラの遺跡群の破壊のハナシをなんとしても、書き残しておきたい。歴史的な、重大事件、進捗中、なのでる。


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↑ ↓ パルミラ遺跡の円形劇場。


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新聞
によると。


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ISIS(イスラム共和国)による破壊が続く、世界有数の規模を誇るローマ帝国時代の古代遺跡、シリア中部のパルミラ遺跡の、2000年の歴史を刻んだ遺跡の最大の見どころといっても過言でないあの美麗なモニュメンタル・アーチ(記念門)も、バール・シャミン神殿に続いて今月5日、ついに破壊された。

残念。。。というか。。。言葉もない。


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デイリー・メールの本日のウェブサイトのニュースで、航空画像や衛星画像を含めてかなり詳細に昨日までのISISの“犯行”状況をまとめているが、はるか上空からとらえた遺跡群の「破壊前」と「破壊後」の対比画像が、かなり衝撃的だ。

ISISはさかのぼって今夏、パルミラ遺跡の修復、保存に貢献してきた82歳のシリア人考古学者ハレド・アサド氏を、シリア人群衆を集めて衆人環視の中、遺跡入り口のタドモールの街のパルミラ博物館前の広場で斬首し、遺跡の列柱のうちの一本の柱頭にその首を吊り下げたという。

パルミラの地下墳墓群などから見つかった貴重な文化遺産の隠し場所をアサド氏から聞き出そうとしたが、アサド氏が拒否したため、殺したのだという。アサド氏は、いのちをかけて貴重な文化遺産を守ったのだが、この先、なお、略奪や破壊はやむ気配は見えない。

なんともやるせない。


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いつか、この「旅日記」に書いたが。。。

「絶対に行ってみせる」、と地団駄踏んでいるだけで何をする術もない今のおのれが、むなしく、情けない。

そして。
願いどおり、いつの日かこの砂漠の地に再び平穏の日がおとずれて、またこの大地に立てるチャンスはあるかもしれないにしても。。。
あの日に観た、壮大で心ふるえるほどの感動的な光景を観ることは、諦めなければいけないのかもしれない。

この中東の地をはじめアナトリア半島や北アフリカなどの地中海圏でローマ時代の遺跡群をいくつか見て来たけれども。パルミラほどのスケールのそれはなかった。

その壮大な遺跡の面影が、人の手で削られ、自分と同じ人間の仕業で消えつつあることが、とても残念だ。


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↑ 四面門。

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↑ 列柱の向こうに高さおよそ150メートルと聞いたアラブ砦が見える。
↓ その砦から眺め下ろしたパルミラ遺跡。



一介の旅好きな凡人の繰り言であるが。。。

今年年初。
ISISにより拉致されていた日本人二人の動画による公開殺害事件が発生した折。
ISISへ向けるべきが筋の批判の目を、安部総理のカイロでの対ISIS難民支援発言に向け、厳しく政府批判を続けた日本の政局関係者は、今やホンモノの消滅「危機」に瀕している、世界危機遺産となった現状のパルミラ遺跡を、どう見ているのだろうか。。。



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♩ ♪ ♫ ♬ ♭ ♮ ♯ ♩ ♪ ♫ ♬

         ♩ ♪ ♫ ♬ ♭ ♮ ♯ ♩ ♪ ♫ ♬



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↑ 聖ミハイ教会。ゴシック様式のカトリック教会。15世紀に完成。一時期ドイツ系プロテスタント教会となったが、ハンガリー系移民たちが18世紀に再び取り戻した。



ルーマニア旅日記。

トランシルヴァニアの学術文化都市、クルージュ・ナポカの「覚え書」を続けている。

といっても。
もう、さほど書くことはない。
ただ、写真だけはいっぱいに残っている。

で。
今回は、この街の観光名所のうちのいくつかを写真で。
まずは、統一広場の聖ミハイ教会から。


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↑ 教会前にハンガリー王マチャーシュ一世の騎馬像。

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↑ 国立美術館。

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↑ 国立オペラ劇場。


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↑ 正教会クルージュナポカ、メトロポリタン大聖堂。



そして。
この街から南、つまり南トランシルヴァニア地方は、13世紀から始まったハンガリー系やドイツ系の人々の移住により築かれた街がいくつも並ぶ。その手の村は、タタール人やオスマン帝国の侵攻に備えて堅固な城壁を備えていったのだが。。。

そんな村はかつて、およそ300ほどもあったそうだ。しかし、19世紀後半以降、近代化されて壁は取り壊されていった。

世界遺産の要塞教会村群は全部で7つあるが、指定外の要塞教会群は現在、なお30を超える数が残っているという。

その要塞教会村が点在する地方へ。
「要塞街道」と呼ばれるその南トランシルヴァニア地方を走る道筋を縫って、引き続きルーマニア旅はのんびりと続いた。


 

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは〜、hiroshiさん。
中々、コメントを残せずに本当にすみません。

こんなにも破壊されてしまってしまっているのですね。
行かれた事の有るhiroshiさんだからこその怒りですね。
日本もターゲットだそうですし、これから海外旅行も
危険を覚悟、な時代になるのでしょうか。

ルーマニアの写真、沢山撮られたとのこと、是非是非沢山見せていただけたら幸いです。
観光ガイドブックの写真よりずっとずっと丁寧な写真たちで、
見るとワクワクします!
murmur1
2015/10/13 18:32
murmur1さん、こんばんは。

ご多忙ななか、ご丁寧に、コメント、ありがとうございます。

しかし、どうぞ、気になさらないでくださいね。これまで何度かお話しましたが、ワタクシメ、こうやって旅日記を書いているだけで大満足のクチでして。。。下手の横好き、と申しますか。。。こうやって写真を載せ、文章を書くことだけで充分に楽しんでおります。ひょっとすれば、どこかのどなたかに目を停めてもらえるかもしれない、などという“助平根性”も、ないと言えばうそになりますが、ホントに、書いているだけで充分に喜んでおりますもので、どうぞ、ご無理をなさいませんように。ご多忙なのにあまりお気遣いなさいませんように。

>んなにも破壊されてしまってしまっているのですね。

そのようですね。まことに残念です。シリア、ヨルダン、レバノンと、中東をたった一度だけ、しかもパッケージツアーでしか訪ねたことはないのですけれども。それも、もうひと昔以上昔のことです。

こちらでは、遺跡にも、素朴で明るい気さくな人々にもすっかり魅せられました。ぜひもう一度、と思っていたのですが、そのうちシリアではご存じのごとくの攻防が始まり、その後はイスラム国まで登場してきて、我々夫婦のような物見遊山程度のレベルの低い人間は入れなくなりました。残念です。

ルーマニアは、イタリアと比べると、やはり、ヨーロッパの田舎ですね。やっぱりイタリアが良いです。先生の、アマルフィ海岸の写真を拝見して、胸をどきどきさせています。やっぱり、一度はあの海岸のどこかの街で泊まってみたいです。

hiroshi
2015/10/14 00:12

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